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アヤカシ探偵社。其の拾参

昔の時代劇が好きな方なら猿を称してマシラと呼ぶのはご存知でしょう。某特撮忍者ドラマにも登場してましたね。ですが実はマシラは妖怪の一種なのです。今回は箕面の滝を舞台にあんじーがボス猿であるマシラと対峙するお話です

 大阪府箕面市には観光名所の滝がある。秋には紅葉の絶景スポットとして多くの観光客で賑わうのだがニホンザルの生息地でありそれが人気要素の一つでもある。行楽客の餌やり等によるトラブルが多々発生していたので近年は自治体が餌やり禁止を呼びかけ、効果が出て沿道に見かける事は稀になった。だが彼等は新たな新天地を求めて移動した訳ではなく其処に生息しているのである。


 京の街は春爛漫の季節に入っていた。東山の、アヤカシ探偵社がある山奥の農家にも立派な桜の木が植わっている。あんじーが縁側で花見がてら手酌でマタタビ酒をちびちび呑んでいると珍しい客人が現れた。

「やあ、あんじーさん。京は絶好の花見日和ですね。相変わらず此処の山桜は見事だ」

 小野昴である。あんじーとは仕事仲間なのだが寺町京極で観光客相手の呪術ショップも経営している。

「おや、久しぶりじゃのう昴殿。観光シーズンの多忙な時期に態々こんな田舎に来られるとはどの様な風の吹き回しかの」

 昴は照れるような、バツの悪そうな表情を見せる。

「参ったなあ。何の気無しに来ちゃあいけませんか?良い天気なので自然に触れたくて来たんですよ」

 あんじーはふん、と嘲る様な顔で言葉を返した。

「時は金成りの昴殿がわざわざ何の得にもならぬ弊社詣でとは考えられぬからのう。どうせ厄介事絡みの依頼じゃろうて」

 図星を突かれた昴は頭を掻きながら白状した。

「いやあ、流石はあんじーさん予感的中です」

「もうお前さんの物言いで判るのじゃ。毎回の事じゃからな」

 昴は恐縮そうに切り出した。

「それがですね…」

 あんじーは昴の言葉を制した。

「待たれよ。まだ引き受けるとは言っておらん」

 昴は一瞬焦った。

「ちょ、ちょっと待ってください。せめて話だけでも聞いてくださいよ。あんじーさんのお仲間に関わる事かも知れないんです」

 あんじーはお仲間、の台詞に引っ掛かるものがあった。

「あい判った。話だけは聞いてやろう」

 昴はほっと安堵した。

「実はですね、大阪の池田市に住む仲間がですね、あ、彼も陰陽師なんですがね、箕面の観光協会から依頼を受けましてですね」

 あんじーは疑問をぶつけてみた。

「陰陽師が役所から依頼を?まさか魑魅魍魎の類か」

 あんじーが話題に食いつてきたので昴は心の中でガッツポーズをした。

「あんじーさんは箕面の山中に多くの猿達が棲んでいるいるのをご存じですか。昔から名物の一つになっているんですが最近餌を求めて人家や畑にまで現れるようになったんです。箕面市と警察や消防が連携して対策に当たってるんですが奴等やたら狡賢くて。どうやらボス猿が凄いらしく、噂によると体長二メートルを超える巨猿って話で。そいつがまた厄介な事に妙な幻術を使うそうなんです。だからお役所もお手上げで、友人が借り出されたんですが」

 あんじーは淡々と語った。

「返り討ちにされたんじゃろ」

 昴はちょっと驚いた。

「そ、そうなんです。彼は今も病院のベッドで絶対安静状態なんです。なんとか仇討ちしてやりたいと」

 あんじーは鼻でせせら笑った。

「ふん、貴公がそんな殊勝な人物か?どう役所に法外な依頼料を吹っ掛けたんじゃろ。じゃがその金額に見合わぬかもしれぬ大仕事じゃぞ」

「は?そのボス猿をご存じなんですか。そんな化物なんですか」

 あんじーは溜息をついた。

「儂の知っている相手ならな。そ奴の名はマシラの醍醐。獲猿という妖怪じゃ。同類の中でも狡猾で冷酷、やたら頭の切れる統領に匹敵する大物なのじゃ」

 昴は焦った。確かに友人は自分と同等の陰陽師で退魔師なのだがその彼でさえ酷い目にあっている。

「や、やはりこの件は断った方が良いようで…」

 あんじーは制止した。

「いや、待たれよ。相手がもし醍醐となれば捨て置けぬ。承知した、この一件引き受けよう。但しお主にも協力してもらうぞ」

「え?あ、そ、そうですか…」

 昴は大変な件に手を出してしまった事を心底後悔したのだった。



 3日後、阪急電鉄箕面駅前にあんじーと昴の姿があった。誰かを待っているようである。

「お、お、お待たせしました」

 ちょっと肥満気味の、作業用上着を着たネクタイ・眼鏡姿の中年男が現れた。ハンカチでしきりに額の汗を拭いている。昴が男に声をかけた。

「観光協会の小林さんですね。私が小野昴、そして此方が怪異の専門家あんじーさんです」

「は、箕面市観光協会の小林です。本日は態々ご足労いただき有難うございます」

 あんじーも挨拶を兼ねて自己紹介する。

「初にお目にかかる、アヤカシ探偵社の主宰あんじーじゃ。妖怪専門の難事を解決しておる」

 小林はちょっと驚いた様子だった。

「妖怪、ですか?あのボス猿、やはり妖怪なんですか」

 昴が詳細を伝えていない事にあんじーは苛だった。

「小野氏から何も聞いておられぬようじゃな。奴の名は醍醐、獲猿なる有名な妖怪じゃ。猿と言うより類人猿に近い」

 小林は妙に納得したようだ。

「確かに並の日本猿とは全く違います。知恵は回るし怪力だし、変な技使うし我々の張った罠を尽く躱し逆にやり込められる始末で。ほとほと手を焼いているんですよ」

 駅前は人通りが多く三人の会話が駄々洩れである。

「此処は場所が悪い、車を用意してますので続きは中でしましょう」

 小林が促した。参道の入り口まで案内するとベージュのジムニーが停車してある。

「滝の近くまで行きますので乗ってください」

 昴とあんじーはジムニーに乗り込んだ。狭い車内だが小学三年生程の小柄なアンジーとスリムな昴に窮屈さはない。太っちょの小林は運転席に座りエンジンを駆けた。

「滝までは徒歩ですが山上の駐車場までは行けますので」

 ジムニーは走り出した。

「先程の話ですがボス猿の、その醍醐ですか、について詳しく教えてください。何の情報も無いんで対処に困ってるんですよ」

 あんじーは逆に問い返した。

「貴公らはどの様な対策をしたんじゃ?醍醐は太刀打ち出来ぬまでも手下の猿共は普通の日本猿じゃ」

 小林はちょっと困った様な表情を見せた。

「実は日本猿は絶滅危惧種に認定されているんです。ですから羆と同じでおいそれと駆除できないんですよ。昔なら猟友会に依頼して狩猟する事もできたんでしょうが…ましてや危害を加えない限り人や家畜を襲う事もないんで。困り果ててます」

 あんじーは腕組みして溜息をついた。

「成程、左様か。儂等で何とかするしかないようじゃな」

 滝までは徒歩で四十分程だが車では十分とかからない。会話が終わらぬ内に山頂の駐車場に到着した。

「此処からは徒歩ですが滝は階段を下って直ぐです」

 小林に促されて谷まで降りるあんじーと昴。下まで降りちょっと歩くと眼前に箕面の滝が現れた。

「おお、見事じゃ!那智には及ばぬがこれぞ滝、と思わせる美しい景観じゃ」

 あんじーの漏らした言葉に深く頷く昴。

「お褒め頂きありがとうございます。ですが…誠に申し訳ありませんが物見遊山にお連れした訳ではございませんので、現地へ参りましょう」

「確かに。ではそちらへ参ろう」

 小林に指摘され猿達の生息地へ向かう一行。暫く歩くとやがて猿の縄張りである地獄谷に到着した。沿道から河原へ降りる。が、獣らしき姿はなかった。

「観光客から食べ物を貰えなくなったのであまり人前に現れなくなったのですが、その分畑や食料庫を狙うようになったんです」

 あんじーは然も有りなん、と頷いた。

「観光客の与えた食べ物が余程良かったのじゃろう。安易に食料を得られるなら人里を狙うのも道理じゃて」

 小林が辺りをキョロキョロしている。

「この辺に罠を仕掛けたんですが…」

 小林は対岸の茂みの中に入っていった。

「お!小さいのが一匹引っ掛かっていますよ」

 あんじーと昴は小林の入った茂みの中へ。其処には鉄の檻で出来た罠に子猿が掛かっていた。

「大人の猿ならこんな簡単な罠で捕まる事は無いんですが…おそらく群れから逸れてお腹を空かせていたんでしょう」

 あんじーは不憫に思い提言してみた。

「子猿では可哀そうじゃ、逃がしてやらぬか?」

 すると小林は驚いた顔で否定した。

「とんでもない!コイツを囮にして猿達を捕らえるんです。連中は仲間の絆が強いですから徒党を組んで取り戻しに来るんですよ」

 あんじーは小林の卑劣な発想に嫌気が差したが依頼主の方針なので反論はできない。小林は直ぐ消防署と箕面警察に連絡した。程なく消防隊員・警官・猟師達計十数名が駆け付けた。

「何時もならのこのこ出てくる様な連中じゃないんですが子猿となると多少危険を冒しても現れるでしょう。大捕り物になりますよ」

 小林は捕獲作戦にウキウキしているようである。隊員達は大仕掛けの網を河原一帯に展開している。

「儂等の出る幕は無いかも知れぬな。適当なタイミングを見計らって退散するとしようか」

 昴が否定する。

「忘れてますよ、あんじーさん。我々の相手は獲猿の醍醐です。彼等がピンチの時が出番です」

 あんじーは昴の言葉に複雑な心境である。

「仕方ない、受けてしまった以上依頼主を危険に晒すわけにもいかぬしな。猿共は小林達に任せて醍醐が出張ってくるまでは静観するとしよう」

 アンジーと昴は辺りを見渡せる沿道まで上がった。河原の大岩には手足を縛られた子猿がきいきいと鳴きながら助けを求めている。捕り物衆は固唾を飲んで猿が現れるのを待っていた。半時ほど過ぎただろうか、ガサっと小さな音がして何かが飛び出した。天空に巨大な影が舞い上がる。すっくと地上に降り立ったのは二メートルは優に超える大猿である。

「醍醐じゃ!彼奴め意表を突いて自ら助けに来よった」

 呆気に取られ立ち尽くす捕り物衆。醍醐は子猿の元に走り寄り怒声を上げた。

「愚かで姑息な人間共よ!己の傲慢さを思い知るがよい」

 周りの捕り物衆は大騒ぎである。

「猿が人間の言葉を喋ったぞ‼」  

 慌てふためく捕り物衆を横目に醍醐が手を上げると茂みの中から大勢の猿達が湧き出した。捕り物衆に次々と襲い掛かる。逃げ惑う職員達は己の張ったネットや罠に次々と引っ掛かって身動きできなくなってしまった。だが警察官・猟師・消防士達は果敢に猿と取っ組み合う。体格的に優る彼等に不利な猿達を見て醍醐が天に向かって吠えた。すると辺りが薄いピンクの霧に包まれた。

「まずい、その霧を吸っては行かん!」

  あんじーが叫んだが河原一帯に立ち込めた霧は既に皆を呑み込んでいる。状況が判らず立ち竦む隊員達。ハッと周りを見ると猿が異常に増えている。小柄な筈の日本猿の中に大柄の、人並みの身長の猿が混じっていた。いや、人の姿が猿に見えているのだ。訳も判らず戦いは再開された。先程とは違い大猿は恐ろしく手強い。元が人間なので当然である。あんじーが昴に呟く。

「醍醐の仕業じゃ。奴め、幻術で人を猿の姿に見せるているのであろう。冷静に考えれば身の丈が違うのじゃがパニックになっている彼等には気付けまい」

 当の醍醐は子猿の縄を解き脇に抱えていた。空に向かって雄叫びをあげる。昴が痺れを切らして声を荒げた。

「あんじーさん、ぼーっと眺めてないで何とかしてくださいよ、依頼主の身を守るのも仕事の内なんですから」

 ハッと我に返ったあんじーはパンダポシェットから瓢箪を取り出した。

「奴の幻術のキモはあの霧じゃ、恐らく幻覚効果があるのじゃろう」

 ボムっ‼

 あんじーは印を結び七頭身の戦闘体型に変身、跳躍すると崖下に飛び降りた。辺りを見回し瓢箪の栓を抜く。すると瓢箪の口が物凄い勢いで周囲の空気と一緒にピンクの霧を吸い込む。あっという間に霧は瓢箪に吸い込まれて澄んだ空気が浸透した。が、一度掛かった幻覚効果はそう簡単には消えない。戦っている相手はまだ猿の姿をした仲間なのだ。ならばとあんじーは再びパンダポシェットに手を掛けた。中から独鈷状の物を取り出した。青銅製のバジュラである。額に翳すと天に突き上げる。

「閃!」

 あんじーが叫ぶと雷鳴が鳴り響き落雷が辺り一面に降り注いだ。凄まじい火花が炸裂。捕り物衆も猿達も感電し一様に気絶した。河原に立っていたのは醍醐とあんじーだけであった。

「雷撃を操るとは…只者ではないな貴様。何者だ?」

 あんじーを睨みつけながら尋ねる醍醐。

「儂の名はあんじー。京から参った妖怪専門の探偵じゃ」

 あんじーの返答に事態を悟り渋い顔の醍醐。

「成程。貴様があんじーか。悪名は此処まで届いているぞ、人間の味方ばかりする裏切り妖怪とな」

 あんじーは醍醐の皮肉に憤慨した。

「儂は人にだけ加担している訳では無い、常に中立の立場で対処しておる」

 反論する醍醐。

「口の割にはえらく人間の肩ばかり持つらしいではないか。仲間を退治した噂話しか流れてこぬが」

 醍醐の言葉に憤りを隠せぬあんじー。

「無知な人間に悪さをするから懲らしめねばならぬのだ。危害無くば儂も手を出さぬ」

 あんじーが言い返すと醍醐は会話を終わらせた。

「ふん、何を言っても言い訳にしか聞こえぬ。不毛な議論は止めだ、力づくで解からせてやろうぞ」

 醍醐は両手を広げ天を仰いだ。胸一杯に大気を吸い込むと細身の日本猿からゴリラのマッチョな姿に変化した。あんじーはバジュラをポシェットにしまい代わりに割り箸ほどの棒を取り出した。一扇すると巨大化、白いデッキブラシになった。得物を手にしたあんじーは醍醐に対峙。互いの出方を伺い双方静止状態となる。束の間の静寂。動いたのは醍醐の方である。大柄な体格に似合わぬ俊足であんじーに飛び掛かると拳を撃ち込んだ。咄嗟に飛んで後退しつつデッキブラシで受けるあんじー。だがあまりの威力に後方に弾け飛んだ。

「成程恐るべき腕力。ならばこちらも参る!」

 あんじーはデッキブラシを一回転させると醍醐目掛けて振り下ろした。俊敏な醍醐は伸ばした腕で受け流すがその凄まじい打撃は醍醐の腕を痺れさせ使い物にならないほどのダメージを与えた。

「ちっ、何ちゅう威力だ、化物め。当たっただけで痺れが止まらん、当たれば四肢が使い物にならなくなる。ならば…」

 醍醐は口から紫の霧を吹き出すと一瞬で周囲を覆う。避ける間もなくあんじーは霧を浴びてしまった。

「しまった、か、身体が動かぬ」

 霧の効果で身体が硬直してしまったあんじーに醍醐が襲い掛かる。その瞬間!

「ぐおおおおおおおおおお」

 炎を纏った巨大な拳が右側面から醍醐を弾き飛ばした。転がりながら醍醐が見た物は己の二倍はある羊の顔に巨牛の体躯、火炎を身に纏った魔神である。

「イ・フリート、霧を燃やせ!」

 昴の指示にイ・フリートと呼ばれた魔神は口から放った豪炎で紫霧を焼き尽くす。あんじーは辛うじてエプロンドレスの防御力(実は法力でバリア機能が付与されている)で無事であったが裾やスカートの端は焦げてしまった。

「昴殿、儂の大事な一張羅が台無しじゃ!」

 憤慨するあんじー。

「すみません、咄嗟に呼び出したもので命令が雑に」

 イ・フリートとは昴の召喚獣である。陰陽式に式神も使えるのだが西洋魔術を得意とする昴はよく魔神を召喚するのである。起き上がった醍醐が見渡すと先程のあんじーの雷撃で捕り物衆は幻術が解けて正気を取り戻していた。あんじーは空かさずデッキブラシを左横から獲猿に振り抜く。堪らず醍醐は右後方に仰け反った。しかし避け切れず左脇腹を掠める。ダメージは然程無かったが醍醐は顔を歪め怯む。

「むう、二対一ではちと分が悪い。子猿も取り戻した事だし猿達を守りながら戦うのも大儀。此処は撤収が良策か。野郎ども、引き上げるぞ!」

 醍醐の号令で猿達は一斉に駆け出し藪に飛び込んだ。醍醐も飛び跳ねながら後に続く。河原は捕り物衆とあんじー達だけになってしまった。イ・フリートもいつの間にか消えている。と言うより昴の術が切れただけなのだが…あまりの光景に呆気にとられる捕り物衆。あんじーが独り言を呟いた。

「想像以上に手強い奴じゃ。あ奴と遣り合うのは骨が折れるわい」

「大変な奴を相手にしてしまいましたね、知性は正に人間並みかも」

 昴が河原まで降りて来ていた。

「この時が繊細一隅のチャンスであったのかもな。次は警戒されてそう易々とは見つけられんじゃろう」

 あんじーは途方にくれた。小林が駆け寄る。

「大変でしたね。まさか獲猿があんな化物だったなんて…」

 あんじーは小林に頭を垂れた。

「すまぬ、小林殿。儂が出遅れたせいで醍醐を獲り逃してしもうた」

 小林は恐縮して答えた。

「そんな、とんでもない!あんじーさんが居なかったら私ら無事では済まなかったですよ。ホント感謝してます」

「そう言ってもらえると有難い。じゃが依頼は奴等をどうにかすることじゃ」

 あんじーと昴は顔を見合わせて溜息をついた。小林はじめ捕り物衆全員が同じ思いであった。



 箕面の滝前茶屋・風来坊の食堂に捕り物衆一同が会していた。如何にして醍醐一味をおびき出すかの算段をしようというのだ。末席にはあんじーと昴の姿もあった。小林が一言挨拶を。

「皆さん、お疲れ様でした。此処はウチが持ちますのでどうぞお好きな物をご注文ください」

 昴が嬉しそうに店員に注文する。

「じゃあ箕面ビールで。聞いたことはあるんですが吞んだ事ないんですよ」

 あんじーは眉間に皺を寄せる。

「昴殿。この場で酒はマズいじゃろ。事後とはいえ未だ業務の延長なのじゃから」

 小林が二人の会話に割って入ってきた。

「あんじーさん、構いませんよ。大捕り物の後で皆さんの慰労会を兼ねてますんでアルコールも良しとしましょう。まあボス猿は捕獲できませんでしたが」

「小林殿は甘いのう。こ奴がつけ上がるばかりじゃ」

 あんじーは溜息をついた。

「あんじーさんも如何ですか」

 小林が勧めてくるのであんじーは断った。

「すまぬが儂はアルコールはマタタビ酒しか呑めぬのじゃ」

 小林は驚いた顔をしたが直ぐに笑顔で返した。

「ならば柚子ソーダは如何です?柚子は箕面の特産品なんですよ」

 流石に無下に断るのも失礼かとあんじーは小林お薦めの一品を貰う事にした。

「ならばその柚子ソーダを頂こう」

「承知しました!お姉ちゃん、柚子ソーダ持ってきて」

 小林は嬉しそうに店員に注文した。

「は~い。柚子ソーダですね」

 すぐさま若い店員が柚子ソーダを持ってくる。あんじーは早速ひと口飲んでみた。

「ううむ、なかなかオツな飲み物じゃのう」

 その言葉を聞いて嬉しそうな小林。

「そうでしょう。ささ、特別に紅葉の天婦羅も頼んでおきましたからお召し上がりください」

 あんじーは店員が持ってきた皿を覗き込んだ。

「ふうむ、確かに紅葉を天婦羅にした料理のようだが初めて見た。正に珍品。じゃが旨いのか?」

「まあ論より証拠、味見してみてください」

「じゃあ私が先に頂いて良いですか」

小林の勧めであんじーより先に昴が口に入れてみる。

「お!此れはイケますよ。ビールのアテに最高です。箕面ビールもクラフトビールとしてはそうとうクオリティが高い」

 呑気な会話にとうとうあんじーの堪忍袋の緒が切れた。

「なんじゃこの集まりは!今後の対策を話し合う場ではないのか」

 一瞬、皆があんじーの言葉に黙り込んでしまった。小林が沈黙を破り一同に告げる。

「あんじーさんの仰ることもごもっともです。今回の作戦は醍醐なるボス猿には通用しませんでした。所詮獣と侮っていたのが敗因かと。奴は人語を操るような知能の高い猿なのです。警戒してもう見つかるような愚行はしないでしょう。人間と対等と見た方が良いのかもしれません。皆さんの中で此れならば、と言うアイデアはありませんか?」

 全員沈黙。誰も答える者は居なかった。見かねた昴が手を上げる。

「小林さんは人間並みとおっしゃいましたよね。ならば醍醐を人と考えれば対処法もあるのでは」

 小林は答える者がいてホッと胸を撫で下ろす。

「小野さん、ならばどうすればよいとお考えですか」

 昴は飄々と意見を述べた。

「醍醐を仮に人と考えるなら奴はボスとしての威厳は保ちたいでしょうし言動からプライドも相当高いと見ました。状況が悪かったとはいえ実力を出し切れずあんじーさんに負けているのは不本意でしょ?再戦を誘えば乗ってくるかも」

 あんじーは呆れ果てて反論した。

「野生の猿が危険を顧みずそう易々と出張ってくるものか」

「野生の猿ならばそうでしょう。ですが気位の高いボスと考えれば穴がち見当違いではないと思います」

 あんじーは昴の思惑に辟易した。

「昴殿は何かというと敵対者と勝負させようとするな。お主がただ観たいだけじゃろ」

 昴は図星を突かれて苦笑いする。

「まあそれもありますが」

 小林が話を纏める。

「あんじーさん、小野さん、他に良いアイデアが無い以上その案しかないでしょう。是非お願いします」

 一同もうんうんと頷く。あんじーは些か不安を拭いきれない。

「そんな上手くいくとは思えぬが…」

 昴はお気楽である。

「まあダメ元でやってみましょうよ。僕は乗ってくると思いますよ」

 小林が尋ねた。

「ですがどうやって醍醐に知らせるんですか。流石に告知看板は読めんでしょう」

 あんじーは小林に答えた。

「その点は心配ない、儂にも妖怪専門の伝手がある」

 満場一致であんじーと醍醐の対戦イベントが決定した。あんじーは東山から鎌鼬・小豆洗い・巳之助を呼び寄せ近隣の妖怪や動物達に伝言を依頼した。曰く三日後の午後二時、滝の前で勝負しよう、と。誘いに乗ってのこのこ出てくるか不安であったがメッセージが確実に届くのは間違いない。



「ねえ、あんじー。相手の猿は強いの?」

 箔が尋ねた。

「そうじゃな、強いと言うよりは手強い。武人としては今まで幾らでも同等以上の猛者はおったがあ奴は知恵者じゃ。どんな手を使ってくるか予測ができぬ。しかして、お前達を呼んだ覚えはないのじゃが何故着いてきたのじゃ?留守居を頼んだはずじゃが」

 爽が答えた。

「だって面白そうじゃん!またあんじーが試合するって聞いたから応援に来たんだよ」

 あんじーは傍にいた鎌鼬を睨みつけた。鎌鼬は素知らぬ顔で口笛を吹く。間もなく試合開始時刻の午後二時に差し掛かろうとしていた。滝の周りは封鎖されアヤカシ探偵社員と捕り物衆だけになっていた。

「来ますかね醍醐」

 不安そうに呟く小林。お気楽な昴が答える。

「大丈夫ですよ、奴はプライドが高いから負けっぱなしじゃ仲間に示しがつかんでしょう。必ずリベンジに現れますよ」

 醍醐を待つあんじー達。既に三十分が経とうとしていた。皆が固唾を飲んでその時を待ち侘びている。そして時は来た。何処からか白い霧が沸き起こり薄っすらと辺りを覆った。霧は濃さを増し互いが目視出来なくなる程に。誰もが不安になる中徐々に霧は晴れて互いの顔を認識できるまでになった。皆は驚愕。なんとあんじーの前に醍醐が立っているではないか!

「求めに応じ来てやったぞ。この間は仲間もいたので引き上げたが此度は一対一、遠慮はせぬ。全力でいかせてもらうぞ」

 醍醐の威勢の良い宣言に対しあんじーが提案する。

「のう、醍醐。この勝負で一つ賭けをしようではないか。儂が勝ったら畑や蔵を荒らすのではなく人と話し合いで解決する。人語を解するお主ならば可能じゃろ」

 醍醐はフン、と鼻を鳴らした。

「ならば儂が勝ったらお前の口から我の方が強く日本最強の妖怪である事を全国に喧伝してもらうぞ。」

 あんじーは即座に返答した。

「その条件で良いのだな、承知した」

 醍醐は大きく息を吸い込むと自身の身体をゴリラの様に膨らましながら告げた。

「いざ尋常に勝負!」

 あんじーは早九字を切り戦闘体型に変身した。手にはデッキブラシが。

「何処からでもかかって来るがよい」

 あんじーの答えで二人は互いに距離を取る。睨みを利かす醍醐。あんじーはデッキブラシを得意の地摺り八双に構えた。相手の出方を伺い不動の二人。暫しの静寂に静観する観衆。先ず動いたのは醍醐であった。一直線に突進すると左腕でフックを見舞う振りをして勢いのまま右脚で後ろ回し蹴りを入れた。不意を突かれたあんじーはデッキブラシの柄で受け止めるが反動で吹き飛ばされる。飛び退きざま後方に一回転して何とか着地したあんじーが呟く。

「彼奴め腕だけでなく蹴りも使えるのか。猿とは思えぬ技を使いよる」

空かさず醍醐が向かって来る。大振りながら左右の殴打・ローキックを連続で放った。あんじーはデッキブラシで受け躱しながらじりじりと後方に退く。中々反撃の隙が見出せないあんじーが後方に飛び退き距離を取った。接近戦では不利と見たのだ。だが逆に醍醐の術を出す機会を与えてしまった。醍醐はニヤリと悪い顔を見せ頬を膨らませるとピンクの霧を吹き出した。あんじーは避ける間もなく霧を浴びてしまう。目の前の景色がぐにゃぐにゃに変形して見える。地面が波打っている。世界がカラフルな極彩色で彩られて最早地面との境がつかない。

「しまった、幻覚作用の類か」

 がっくりと膝を着きデッキブラシで辛うじて姿勢を保つあんじー。堪らず昴が声を掛ける。

「あんじーさん、僕の召喚獣を呼びましょう」

 あんじーは青ざめた顔で必死に制止した。

「昴殿、手出しは無用じゃ!この勝負は醍醐と儂の真剣勝負。何人も加勢してはならん」

昴はうっと押し黙ってしまった。醍醐は不敵な笑みを浮かべた。

「ほう、あくまで正々堂々と勝負に臨むとは流石一流の大妖怪」

 あんじーは這う這うの体で虚勢を張った。

「ふん、折角の名勝負に水を差されてはな」

 醍醐はほくそ笑んだ。

「蓋し潔き態度。我が好敵手に相応しい。倒し甲斐があるというものよ」

「世辞は要らぬわ!」

 醍醐の嫌味を遮る様にデッキブラシで上段から一撃を入れるあんじー。だが簡単に醍醐に避けられてしまった。

「我がマボロシ香の効果が効いている様だな。此方から行かせてもらうぞ」

 醍醐は拳を構え斜に構えると俊足で距離を詰めてきた。左上段に回し蹴りを仕掛ける。身動きの取れぬあんじーは苦肉の策で地面に平伏しデッキブラシを地面すれすれに一回転させた。此れが醍醐の右膝にヒットし醍醐は後方にもんどりうって倒れた。

「この期に及んでまだ抵抗できるとは」

 醍醐は後方にトンボ返りし視界から消えた。あんじーは束の間息を整え体調を整えながら脇のパンダポシェットを弄り得物を探した。ふと気が付くと鎌鼬が隣に寄り添っていた。

「大丈夫かあんじー」

 あんじーが息を切らしながら答える。

「心配するな、毒霧にも大分馴れてきた」

 次の瞬間鎌鼬が右手の鎌を振り下ろしてきた。あわや切り付けられると思われたがその前に鎌鼬は身体を九の字に折り曲げ倒れた。あんじーは左手にバジュラを握っている。電撃を直接腹に喰らわしたのである。鎌鼬の姿が徐々に醍醐に変わる。

「何故判った⁈幻覚は完璧だった筈」

 あんじーは苦悶する醍醐を見降ろしながら答えた。

「見た目は誤魔化せても性格だけは解かってないようじゃな。鎌鼬は儂の指示には絶対逆らわぬ。先程も申したじゃろう手出しはするなと」

 醍醐は痺れで身動き出来ぬまま捨て台詞を吐いた。

「しまった、余計な小細工をせねば勝てたものを」

 あんじーは諭すように語った。

「勝敗は決したな。このまま止めを刺す事もできるがそれでは何の解決にもならぬ。当初の約束通り人間たちと話し合いの機会は持ってもらうぞ」

 醍醐は身体を起こし胡坐をかいた。

「仕方ない。儂も己の言葉に二言は無いわい。貴様に任せよう」

 周りの猿達は静まり返ったが捕り物衆とアヤカシ探偵社員は歓喜に湧いていた。醍醐は猿達に何か話しかけると仲間を引き連れて藪に消えていった。勝敗は思いの他短時間で決した。



 後日醍醐と箕面市で話し合いが持たれた。箕面市観光協会は猿が食料を盗まない代わりに定期的に食材を提供する事を約束。市役所がSNSで呼びかけ民間から余剰の作物や食品を引き受けて猿達の餌にすると宣伝すると全国から提供者が続出。様々な理由で商品にならない果物や野菜だが猿は気にしないのでフードロスにも貢献できると好評である。サスティナブル活動の一環として地方自治体の面目躍如と市民からの評価も上がった。因みにあんじーと昴の報酬の件だがあんじーが辞退した為昴は必要経費+日給一万円程度しか要求できなくてガックリしていたそう。ま、元々大したことはしていないのだが…兎も角、騒動は一件落着したのである。





             ーアヤカシ探偵社其の壱拾参・完ー



 

 





 



 









 








 

妖怪(物の怪)には動物の進化系と言える物が多いのですがあんじーも猫又と呼ばれる老猫の進化(変化)系妖怪です。ぬこ神の様なキメラ(合成獣)もある意味進化と言えるのかも知れません。となると創造の可能性は無限大ですね。これからも様々な妖怪達を登場させたいと考えております

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