第51話 横浜異変!
俺たち三人は、映画を見終えて楽しい食事も済ました。
この後は、駅近のビルに入って色々見て回る予定だ。
「ちょっと、このお店見ていきませんか?」
倫子ちゃんが興味を示したのは子供服のお店だった。スフィはイメージすれば服の模様を再現できるので、わざわざ購入しなくても着替えができる。
これまではアニメとかを参考にした服ばかり着ていたから、別路線の服も新たな自分を発見するのに役立つんじゃないか。
店員さんがこっちを見ている。スフィが俺の中にいるのなんて知らないから、きっと俺と倫子ちゃんのことを新婚カップルだと思っているはず。勘違いさせてごめんねと、心の中で謝っておく。
きっと将来を見越して見学してるとでも思ってるんだろう。でも俺たちみたいなベストカップルがお店にいれば、他のお客さんも寄ってきて宣伝になるので、それほど気にする必要はないかな。
「気になるお洋服があったら知らせてね」
倫子ちゃんが周りに聞こえないように小声で伝えてきた。でも俺のお腹をさするのは止めて欲しい。それじゃまるで俺が妊婦みたいに思われてしまうよ。スフィに向かって話してるのを知らせたいんだろうけどさ。
店内を一通り見て回り、次のお店に行こうかな。そう思っていたところ、急に俺の霊感能力が働いた。
「霞先輩。これって……」
どうやら倫子ちゃんも同様みたいだ。不安が伝わってくる。
俺の感知能力はそこそこだけど、越谷一家に比べればホントに大したことない能力だ。そんな俺のメレオプラズマがフル稼働して脳に刺激を与えている。
神鳴りみたいに大きな音がしたわけじゃない。それなのに、早くここから逃げろと伝えてきてるんだ。相当厄介な幽霊が出現したに違いない。
周りを見ると、頭を抱えたり足早にトイレに向かっている人たちがいる。全員じゃないけど、ここが混乱するのは時間の問題に思える。
となると、まずやるべきは倫子ちゃんの安全確保だ。混雑する前に速めに移動するべきだ。
「ここから離れるよ」
倫子ちゃんの返答を待たずに手を掴んで引っ張っていく。
エスカレータで下に降りていると、スマホを入れた方のポケットから振動が伝わってきて、個別に設定したメロディが聞こえてきた。この音……六道さんのスマホからだ。移動を続けながら、通話を開始する。
「もしもし、六道さんですか?」
「いや……以前にお会いした近藤です。今、六道は手が離せないので私が代わりに連絡しています」
六道さんはやっぱり生きていたのか。でもこの状況で電話してくるなんて、絶対仕事の依頼に決まっている。しかも本人が忙しくって出れないって? そんなの滅茶苦茶緊急性の高い仕事やってるに決まってるじゃん。たとえば、いま横浜で起きているような……
正直言って、今すぐ電話を終わらして逃げ出したい。でも倫子ちゃんの前で、そんなみっともないことできるはずがない。
「六道から伝言を預かっている。時間がないので、単刀直入に伝えるよ。君には今から横浜に向かって欲しい。そこに現れる巨大な幽霊に対処してほしいとのことだ」
えぇ、そうでしょう、そうでしょうとも。そうだと思ってましたよ。
「こっちでもなんとか幽霊を食い止めようと、六道はじめ大勢の霊能力者たちが踏ん張っている。今どこにいる? 横浜までどれくらいかかる?」
「横浜駅から十五分くらいってとこですかね……」
「それは良い。まもなく横浜駅付近でゲートが開くだろう。できれば、市街地は避けたかったが、我々にはどうすることもできない。霞くん。すまないが、すぐに現場に急行してほしい。これは君にしかできないことなんだ」
「そう言われましても……」
俺にとっての最優先事項は倫子ちゃんの安全確保だ。それに大した霊力のない俺が現場に行ったとして何ができるというんだよ。
「今頃、他の霊能力者にも連絡がいってる頃だろう。彼らと合流して対処してほしい。だが最後の仕上げは君にしかできないことなんだ。日本を救うためには……こんなことになって本当に申し訳ない」
その言葉を最後に電話は切れてしまった。通信状態が良くなかったしな。俺はどうするべきなんだろうか。
「霞先輩……」
不安そうに俺を呼ぶ倫子ちゃんを見た。無言で見つめ合っていると、何故か倫子ちゃんの視線が、覚悟を決めたみたいに意志のこもったモノに変化していった。
「霞先輩が私のことを心配してくれてるのは分かります。でも、私は大丈夫です。気にせず行ってください」
「えっ?」
倫子ちゃんは何を言っているんだろうか。電話の内容を聞いていたのは間違いないけど、まさか、俺が自分を犠牲にして他人を助けに行くようなキャラだと思ってる?
俺は断じてそういうキャラではない!
あの時は愛ゆえに倫子ちゃんのために横浜腐界に行っただけだ。それなのに、今、俺の体は倫子ちゃんの期待に応えようとしている。この状況を乗り越えれば、倫子ちゃんはもっと俺のことを好きになるだろう。それが分かっているから逆らえないんだ。
「霞先輩しかできないことなんですよね? 私、霞先輩のこと信じてますから……」
『ん。スフィとカスミにまかせて』
スフィが俺の胸側から薄っすら現れた。どこぞのカエルみたいにシャツにプリントされているようにも見える。
しかし、スフィが先に答えてしまった以上、俺に選択肢はなくなったといっていい。ならば重要なのは、いかにカッコよく、この場を立ち去るかだ。
エスカレーターで一階まで降りると、周囲が騒がしくなりだした。いよいよ強大な幽霊が現れて人々が目にしたのだろう。俺は倫子ちゃんをそっと引き寄せて抱きしめた。
「えっ、霞先輩?」
「行ってくる。無事に戻ってこれたら伝えたいことがあるんだ」
「はい。私もです」
倫子ちゃんと別れて、俺は走りだした。
しまった。つい流れでテキトーなことを言ってしまったぞ。もう告白はしたし、結婚の話はまだ早い。何を話せばいいだろうか。
それに今の場面は、ファーストキスにぴったりだったんじゃないか?
まるで映画のようにいい雰囲気だったのに。
人の流れに逆らって進んでいると、突然大地が震え出した。でもこれは地震じゃないし、幽霊の攻撃でもない。攻撃している霊能力者の強大な霊力だ。
遠くに見える巨大な幽霊。アレを放置するのは危険すぎる。だいぶ前方にいる霊能力者も当然気づいて対応を始めていた。
彼らは大量のお札をビルに張り付けている。きっと人々の避難を待って、お札で結界を張るつもりなんだ。そうじゃないと逆に逃げれなくなるからな。
なんとなく分かってたことだけど、それだけ強い幽霊を相手にしなくちゃいけないってことでもある。今更ながらに怖くなってきた。
それでも勇気を振り絞って進んでいたところ、スフィが俺の体から出てきているのに気づいた。周囲に見知らぬ人たちがいるにもかかわらずだ。
「どうしたスフィ?」
『呼んでる……あの子、助けてってスフィを呼んでるよ。カスミ』
「うん、急ごう」
あの子って、幽霊のことだよな?
正直、スフィの言ってることはいまいち全然分からない。
それでも、とにかく今は先を急ぐしかない。
でも、俺が日本を救うって……
いったいどうすればいいんだ?




