第48話 腐界で寝泊まり
横浜腐界で寝泊まりを開始して既に二週間が経過した。
初めの頃は自宅から通っていたけど、救助件数が多すぎて人手が足りず、所狭しと設置された簡易宿泊施設を使用することになったんだ。
スフィは人数にカウントされていないから、与えられた部屋は当然一人用。スフィが動き回るにはちょっと狭い。でも、余計な気を回されて周囲と軋轢を生むのは嫌なのでそれで構わない。
飯はどこかで購入してきたであろうモノが毎食用意され、いつでも食べられるようになっているので有難い。シャワーも共用だけどある。
なにより重要なのは無料のWIFI回線があるってことだ。倫子ちゃんと連絡を取るのにも重要だし、スフィがアニメを視聴する環境があるのは素晴らしい。
ただ、問題がないわけじゃない。救助活動の時間が決まっているわけではないので、要請が来るのがいつも突然なんだ。仮眠に入った直後にたたき起こされたことが何度もある。
でも、不満を口に出す人はいない。
それは自分たちよりも体力的に厳しい人たちがいるのを知っているからだ。
一番きついのは栄治くんや夕貴子さんのように行方不明者を探知する霊能力者。単純に優れた探知能力者が数が少ないだけに必然的に稼働時間が長くなる。
次に大変なのは、二層とか三層に向かう実力のある霊能力者だろう。ナビ担当に幽霊を避けるルートを提示してもらえれば負担は減るけど、ナビが同時に複数の救助を担当することもあって、そこまで気が回らない場合もある。突然幽霊と遭遇して、戦闘になることもあったそうだ。
彼らは二層の入り口にある簡易基地に常時何人か待機していて、そこから出発しているらしい。腐界基地でのんびり寝ていられる俺たちとは緊張感が段違いだろう。
最後に俺みたいな一層を中心に活動している奴らだ。人手不足で二層に行くこともあるけど、基本の救助エリアが一層なので他と比べれば負担も小さい。要救助者が電波範囲内に現れることも多いので、ナビ無しで向かうこともある。その場合、幽霊と出会う確率は格段に上がってしまう。
『カスミ。仕事だよ』
「うん、ありがと」
呼び出し音を聞いて、外に飛び出してバイクの駐車場に向かう。そこには目の下をすこし青黒くメイクした敷島さんがいた。
「お疲れ様です。三門さん。三号車で向かってください」
「了解です」
『りょうかい、だよ』
敷島さんはスフィに優しく微笑んで、次の仕事に向かっていった。詳しい仕事の説明なんて必要ない。バイクの画面に表示されている目的地に向かうだけ。サイドカー付きのバイクだから要救助者は一人だけだ。
これから出発しようとエンジンをかけたら、サイドカーにはスフィが座っていた。そこはキミの席ではないんだが。
「行きだけだからな」
『ん。しゅっぱつ』
「しんこう~」
スフィに乗せられて基地を発つ。退屈な毎日を楽しむためならいいだろう。風を浴びながら移動するのも気分転換になる。スフィがどう感じるかは分からんけど。
「スフィ。みんなと離れて寂しくないか?」
『だいじょぶ、だよ。スフィ、まいにち楽しい』
人見知りはそのままだから、他の霊能力者と話すこともない。配信もストップしてるから交流もない。主に俺が疲れをとるために休んでいるから申し訳ないんだけど、どうやら全然気にしていないみたいだ。
「そっか。なにが楽しいんだ?」
『カスミのせいちょう見るの楽しいよ』
「お、おおぅ」
近頃のスフィの思考は良く分からない。普段は普通の幼女なのに、時折俺のことを弟扱いする。
ひょっとして、アニマムンディから何らかの記憶が流れ込んでいるのか?
んで、その人格に影響を受けている?
でもアニマムンディって人間だけじゃなくて、多種多様な魂が集まってくるから、ここまで極端に現れるのかなぁ。
スフィが見てるアニメを全部チェックしてるわけじゃないから断言できないけど、そっちの影響とはなんとなく違う気もするし。
考え事をしているうちに目標が見えてきた。バイクのライトの先には混乱している女性の姿がある。
「まずい! 近くに幽霊が迫ってる」
女性は後ろから追ってくるバケモノのような幽霊を見ながら走ってて速度が遅い。正気に戻そうと大きな声で叫んだ。
「こっちです。救助にきました!」
「ひぃぃ!! こっちにも!」
どうやらスフィのことを勘違いしたらしい。明後日の方向に逃げてしまった。スフィが姿を隠すのが遅れてしまったようだ。
この女性はきっとメレオプラズマが少ないとかで、スフィのことがはっきりと見えていないんだろう。そうじゃなきゃ普通の女の子に見えるはずだもんな。
でもこれは完全に俺のミスだ。もっと早くスフィに注意して、姿を見せないようにするべきだった。
「スフィ、悪い」
『ん』
スフィは一旦バイクから離れて、幽霊に向かっていく。幽霊は強大な存在に気づいて方向転換した。
一方、俺は女性の元へと急ぐ。バイクで女性と並走しながら、なんとか落ち着かせようと探索者証を提示した。
「認定探索者の三門です。救助に来ました」
同時にペットボトルをチラ見せする。足の回転が徐々にゆっくりになるのに合わせて減速していく。
「サイドカーに乗ってください」
「は、はい」
必死で逃げてきて疲れたのだろう。声がかすれている。シートベルトを締めるのもゆっくりだ。その間にスフィの様子を確認すべく視線を移した。
スフィは笑顔で幽霊を追いかけていた。まるで鬼ごっこを楽しむかのように。しかも俺から離れすぎないように幽霊の進路を限定していて、幽霊とスフィは高速でバイクの周囲をぐるぐる回っていた。
スフィから逃げるのに力を使い過ぎたんだろう、幽霊は自身の魂を護る霊力を失って小さくなっていた。反対にスフィには疲れた様子なんて微塵もない。
本人にそのつもりは全くないだろうけど、これは戦いと呼べるレベルじゃなかった。子供が蟻んこを追っかけて無邪気に遊んでいるようなものだ。
助けにきた女性に怖がられてしまい、それをどうフォローするかを考えていた身としては一安心だが、流石にこのままスフィに除霊させるのは気が引ける。こっちに近づいてきた瞬間を見計らって手をかざして吸収した。弱っていたから、中で暴れられても全然痛くない。
「腐界基地まであと少しですからね」
速度を上げたバイクに座り、女性は水をぐびぐび飲みつつ頷いている。スフィは女性の死角から戻ってきてくれたので、今は少しだけ落ち着きを取り戻しているようだ。このまま問題なく戻れるだろう。
後はスフィのことだな。誰かに相談しようにも、いつもスフィと一緒だから中々に難しい。やはり男親だけだと、手が届かない面があるということか。
いや、それならば素直に倫子ちゃんを頼ればいいんだ。話すだけでもスフィの気分転換になるだろう。今日は……もう遅いから明日の休憩時間にでも連絡してみよう。




