表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/69

第46話 ひさびさの部室


 横浜腐界での救出活動も件数が減ってきて、ようやく大学にいく余裕ができた。


「ちわ~っす。お疲れ様で~す」

「お久しぶりです。か、かか、霞先輩」

「うわっ、めっちゃ緊張してて草、じゃなくて笑える」


 久坂が倫子ちゃんにツッコミを入れている。それに対して倫子ちゃんは「またか」とうんざりしているような仕草だ。そのまま久坂を無視してこっちに近づいてきた。


「スフィも久しぶり。元気だった?」

『ん。スフィ元気だよ』

「そうそう。スフィはすごく元気だった。特に夜が」


「どういうことですか?」

「いやさぁ、忙しい時は忙しいけど、基本的には待機の時間が長いんだよ。でも今回は周りに他の霊能力者ばっかだから、スフィはほとんど俺の中にいたんだ」


「なるほど。それで昼間は休んでたんですね。だから夜でも元気が有り余っていたと。それは大変でしたね」


 だいたいその通りなんだけど、スフィが口をへの字にして反論する。


『ひびき、ちがう。スフィがあそんであげてた』

「スフィがお姉さんだから?」

『そう』


 スフィは満足げに胸を張った。スフィよ、それでいいのか、と思わないでもない。見事に久坂の思うように誘導されている。教えてあげるのもいいが、本人の気分が良さそうだからそういうことにして、俺は倫子ちゃんとの久々の会話を楽しもう。


「それで霞先輩。どうだったんですか? 教授へのお願いは?」

「全然ダメだった。まるで聞く耳持ってない」

「ちょっとくらい気を利かせてくれてもいいのになって思っちゃうんですけど、駄目なんですね」


 この一週間、俺は一切講義に出ることができなかった。出欠をとる講義もあるので、出席扱いにしてくれとお願いしてきたんだ。別に一回くらい休んだってなんともないんだけど、今後も欠席しなければならない可能性を考慮すると、早めに交渉しておいた方がいいのでお願いしに行ってたのだ。結局は無駄骨に終ってしまった。アドバイスしてくれた塔子先輩はどこに行ったんだろう。


「一応政府から要請されてる仕事なんですよね? ちょっとくらい公休扱いしてくれてもいいのに。ホント頭硬いんだから」


 スフィとの会話を終えた久坂が腕を組んだ。そこらへんの問題は確かにある。霊能力者の仕事が認められていないってことなんだろう。なんだかんだでカタストロフから一年ちょっと。国だって法整備が足りないところがまだまだあるし、大学もきっとそうなんだ。


「大学教授っていっても専門分野以外は興味ないのかもね。ひょっとしたらスフィのことも知らないかも」

「だから先輩が霊能力者なのも半信半疑なんですかね?」


「まあ、でも学業には一切関係ないのも事実だからなぁ。スポーツ推薦みたいのができたら、また変わってくるんだろうけど」

「同じ講義だったらノートとか貸せたんですけど……」


 残念ながら、俺と倫子ちゃんの一般教養科目は重なっていない。俺が春先に講義選びをアドバイスした影響だ。その気持ちだけで充分嬉しい。


 でも、でもだよ。もし俺と倫子ちゃんが同じ講義を受講していたとしたらだ。机を並べてイチャイチャすることだってできたんだ。それなのに、残念なことに来年の俺には一般教養科目がない。あぁ、こんなことならもっとテキトーに講義を受けてればよかった。


『カスミ。へんなこと考えてる?』


 まさかスフィに突っ込まれるとは。さすが俺の姉を自称するだけのことはある。


「そんなことないぞ。塔子先輩のおかげで今の俺があるんだから。感謝してるよ」

「ちょっと意味わかんないですけど、妄想の世界にトリップしてたことだけは分かりました」


「それでどうだったんですか? 横浜腐界は」

「結構な人数が保護されたって報道されてましたよ?」


 自分たちも迷い込んだだけに、二人の態度は真剣そのもの。緊張感がある。


「そうみたいだね。一応、栄治くんたちが探知した人は全員助けられたよ。二人にとっては大変な一週間だったろうけど、彼らが来てくれて政府も助かっただろうね」


「そうなんですか。ちょっと安心しました」


 今までは照子さんとか大人の人が各地に出向いていたんだろう。でも、二人も高校卒業してこっちに出てきたから忙しくなってしまったんだ。代わりに照子さんは地元を中心に活動してるみたいだけど。倫子ちゃんたちの時はホントによく来てくれたよ。残念ながら娘さんの想いに答えることはできないけども。


「でも腐界って凄く広いじゃないですか。見つけられなかった人たちとかいるんじゃないですかね」


「う~ん、どうだろうね。少なくとも栄治くんはひっきりなしに指示を出してたからなぁ。でも、車で片道二時間くらいのところに向かった人もいたみたいだよ。完璧かは分からないけど、だいぶ広い範囲を視れてたのは間違いない」


 腐界基地から迷い込んだ場所までの距離は、現世で吸い込まれた場所と横浜ゲートまでの距離とは異なり、短くなっている。だから大抵の範囲はカバーできていると思う。


「なんでこんなにゲートが突然現れるようになったのかなぁ? 去年はこんなんじゃなかったのに」

「うん。ホントそう。今みたいな状況だったら、お母さんたちもきっと受験を認めてくれなかったよね」


 倫子ちゃんが俺のことを見つめている。


 り、倫子ちゃん!

 それはもしかして俺のことを言っているのか!

 受験してなかったら俺たちで会えてなかったんだもんな。


「スフィにも会えなかったしね」


 そこは俺じゃないのかよ!


『スフィも倫子に会えてうれしい』


 も、もしかしたら恥ずかしがってるだけかもしれん。

 いや、そうに違いない。


 だがここで俺が否定してもスフィを悲しませるだけだ。


 倫子ちゃんとスフィは互いに笑顔で見つめ合って頷いている。

 それなら、俺も同意して仲間になった方が良さそうだ。


 俺が二人の間に割り込もうとした瞬間、久坂が俺の肩に手を置いて首を横に振りやがった。今は待てってことか?


 いや違う!

 コ、コイツ。失笑を隠しきれていない。


 ぐぬぬ。駄目だ冷静になれ。よく考えろ。そうだ。言ってみれば、俺は久坂から倫子ちゃんを奪った男だ。久坂は可哀そうなヤツなんだ。ならばここは大人の余裕というヤツで対処しよう。


「二人は仲良しだなぁ。まるで本物の親子みたいだ」


 久坂の反応を見ようとした瞬間、意外な方向から反論が飛んできた。


「ちょっと霞先輩なに言ってるんですか。そこは仲の良い姉妹って言ってください」

『ん。カスミ、まちがってる』


 なんだか倫子ちゃんの性格が変わった気がする。特に俺に対して。こういうのも悪くはない。でも、こうなっては少々旗色が悪い。話題を戻すか。


「腐界で何かイレギュラーでも起きたのかな? それでゲートが発生してるとか」


 テキトーに言ってみたけど、なんか違う気がするぞ。


 スフィがこっちの世界に現れた直後から、ゲートが発生しなくなったことがあったよな。で、スフィはたぶんアニマムンディからやってきた。


 スフィの見た目は日本人がベースになってるけど、他の地域の特徴もある。それは元になった魂が一つじゃなくて複数だったからで、何故か存在している霊幕が魂の影響を受けて変化して今のスフィになったんだろう。


 ゲートの出現を考えるなら、腐界の問題とは違うんじゃないか。確かに奥に行くほど幽霊は強くなるけど、それは以前から変わりないはず。問題はアニマムンディの方にあるのかもしれない。いや、そうだと仮定して考えてみよう。


「でも腐界について分かってることって少ないですよね。最近の研究でようやく平安時代の頃からあったと判明したくらいですし」

「ゲートについてもだよ。ゲートが開く直前に雷が鳴ってるってことくらいしか分かってない」


 平安時代? 雷?

 それに腐界、いやアニマムンディ……


 そうか!


 ミッシングリンクが繋がっていくのが見えてきたぞ。

 そういうことだったのか。


「ちょっといい? 聞いてほしいことがあるんだ!」


 そういった直後、勢いよく扉が開かれた。塔子先輩が戻ってきたんだ。


「ただいま~」

「ちょうど良かった。塔子先輩も聞いてください」

「えっ、なに? いきなりどうしたの?

「はい。ゲートについてなんとなく分かったことがあるんです。え~っと、その……あれっ、俺は何を言うつもりだったっけ?」


 好奇心で一杯だった皆が一斉にため息をついた。しかもスフィまで。

 なんとかして思い出さなければ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ