第45話 霞、マウントをとる
倫子ちゃんと付き合うことになって数日、まだデートも実現していないというのに、俺とスフィは横浜腐界に出向いていた。
婚約指輪に費やした分を取り戻そうとしているとかではない。腐界に迷い込む人が増加しており、救出作業のために人手を必要としているからだった。つまりは腐界管理局からの要請だ。
倫子ちゃんたちが迷い込んだ時と同じように、きっと現世のどこかでゲートが開いているはず。救助費用が出るのは嬉しいけど、なにも付き合い始めの一番ホットな時期じゃなくてもいいじゃないか。つい愚痴りたくなる。個人の感情より優先すべきことでは理解してるけどさ。
幸いにも、倫子ちゃんは理解を示してくれてるのでそっちは問題ないと思う。というか、本人も腐界で迷子になっていたから、むしろ積極的に救助に行くべきだと考えているようだ。まあ、倫子ちゃんだったら、経験がなくてもそう思っていただろう。
んな訳で、現在の横浜腐界は一時的に一般探索者の入場を制限してるので、認定探索者ばかりが集まっている。今の状況で結晶を拾いに来てる民間人の保護までやる余裕なんてない。制限することに批判はあっただろうけど、腐界管理局は決断してくれたようだ。
「あれっ? 霞くんも来てたんだ?」
越谷栄治くんが俺を見つけて寄ってきた。妹の夕貴子さんの姿はない。今までは別の霊能力者の指示で動いていたけど、やっぱり来てたんだな。
「栄治くんこそ、っているのは当たり前か」
「そうそう。なんかちょっとダウンしちゃった人がでてさ。急遽朝からになったんだ。働き詰めで頭が死にそう」
そう言って栄治くんは苦笑いする。
彼らの探知能力は他の霊能力者より遥かに優れている。数もそうだけど、体内のメレオプラズマが特殊な進化をしてるのかもしれない。そのおかげなのか行方不明者の発見も容易だ。
俺と話しながらも栄治くんは無線で他の霊能力者とやり取りしている。要救助者の元までナビしているんだ。疲れているだろうに立派だ。
「今日は一人だけ?」
「いや、夕貴子は二層にいるよ。アイツの方が探知が得意だから」
妹を褒めつつも、能力が劣っていることに卑屈になっていない。戦闘を見たのは一回だけだったけど、自信もってそうだったもんな。
話してる間にも、腐界基地で待機している他の霊能力者が減っていく。順番に救助に向かってて、俺の出番までもう少しだ。
「それにしても、いきなり増えたよなぁ。夏休み前だったからいいけど、直撃してたらキツかったわ。ゆっくり旅行なんてできないから、あんま関係ねぇけど」
能力があるからこそのジレンマだ。しかも有名人だから、腐界のことを放って遊んでいたらSNSが面倒なことになってそう。
例えば腐界がある地域に旅行にいって、予備戦力になったりできれば旅行もできそうだけど、効率的な戦力の運用をするためには横のつながりというか霊能力者たちの組織がないと難しい気がする。でも能力に差があるし、まだまだ兼業の人も多いからな。色々課題はありそうだ。
「徐々に減ってはいるんでしょ? なんとかなりそうじゃない?」
「だといいけど」
腐界に迷い込む人は、数日前をピークに減少してはいる。
「でも原因が分からないんじゃな。根本的な解決方法がないと一時的には良くても、同じことの繰り返しになるでしょ」
俺より一学年下だけどよく考えてるな。
「原因とは違うけど、ゲートが出現する前には雷っぽいのがあるよね。政府の公式発表はないけど、みんなSNSでそう言ってる」
そう、それは事実なんだ。倫子ちゃんと久坂にヒアリングしたけど、大きな音を聞いたって言ってたし。けど、カミナリか。な~んか閃きそうなんだけど、いまいち出てこないなぁ。まだ情報が足りなくて、頭が整理されてないのかなぁ。
「あっ、そういえばお袋が誰かと電話してるの聞いたんだけどさ。腐界ってアニマムンディに繋がってるらしいぜ」
「へぇ、そうなんだ。やっぱりね」
腐界ができたばかりの時に六道さんから、そういう話は聞いていた。その時は六道さんも腐界について詳しくなかったから確定情報じゃなかったけど、やっぱりそうだったんだ。
「ってことは、アニマムンディに繋がる道は二つになったんだ。常世と腐界で」
「そういうことだな」
イメージ的には常世を経由するのが正規のルートで、腐界はイレギュラーな気がする。常世は普通に成仏した魂が通るから、たぶん幽霊の姿は生物が死んだ時の形そのままだろう。
一方、腐界は色々融合した魂が存在しているから、まるでアニメとか漫画で出てくるような姿のヤツもいる。この違いはなんなんだろう。
そもそもの話、腐界がなくても輪廻転生はできるんだよな。常世には死んだ動植物の魂が通る道って役割があるけど、腐界ってなにか意味があるのかな?
そういえば、常世って今どうなってるんだろ。
今まで通りに機能してるのか?
「栄治くんってさ、常世のこと分かる?」
栄治くんは軽く笑いながら答える。
「分かるわけないじゃん。あそこは幽体しか通れないからね。確認できるとしたら、幽体離脱が得意な人とか、専門にやってるイタコさんくらいじゃね?」
「う~ん。そっかぁ」
イタコってのは東北地方で活動している巫女のことだ。死者の魂を現世に呼び寄せられると言われている。たしか六道さんの親戚が青森を拠点にやってるって聞いたことがあったっけ。
軽く聞いた話だけど、彼女らは自分の幽体を常世に飛ばすことができるそうだ。そしてアニマムンディと接触し、故人の魂を見つけ出す。アニマムンディは世界中の霊魂が集まる場所だ。既に魂が再構成されていたとしても、アニマムンディには生物が生まれて以降のすべての記憶があるといわれている。そこから目的の人物に接触できるイタコさんは本当にすごい技術と精神力を持っていると思う。
「それよりさ。霞くんって夕貴子のことどう思ってる? いや、実はアイツ思ってたより霞くんのことマジみたいなんだよ。よければ考えてみてくれない?」
まさかそんな、これはモテ期なのか?!
だが俺には倫子ちゃんという想いを交わしたパートナーがいる。
申し訳ないが、俺と夕貴子さんは運命の相手ではなかったのだ。
それに、今はスフィが俺の中でこそこそ会話に聞き耳立てているだろう。後日、倫子ちゃんにそれとなく伝えてもらうためにも、はっきりとした態度を示す必要がある。
「俺、こないだ恋人ができたんだ。いきなり腐界がこんなになっちゃったからデートもまだだし、全然実感ないんだけど、そういうわけだから」
なんか、思ったより格好いいセリフが出てこなかったな。でもそれが俺は恋愛偏差値なんだろう。わざわざ背伸びする必要なんてない。
こんな風に思えるのも、倫子ちゃんと付き合っているという事実のおかげだろう。おっとと。スフィも聞いてるからな。スフィに対しても、ちゃんと誠実アピールしておかないと。
「それに俺にはスフィっていう大事なパートナーもいるし。二人とも同じくらい大切だから。その、ごめん」
「うっはマジかよ。慰めんの、めんどくせぇな」
そう言いながら栄治くんは笑い出す。口が悪くても、妹想いの兄なんだろう。
「というか、霞くん恋人いるのかよ。くそっ、裏切者め。俺なんて一度もいたことないのに」
なにっ?
モテそうな顔してんのにモテないのか、栄治くんは。
まあ、俺たちは霊能力者だもんな。修業ばかりで異性と仲良くする暇なんてなかったはずだ。でも、そうかそうか。恋人いたことないのか。
「それなら、参考までに俺が告白した時のこと教えようか?」
「そういうのはいらねえよ。たぶん俺にはまねできないタイプだろうし」
「遠慮すんなよ。でも栄治くんはいいヤツだから、そのうちいい人見つかるよ。頑張ってね」
「うわっ、ウザ。てか、いきなり上から目線とかすげー笑える。霞くんてそういうキャラだったんだな。動画とか丁寧口調多いけど、そっちの方が親しみ持てそうでいいんじゃない?」
「そこはあんまり意識してない。たぶん、周りにいたのが大人ばっかだったからそうなっただけ」
「あぁ、そうだよな。俺たち基本的にジジババに鍛えられてるもんな。って、霞くん出番だぜ」
「OK。じゃナビよろしく」
「任せとけ」
シートベルトを締めてエンジンをかける。スマホには救難信号が出ていない。要救助者は通信範囲外ってことだ。まっ、栄治くんがいれば楽勝でしょ。




