第44.5話 神田の苦悩
霞が倫子と付き合うことになったのと同じころ、日本国政府の機関である腐界管理局に所属する神田は、新任の上司との電話を終えてやや乱暴に受話器を置いた。
彼は憤りを感じていた。もっと探索者を増やして資源を確保できるようにしろとせっつかれていたからである。
政府は米国の圧力により自衛隊の腐界探索を認めておらず、資源の確保は民間の探索者たちに任せきり。それでも日本の優秀な霊能力者や、式神を使う一般探索者たちの活躍によって、なんとか米国並みの資源を確保できていたのだ。
このままでは幽霊資源の確保の面で米国に後れを取ることになる。神田の上司はそれを危惧したのであるが、だからといって腐界探索を安易に推奨すれば、待っているのは悲劇である。地道に霊能力者の育成環境を育てていく必要があるだろう。
だが、神田が気にしていたのは経済面のことではない。もちろん金勘定も大事だが、それよりも重要な軍事的危機が身近に迫ろうとしているのだ。彼が上司の優先順位に不満を持つのも致し方ない事だった。
その背景には、七月中旬頃から米国の腐界調査が飛躍的に進むようになったことが深く関係している。
米軍の対幽霊兵器に技術革新がもたらされていたのである。
米国の霊能力者は元々住んでいたネイティブアメリカンの子孫たちが中心であったが、時代とともに数を減らしていき、カタストロフ時にはわずかな人数しか残っていなかった。そのため幽霊に対しても物量に頼るしかなかったわけである。
物理的な攻撃でダメージを受け付けにくい幽霊であるが、弾丸にはそれ自体に魂・精霊が宿っているので、効率が悪いだけで幽霊の霊力や魂に対するダメージはある。少ないダメージでも繰り返せば、除霊できるということだ。
弾丸に憑りついている精霊を増やせば、精霊から放出されている霊力によって威力が上昇する。当然、体積が大きい方が力が強い精霊が宿っているので威力が高い。だがそれではコスト面での負担が大きい。
新たに投じられた新兵器は、それまでの常識を覆すものだった。弾丸のサイズを変更せずとも、より強い霊力を有する兵器の登場である。それは日本の小さなドローン開発会社からもたらされた。といっても、正規の手段で得たわけではない。
だが経緯はどうであれ、米国の対幽霊兵器は格段に進歩した。
「このままでは、近いうちに米国はアニマムンディへと到達してしまう。そうなったら……」
アニマムンディは世界中の魂を循環させる輪廻転生の要である。仮にアニマムンディを支配することできるならば、魂の行き先を自由に決められるということだ。噂の新型コンピュータも、解析に役立つことだろう。
アニマムンディで再構成された無垢な魂が送られなければ、魂が宿っていない生命が生まれてくることになる。そうなれば特定の地域や民族を緩やかに滅亡に追い込むことができるようになるかもしれない。現段階では想像に過ぎないが、将来的な可能性は十二分に考えられることである。
もっとも現実的であり注意すべきなのは、その巨大なエネルギーを敵対地域に送ることとだろう。強大な幽霊は人々を恐怖に陥れるはずだ。そして、その被害規模はカタストロフを上回る大惨事となる。
だが特筆した霊能力を持たない一公務員である神田に、それに対抗する術はない。できることは、認定探索者たちに協力してアニマムンディにいち早く到達できるように手助けをするくらい。
あとは、アニマムンディを複数の国で監視しながら管理する体制が築かれるように祈るのみだ。
「結局、近藤さんや六道さんたちに頑張ってもらうしかないわけですか」
万が一の場合には、一応保険もある。
だが神田は、脳裏に思い浮かんだ少々頼りない青年の顔を消し去って仕事に戻った。
※この物語はコメディです。




