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第44話 変わっていく関係


 講義が終わると、俺たちは一目散に部室に向かって時が来るのを待っていた。


 もう少しで倫子ちゃんがやってくる。俺たちに告白されるためにやってくるんだ。既に連絡をいれて返信も貰った。塔子先輩は気を使ってくれて、今日は来ないって聞いている。まさに絶好の告白チャンス。


 ドアをノックする音が聞こえてきた。サークル部員でこんなことするのは一人しかいない。部屋に入るよう促した。


「お疲れ様で~す」


 姿を現した倫子ちゃん。声が小さく感じる。服装に変化はないのに、どことなくいつもよりも輝いて見えるのは、俺に恋愛フィルターがかかっているだけじゃないだろう。


『りんこ。ひびきは?』

「え~っと、今日は予定があるって先に帰ったよ」

「ふ~ん。そうなんだ」


 なんたる幸運。

 まあ、久坂がいようがいまいが告白するのに変わりはないんだが。


『りんこ。すわって』

「う、うん」


 倫子ちゃんがソファに座るのを確認すると、スフィは俺の隣でちょこんと小さくなった。なぜ正座をしてるのかは不明だが、今は放っておこう。


「倫子ちゃん。俺――」

『告白するんだよ』


 スフィが台本をすっとばして本題に入った。

 そういえば横浜腐界でも台本どおりにやってくれなかったよな。

 まあいい。この程度のこと、なんの障害にもならない。


「なんとなくそんな気がしてましたけど……」


 倫子ちゃんはスフィをちらりと見た。スフィの存在を気にするのは分かっていた。前回断られた時のことを考えたら当然だ。スフィがいるからと断ったのだから。


 だが今回はそのあたりに抜かりない。あらかじめ分かっているのなら対策をたてるのは当然のこと。というより、スフィが一緒だからこそ有利に働くこともあるはずだ。


「倫子ちゃん。俺の気持ちは変わっていない。いや、前よりずっと好きになってる」

「……はい」


「俺は倫子ちゃんのことが好きだ。大好きだ」

「三門にゃん先輩……」


 スフィは以前のように泣く気配はない。倫子ちゃんは深呼吸した。


「三門にゃん先輩の気持ち、受け取りました。凄くうれしいです。私、前ははぐらかしてしまって申し訳なくて。あれから二ヶ月ちょっと、色んなお話しして勝手に嫉妬したりして、最近やっと自分の気持ちに気づけたんです。だから私っ――」


『りんこ。まだ告白おわってないよ』

「えっ、う、うん。そうだね?」


 倫子ちゃんの返事はスフィに遮られてしまった。なんか思ってたよりいい感じの返答に少し驚いてしまった。おかげでスフィが俺の前に出るのを防げなかった。


 でも、スフィの言っていることはある意味正しい。まだ好きだと気持ちを伝えただけだ。これからどうしたいのかは話していない。倫子ちゃんはそう思っただろう。だがスフィが伝えたいのはそうじゃない。目的は自分の告白だ。


『りんこ。スフィもりんこのこと、好きだよ』

「えっ? うん、ありがとう」


『りんこ、スフィのこと好き?』

「うん。好きだよ」


 倫子ちゃんは俺の時と違って即答した。文句があるわけじゃない。俺のときはスフィが遮っただけだし。


「好きだけど、どうしたの急に?」

『りんこ、かわいそう』

「ええっ? なに、えっ、どういうこと?」


 流石に端折はしょりすぎだ。スフィの中では繋がってるんだろうけど、それじゃあ倫子ちゃんには伝わらない。


『りんこ、スフィとカスミのこと好きなのにいっしょにくらせない。だからかわいそう』

「そ、そうなんだ。でも響ちゃんがいるから大丈夫だよ」


 倫子ちゃんもスフィ相手だとはっきり拒絶した言い方はできない。なぜスフィがかわいそうだと思うようになったのかは分からない。アニメの影響かもな。


『ん。カスミ』

「うん」


 さて、ここからが本番だ。今の調子なら上手くいきそうな気がしてきた。


「倫子ちゃん。俺もスフィも倫子ちゃんと一緒に暮らせたらなって思ってる。今すぐの話じゃない。将来的にはそうなりたいって思ってるんだ。だからこれを受け取ってほしい」


 鞄の中から小箱を取り出して、倫子ちゃんの目の前で開いてみせた。中に入ってるのはもちろん婚約指輪だ。


「倫子ちゃん。結婚しよう」

『しよう』


「ええぇぇ!! ちょっと待ってください。結婚を前提に付き合うとかならわかりますけど、いきなり結婚ですか?」


 凄い驚きようだ。倫子ちゃんのこんな表情今まで見たことない。俺はこれが見たかったんだ。


「時期が来たら結婚しよう」

「無理です、ごめんなさい」

「なにゆえ!?」


「だってだって、い、いきなり結婚とか言われても困りますよ」

「みんなで一緒に暮らすならこれがベストだと思わない?」

「なんでそう話が飛躍するんですかっ!?」


『りんこ。カスミのことキライなの?』


 倫子ちゃんがスフィの問いに困った顔になって早口で話し出す。


「嫌いじゃないよ。むしろ好きだけど、でも結婚って、徐々に段階を踏んでいってからするものなんだよ。待ち合わせを楽しんだりデートしたり、すれ違いでヤキモキしたり、喧嘩したりして、そういうことを二人で乗り越えてたどり着くものなの。私はそういう恋愛がしたいの」


 なるほど。それが倫子ちゃんの描いていた結婚までの道のりだったんだ。すべきことは理解できた。ならば実行に移す。それだけだ。


「倫子ちゃん! それなら俺と――」

「だから、ごめんなさい!」


 俺の言葉を待たずに倫子ちゃんは立ち上がり、部屋を出ていこうとしてる。今まで見たことないくらいの敏捷さだ。新たな魅力に見惚れてしまったせいで出遅れてしまった。


 倫子ちゃんを追うために俺も立ち上がる。だけど俺より早くスフィが動いており、いち早くドアノブを抑えることに成功していた。


『りんこ待って』


 スフィを押しのけて部屋を出るなんてできないはずだ。やり場のない怒りの矛先は俺しかない。表情は見えないけど色々考えているんだろう。すこしした後、倫子ちゃんが勢いよく振り返った。


「三門にゃん先輩っ」

「はい!」


 これまでにない強い口調に、思わず背筋が伸びてしまった。倫子ちゃんは顔を真っ赤にしているけど、怒っているというよりは恥ずかしがってるように見える。


「分かってたつもりでしたけど、三門にゃん先輩がちょっとずれてる人だったって、今日きちんと認識できました」


 俺は普通だよ、なんて言っても、今の倫子ちゃんは素直に受け取ってくれないだろう。ここは我慢だ。


「でも大丈夫です。今度から私が普通の感覚を教えてあげますから」

「それはどういう方法で?」

「え~っと、それはその、そうっ。デートとかですよっ」


 なんと!

 まさか倫子ちゃんの口からそんな提案がでるなんて思いもしなかった。


「スフィもだからね。これからは厳しくいくよ」

『ん?』


 何のことを言っているのか分かっていないだろうに、スフィは敬礼で返答した。倫子ちゃんがスフィの教育をこれまで以上に手伝ってくれるってことなのかな。


「あんまり三門先輩の影響受けてると変な大人になっちゃうからね。私と一緒に素敵な女の子になろうね」

『ん。りんこ、スフィのママみたい』

「スフィ~!」


 まだ十八歳の大学生にママ呼びは駄目だった。倫子ちゃんの圧力を感じて、スフィは視線を逸らした。ママみたいってのは俺だって感じたけども。


 でも、いつかはそうなるといいなって思ってた。それが今、実現しつつある。こんな幸せがあっていいのかよ。


 結婚に同意してくれるには時間がかかりそうだけど、恋人になることはできたってことでいいんだよな。


 それにしても、初めて出会った時と比べて印象が随分変わってきたな。でも新しい倫子ちゃんも魅力的だ。


「なに笑ってるんですか。か、かかか、霞先輩」

「ぐはぁっ」


 や、やばい。なんて破壊力だ。

 いきなり名前呼びとは恐れ入った。


 俺、こんなに幸せでいいのかよ!

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