第43.5話 倫子、もしもに備える
買い物を済ませた倫子と響は、重くなった手さげ袋を手に自宅に向かっていた。
倫子はゆっくりと歩いていた。いつものペースと違うのは、先ほどまでの出来事を思い出しては後悔を繰り返していたからだ.
普段は感情的にならないように心掛けながら生活しているが、霞に強く当たってしまった。少なくとも本人はそう感じている。
一方、倫子と並んで歩く響は、親友の邪魔をしないように会話を交わさずに見守っていた。彼女にしても倫子が他人、とくに男性に対してきつく当たる姿をみたことがなかった。それだけに驚きで一杯だったが、今は珍しいモノを見ている気分だった。
だがそれも帰宅するまでのことだ。注意力散漫になって事故にでも遭ったら大変なので、今は余計な事を言わないようにしているが、きちんと聞かねばならないことがあったからだ。
アパートに戻って食材を冷蔵庫に入れ終わると、響はちょっと話をしよう、と倫子に声をかけた。倫子がお茶を用意し、二人はテーブルをはさんで向かい合った。
「今日の倫子、ちょっとおかしかったよね?」
「やっぱりわかっちゃうよね」
「まあ、あの人は全然気にしてないと思うけど。というより、たぶん喜んでると思う」
「なにそれ」
「私さ、倫子がスフィたちと話してる時、塔子先輩に聞いたことがあるんだよね。三門先輩のこと」
「そうなんだ。どんなこと話したの?」
「あの人、自分の得意分野については自信ないのに、なぜか恋愛についてはポジティブになるんだって」
やはりそのことか。自分の言動のおかしさに気づいてるだけに、問われるだろうと倫子は覚悟していた。
「第三者的に見てさ、さっきの倫子って滅茶苦茶嫉妬してるように見えたよ。きっと三門先輩も謎のポジティブを発揮して、そう思ってるはず。そうなると次のアクションは……」
「アクションは?」
「ずばり再・告・白!」
響は霞の行動をかなり正確に予測できていた。スフィも一緒に告白してくるのを想定するのは不可能だろうが。
響の想像を聞いて、倫子はあるかもしれない、と思い始めていた。出会って僅かで告白してきた霞である。倫子は、響の考えに信憑性を感じ始めていた。
「また告白されたら倫子はどうするのかなぁ。前の告白から三か月くらい。なあなあになってる関係にいよいよ変化が訪れるのか、果たして」
「なんか、響ちゃん楽しそうだね。三門にゃん先輩とのことは反対だったんじゃないの? 今はかなり前向きに思えるんだけど……」
「助けてもらったのを別にしても色々あったからね。倫子がいいなら反対しないよってくらいは思ってるかな。それで倫子はどうするの?」
「それは……」
霞に好意をもってきてるのは確かだ。倫子は、大学に入学してからの記憶を思い出していた。数瞬後、自分の気持ちを確認した倫子は響にそれを伝えることにした。
「うん。決めたよ。私、三門にゃん先輩が告白してきたら付き合うことにする」
「ほうほう。その心は?」
響はニヤニヤしながら倫子に迫った。
「横浜腐界で会った時にドキッとしたのはそうなんだけど、それがあったからってわけじゃないよ」
「それは分かってるよ」
感謝の気持ちはあるが、それを恋愛と結び付けたりはしない。二人ともそれははっきりと分かっていることだ。
「三門にゃん先輩って、自然体っていうか裏表がほとんどないから、一緒にいる姿が想像できるんだよね。それに私の両親と電話で話した時に思ったんだけど、意外に世間とずれてないっていうか、普通だなぁって」
「意外って。でもアレ、塔子先輩の入れ知恵だよ。先輩っぽくなかったもん」
「えっ、そうなの?」
「絶対そうだよ。塔子先輩のことをすごく信頼してるから、なんでも相談しちゃうんだよ。だから三門先輩のいいところとは別な気がする」
「でもでも、スフィが凄くのびのびしてて、信頼してる感じがするの。私と一緒にいるときも笑ってくれるんだけど、三門にゃん先輩のところに戻ると安心した表情になってるんだよ」
「あぁ、なるほどねぇ。言われてみればそうかも。よく見てるわ」
「それに、私たちも実家を離れて苦労したでしょ? 三門にゃん先輩は自分一人でやりながらスフィと元気に暮らしているの。そこは本当に尊敬できるなぁって。だから、なのかな?」
響は驚いた。自分が思っていたよりも遥かに倫子は霞に好意を抱いている。わざわざ助け舟を出す必要などなかったのだ。ただ、それならば自分から言い出しても良いのでは、と思う響であった。




