第41話 歪な共演
「あっちにちょういいのが来てる」
越谷ツインズの妹ちゃんこと夕貴子さんが幽霊を探知したので、撮影現場に向かうことになった。
俺たちがこれからやるのは、二層にいる幽霊を弱体化させることだ。完全に除霊してしまうと幽霊資源が使用できなくなるので、早く資源として利用できるように弱めてしまおうという意図がある。
つまりは幽霊を結晶化させて、現世で役立てようってことなんだけど、結晶化の方法は二通りある。自然に結晶化するのを待つか、霊能力者が幽霊を封じてしまうかだ。
多くの人は霊能力者が幽霊を集めて儲けているように思っているらしいけど、実際にはそんなことない。たぶん。
それは、より有効に利用できるのが、自然に結晶化した方法のモノだからだ。幽霊は魂と魂から発生する霊力で構成されている。エネルギーとして使うのは霊力部分だけなので、霊能力者の強力な霊力を浴びてしまうと、幽霊の霊力が大きく減り、価値が激減してしまう。
それを防ぐには、魂部分だけを攻撃することだ。その結果、弱まった魂に不釣り合いな霊力が存在することはできず、自壊して結晶になるという。
これが霊能力者が幽霊資源を積極的に集めない理由だと聞いたことがある。幽霊の魂にだけ攻撃するのは困難だ。
一方、自然に結晶化する場合、つまりは魂は役目を終えた時に、最後の輝きをみせるように強力な霊力を生み出して結晶となる。
切羽詰まってれば別だろうけど、苦労してリスクを負って結晶化させても弱い幽霊が自然に結晶化したものの方が価値があるなんてやってられないってことだ。それほど強くない霊能力者なら猶更だよな。
それならば現世で除霊の仕事を請け負った方がコスパもタイパもいい、ってのは俺でも知っている。腐界を巡回するのは、霊能力者として一般人を守るという最低限の義務を果たせて外聞を保てる、という理由くらいしかない霊能力者もいる。もちろん、そういう霊能力者ばかりではないんだけど。
と、まあそんなわけで資源確保のためを考えれば、腐界の幽霊を積極的に除霊するのは、憚られるんだけど、強い幽霊を弱体化させるのは良いらしい。
弱体化させて放置すれば、強い幽霊を結晶化させた時よりも価値のある資源を手に入れることができるようになる。それをゲットできるのは探知能力に長けた人か、長時間腐界にいる人か、あるいは運が強い人だろう。
公にはされてないけど、弱体化は国から推奨されている方法でもある。強力な幽霊は結晶化するまでの時間が長いし、他の幽霊を取り込んでさらに強くなってしまう恐れもある。強い幽霊十体よりも、弱い幽霊百体の方が国にとっては価値があるんだ。
「さてと見えてきたな。じゃあ三門くんよろしく」
「OK。任せて」
栄治くんが腐界に持ち込んだおもちゃのラジコンの魂を吸い込んでいく。これでラジコンは空っぽになったので憑りつこうと幽霊が寄ってくる。それを待ち構えて弱体化させるんだ。ドローンじゃないのは単純にラジコンの方が安いから。役割は俺がラジコンの操縦で、双子が幽霊を弱体化だ。
でもちょっと待てよ?
俺の役目も大したものじゃないけど、このままだとスフィの出番がなくて、まるで達成感がない。せっかく本人が色々やる気になってるのにこれは良くない。
ならば操縦はスフィに任せてみようか。子供なら吸収力があるだろうし、すぐ上手くなるだろう。
「スフィ。やってみるか」
『ん。スフィがぱいろっとになるよ』
「それはちょっと違う」
スフィにコントローラを見せたが、どうにも反応がいまいちだ。まあ実際に見てみないとピンとこないよな。その役目は経験のない俺ではない。
「それじゃあ栄治くん。お手本よろしく」
「こういうのは夕貴子が得意だから」
栄治くんはそういって妹にコントローラを渡した。
「くふふふ。任せて」
言葉通りに見事な軌道を描いたラジコンは、俺たちの周囲をぐるりと回って戻ってきた。興奮してるのか、スフィの肩が震えている。もしかしてこの後ラジコン買ってくれとか言われたりして。高い買い物をしたばかりなのでそんなことはしないけどね。
スフィは真剣な表情で夕貴子さんの説明を聞きはじめた。何度も小さく頷きながら、指先を動かして真似ている。たいした集中力だ。
「どうだ、スフィ。できそうか?」
『カスミ。静かにして』
「すみません」
『んんっ』
俺の言葉を無視して、スフィは力強い声を上げた。同時にラジコンが飛行を開始する。けど力強いのは声だけで、コントローラの魂を消さないようにしっかりと力を制御できている。
「スフィ。体は一緒に動かさなくていいから」
『カスミ』
集中してるから今は声をかけないでくれとでも言いたいのだろう。普段よりもさらにシンプルなメッセージを飛ばしてきた。
そのおかげもあって短い時間でだいぶ上達したように思える。一周回って着地した場所は流石に夕貴子さんほど正確じゃなかったけど、これなら幽霊を釣るくらいは十分にできそうだ。
「いいね、いいね。それじゃさっそく本番行こっか」
というわけで、返事をするとカメラ位置の調整なんかを無視して、いきなりラジコンを離陸させた。そんな状況でも、越谷ツインズは戦闘態勢をとって待ち構えていた。
操縦の仕事をスフィに任せた時点で俺の役目はない。周囲の索敵をしても、戦闘中の越谷ツインズの二人には敵わないだろう。
「最初は幽霊とマージンとって、徐々に近づけてみて。そんで反応したら、こっちにおびき寄せるんだ」
『んん』
スフィの操るラジコンが幽霊に近づいていくと、対象が反応を示して方向転換した。ラジコンに憑りつこうと、迫ってきているのが遠くに見える。
でもスフィの操縦も負けてない。追いつかれないように、それでいてちゃんと食いついてくるように距離を保って飛ばしている。
「よっしゃ。予定通り。夕貴子!」
「んふふふ。任せて」
これまでと同じように低いテンションで兄に答えると、夕貴子さんは木製の弓矢をかまえて幽霊の進路に向けていた。
この弓矢は特別製だ。夕貴子さんの弓と栄治くんの剣はいずれも木製だけど、苗木の頃から自分たちの霊力を注いで育てた木で、それを材料にした武器は彼らの霊力をフルに伝えられる最高の武器なんだ。
自分の霊力に反発しないし、武器が霊力を纏えばさらに射程距離が延びるので、俺のように肉弾戦のリスクを負わずに戦うことができる。
しかも夕貴子さんは弓矢だからな。矢の方は霊力だけで構成されたとんでもない代物だ。肉体の外側で霊力を維持するのは霊能力者だって難しいってのに。彼らも幼い頃から相当な修業を課されていたに違いない。
安全な距離から、夕貴子さんが放った矢が的確に幽霊の魂とわずかに接触して弱体化させている。正確無比という言葉がふさわしい。
そのおかげで、元々予定のなかった俺だけじゃなくて、栄治くんもまるで出番がなかった。でも、表情は穏やか、というより少し驚いているように見える。もっと好戦的なのかなと思ってた。
「三門くん。すごいじゃん、君の能力。あれだけ綺麗に魂がなくなってれば、そりゃ幽霊どもは寄ってくるよな。おかげで近づく必要がないから、一体づつ安全におびき寄せられるよ」
なんか、他の霊能力者にここまで褒められたの初めてだな。というか、ほとんど関りを持たないから交流自体が珍しいんだけど。
「いやいや、それより夕貴子さんでしょ。百発百中じゃん」
スフィがラジコンが真っ直ぐ飛ばしてるので、幽霊の進路が予想しやすいってのはあるにしても、正確さには関係ない。凄すぎるな。
「栄治くんは戦わなくていいの?」
「いいよ別に俺は。仕事でやってるだけだから楽な方がいいし。それに視聴者がついてるのはほとんど夕貴子だから、動画的には今のままでいいんだ。まっ、俺も最後にちょっとだけ戦って編集するけどね」
そう言って栄治くんはケラケラと笑った。ついでに、夕貴子さんの背中も笑っているように見えた。




