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第40話 越谷ツインズ


『カスミ。おきて』

「う~ん。もう少し」


『だめ。今日はさつえいだよ』

「あと五分だけ」

『おっきろ~!』


 朝からスフィが俺の耳元で大声を響かせた。

 ったく、慎みはどこに行ったんだ、慎みは。


 ベッドから立ち上がると、レンジから温め完了を知らせる音が聞こえてきた。どうやらスフィがトーストを用意してくれたようだ。


「ありがとな」

『早くたべて』


 時計の針は既に八時を回っている。横浜腐界に十時前集合なのでまだ余裕はある。スフィは早め早めの行動が身についているらしい。俺はこんな指導をしていない。誰の影響を受けたんだか。


 食事を終えて歯磨きをする。昨晩から用意しておいた服に着替えて準備万端だ。紬のドローンは既に受け取って腐界のロッカーに預けてあるので、荷物をほとんど持たずに出発できる。


 今回のコラボでは、当初スフィの出番はなかったし、越谷ツインズさんもそれを了承してくれていた。ところが、スフィが出番を欲しがったので急遽予定を変更することになったんだ。


 そこで問題になったのが、果たしてスフィは人見知りをせずに出てきてくれるのかだった。なので、出演が決まって以来、スフィは越谷ツインズの動画を見つづけていた。


 彼らは俺と違って強力な除霊能力を有している。そのため関東の大学に入学したにもかかわらず、日本各地の腐界から応援を頼まれて、横浜腐界に潜ったのもちょっと一層を覗いただけ。コラボの予定も六月までずれてしまったのだ。


 期間が空いたおかげでスフィはきっと二人に親近感を抱けたと思う。俺としてはちょっと怖い要素もあるんだけど、越谷照子さんの子供だし、ライブ配信じゃないから大丈夫だと楽観視している面もある。




 横浜腐界に入って認定探索者用のロッカーで時間でドローンを持ち出してセッティングを確認する。それがちょうど終わったころ、顔の似た男女が入ってきた。彼らが越谷ツインズに違いない。小声でスフィに呼びかけて挨拶に向かう。なによりも第一印象が重要だ。感謝を込めてできるだけの笑顔で対応しよう。


「こんにちわ。三門です。今日はよろしくお願いします」

『よろしくお願いします』


 男どうしで握手を交わす。スフィは俺の右後ろあたりから、ひょっこり出した頭を軽く下げた。


「こちらこそよろしく。おい、お前もしっかりと挨拶しろよ」

「うふふふ。よろしく三門さん」


 ハキハキと話すのが兄の越谷こしがや栄治えいじで、ちょっと不気味な雰囲気を醸し出しているのが妹の夕貴子だ。


 夕貴子さんは兄の後ろに隠れながらも、俺の方をじっと見つめ続けた。目が合うと視線を逸らすのに、それでも懲りずに見つめてくる。動画で確認したとおり、ちょっと人とは違うタイプの女の子だ。なんだかスフィが怖がっている気もする。


「へぇ~。これが幽霊対策済みのドローンか。カメラとか照明も俺たちのよりいいヤツだ。それじゃ予定通りでお願いします」


 配信は彼らのチャンネルで行うけど、カメラはつむぎのドローンも使用する。それは紬側も了承済みだ。俺たちのチャンネルは今回動かさないことになっている。


「それじゃ早速現地へ行きましょう。段取りですけど、まず二層の入り口でオープニングをとります。その後で支援活動。最後にトークをして撮影終了。その後もう一仕事で解散ってことで」


「OKです」


 ってなわけで、車をレンタルして二層の入り口である仮設基地に向かう。道中は互いに無言だ。台本を用意して演出するわけではないので、初対面を活かして色々質問するってことらしい。なので、今は必要以上には話さない。


 目的地までは俺が運転していて、助手席にはスフィが座っている。何故か夕貴子さんが隣に座ろうとした瞬間にスフィが中から飛び出して席を主張したんだ。何を考えているのかよく分からん。


 仮設基地に到着したので車を停めると、栄治くんがお札を取り出して結界で車を防御した。高そうなお札を自然に使うなんて、流石は武闘派で知られた霊能力者だ。


 自分の霊力を注ぎ込んでお札を自作できるからこそ、あれだけたくさんのお札をいっぺんに使えるんだろう。正直羨ましい。


「お兄ちゃん。周りにはいないよ」


 恐らく妹の夕貴子さんの方が探知能力に優れている。栄治くんが信頼してるのが伝わってくる。


「よし。それじゃあ始めよう」


 目の前にスマホを固定して撮影を開始した。上空には俺たちのドローンも浮いている。


「越谷ツインズ~、イン横浜腐界~」


 栄治くんのテンションが突然上がった。これが配信強者なのか。夕貴子さんも声は出してないけど、拍手で盛り上げようとしている。思いっきし含み笑いだけど、これで大丈夫なのかな。まあ、そのまま撮影続けてるし問題ないんだろう。


「今日は特別にスペシャルゲストを呼んでます」

「お兄ちゃん。同じ意味繰り返してる。ぷ。ふふふふ」


 やはり夕貴子さんは独特な感覚の持ち主だ。気を引き締めないと飲み込まれちゃいそう。


「霊能力者の三門霞くんと、幽霊少女のスフィです!」


 呼ばれたタイミングでカメラにおさまるように移動する。スフィもきちんと段取りを理解してるようだ。俺よりも沢山動画を確認してるだけのことはある。


「ども。三門霞です。よろしく」

『スフィだよ』


 俺もスフィも、自分のチャンネルじゃないからいつもより緊張している気がする。ちょっと体の動きが鈍い。


「今日は何をするのかっていうと、せっかく霊能力者が三人もいるので、当然除霊に行きますよ~」

「ハートを射貫いてあげるの」


「いや射貫いちゃ駄目だろ」

「ふふふふ。お兄ちゃんのハートは射貫かないから安心して」


 そういって夕貴子さんはじっとりとした視線を俺に送ってきた。これが噂のアレか。一芸持った人物に対して誰彼構わずアプローチしてくるというアレなのか。俺にも一応幽霊を吸収する能力があるからな。


「あなたの遺伝子頂戴いたします。ふふふふふ」


 夕貴子さんが矢を射る仕草をする。このタイミングではっきりと拒絶して、夕貴子さんががっかりするのが彼らの鉄板のオープニングだ。


 予定通りに、俺はごめんなさいと両腕で大きなバツ印を作った。

 ところが、動画を沢山見てきたはずのスフィが俺たちの間に入ってきた。


『ダメだよ。カスミ好きな人いる。スフィとりんこ』


 やっぱりスフィはお約束を理解していなかった。遺伝子どうこうは分からなくても、なんとなくニュアンスで分かったのだろう。


 でも倫子ちゃんの名前を出すのは良くないぞ。彼らにチョキチョキしてカットしてくれとお願いする。もちろんスフィにも小声で伝達する。


「スフィ、今のは本気で言ってるわけじゃないから」

『ん~ん。アレは本気の目、だよ』


 こ、これは勘なのか?!

 女の勘なのか?!


 というか、本気の目とか言われても困るんだけど。

 違ったら自意識過剰で馬鹿みたいだし、真面目に拒否しても空気が悪くなる。

 難しいな。いざとなったら、俺には運命の相手がいると伝えるべきだろうか。

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