第39話 久坂は酷いやつだ
「三門先輩、CM見ましたよ!」
オカルト探求部の部室に入るなり、リズミカルな足音を鳴らしながら久坂が近づいてきた。その表情からは、ちょっと小ばかにしてやろうといった思惑がうかがえる。
「素晴らしい演技力でしたね」
「うるさいよ」
撮影の時にちょっと緊張して表情がぎこちなくなっただけだ。
「びっくりしましたよ。響ちゃんに呼ばれて、どうしたのかなって思ったら、スマホの画面に三門にゃん先輩が出てきて。そしたら中からスフィが現れたんですから」
「俺もびっくりだよ。最初はスフィだけって話だったんだ。それが色々あって俺も出演することになったんだから」
「スフィと違って、先輩の扱いはめっちゃ小さかったですよね。待遇の差に涙が出そうでした」
「そこはちゃんと泣けよ。我慢しないで笑い泣けよ」
先週、紬ロボティクスからのCM出演依頼をスフィは快諾した。CMがどういうものなのかスフィはある程度理解しているだろうから、受けるかどうかはスフィ次第だったんだ。
そしたら、俺の考えを聞こうともせずにスフィは引き受けると言った。これまでのスフィだったら、俺の顔色を見てきたと思う。それが今回はそんな素振りを見せずに自分自身の意志で決めたんだ。流石に撮影現場では緊張していたようだけど、二の足を踏むようなこともなかった。
横浜腐界での一件からスフィの中で何かが変わったというか、そういう想いが芽生えたというか、とにかく成長を感じた出来事だった。
「でも紬はアレで良かったんですかね?」
「ちょっと響ちゃん」
久坂がさらに俺を追いこもうと企む。それを倫子ちゃんがたしなめた。対して久坂は、「安心して」とでも言いたげに軽く頷いた。でも明らかに嘘っぽい。
「だって他のエキストラと比べても先輩目立ってましたよ。あっ、もちろんいい意味じゃないです」
「多分そうだと思ってた」
「幽霊が見えない人にとっては、面白みのないCMでしょうね」
「見えない人は好んで腐界に行くことはないから、そこに需要はないでしょ」
「ターゲットは完全に絞ってますよね」
「うん。これも時代の流れだね」
テレビとかでも幽霊が見えない人は仕事がなくなってるらしいからな。今は過渡期だしそういうものなんだろう。ワイドショーなんかでも、幽霊の扱いが増えてるって聞いてるし、今のところ関係ないのはドラマ撮影くらいだろうな。
でも、スフィみたいな存在が増えたら幽霊が役者としてドラマに出たりするのかな。まあ、俺が気にすることでもないか。
「んじゃ俺たちそろそろ帰るから」
「さっき来たばかりじゃないです」
倫子ちゃんが名残惜しそうに肩を落としている。
「明日横浜腐界でコラボ撮影することになったから、早く帰って体調管理しなくちゃならないんだ」
「そうなんですか。お疲れさまでした」
時間がないので、早足で駐車場に向かう。でも、普段からそこまで体調に気を使ってるわけじゃないし、準備なんてすることもない。早く帰らなきゃいけないのは別の理由からだ。
スフィが毎週見るアニメの時間が迫っているんだ。見逃し配信とかで見ればいいのに、なにやらこだわりがあるらしい。時間前にはテレビの前で正座をして準備している。
そのことを素直に倫子ちゃんたちに伝えたら、こども扱いされたとスフィがヘソを曲げそうなので、さっきは適当に理由をつけただけだ。もうバレバレなのにと思いつつも、そこらへんはデリケートな乙女心なので触れないようにしている。アニメに負けたと知れば倫子ちゃんは悲しむだろうし。俺はこれでも気遣いができる男を目指してるからな。
スフィは先日のCM撮影の報酬で、アニメを見るための大型テレビを所望した。それはいい。ただ、お金は問題じゃないけど、その大きさのせいでは狭い自宅がさらに狭く感じるようになってしまった。
購入の際に、スフィに部屋の中で暴れないようと言いつけたけど、どちらかというと俺が変に挑発をしてスフィを暴れさせないようにする方が重要な気もする。
スフィは大きなぬいぐるみも同時に欲しがった。ただそれだと生活しづらいので、どっちかだけにしようと提案した結果、大型テレビになったわけだ。
スフィがアニメを見る時間は、基本的には俺が食事をしたり、お風呂に入ったりして一人で過ごす時間だ。今はあまり気にしなくなったとはいえ、食べてるところをずっと見られるというのは気恥ずかしい。なので、スフィがアニメに熱中するようになってからは今のかたちに落ち着いている。
俺の生活はスフィがやってきてから随分変化した。大学入学してから一人気ままに生活してきたのが、今では規則正しい優等生みたいだ。たまに霊幕が傷ついて、それを癒すために寝過ごすこともあるけれど。
ご飯の時間も早くなったし、夜十時前にベッドに入ることも珍しくない。スフィに注意するなら自分が手本を見せないといけないので、部屋を汚さないように気を付けるようにもなった。
「スフィ。そろそろ寝る時間だぞ。明日は早いんだからな」
『ん。分かってる』
スフィは目のあたりをこすりながら電気を消しにいくと、ベッドにもぐりこんできた。最初は俺の中に入ってきたけど、外で出たまま隣で眠ることもある。理由は分からない。霊力のコントロールが上手になってきたから、寝てるときにモノを壊さないようになった。
疲れていたのかスフィは瞼を閉じるとすぐに眠りについた。寝相が悪いので、毛布が引っ張られていく。結構強く掴んでいるので、寝ているうちに一枚しかない毛布がなくなっているのもしばしばだ。
寒さとか暑さは感じないって本人から聞いてるので、生前そういう癖でもあったのか。今はいいけど、寒くなった大変だな。というか、俺たちはいつまでこうして暮らせるのだろうか。
なんとなく一緒にいることが普通になっちゃってるけど、本来であれば難しい立場だったはずだ。日本政府は今のところ静観しているけど、この先どうなるかわからない。
スフィと出会って二ヶ月弱しか経っていないのに、すっかり二人暮らしに慣れてしまった。窮屈に感じることもあるけど、突然今の生活を失うことに耐えられるだろうか。
まあでも、いくら悩んだって俺にできるのは、動画を通してスフィが世界にとって脅威じゃないってことを示していくことだけだよな。




