第35話 塔子への報告
倫子ちゃんと久坂を乗せた車が病院に向けて出発したのを見送った。聴取も無事に終えたので、俺とスフィも自宅に帰ることにした。
でも、その前に越谷さんにお礼のメッセージを送って、と。あとは塔子先輩にも二人を無事に救出したことを知らせておこう。今回は緊急事態だったし。詳細は明日直接会った時でいいだろう。
さすがに疲れたので、帰りに弁当を買って帰ることにした。家に戻って晩飯をたいらげて、ニュースでも見ようとしたところ、スフィから相談を受けることになった。
『スフィ、りんこにありがとうって言われた。でも、役にたたなかった』
今度はスフィが泣きそうになっている。たしかにスフィには除霊しないようにしてもらってたけど、本人にとっては悔しかったんだろう。倫子ちゃんたちのことが気がかりだったけど、もっとスフィのことも考えるべきだった。
「そんなことないぞ。一緒にいてくれるだけでも心強かったし、倫子ちゃんたちだってそう思ったはずだ。スフィと会った時、優しい顔になったのを覚えてるだろ」
自分で言ってて、納得してくれないだろうなぁと思ってしまう。まるでアニマルセラピー扱いだもんな。もっと、自分の力を使って助けたかったのだろう。
でも、一緒にいてくれてくれて良かったと思ってるのはホントのことだ。
「車の精霊だって少しづつ傷ついていたけど、スフィがいてくれたおかげで諦めて他の幽霊が寄ってこなかったんだよ。これだって大切な役目なんだぞ。俺ができないことをスフィがやってくれたんだよ」
『スフィとカスミのきょうりょく技?』
どうやら俺が選んだ言葉はスフィの心に響いてくれたようだ。悲しそうな先ほどまでとは打って変わり、狭い部屋を元気に飛びまわっている。そんな姿を見てると俺まで嬉しくなってくる。
スフィの悩みが解決したところで、時計をちらりと見た。疲れはあるけど、まだ寝るには早すぎる。さっきまではニュースを見るつもりだったけど、もうちょっとスフィと話した方がいいかもしれない。
「倫子ちゃんたち、明日は大学に来れないだろうなぁ」
『来ないの?』
「まあ、明日は無理かな。明後日は、う~ん難しいかもな。二人の部屋は立ち入り禁止になってるだろうから。そうなると大学には来れないなって。倫子ちゃんの親が来るかもとか言ってたから心配ないけどね」
『スフィ、りんことひびきいないと寂しい。カスミ、なんとかして』
「う~ん。もう政府の管轄になってるかもしれないからなぁ。カギがあっても勝手に入れないと思う。政府お抱えの霊能力者のGOサインが出ないと、あの部屋には戻れないんじゃないかな。俺だって入れないよ」
「カスミ、けんりょくに弱い」
「模範的な人間だと言って欲しい」
『スフィ、いいこと思いついたよ』
なんだか随分嬉しそうだ。きっとスフィにとって都合がいいんだろう。
『りんことひびき、ここに来たらいい』
「それは名案だなぁ」
実現すればね。倫子ちゃんは気持ちだけ受け取って、それとなくお断りしてくる姿が思い浮かぶ。逆に久坂は凄い勢いで否定してきそうだ。
「でも、二人が来るとしたら狭いかな。それに掃除大臣さんが最近アニメばっか見てるからあんまり綺麗じゃないしなぁ。これじゃあ泊まれないよ」
そうして、食後の片付けタイムに突入した。ただし夜なので掃除機を使わずに、できるだけ音をたてないようにしなくちゃならない。名刺を探すのに、だいぶばらまいたから丁度いい。あれっ? 部屋が汚いのは俺のせいじゃん。一瞬だけど、スフィのせいにしてごめんよ~。
一晩眠ったらすっきりした。
というか、眠り過ぎで遅刻だ。急いで準備して大学に向かう。幸いにも大教室での講義だったので、後ろからこっそり入室して講義を受けた。
午前の予定を終えるとオカルト探求部の部室棟に直行する。塔子先輩に昨日のことを話すためだ。午後の一発目は空き時間なので、飯はその時に食べればいい。塔子先輩はご飯に興味ないからいつも携帯栄養食だし、部室に暇をつぶしに来るだろう。
俺たちから遅れて数分後、予想通りに塔子先輩が入ってきた。
「お疲れ様です。塔子先輩」
『とうこ、ひさしぶり』
「ひさしぶり~。二人とも昨日は大変だったみたいだね~」
塔子先輩の方は連休前と変わらず飄々としている。短い期間で変わるなんて、成長期の子供じゃないんだから当たり前だけど。
「はい。さっき連絡があったんですけど、二人とも体に異常はなかったみたいです」
「それは何より。それで今日はどうしたの?」
「一応、くわしく説明しておこうかなと思いまして」
それから、昨日のことについて、知りうる限りのことを話した。自分一人だと考えが纏まらないことでも、塔子先輩と話していると不思議と思いついたりするんだ。
「それで色々考えるとことはあるんですけど、一番の問題は、なんでベランダの室外機の精霊だけがいなくなってったことなんですよ。そのせいでゲートができて二人が腐界に吸い込まれちゃいましたから。解決しないかぎりあの部屋は使うのは怖いですよ。またゲートができるかもしれませんから」
「ポイントは、ゲートが発生したであろうタイミングの直前に、大きな音がしたってことだよね?」
「はい。二人もお隣さんもその音を聞いたって言うんです」
塔子先輩は視線を斜め上に向けて思考を加速させると、俺の目をじっと見つめてきた。心の内を見透かされてるように感じる。
「三門にゃん。これって小さなカタストロフなんじゃないの?」
やっぱり塔子先輩は凄い。短い時間で俺と同じ結論にたどり着いてしまった。
「はい。実は俺もそう思えてきたんです。そりゃあ規模は全然違いますよ? でも、起こった現象はそっくりじゃないですか」
「そうだね。でも違いはあるよね。答えられる? 例えばカタストロフの時、たくさんの幽霊が現世に現れた。でも二人のアパートから幽霊が出てきた様子はないんでしょ? 出てきてたら大騒ぎになってたはずだからね。なんで今回出てこなかったと思う?」
「もともと腐界にいた幽霊たちはカタストロフの時に除霊されたからです。数が少なくなってたんなら、ゲートが開いても出てきません」
「うん、なるほどね。じゃあ次、他のゲートとの違いは? 今までもゲートが開くことはあったけど、大きな音がしてたわけじゃないよ。それがどうして今回は音がしたのかな?」
たしかにゲートが開くときに音がしたなんて話は、カタストロフ以外で聞いたことない。やっぱり俺の考えは間違ってるんだろうか。黙って考えをまとめていると、塔子先輩が話し出した。
「分からなくても気にすることないよ。原因が一つとは限らないし。まだ情報が出そろってるわけじゃないからね。それで、それともちょっと関係あるんだけどさ。昨日のニュースは……見てないよね」
「掃除したりしてて、疲れてぐっすり眠ってました」
「名前は出てなかったけど、三門にゃんの活躍が報道されてたんだよ。やっぱり小さな子を助けたのはニュースバリューがあるよ。その分、倫子ちゃんたちの扱いは小さかったけど」
「そういえば、一社だけですけど取材は受けました。危険度を考えればその子の方がやばかったですから、そうなるのは分かります」
倫子ちゃんたちは病院に向かったから取材はなかっただろうけど。でも、俺が小さな子を助けたとか報道されてるんなら、また変な事いわれてるんだろうな。
「それでね、もう一つビッグニュースがあったんだよ。扱いは小さかったけど、京都腐界で白骨化した遺体が発見されたんだって」
塔子先輩の息が荒い。そうとう興奮しているな。こっちが本当に話したいことなんだろう。俺の話を聞いてた時とは段違いだ。こういう時は余計な茶々を入れずに聞いた方が良い。
「詳しくはこれからだけど、百年とか二百年じゃなくて、もっと昔のモノである可能性が高いって言ってたの。すごい発見だよっ。これで腐界の秘密に近づいたね」
塔子先輩はすっかりその気だけど、ホントに解明できるのかな?




