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第33話 救出②


「倫子ちゃーんっ」


 横浜腐界の第二層で腹の底から声を出す。倫子ちゃんの姿は一向に見えない。でも確実に距離は縮まっている。


 久坂の運転する車は、さきほど無事に腐界基地にたどり着いたと報告があった。越谷さんは状況説明はそこそこに、こっちのナビを優先してくれている。本当だったら聞き取りが始まるところだけど、久坂の意識がはっきりとしているから、そっちは任せたのかもしれない。


 久坂にしてみれば、親友が一人取り残されている状況は気が気でないだろう。それを押し殺して、自分ができることをやってるはずだ。あとで誉めてやろう。


「霞くん。もうちょっと左に進んで」

「了解です」


 進路を少しだけ変えて走り続ける。


「もうちょっとよ」

「うす」


 腕に装着してあるスマホを操作してドローンの高さを変更する。今までは足元を照らして走りやすさを優先してたけど、ここからは倫子ちゃんが俺たちに気づいてくれる可能性を上げるために高度を上げたんだ。暗い腐界にドローンのライトは目立ってくれるだろう。


 そのおかげか、遠くからこっちに近づいてくるが人間の姿が薄っすら見えてきた。徐々に大きくなって迫ってくる。


『カスミ』

「うん。倫子ちゃん!」


 間違いない。倫子ちゃんだ。向こうからも俺たちのことは見えてるはずだけど、きっと声がでないくらいに疲労してるんだ。倫子ちゃんの後ろからは幽霊が迫ってきている。本当にぎりぎりだった。


 倫子ちゃんの姿がどんどんアップになっていく。その表情からは疲れが見えるし、走り方も少しおかしい。けれども、幽霊が憑りついているような気配はない。


「み――せ――い」


 俺を呼ぶ声が途切れ途切れに聞こえてくる。倫子ちゃんは俺たちを見て安心したのか、バランスを崩した。倫子ちゃんを下から支えるためにさらに加速する。たぶん、今の俺の速度は自己最速を記録したと思う。


 だけど、倫子ちゃんが俺の腕の中に入ってくることはなかった。なぜなら、俺より早くたどり着いたスフィに抱き着いていたからだ。


 それは俺の役目だぞ、スフィ!

 でも、今の状況でそんな言葉は口に出さない。


「スフィ。倫子ちゃんを頼んだぞ」


 うらやましい気持ちを押し殺して、ペットボトルをスフィに放った。スフィはペットボトルのふたを開けて、倫子ちゃんの口にあてた。倫子ちゃんが喉を潤す音が聞こえてくる。


「あとは俺に任せて」


 俺にはまだやるべきことがある。

 感動の再会にはまだちょっと早い。


 倫子ちゃんを追っていた幽霊たちが大きくなってきた。ぱっと見で十体くらいはいる。これだけの幽霊相手によく無事だったものだ。というか、俺はこいつらを吸収できるのだろうか。なんて不安になってる場合じゃない。できるか、できないかじゃない。やるんだ。


 それに、今の俺はなんだかすごい力が湧き出てきてるんだ。倫子ちゃんが無事だったという事実が俺に力を与えてくれる。霊力がましてるわけじゃないけど、なんとなくそう思える。


 幽霊の数は多い。まとめて吸収するには手が足りなさそうだ。倫子ちゃんの体力は限界で、これ以上逃げるなんてできないだろう。だったら、両手を使うしかない。少しでも吸い込めれば、足止めできるはずだ。


 右手だけじゃなく、左手もかざして吸収を開始した。


 正直、これだけの幽霊相手に無事でいられるか分からない。吸収できても腹が痛くて死んでしまうかもしれない。だからといって、攻撃を当てて弱体化してから吸収するなんて余裕があるとは思えない。


 だから、吸収しながら、同時に弱体化させる方法をとる。持ってきたお札を取り出して、両手の指で挟みこんだ。


 これで、俺の体の中に入ってくる瞬間にお札とぶつかることになるので、ある程度は力を弱めることができる。それでもお腹は苦しいだろうけど、そこは根性で我慢するしかない。そう思ってたんだけど……


「なんか、思ってたより余裕があるぞ?」


 まだまだ幽霊のコアたる魂を吸収してないので、幽霊は意図をもって暴れていない。油断はできないんだけど、それでもこれまでの吸収中の痛みよりはずっと楽だ。


 思い当たるふしはある。ちらりと後ろを向いた。俺の視線の先には、倫子ちゃんを優しく支えているスフィがいる。いつもとは反対に、スフィの方がお姉さんに見えなくもない。


 スフィと出会ってだいたい一ヶ月くらい。その半分くらいの時間、スフィは俺の中にいた。スフィが俺の中で動くことによって鍛えられていたんだ。普段は霊幕の内側なんて鍛えられないんだけど、スフィのおかげで丈夫になってきてるんだ。


 これなら倫子ちゃんたちをなんとか無事に救出できそうだ。霊能力者としての成長を実感する。これはつまり、いよいよ俺の時代がやってきたってことかもしれん。


 俺は今、まさに成長期!

 ついに覚醒の時を迎えたのだ!


「ハハハハ、ハハ!」


 おっとと、いけないいけない。まだ吸収を終えてないのに油断するのは危険だ。六道さんにもきつく言われてるからな。けど、俺の余裕のある態度には倫子ちゃんも安心してくれるはずだ。


「これでオシマイだ!」


 とりあえずの除霊を終了し、倫子ちゃんの元に向かう。倫子ちゃんは腕をだらんと下げながら、近づく俺に微笑みかけてくれている。自分の方が大変だったろうに優しい子だ。


「三門にゃん先輩、ありがとうございました」

「うん。倫子ちゃんこそ無事でよかったよ」


 疲れは見えるけど、水分補給のおかげでさっきよりも顔色が良さげだ。


『カスミ』


 せっかく倫子ちゃんと見つめ合ってたのに、どうした急用か?

 スフィが俺の部屋にいるときのように、落ち着いた様子で話しかけてきた。


「なに?」

『あの大きいので最後だね』


 そう言って、スフィは俺と倫子ちゃんの間に人差し指を割り込ませる。


「大きいの? って、マジかよ!?」


 その巨大な幽霊は、ビルの三階くらいの高さがあるし、横のサイズもある。足のないオーソドックスな人間の幽霊の姿にところどころ獣の特徴が追加されている。鋭い牙があったり、もさもさ体毛が生えている。霊幕がないから、姿がカチッと固定されてるわけじゃないんだけど、その強大な能力は遠くからでも分かる。


 あんなの俺に吸収できるわけがない。


 まだ距離があるから助かった。ひょっとしたら三層から来たんじゃないかってくらい強烈だ。お腹に入るには入りそうだけど、中で暴れられたらやばそうだ。


『がんばって』

「うん。無理」

『カスミ、かっこ悪い』


 俺だって倫子ちゃんの前ではカッコつけたい。けど、命に代えるようなモノでもない。もしかしたら、パワーアップした俺ならなんとかなるかも、って気がしないでもないが、ここは安全第一で考える。


「三十六計逃げるにかずだ」


 スフィが不思議そうな顔をして意味を尋ねてきた。流石に昔のことなんて勉強してないので知らないようだ。のんびり聞いてくるところに、スフィとの意識の差を感じる。じっくり答えてる暇なんてないんだけど、しつこく聞かれると困るのでテキトーに答えておこう。


「あの幽霊だって、スフィみたいに仲良くなれるかもしれないだろ? でも、今は暴れてて難しそうだから、ちょっと待ってもう少し弱くなったら友達になれるかな、なんて思ってた」

『カスミ。えらいね』


 スフィから褒められてしまった。あぁ、自己嫌悪。こんなに簡単に信じられると、自分のみっともなさがよく分かる。もっとまじめに答えればよかった。


 それでも軽く手を挙げながらそれに応える。倫子ちゃんをおんぶするために下からもぐりこみ、そのまま両手を引っ張った。密着してもらって立ち上がった。


「ごめん。全速力で逃げるから。悪いけど、しっかり掴まっててね」

「お願いします」


 言葉少なな倫子ちゃんを背負って、俺は全速力で駆けだした。倫子ちゃんの顔がすぐ隣にあって、漏れ出る吐息が聞こえてくる。心臓の鼓動だって感じられる距離だ。こんな時なのにドキドキしてしまう。イケない気分になってしまいそうだ。


 緊張感を取り戻すために、ちらりと巨大な幽霊に視線をやった。腕の振りが使えない分、最高速が出なくて、先ほどよりもちょっとだけ距離がつまっている気がする。それでも速度差はあまりなさそうなのでこのまま逃げられるかもしれない。けど、腐界基地に近づけてしまったら、まだ逃げてない般探索者たちがいるかもしれない。危険にさらしてしまう恐れがある。


「倫子ちゃん。悪いけど、左の胸ポケットから俺のお札を出してくれない?」

「分かりました」


 倫子ちゃんの左手が伸びてきた。走りながらだから揺れているので、微妙に上手く取り出せない。まるで、胸にいたずらされているみたいだ。


「ぷっ、くくくっ。ちょっとくすぐったいって」

「こんな時になに言ってるんですか! 真面目にやってください」

「まことにごめんなさい」


 幽霊に追われている最中なのに、怒られてしまった。


「お札をばらまいて、あの幽霊を誘導するんですね?」

「そうそう。よくわかったね」

「それは、まあ、さっきまでそうやって逃げてましたから」

「そうだったんだ」


 倫子ちゃんを見ようと右を向いたら、顔をそらされてしまった。


 ハッ!?


 俺は知ってるぞ。

 これは恥じらいってヤツだ。


 やっぱり倫子ちゃんは俺のことを意識していたんだ。本来ならここから話を広げたいところだけど。流石にそこまで余裕はない。倫子ちゃんがお札を落としている間、俺は本来の道から外れて蛇行してるから、これまで以上に速く走らなきゃならないからな。


 そのおかげか、全てのお札をばらまくまで、そこまで距離を縮められずにすんだ。今度は倫子ちゃんに左の肩に付いている無線のスイッチを押してもらった。


 右側から回り込むように押さなくちゃならないから、密着度がさらにアップ。決して狙ったモノではない。


「こちら三門です。越谷さん聞こえますか?」


 無線は片側づつしか話せない。いったんボタンを離して応答を待つ。


「霞くん。状況は分かってるわ。みんなに集まってもらったから、一層との境目で待ち伏せするわ」

「ありがとうございます」


 最後に方向の微修正をしてもらった。これで後は霊能力者が待ち構えててくれる場所まで走るだけだ。

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