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第32話 救出①


 二層の仮設基地にたどり着いた。現在は倫子ちゃんたちの気配を探る越谷さん待ちだ。だいたいの方角は分かるけど、距離があるから具体的じゃないと、結果的に時間のロスになる。動きながらだと、正確に捉えられないらしい。


 一層から二層に繋がる道にはライトがあったけど、ここから先には目印になるような人工物はない。いや、あるにはあるけど、あくまで三層に繋がる道を照らしているだけだ。そこから外れたエリアには何もない。俺たちが進むのはそんなエリアだ。


 本来であれば、レンタルした車はここに駐車しておくべきだろう。憑りつかれる可能性が格段に上がるし、そうなってしまえば当然賠償しなくちゃならない。まあ、俺の場合は憑りつかれたとしても、すぐに吸い込んでしまえばいいから、リスクとしては他の人よりも小さいんだけど。それでも俺の収入を考えれば決して小さくはない。


「ちょっとこれ、急いだほうがいいわよ」

「どういうことですか?」

「とりあえず加速して」

「うす」


 越谷さんが指さす方向に車を進めていく。蛇行しながらも着実に近づいているはずだ。おそらく、幽霊と出会わないように迂回してるんだろう。憑りつかれて故障なんてことになったら、結果的にロスが大きくなるので反対なんてするわけない。


「状況を説明するね。さっきまで三人が近くにいたんだけど、どうやら二つに分かれたみたい。そのぶん幽霊も分散してるけど、時間的にぎりぎりかもしれない」


 越谷さんの言葉を聞いて、思わずアクセルを強く踏んでしまった。駄目だ、落ち着くんだ。今ここで大事なことは冷静さを失わないことだ。


 周りには目印になるようなものは何もない。俺一人では帰ってこれない状況だ。一人で突っ走ってもいい事なんて何一つない。焦るな。


「まずは近くの方に向かいます」

「うん。大丈夫よ。絶対間に合うわ」


 今の俺にできるのは、越谷さんの言葉を信じて運転することだけだ。


「もうすぐよ。ほら、遠くに見えてきたわ」

「どこに、いや、あれは久坂っ。と誰だ?」


 久坂が抱えてるのが誰かなんて今はどうでもいい。でも、倫子ちゃんじゃないのは確かだ。


「それじゃあ、霞くん。あとは任せたわぁ。私、戦闘力皆無だから」


 ええっ?!

 そんなことってある?


 いや、これだけ広範囲を探知できるのに、戦闘力がないというは本当なのだろうか。でも、あったとしたら、腐界に常駐して行方不明者の捜索をしているような気もする。それだけ凄い能力だ。でも、今はそんなの気にしてる場合じゃない。久坂たちを助けないと。


 クラクションを何度も鳴らすと、久坂がこっちに気づいた。もちろん周りをうろついている幽霊も一緒にだ。


「越谷さん。もう一人がどこにいったかをさぐっててください!」


 越谷さんは了解とばかりに親指を立てた。


 ここでの目的は久坂たちを後部座席に乗せて救出することだ。こいつら全部を吸収してたら、お腹の余裕がなくなってしまう。車である程度引き寄せて、久坂たちの周りにいる幽霊が少なくなってから吸収しよう。息を吸い込んで、大きな声を出す準備をする。


「おい久坂。タイミングを見てろよ!」

「なんのですか!?」

「すぐ隣に停めるから、結界解いて後ろの席に急いで乗り込め。近くにいる奴はこっちでなんとかするから!」

「分かりましたっ」


 結界とぶつかったら、車の魂が削れちゃうからな。そうなったら余計に幽霊たちを引き寄せて面倒になる。


 久坂たちに接近しては離れ、離れては接近する。何度も繰り返していくと、幽霊たちがばらけてきた。やはり個性というか個体差がある。


 そろそろ頃合いだろう。ペーパードライバーなので片手での運転はちょっと緊張する。だけど、この後倫子ちゃんを助けに行くからには一分一秒だって無駄にはできない。


 速度はそのままに、車を一気に久坂たちに近づけた。同時に運転席の窓から右手を出して幽霊たちに向ける。吸収速度がゆっくりだろうと、幽霊の動きをこれで封じられる。何体もの幽霊が少しづつだけど、俺の中に入ってくる。逆にスフィは俺の中から出てきた。


 たぶん、幽霊が入ってきて狭くなったのを嫌がったんだ。でも、不満を口に出さなかったのは、今の状況を理解してくれてるからだろう。


 俺はスフィの成長に満足しながらも、タイミングをとって、久坂の近くでブレーキを強く踏んで急停止した。


「久坂!」

「はいっ」


 返事が聞こえた直後に勢いよくドアが閉まる音が聞こえてきた。出発と同時に吸収を中止して、アクセルを踏みこんで、その場を脱出する。後ろの二人がシートベルトを締めるのを待ってる時間なんてない。


 幸いにも車の速度の方が幽霊たちよりも勝っている。奴らはまだ追ってきている。でも、とりあえずは一安心と言っていいだろう。


 吸収した幽霊は魂じゃなくて霊力だけだったので、意志を持って暴れることはない。とりあえずはなんとかなったな。


「久坂。倫子ちゃんも一緒だったんだろ?」

「うん。先輩、倫子も助けて下さいっ」

「当たり前だ」

「それで、久坂は運転できるのか?」

「免許は持ってますけど、どうしてですか?」

「そりゃあ、運転を変わってもらうからに決まってるだろ。越谷さん」


 助手席の越谷さんの表情を見る。察するに自信満々といったところ。どうやら倫子ちゃんの反応を見つけてくれたようだ。


「久坂。俺はこれから車を降りて、倫子ちゃんを助けに行くから腐界基地まで頼む。理由を説明してる時間はないから、越谷さんに聞いてくれ」

「よく分からないけど、分かりました」

「よし。それじゃあ、その子のシートベルトを着け終わったら車を止めるから教えてくれ」

「もう終わってます」


 久坂の返事を聞いて速度を上げた。車を停車させる分だけ追いつかれてしまうのであらかじめ距離を離す。そのぶん、俺の移動距離が増えるけど、久坂たちの安全のためには必要なことだ。


 十数秒後、車を停車して久坂に運転席に座ってもらった。


「越谷さん。あとは頼みます」

「先輩こそ倫子のことお願いしますよっ」

「俺に任せろっ」


 荷物を持って車から離れようとすると、後ろから俺を引き留める声が聞こえてきた。振り向いた瞬間、トランシーバを投げつけられた。それを慌ててキャッチして顔を上げる。車は既に走りだしていた。小さな声で「ホントに頼みますよ」と聞こえた気がする。


「これから倫子ちゃんの所に向かうぞ」

『スフィ、倫子のいるところ分からないよ』

「大丈夫だ。越谷さんが無線で教えてくれる。これは電話みたいなものだからな」


 霊能力者が腐界の奥に進むときは、ほぼ越谷さんのような存在がいる。どっちの方向に進めばいいか、分からなくなってしまうからだ。だから、トランシーバは命綱みたいなものなんだと言える。


 倫子ちゃんの居場所を教えてもらうのにも必要だし、合流したとしても帰り道が分からなければ帰りようがない。それを教えてもらうってわけ。映像がないけど、俺たちの進行方向をチェックして指摘してくれるんだ。


 腐界には遮蔽物が少ないから、直接連絡を取り合うには電話よりもトランシーバの方が良い。危うく忘れてしまうところだった。どうやら俺は相当焦っているようだ。ここは一度深呼吸して落ち着こう。


「よし、倫子ちゃんのところに行くぞ」

『ん』


 ドローンを起動してあたりを照らしてもらう。

 直後、越谷さんの声が聞こえてきた。


「聞こえる、霞くん?」

「はい、よく聞こえます」

「倫子ちゃんは数キロ先にいるわ。いったん、いま通った道を戻って。ただしちょっと左にずらしてね。この先ずれるだろうからその都度修正するから聞いててね。それとあの子たちはできるだけ私たちが引きつけておくから」

「了解です。ありがとうございます」


 無線を切って走りだす。

 さあ、倫子ちゃんを助けに向かうぞ。


 気合を入れ直してたら、真横を飛ぶスフィがなんだか質問したそうな顔をしてるのに気づいた。スフィなら大丈夫だろうけど、腐界で集中力が欠けるのは良くない。疑問に答えてあげるべきだろう。走りながらでも、それくらいはできる。


「どうした。なんか疑問でもあるのか」

『幽霊、スフィたちじゃなくて、車に付いていったよ』


「ああ、そのことか。実は久坂と一緒に助けた女の子なんだけどさ、普通の人間に比べて魂が大きく欠けていたんだ。だから幽霊を引き寄せてしまってるみたいなんだよ。魂が欠けていたら憑りつかれやすいからな。そのせいで、俺たちじゃなくて車を追っていったんだ」


 なぜ、女の子の魂が欠けているのか。理由は今考えても分からないだろう。普通なら、うっすら周囲に浮遊している見えにくいご先祖様とかの幽霊が入り込んで、欠けた魂を埋めてくれるんだけど、女の子の魂はそのままっぽかった。


 あれ以上魂が欠けていたら、腐界を脱出したとしても、しばらくの間は植物状態になってしまうところだったぞ。まあ、俺がいまここで考えてもどうしようもないし、越谷さんがいるなら何も心配することはない。


 とにかく俺たちに向かってこないってことが重要だ。今頃、越谷さんは腐界基地に連絡して常駐の霊能力者に協力を要請してるところだろう。一般探索者も避難させる必要があるかもしれない。


 幽霊が来るなんて聞いたら結晶化させようとする探索者もいるかもしれないから、どこまで事実を告げるのかは分からないけど、横のつながりは俺よりもあるだろうし、うまくやってくれるはずだと信じよう。


 ともかく、倫子ちゃんを助けることだけを考えれば、周りに幽霊がいなくなった状況は悪くない。あとは、俺がどれだけ早く倫子ちゃんの元にたどり着けるか。これが重要だ。


「スフィ。ちょっとスピードアップするぞ」


 回答を待たずに足の回転を速めていく。同時にスフィのスピードも上がっていく。俺はその加速に付いていけない。スフィが余裕の表情で振り返った。


『カスミ。スフィ、さきに行ってるね』

「頼む。でも、あんま離れすぎんなよ」


 倫子ちゃんはまだ動いてるみたいだからな。方向を変える必要もあるだろう。こんな時に二重遭難なんてされたらたまったもんじゃない。

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