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第30話 連絡つかず


 五月の連休中、特に思い出になるようなことは起きなかった。スフィは沢山アニメを見て楽しんだだろうけど、俺自身はさっぱりだ。外出したのが食料の買い出しくらい。


 そんなわけで、何のイベントもなかった俺にとって、連休の最終日は最後にして最大のイベントなんだ。倫子ちゃんと久坂を腐界に案内するっていう、俺がリードできる絶好の機会。


 厚木周辺で生活するなら迷い込む可能性が高いのも横浜腐界なので、今日体験するのも当然俺が普段活動している横浜腐界だ。東京にも小さな腐界がいくつかあるけど、案内するなら横浜の方がいいだろう。


 ってな訳で、久々にバイクに乗って外出だ。スフィは当然のように俺の中へ。


 今更だけど、倫子ちゃんたちに迷惑をかけないように行き帰りは別行動だ。腐界管理局前の駐車場にバイクを停めて待っていたらバスがやってきた。


 すいません。お待たせしました?

 ううん、全然待ってないよ。


 お約束の会話を楽しむ準備もできている。なのに、倫子ちゃんと久坂の姿は現れなかった。もしかしてバスに乗り遅れたのかな?


『りんことひびき、いなかった』


 周囲の人がいなくなったことで、スフィがこっそり話しかけてきた。


「まあ、なにかあったのかもね。でも急かすのもアレだし、もうちょっと待ってみよう」


 ってなわけで、次のバスから来るまでの十数分、スフィが見られないように電柱の陰でこっそりとおしゃべりをして過ごした。ところが、次のバスにも二人は乗っていなかった。さすがにちょっと心配になる。スフィの視線からもそれを感じたので、倫子ちゃんにメッセージをを送ってみることにした。


 だが、待てども待てども連絡はこない。もしかしたら、倫子ちゃんはスマホを忘れてるのかもしれないし充電がない可能性もある。仕方ないので久坂に電話をかけることにした。


『ひびきの声、変わった?』

「いや、これは久坂の声じゃなくて自動音声だ。圏外にいるのか」


 でも、そんなことがあるだろうか。今朝、倫子ちゃんに確認の連絡した時は、予定通り二人で横浜腐界に行くって返事があった。二人のアパートからここまでの道のりでスマホが繋がらないなんて考えられない。となると、アクシデントに遭遇した可能性がある。


 落ち着け。俺が焦ったって良いことなんてない。まずは救難アプリを開いて確認してみよう。


「今日は救難信号が出てないな」


 連休中には腐界探索者が沢山きたらしい。まあ、それは事前に予想されてたことだから、あらかじめ霊能力者が常駐して対応してたそうだ。けど、救難信号自体がでてないんなら、倫子ちゃんたちがいるかどうかなんて分からない。


「スフィ。これから二人のアパートに向かうぞ。もしかしたら腐界に迷い込んだのかもしれない」

『ん』


 スフィは素直に頷いて、俺の中に入ってきた。俺の真剣な表情から察してくれたんだろう。バイクに跨って、すぐさま発進させた。


 仮に倫子ちゃんと久坂が腐界にいたとしても、今の状況では俺が腐界に行っても助けられないだろう。電話が繋がらないってことは、腐界基地から離れた場所にいるってことになる。正確な場所が分からなければ、迎えに行くことができない。


 この状態で腐界管理局に協力を要請したとしてもどうにもならない。能力的な面もそうだけど、彼らだって居場所が分からなければ動きようがないからだ。


 バイクを飛ばして数十分。二人のアパート前にやってきた。階段を上って部屋の前でインターホンをプッシュする。


『いないね』


 連打していたせいだろうか、隣の部屋の人が出てきた。こういう時のスフィの反応は相変わらず素早い。あっという間に姿が見えなくなってしまった。


「どうかしたんですか?」

「いや、俺はその、二人の友人なんですけど」


 ドアを何度も叩いたから音が響いたのかもしれない。文句の一つも言いたいだろう。なんとなく表情からそんな気がしてきた。でも、今はどんな小さな情報でも欲しい。話を聞いてみよう。


「うるさくしてすみません。今ちょっと二人と連絡がとれなくて。何か知りませんか?」

「さあ。今朝もベランダで挨拶しましたけど、普通でしたよ」

「そうですか」


 やっぱり、いきなりこんな事聞くなんて不審がられても仕方ないよな。そう思って階段を降りようとすると、「ちょっと待ってください」と引き留められた。


「関係あるか分からないんですけど、私が部屋に戻った直後に凄く大きな音が外から聞こえてきたんですよ。もしかしたら、何かにぶつかって怪我でもしたのかなぁ。なぁんてテキトーな想像ですけどね」


「そうなんですか。救急車とか来ました?」

「たぶん来てないよ」


 ありがとうございます、と頭を下げると、隣の人は部屋に引っ込んでしまった。なるほど。怪我をして病院に向かったのだとしたら、電源を切っている可能性もある。


『カスミ、りんこの部屋、入らないの?』

「入らない。まだ正確な情報がない状態だし、大家さんに報告しても開けてもらえないと思う。だから中の確認はできない」


 幽霊だからって壁抜けできるわけじゃないしな。

 一旦俺の部屋に戻ろう。


 ……いや、ちょっと待て。自宅に帰る前にもう一度倫子ちゃんの電話にかけてみよう。


 やっぱり出ない。だけど、部屋の中で着信音が鳴っている気がする。

 これはどういう意味があるのか断定できない。倫子ちゃんが腐界に吸い込まれてしまったのかもしれないし、ただスマホを忘れただけのことかもしれない。


 でも、後者なら俺の取り越し苦労で終わるだけの話だ。だから、俺は万が一を考えて、腐界に迷い込んでしまったと仮定して動く。


「スフィ。一旦家に戻るぞ。ちょっとやることがある」

『ん』


 自宅に向かいながら考える。


 俺が倫子ちゃんたちの部屋に行ったのは今日で二度目だ。前に来た時は久坂のエアコンの室外機に憑りついていた幽霊を除霊するため。それは難なく解決した。


 でも、さっきベランダを見た時に違和感があった。室外機の精霊が再びいなくなってるような気がしたんだ。


 俺の感覚が正しいとしたら、どうして室外機の精霊が消えていたんだろうか?


 あの時、俺が幽霊を吸収した後で、別の精霊が中に入って終わりだったはずだ。その後ずっと空っぽだったとは考えづらい。だとしたら、何か精霊が消えるきっかけがあったはずだ。


 霊的な存在はそこらにいるから、他の物質の精霊と接触して傷つけることは確かにある。でも、ピンポイントで室外機の精霊だけがいなくなるなんて、おかしいじゃないか。少なくとも、ベランダのコンクリートの精霊は消えている方が自然なはずだ。でもそうじゃなかった。


 ……駄目だ。考えがうまくまとまらない。


 今の俺は全然冷静じゃない。本当なら塔子先輩にも相談して整理したいとこだけど、今は時間が惜しい。あとで連絡で入れておこう。


 自宅に戻ると、すぐに探し物を始めた。


『スフィも手伝うよ』

「ありがと。でもスフィには別のことをお願いしたい。これから横浜腐界に潜るから、水とか食料をリュックに入れておいてくれない?」

『りょうかい、だよ』


 猫の手も借りたい状況なのでありがたい。一緒に暮らして一月くらいだけど、物の場所も結構覚えているので、テキパキ動いてくれてるようだ。


 一方、俺の探し物は中々見つからない。なにしろ六道さんと暮らしていた頃に会った人から受け取った名刺だからな。それも数年前に。でも今はそんな言い訳してる場合じゃない。クローゼットの奥底に何やらお菓子の箱を見つけた。なんとなく昔のことを思い出してきた。


「よし、あったぞ!」


 早速書いてある電話番号を打ち込んでかけてみる。ほとんど初対面みたいなもんだけど関係ない。なんコールか鳴った後、相手の声が聞こえてきた。


「もしも~し、越谷こしがやです」

「こんにちわ。お久しぶりです。三門霞です」


「三門さん? あぁ、六道さんとこの。久しぶりねぇ。なんか随分たいへんみたいじゃない」

「そうなんです。まあ、色々ありまして」


 って、悠長に会話してる場合じゃない。本題に入ろう。


「いえ、いきなりのお電話すみません。不躾ぶしつけなお願いで申し訳ないんですが、越谷さんに助けていただきたいんです」


「なあにぃ? 迷子でもいるの?」


 さすがに話が早い。今までも人探しの依頼は沢山あっただろうしな。


「そうなんです。まだ確証はないんですが、知り合いが二人、横浜腐界に迷い込んでるんじゃないかと思うんです。そこでなんとか越谷さんのお力で探していただけないかと思いまして」


「いいわよ。その代わり、今度こっちも手伝ってね。ちょうど協力してくれる霊能力者を探してたのよ。あっ、別に無理な条件を言うつもりはないから心配しなくてもいいわ」

「ありがとうございます。それでお願いします。俺にできることならなんでもします」


 俺にできることならね。俺に。


「今から横浜腐界に向かうとなると、そうねぇ、夕方ごろになるかなぁ。他の準備は任せておくからよろしくね」

「はい。ありがとうございます。受付前で待ってます!」


 電話を終えてスフィの作業を確認しようとすると、すぐ目の前まで来ていた。俺が電話中だったから、質問したいのを我慢してくれてたんだろう。偉いぞ。


『今の人、だれ?』

越谷こしがや照子てるこさん。有名な霊能力者だよ。遠くの霊力を感じられるから、腐界に迷い込んだ人を発見するのが凄く上手なんだ。そんなに霊力が強くない人でも感知できる凄い人だよ」


 つまり、越谷さんの体内にいる微生物のメレオプラズマがよく反応してくれてるってことだ。越谷さんの家は昔からそうらしいから、メレオプラズマの数だけじゃなくて質的なものも俺たちとは違うのかもしれない。


「一緒に横浜腐界で倫子ちゃんたちを探してくれるんだ。この時期は忙しいだろうに、こんなにすんなりと引き受けてくれるとは思わなかった。それより、スフィの方は終わってるのか?」

『ん。大丈夫』


 そう言いながら、スフィはリュックの中を見せてきた。入ってるのは携帯食料と水のペットボトル。あとはライトなんかも入ってる。


 今回配信はしないけど、未探索エリアに行く可能性もあるから撮影はする。けど、奥に行くからできるだけ両手は開けておきたい。それには照明機能が付いている紬のドローンを使わせてもらうのが一番だ。だから、ライトも持っていくの念のためだけど、もしかしたら必要になるかもしれないからな。

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