第26話 現金な対応
「え~っと、とりあえず改めまして、こんにちわ。三門霞です」
『スフィだよ』
スフィがドローンに向けて小さく手を振っている。どうやら教えたことは覚えているようだな。さて、少々強引だけど話を進めてしまおう。わざわざ変なコメントは拾わないで進行するぞ。
「俺とスフィは今、横浜腐界にやってきてます」
『スフィとカスミが会ったところだよ』
<知ってるよ~>
<あの時と比べて、言葉が上手になったよな>
このあたりの話は深掘りしないほうがいいだろう。六道さんの依頼のことを話しても、詳細は答えられないし不信感を募らせるだけだ。スフィとの出会いはあくまでアクシデントってことになってるだろうから、できれば伏せておきたい。
たぶん、この判断は間違ってないと思う。どの程度連携してるかは分からないけど、六道さんは政府に協力して活動してるはず。腐界管理局にしても、活動を表ざたにしたくないだろう。どんな活動かは俺も知らないけど。
あれっ、もしかして腐界管理局はスフィのことも知ってたのかな?
いや、神田さんはそんな感じじゃなかったよな。よく分からないけど、政府のことは気にしない方がいいだろう。今までと同じように救助活動してくれればいいって言ってたし、藪蛇はごめんだ。
<おい、ぼ~っとしてんなよ>
<現実逃避してて草>
『カスミ。はいしんちゅう、だよ』
<大人にも注意できてエライ>
<幼女にプロ意識で負ける男www>
「ごめんごめん。みんな気づいてると思うけど、今日の配信はドローンを使用してます。紬ロボティクスさんに新型ドローンを提供していただきました。社長さんが大学の先輩なので、その縁ですね。試作機なので発売はもうちょっと先だけど、音は気にならないくらい静かです」
<画質が上がったのはいいな>
<スフィが前より可愛く見えるぅ~>
「さて、今日腐界に来てるのは、俺が普段やってる活動について話そうと思ったからなんです」
<ふ~ん>
<そこまで興味ないぞ>
<俺はある>
<というか、丁寧語ちょっとうざい。もっと楽に話せよ>
「うざいって言われてもなぁ」
今までの生活だと、年上と話す機会の方が多かったからなぁ。なんとなく、そうなっちゃうんだ。
<別に気にしなくてもよくね? 三門と仲良くなりたいのか?>
<俺も適度な距離を保ちたい>
<ぶっちゃけスフィ目当てだもんなwww>
言いたいことはよく分かる。俺だけの配信なんて一桁が普通だったんだから、今の状況は全てスフィのおかげだろう。否定できる要素なんて微塵もない。
そう考えれば、うざいという言葉は暴言に感じるけど、俺との距離を縮めたいと思っての発言かもしれない。スフィ目当ての人は俺のことなんて気にしてないだろうし、数少ない俺のファンを大事にしよう。もっと楽に話してみようかな。
「じゃあ話を戻すよ。俺は普段から腐界で救助活動をやっていて、道路の混雑状況にもよるけど、救難信号を受信してからだいたい四十分くらいで横浜腐界に到着するんだ。そこからさらに腐界内を移動するから一時間くらいかかる感じかな」
<けっこうかかるな>
<腐界にいる自衛隊が助けてやればいいのに>
<それなりに装備はあるんだからイケると思う。法律的には駄目だけど>
うん、確かに自衛隊が出動してくれれば、救助までの時間は大幅に短縮されると思う。法律で制限されてるから、幽霊が現世に進出するのを防ぐことしかやってくれないけど。普通に装甲車で駆けつけてタクシーしてくれるだけでも助かるのにな。
でも自衛隊が救助したら収入がなくなるので、俺の立場だとちょっと言いにくい。
「他の霊能力者が腐界にいたとしても、電波が届かない幽霊が多いエリアで活動することが多いから、結果的に浅いエリアでやってる俺が一番早く到着するんだよね。そのおかげで、救助数は結構上の方なんだよ」
アクシデントで腐界に入ってきた場合は、そんなにお金は入ってこないけど。そもそも最近はゲートが新たに発生しないから救助要請自体が多くない。それにしてもスフィはどうした。もしかして段取りを忘れちゃったのか?
スフィを軽く小突いて、小さな声で語りかける。
『なに?』
「そこは『カスミ、すごい』ってセリフをいうタイミングじゃん。昨日練習しただろ」
『わすれてた』
ホントに忘れただけか?
もしかして、まださっきのこと怒ってる?
それとも、いやいや期か?
<おい、三門。全部聞こえてるぞwww>
<仕込み失敗してて草>
<漢スフィ台本を許さない>
なんてこった。今の小声を拾ったのかよ。
「さすがは新型ドローン。マイクの集音性も高いですね~」
<すご~い。なんていうわけね~だろw>
<ごまかそうとしてて草>
<さっきから全然話が進まねーな。ツッコミ多すぎなんだよ>
やばいやばい。視聴者同士の喧嘩になったら面倒だ。荒れたコメント欄なんてスフィに見せたくないしな。今日は霧島もいないから対応できないし短めにするか。
「で、今回は注意事項というか、色々アドバイスをしてみようってのが動画のコンセプトです。え~っと、腐界に迷い込んだ、もしくは遭難した場合は、山の時と同じで動かないことが大事なのは一緒。それは体力の消耗もそうだけど、どこにいるのか分からなくなるからです」
『どうして?』
おっ、別に機嫌が悪いわけじゃないんだな。よしよし。
「探知が得意な霊能力者が腐界にいる場合なら、動いても問題なく見つけてくれるよ。でも、常にいるってわけじゃないから。あっ、でも幽霊に襲われてる時とかは逃げるのを優先しないとダメだけどね」
それだけで生活できるほどの報酬がないからだ。腐界に迷い込む人が少ないからそうなってる。
「スマホがあって通信できる状態なら自力で戻ってこれるよね。でも、電波がない場合には混乱してしまう。そんな時に迷い込んだ人を見つけてくれるのが、腐界基地から定期的に巡回警備をしてるドローンなんだ。でもドローンは他にも迷い込んだ人がいないか探しに行っちゃうから、動かない方がいいんだ」
<残念ながら予算がないってことだな>
<日本の衰退を感じるわぁ>
経済のことは良く分からん。続きを話そう。
「あとは発信機が使えない場合でも、ドローンが映した画像をAIが判定していて、人間の存在を感知した場合には付近にいる認定探索者に連絡があるんだ。ほらこんな風に、ってなんてタイミングだよ!」
『カスミ、どうしたの?』
「救難信号の通知がきた。今アプリ開いて確認してる」
<誰かが幽霊に襲われてるのかな?>
<最近はゲートが出現してないからその可能性は高い>
<でも、隠してたゲートから入った可能性もあるぞ>
<それはあるな。某国人っぽい奴が捕まってたし>
<そんなニュース全然知らないんだが?>
<今時メディア信用してる奴いんのかよwww>
なんかコメント欄が賑わってるな。でも、気にしてる余裕はない。
「配信中だけど、発信エリアがここから近いみたいなんで、予定を変更して救助に向かいます。無言失礼。行くぞ、スフィ」
『ん』
救助に向かう旨をアプリに返信して走りだす。後ろからはカメラを起動したままのドローンがついてくる。救助活動中は映像を保存しておくのが推奨されてるしな。
過去にどっかの霊能力者が幽霊に憑りつかれた女性、つまり朧化した女性と対峙した際に、女性の体を傷つけてしまったことがあった。大きく傷が残ってしまい、結局裁判になって、部分的に原告の請求が認められて賠償を命じられたんだ。
霊能力者の立場からすると、朧の強さによっては仕方ないと思わないでもないけど、それは認められなかった。だから救助活動を積極的にしようとする霊能力者はそんなに多くない。俺の場合は霊力が弱いから霊幕を変形させる心配はないし、腹の痛みさえ我慢できれば綺麗に吸収するだけだからいいけどさ。救助実績の裏側なんてこんなもんだ。
まあ、ケガさせる心配はなくても、幸福追求権の侵害とかにならないようにオートでモザイクかけてくれるモードに変更したけどね。スフィが見えるのは受け取る人間側の問題だから、俺とちょこっと離れていればモザイクにならないはず。視聴者も文句は言わないだろう。
「おっ、遠くに人影が見えてきた」
ドローンが上から照らしてくるから、今までよりもずっと発見しやすい。幸いにも発信した位置から離れていなかったようだ。周囲に幽霊の姿はないな。朧化した様子もないし、近づいてもよさそうだ。
「大丈夫ですか?!」
近くから声をかけても反応はない。地面に寝転んでるけど、発信したあとで気絶してしまったんだろう。
『だいじょ~ぶ?』
出血はなさそうなので、脈を測ろうとした瞬間、突然男性の体が起き上がった。
「スフィたん、助けにきてくれたんだね!」
『んん!』
スフィは男性に驚いて、俺の後ろに隠れてしまった。この男性は憑りつかれたわけじゃなかったのか。単にスフィが近づくのを待ってただけかよ。
「スフィたん、びっくりさせてごめんね。怖がらないで」
そういわれてもスフィは信用できないだろう。さらに離れてしまった。
<ただの変態じゃねーかwww>
<スフィが怖がってるぞ>
<マジで迷惑なやつ>
<あ~あ。いつか出てくると思ってたよ。こういう奴>
そうか。スフィに会いたかってただけなのか。隠れたスフィを見て意気消沈している。せっかく本物と出会えたのに、すぐに逃げられるとは思ってなかったんだろう。完全に初動を間違ったな。でも、ホントに困ってる人を助けられなくなる可能性もあるから、こういうのは駄目なんだよ。
「なんか大丈夫そうですね。自分で帰れます?」
<まあ当然の対応>
<意図的に制限区域に侵入したんなら罰金もつくな>
男性は自分の状態を確認するように、ゆっくりと体を動かしていく。ちょっと顔が歪んでるな。
「すいません。急に起き上がったら腰が痛くて、できれば手伝ってほしいんですけど。救助料はちゃんと払います」
あぁ、服とかアクセサリーはブランド品っぽいし、お金持ってそうだもんね。俺とは違って。
「まっ、乗り掛かった舟ですから。お手伝いしますよ」
<現金な奴www>
<豪華客船なら乗らない選択肢はないんだよなぁ>
<しゃーない。お金は大事だもんね>
結局、俺はこの男性に肩を貸しながら、ゆっくりと腐界基地に戻った。スフィは俺たちから離れて、その様子を窺っていただけだった。




