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第25話 拗ねる幼女


 日曜日になり、スフィと一緒に横浜腐界にやってきた。


 ドローンの講習を終え、実技テストも合格して免許を取得。照明とか撮影のためのもろもろの機能はドローン本体に付属してるので、ヘッドカメラを使うより、いくぶん楽になるだろう。一応撮影前に、腐界基地周辺でテスト飛行をしておくとしよう。


「まだ慣れないけど、俺が操縦するわけじゃないし大丈夫だろ」


 ドローンはビーコンを持つ俺と一定の距離を保って空中に浮いている。現在はオートパイロットなので、近づけば離れてくれるし障害物も回避する。


 霊幕コーティングをしてあるから、幽霊と軽く接触してもある程度は大丈夫だと仕様書に書いてあった。ただ、微生物の魂が削れてしまうので当たりすぎは良くない。周辺の空気と大幅に異なる数値を感知すると警戒モードになってランダム回避運動をするらしい。


 スフィを単独で撮影してはくれないだろうけど、俺の近くにいれば問題なく映るだろう。


 それにしても高度な機能だよな。撮影するだけじゃなくて、空気とかを調べながら飛んでるんだから。しかも、付近を照らしてくれてるので、今までよりもずっと視界を確保できる。わざわざライトを装備しなくていいので随分楽になった。一応持ってきてはいるけどね。


 そういえば、どうして腐界で普通に呼吸できるのか疑問だったけど、最近の研究で仮説が証明されたって報告があったな。俺たちが普段使ってるゲートの他にも、目に見えないくらい小さなゲートがあって、そこから大気が流れ込んできてるってヤツだ。


 いつから繋がっていたのかは分からないけど、腐界と現世は主成分が違うのは調査当初から判明してたことだ。昔の空気が残っていて酸素濃度が濃いらしい。酸素治療のつもりなのか、腐界にやってきて何もせずじっとしてる高齢者が一時期増えたことがあった。そのせいかは分からないけど、探索者登録時に式神の有無だけじゃなくて、運動能力での足切りが追加された経緯がある。


「よし、それじゃ、そろそろ行こうか」

『ん』


 人が少ないエリアに到着したら撮影を開始しよう。通信状態によってはライブじゃできないかもだけど、まだ人前じゃ撮影できないだろう。スフィが出てこなかったら撮影の意味がないしな。面倒にはなるけど、そろそろ編集技術も勉強しようと思ってたので、ちょうどいい機会だと思っておく。


 出発しようとスマホで地図を確認してると、いくつもの救難信号をひろった。


『なんの音?』

「腐界に誰かが迷い込んだのかな? いや、この感じは違うな」


 発信源が一か所に固まってるし、信号の種類もちょっと違う。これはアレだな。学生向けの社会科見学みたいなもので、腐界を知ってもらう活動だったはずだ。


 子供に対して腐界での活動を推奨してるとかじゃなくて、もし神隠しに遭って腐界に迷い込んだとしても、きちんと対応できるように教えようってことになってるんだ。腐界基地の周辺はともかく、腐界は静かで暗くてちょっと怖い。悪意を持った幽霊もいるしね。


 一番駄目なのが、恐怖でパニックになること。落ち着いて救難信号が発信されてるかをチェックしないといけないから、腐界を経験しておくのが大事なんだ。子供でもほとんどの子は式神を覚醒させてるから、一応身を守る術はあるけど、万が一を考えたらできるだけ早く救助しないといけないので、救難信号だけは絶対に忘れちゃいけないんだ。


『りんことひびき、しきがみ持ってないよ?』


 説明も終えた直後、スフィから質問が飛んできた。なかなか熱心で先生うれしいぞ。ここは丁寧に答えてあげようじゃないか。


 大学生の倫子ちゃんと久坂よりも、魂が成長しきっていない子供の方が早く式神が覚醒したのにはもちろん理由がある。


 式神は血液をたらした本人の霊力で成長するから、より霊力の放出が多い方が覚醒が早いんだ。霊力ってのは、普通に日常生活を送るだけでも放出してしまう。例えば、歩くだけでも酸素や窒素なんかの精霊なんかとぶつかって霊力を失う。ノートをめくる作業だけでも、ノートとの衝突で霊力を失ってしまう。


 気が付かないくらいの少ない量だけど確実に減ってるんだ。当然、衝突が激しいほど失う霊力も大きい。大雑把に言うと、運動量が多い人ほど霊力の消耗が激しく、インドア派は少ないってことになる。


 同じインドア派でも、小学生は比較的運動量が多いから式神の覚醒が早いし、リモート出社で外出機会が少ない人なんかの覚醒はゆっくりだ。最近ではデータも揃ってきていて、どれくらい体を動かしてきたかによって覚醒時期の予測も可能になっている。


 初めの印象だと倫子ちゃんはイメージ通りだけど、久坂の式神が覚醒してないのはアクティブな印象のわりには意外だったな。塔子先輩は割と早かったし。でも、それは俺が教えてたおかげかもだから、ちょっと違うかな。


「どうだ、スフィ。理解したか?」

『カスミ、いじわる。スフィ、むずかしい言葉わからない』


 あぁ、しまったぁ!


 スフィは今にも泣きだしそうだ。怒られるよりも辛い。つい、倫子ちゃんたちに対してと同じように伝えてしまった。


「スフィ、ごめんな」

『んん!』


 あれっ、スフィが腐界基地から離れていったぞ。今までこんなことなかったのに。それだけ自我が強くなってきたってことなのかもしれない。って、冷静に分析してる場合じゃない。追いかけないと。


「スフィ、待ってくれ!」


 呼びかけても止まらない。なんてスピードだよ。スフィは時折、後ろを振り返りながらもバクシンしてる。速いうえにスタミナの心配がないから、追いつける未来が想像できない。


 どれだけ、走っただろうか。随分腐界基地から離れてしまった。後ろからドローンが静かについて来ている音がする。


「はぁはぁ、もうだめだ」


 体力には自信があったけど、見事に打ち砕かれてしまった。地面に倒れこんで、背中のリュックからペットボトルを取り出して水分補給する。


「はぁはぁ、スフィ、ごめんよ~!! 俺が悪かった!!」


 必死に張り上げた声は届いただろうか。すこしだけど体力が回復した。


「うわっ!」


 再び走りだすために起き上がると、スフィの顔が目の前にあった。疲れすぎて周囲への警戒を怠っていたなんてダメダメだなぁ。でも今はスフィが近くにいることの方が大事だ。


『カスミ、ごめんなさいは?』

「ごめんなさい」

『もう、いじわるしない?』

「しないよ」


 スフィがよしよしと頭を撫でてきた。スフィの機嫌が直ったのは嬉しいんだけど、これじゃまるで俺が叱られてた子供みたいじゃないか。


「握手か?」

『ん。なかなおり』

 

 最近のスフィは動画で知識を蓄えてきてるからな。針千本とか言いださなくて良かった。知識が正確じゃないから、冗談じゃすまなかったかもしれない。


 さて、スフィの機嫌も直ったことだし、撮影を開始しようかな。うまい具合に一般探索者が侵入してこれない場所にいるみたいだ。とりあえずアンテナ立ってるか確認してみるか。


「おっ、いけるじゃん。だったらライブ配信できそうだな。って、あれっ? なんか、もう起動してる?!」


 もしかして、さっきテスト飛行した時に配信を開始しちゃってたのか?

 スマホとの連携は済んでるから、ドローン側だけでも配信できる。スマホで配信ページを確認してみよう、ちょっと、いや、かなり怖いな。


「ああぁぁ!! やっぱり配信されてるじゃん!!」


 しかも、既に沢山のコメントがついてるし。


 <やっと気づいたw>

 <三門アホすぎww>


 どうなるか分からなかったから告知してなかったのに、千人以上も見てたのかよ。


 <幼女に叱られる成人男性は草>

 <スフィからバブ味を感じたのかな?w>


「ちょっと、変な言葉でコメントしないで! スフィに悪影響だから」


 <うらやましいぞこのヤロウ>

 <でも三門って意外にリア充だよな>

 <きつめの女の車に乗ってる写真も出回ってた>

 <さっきも女の名前が出てたな。りんことひびきだっけ?>

 <三門の恋人か?>


「ダメダメ。迷惑かかるので、他の人の話はNGでお願い。あと俺は彼女いたことないから」


 俺のこと興味ないなら深掘りしてくるなよな。


『りんこ、カスミの好きなひと』

「いきない何いってんの?!」


 なに言ってくれちゃってるんだよ!


 <ばらされてて草>

 <公開告白www>

 <りんこちゃん見てる~?www>


『でもカスミ、スフィのこと、もっと好きなんだよ』


 やめてくれ。同意を求めるように笑顔を向けてくるのは止めてくれよぉ。


 <悲報。三門霞やっぱりロリコンだった>

 <wwwwwww>

 <スフィのどや顔ウケるw>


 ほらやっぱり。俺は今、徐々にロリコン疑惑を否定しつつある状態なんだ。執行猶予中なんだよ。こんなの絶対面白おかしくいじってくるに決まってるじゃん。どう反論すればいいんだよ。


 ハッ!?


 違うぞ。火に油を注いでどうする。ここは黙して語らずの精神だ。炎上した時はスルーがいいって聞くし。俺は賢者じゃないけども!

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