第22話 塔子の紹介
さて、どんな動画にしようか。また俺のアパートでやるのも芸がないけど、あんまり人が多いところだと撮影中に人が集まってくるかもしれないしなぁ。
昨日の今日なのに、大学構内で知らない学生に何度も声をかけられた。自意識過剰かもしれないけど、人が多いのは俺も嫌だ。他の配信者と比べて、そこら辺の恥ずかしさがまだ残ってる。
だったら、やっぱり横浜腐界かな。一般探索者の立ち入り禁止区域で撮影すれば気にせずできるし、そうしようかな。
「よし! 決めたぞ。スフィ、今度の日曜日に横浜腐界に行こう。そこでまた配信するぞ」
『にちようび?』
「俺が大学に行かない日だ」
「横浜腐界で何するの?」
「とりあえず初心者向けの動画を作ろうかなぁと。仮に腐界に迷い込んでしまった場合の対処方法とか、救助する側が考えてることを知ってもらおうと思います。どうですかね?」
俺の仕事内容を伝えることで、スフィのヒモじゃないことを証明できる。一石二鳥の作戦だ。
「いいんじゃない。三門にゃんみたいに救助専門の人ってあんまりいないし、スフィもいるから他の人と差別化できると思うよ」
「三門先輩のくせに考えましたね」
そうだろうとも。俺はやればできる人間なのだ。
「ちょっと待ってください。横浜腐界で配信するんですよね? でも、三門にゃん先輩って撮影機材持ってないんじゃないですか? 撮影用のドローンとか照明器具とか。そういうのがないとスフィがちゃんと映らなくて真っ暗の画面になっちゃいます。非難囂囂ですよ!」
腐界の案内をしようってのにカメラを固定なんて、もってのほかだろう。今の勢いだと倫子ちゃんも非難してきそうだ。でも機材を購入するお金なんて溜まっていないぞ。誰かに付いてきてもらうなんてできないし。
「それにスフィのポジションはいつも三門にゃん先輩の後ろじゃないですか! それじゃヘッドカメラには映りませんよ!」
「た、たしかに!」
まさか倫子ちゃんがここまで感情的になるなんて。スフィが絡むとこうなるのか。なんとかしてあげたいけど、今の俺の財力では解決できない問題だ。
「それなら香苗さんに相談しよっか? 三門にゃんとスフィなら宣伝効果もあるし大丈夫だと思うから」
香苗さんってのは、たしか塔子先輩のバイト先の社長だったよな。
「ちょっと話が見えないんですが。というか、そもそも何のバイトしてるんでしたっけ?」
「あれっ、言ってなかったっけ。私が働いてるのは紬ロボティクスっていうドローンを開発してる会社だよ。主に空撮用のドローンをつくってるんだけど、今は、腐界でも使えるドローンにも着手していて、もう試作機のテストは始まってるの。三門にゃんが使いたいって言えば、喜んで貸してくれると思うよ。どうする?」
塔子先輩の知り合いがやってるんだから怪しい会社じゃないだろう。それにドローンがあれば、倫子ちゃんが笑顔になる。これは大きい。
「分かりました。ぜひお願いします!」
「うん。じゃあちょっと連絡してみるね」
塔子先輩はスマホを手に部室から出て行ってしまった。すぐに連絡してくれるのかぁ。出ていったってことは電話するんだよな。学生時代の知り合いだから距離が近いんだろう。
「紬ロボティクス、検索してみましたけど確かにありますね」
「別にそこは疑ってないぞ」
「社長は紬香苗さん。24歳で社長かぁ、凄いなぁ」
「きれいな人ですね」
こういう時どんな返事をすればいいんだろうか。
安心してくれ倫子ちゃん、俺は倫子ちゃん一筋だから!
とでも言えばいいんだろうか?
「ちょっときつそうだけどね。えっ、この人の両親って警察官僚と紬建設の副社長ですよ。めちゃくちゃブルジョワじゃないですか」
「こんな人ってホントにいるんだね」
「倫子の家だって、結構お金持ってるじゃん」
「建設会社と比べるレベルじゃないよ」
そうか、やっぱり倫子ちゃんはいいとこの娘さんだったんだな。
「ところで、三門先輩」
「なんだね、久坂くん」
「仮にこれから会うことになったとして、そのよれよれの服で会うんですか?」
なぜ久坂は俺にマウントをとろうとしてくるんだろうか。しかも他人のふんどしで。あくまで俺の主観に過ぎないけど。
いや、待てよ。
やっぱり久坂は俺のことを警戒してるんじゃないのか?
倫子ちゃんに振られたことを知ってるはずなのに、ここまで警戒するのは明らかに怪しい。倫子ちゃんがスフィのために俺の想いを受け入れなかったという推測に現実味が増してきたぞ。
そうと分かれば、久坂の強がりなんてかわいいものだな。
「まあ、俺の本質を知ってもらうだけだよ。塔子先輩の先輩だったら、服装に惑わされずに気づいてくれるはずさ」
「えっ、なんで急に自信満々になってるの? 意味わかんないですけど」
「でも、三門にゃん先輩の服って大学生のイメージそのままですよ。ちょっとセンスは独特ですけど」
さすが倫子ちゃん。俺の個性を分かってくれている。でも、人に会うんだったら一度アパートに戻って、落ち着いた服に着替えた方が無難だよな。
「ただいま~。三門にゃん」
「なんです?」
「香苗さん、これから迎えに来るって」
「ええぇぇ!?」
社長なのにフットワーク軽いなぁ。いや、逆かな。
「三門先輩、なに慌ててるんですかぁ? そのままの姿を見てもらえばいいじゃないですか?」
「そうですよ、スフィのためにも頑張ってきてくださいね」
あぁもう、倫子ちゃんはやさしいなぁ。勇気が湧いてくるよ。
「もう出発してるらしいから、すぐに到着するよ。駐車場で待っててだってさ。目立つ車だから一発で分かるよ」
「うす。スフィ、行くぞ」
『ん。ばいばい』
こそこそと移動して駐車場に向かう。周りに誰もいないのを確認したので、スフィに話しかけることにした。
「初めて会う人だけど、ちゃんと挨拶するんだぞ」
『ん』
「塔子先輩の知り合いだから大丈夫だと思うけど、俺たちはこれからお願いする立場だから、失礼のないようにな」
『カスミ、がんばって』
「おう」
まだ到着してないというのに、スフィは俺の中に引っ込んでしまった。さすがに初対面の人に対してお願いするのは難易度が高かったか。
でも、出会ってからまだそんなに経っていないけど、最初の頃に比べたら度胸もついたと思うし、随分流暢に話せるようになってきた。この分だとあっという間に成長していくんだろうな。
「なんだか向こうが騒がしいな」
目を向けてみると、派手なオレンジ色の車が駐車場に侵入してきていた。塔子先輩の情報通り車だ。紬さんも俺のことを発見したのか、近くに寄ってきた。二台分の駐車スペースを使って停車すると、ドアが跳ねあがってサングラス姿の女性が下りてきた。
「三門霞くんね。紬香苗よ。さあ、乗ってちょうだい」
紬さんは握手のために差し出した手を掴むと、そのまま助手席のシートに誘導してきた。見た目通りに強引な人だ。
「ちょっと待ってください。俺、バイク通学なんですよ。後ろからついていきます」
「駄目よ。今のあなたは注目の的なんだから、マスコミに目をつけられたら厄介だわ」
「こんな派手な車で乗りこんできて言うセリフじゃないですって」
「あとで送ってあげるから。なんなら部下に回収しといてもらうから。ねっ?」
全然話を聞いてない。なんてマイペースな人なんだ!
でも、確かに人が集まり出しているから、この場に留まるのは得策じゃないだろう。




