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第18話 準備完了


 部室を出て駐車場に向かおうとすると、とぼとぼ歩く霧島の姿を見つけた。横浜腐界で会って以来だ。霧島はこっちに気づいて近づいてくると急に頭を下げてきた。


「三門。今回のこと、ホントにすまなかった。俺の彼女、いや、もう別れたんだけど、俺たちのせいで迷惑をかけちまった」


「なんだ。ツチノコ女と別れたのか」


「ああ、流石についていけなくなった。前はあんなんじゃなかったけど、二人で配信始めてからおかしくなりだして。最後に色々聞いてみたら、友人が自分のチャンネル登録者数でマウントとってきて必死だったらしい。けど、アイツもこんな事態になるなんて思ってなくて謝ってたよ。三門に申し訳ないって。配信はホントもうこりごりだ」


「ふ~ん。じゃあ、配信止めるんだ?」

「そのつもり。元々趣味で細々とやってたことだしな。それがどうしたんだ?」


「ここだと詳しいこと言えないんだけど、例の件で俺も今日配信しなくちゃいけなくなったんだよ」

「そうか、大変なことになってるんだな。だったら、詫びってわけじゃないけど、俺の配信機材使うか? 集音マイクとかヘッドカメラとか結構金かけて集めたからさ」


「助かるよ。じゃあ、今日の七時前には届けて」

「オーケー」


「ついでに配信も手伝って。今回だけでいいから。あとテキトーに弁当も買ってきてくれ。それを詫びとして受け取ることにしよう」

「なんだそりゃ。でもそれくらいのことはしないとな。分かったよ。お安い御用だ」


 霧島は俺の住所を確認すると車で走り去っていった。ちょっと欲張りすぎたかな。でも、世間からロリコンだと後ろ指を指されることと比べればな。ちょっと無理目なことを要求した方がアイツも罪悪感がなくなるだろ。


『カスミ。今のだれ?』

「霧島だよ。高校の時のクラスメート。スフィと初めて会った時にもいたろ? これから配信手伝ってくれるって言うから、あとで挨拶してな」

『ん』


 あの時は、スフィもツチノコ女ばかりを気にしてたからな。記憶にないのも仕方ない。俺も謝罪されるまで忘れてたし。


 自宅に戻ると、配信までの空き時間でスフィの勉強を進めることにした。


 やはりというべきか、スフィの学習能力は高かった。スフィがやってきたのは、世界中の魂が集まるアニマムンディからだ。いわば集合的無意識みたいなもんだし、そのせいかもしれないな。


 六時半ごろになると、霧島が予定通りに到着した。


「よう、お待たせ」


 霧島は暖かそうな弁当が入ったビニール袋を差し出してきた。この匂いはから揚げに違いない。霧島は俺の好物を知っていたようだ。さっそく、頂こうじゃないか。ところが、居間に進もうとする俺のシャツをスフィが引っ張っている。


『カスミ。お礼いってない』

「そうだった。ありがとうな、霧島」


 危ない危ない。父親役の俺がスフィに叱られてどうする。


「ははっ、ホントに普通の女の子みたいだな」

「実際そうだぞ。ちょっと田舎の女の子って感じだ」


「みんなが夢中になるの分かるなぁ。いや、俺はロリコンじゃないけど、普通に可愛いなって思うだけで」


「霧島がロリコンだと認知されたなら、俺たちはもっと仲良くなれる気がする」

「そんな友情いらねぇよ!」


 霧島を部屋に案内して、セッティングを任せる。全然気にしてなかったけど、光の向きとか、マイクの位置とかあるようだ。俺が弁当を食べてる間に色々やってくれて助かる。


「あのチャンネルは元々俺のだったからさ、その子についての問い合わせが、俺にも来てたんだよ」


『スフィ、だよ』

「ちゃんづけはいらないぞ」

「えっ、ああ、霧島隼人です。よろしく、スフィ」

『ん』


 スフィは挨拶すると俺の後ろに隠れ、霧島がしている作業の観察を再開した。霧島はそれを気にしてないように見える。少なくとも表面的には。


 でも、問い合わせか。動画の字幕には俺の名前もはっきり書いてあったし、そもそも認定探索者だから腐界管理局のホームページに記載されてるんだよな。今は名前を変えたけど、あの時点で本名でSNSやってたらDMの嵐だったろうな。


「問い合わせが来たのは俺の自業自得でもあるし、むしろ迷惑かけたから仕方ねえんだけどさ。でも、昔の友人から久々に連絡きたと思ったら、スフィのことを教えてくれとか、どこにいるのか教えろとか、そんなんばっかでホント嫌になったよ。おかげで電話帳がだいぶスッキリしたけどな」


 霧島は笑っているけど、どこか疲れているようにも感じる。ツチノコ女とも別れたし、色々大変だったんだろう。


「まあ、今日で配信生活は終わりだから、しばらくは学生らしく勉学に励むよ。恋人はその後でいいかな」


 まるで、望めば手に入るとでも言いたげじゃないか。なんて羨ましい奴なんだ。


「しっかし三門さぁ、よく自分ひとりで飯食ってられるな」

「なんだ。食いたいなら分けるぞ」

「俺じゃねーよ。その子のことだよ」


 霧島はスフィのことを指さして、ため息をついた。でも、スフィは食べたり飲んだりできないんだから、気にしても仕方ないんだよなぁ。いや、俺も最初は気になったよ? 


 でも、結局どうにもならないし、飯を食わなきゃ死んじゃうんだから、だったら食べるしかないよね。そして、食べるからにはうまそうに食うのが礼儀だろう。


「二人が気にしてないんだったらいいけどさ」

『キリシマ、へん』

「そうだ。変なのは霧島だぞ」

「なんだかその子、三門に毒されてるような気がしてきた。やっぱ、一緒に暮らしてると似てくるのかなぁ」


「まだ、ちょっとしか経ってないんだから関係ないだろ。それより、準備は終わったのか?」


「だいたいな。NGワードの設定とかもしておくか?」


「う~ん、そうだな。スフィも見てるしなぁ。やばいこと言う奴が出てくる可能性もあるんだよな」


「それもあるよな。文字は大丈夫なのか?」

『スフィ、文字よめるよ』

「四年生の漢字までならだいたい。でも、コメント欄閉じるのは臨機応変さを失うしなぁ」


「じゃあ、テンプレのNGリストを設定してっと。あとはロリコン系もNGにする?」


「しない。気にしたら負けだと思ってる。堂々としてた方がいいかなって」

「そうだな。どうせ迂回してくるし、意味ないか」


「ある意味、今回のライブ配信は俺の生死を賭けた戦いだと言っていい。下手すれば俺は社会的に死ぬことになる。俺がロリコンだというのを、切り抜き動画特有の誇張だと思ってくれてる人もいるはずだ。その人たちにきちんとアピールする必要があるんだ」


「なんか思ってたよりマジなんだな。よし。俺もアドバイスとかあったら、その場でジャンジャン指摘するからな」


「おう。スフィも動画配信、一緒に頑張ろうな」

『ん。カスミ』

「なに?」


『しんだら、いっしょだね』

「ちょっ、そんなこと、嬉しそうに言わないでくれ!」


 素敵な笑顔で言うセリフじゃないよ、まったく。

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