第17話 写真撮影
「でも、そんな小さな虫なのに人間に影響があるなんて、凄いですね」
「そうだよ。小さな虫って凄いんだから」
塔子先輩は部室に入るなり、荷物を下ろして着ぐるみの中に姿を隠した。倫子ちゃん達も初めはびっくりしてたけど、もう突っ込む気はないようだ。
「例えば、カマキリに寄生するハリガネムシは、宿主を操って水に飛び込ませたりするんだよ」
「へぇ、そうなんですか」
「もっと凄いのもいるよ。ボルバキアって微生物は他の生物に寄生して、オスをメスにしちゃうの。オスと交尾しなくても子供だって産めちゃうようにするんだから」
「ええ、マジすか!?」
「もうっ、三門にゃんには前に教えたでしょ」
「すいません、忘れてました」
「そもそも腸内細菌だけで100兆個もいるんだから、今更メレオプラズマのことなんて、気にする必要ないでしょ」
「言われてみればそうですね。でも、今の話って霊能力者の間じゃ有名なんですか?」
「うん。それに政府も知ってることじゃないかな」
「だったら、どうして広めないんでしょうか?」
「そりゃ、危険だからでしょ」
「いろいろ説明を省かないでください」
説明してもいいけど、さっきと同じ流れになりそうな気がする。
こんな時は先輩にお任せしよう。
「塔子先輩、お願いします」
「う~ん、それじゃあ例えば、もの凄く霊感能力の高い女の子がいたとするね。その子は、その能力のおかげで腐界で結晶を沢山拾ってお金持ちになれる。でも、他の人に知られたら、狙われることになるのは分かる?」
「あ~、それなら納得です。広めるのは良くないですね」
「響ちゃん、どういうこと?」
「え~っと、男の人がその、えっちなことを迫ってくるかもってことだよ」
「そういうことか~」
「性別が逆でも同じだよ」
塔子先輩の言う通りだ。二人とも理解してくれたようだな。そして、久坂も俺の気持ちを理解しただろう。
「ちょっと、久坂。いきなりセクハラは駄目だろ」
「今のは仕方ないでしょ!」
ふっふっふ、これでさっきの借りは返したぞ。
でも、藤沢橋教授の論文が握りつぶされたのは、もしかして霊能力者がそういった事態を危惧して、公になるのを防いだのかもしれないな。
「久坂がエッチなのはひとまず置いといて、霊能力者が腐界で結晶を沢山拾ってきたなんて、ほとんど聞かないでしょ? それには色々理由があるんだけど、能力的にできるかどうかとは別に、あえてそういう選択をしてるってのもあると思うよ。命の危険もあるわけだし」
「メレオプラズマの移植手術も確立されてないんでしょ?」
「聞いたことないですね。それに、世間からは認定探索者として優遇されてるように見えるから、今以上に目を付けられるのを嫌がってるのかも」
実は裏でこっそり企業と取引してる可能性もあるけど。
「それじゃあ、次は俺の相談に乗ってくれないかな。ちょっと困ったことになっててさ」
「どんな悪いことしたんですか?」
「ちょっと、響ちゃんっ。三門にゃん先輩、私は信じてますからね」
「うん、ありがと、倫子ちゃん」
なんか、微妙に信じられてない気もする。いや、やっぱり、気のせいだろう。
「もしかして、お客さんが来たことと関係してる?」
「そうです。そうなんですよ。実は色々あってライブ配信をすることになったんですけど、今までは特に気にせずに配信してただけなんで教えてほしいんですよ」
「また、めちゃめちゃ端折りましたね。いえ、別に詳しく知りたいってわけじゃないんで説明はいいですけど」
そうか、そんなに聞きたいか。それなら詳しく教えてあげるので静聴するがいい、久坂くん。
「試しに昨日来た人のことを検索してみたんですよ。本物なのかなって。そしたら、ホントに政府の偉い人だったみたいで。写真も見つけました」
「えっ、そんな人と知り合いだなんて三門にゃん先輩って実は凄い人なんですか?」
「三門にゃんは凄いけど、その人が興味を持ってるのはスフィでしょ?」
「そうなんです。なんでも、配信してくれないと日本の立場が悪くなるとか言われちゃって、それで引き受けたんですよ」
「一気に胡散臭くなりましたね」
「私は分かる気がします。スフィの可愛さを独占するのが許せないんでしょうね」
「そんなわけないじゃん」
倫子ちゃんと久坂は脱線して何やら言い合ってる。二人と違って塔子先輩は真剣に考え込んでいるようだ。着ぐるみ着てるけど、俺には分かるぞ。間違いない。塔子先輩とは、この一年幽霊のことについて沢山語り合ってきたからな。スフィの重要性も理解してるだろう。
「それで、困ってることってなんなの? 普通にライブ配信すればいいだけじゃないの? スフィが嫌がってるとか?」
「いえ、そういうわけじゃないんです。他の動画を見せて、こんなことをするんだよって説明して了承は得ました。ただ、仮にですよ。配信とか切り抜き動画がうまくいったら、結構なお金が入ってきますよね?」
「そうだね。私も色々調べてみたけど、スフィの話題で賑わってたから、勝算あると思うよ。そのうちワイドショーでも取り上げられるんじゃないかな。もしかしたら外国からも視聴者が来るかもね」
「でも、それって全部スフィのおかげで、俺が寄生してるみたいじゃないですか! 幼女に寄生する大学生ってイメージ最悪ですよ。今だってロリコンだの幼女スキーだの書かれてるのに、これ以上変な愛称つけられたら、もうインターネットに繋げないですって」
「むしろ、まだ見てる方が驚きですよ」
「三門にゃん先輩って結構ポジティブですよね。ちょっと羨ましいです」
ああぁぁ、倫子ちゃんが俺のことを褒めてくれてる。まるで、荒んだ心を癒すオアシスだよ。でも残念ながら、今はのんびり休んでる時間はない。
「でも、約束したなら三門にゃんはやるんでしょ? あっ、そういうことか。だったら、ちょっと背中を押してあげるよ。三門にゃんの評判はロリコンだけど、そうじゃないのは二人とも分かるよね?」
倫子ちゃんと久坂が頷いてる。今までの俺とスフィを見てたら当然の反応だろう。
「ライブ配信を通して、みんなにも分かってもらおうよ。ロリコンとパラサイト、三門にゃんは両方を恐れてるわけだけど、いつもみたく二人で会話してれば年の離れた普通の兄妹に見えるんだから、少なくともロリコンのイメージは取り除けるでしょ。わざと煽ってくる人もいるだろうけど、時間教えてくれれば私もコメントで誘導してみるからさ」
「私も手伝います。除霊のお礼がまだでしたしね」
「私も暇だったら手伝いますよ」
「みんな、ありがとう。なんだか力が湧いてきたよ」
でも、そのお礼は取っておいてほしい。いや、今の流れで言うようなことじゃないのはわかるんだけどさ。
「でも先輩。そのスマホでやるんですか? だとしたら、かなり画質が荒くなりそうですね」
「スマホ買う時は別にこれでいいと思ったんだよ。別に写真あげたりするわけじゃないし。一応カメラは別に持ってるけどそれも性能的にはちょっとね。こんな事態になるなんて想定外だよ。家ではパソコンばっか使うから」
「響ちゃんと一緒だね」
「ちょ、ちょっと倫子。余計なこと言わないでよ」
「とにかく、今までだって霊能力者として働いてたんだから、配信メインにならないなら大丈夫だって。ねっ?」
「そう言われると、そんな気もしてきました。そうですね、頑張ります」
「ところで、配信用のアカウントって持ってるんですか?」
「今までもほそぼそとやってきたから持ってるよ」
「でも内容を一新するんですからプロフィールアイコンの写真も変えちゃいましょうよ。そうだ、ここで撮っちゃいましょう。スフィと一緒に。構図はどうしましょうか?」
倫子ちゃんはかなり前のめりに話題に食い込んでくるなぁ。この意見は受けいるしかないだろ。
「それもいいね。構図については、今さっき思いついた。昨日、スフィに後ろから頬っぺたを引っ張られたんだけど、そんな感じなら変な印象にならないかなって」
「それっ、いいかもですね。ちょっとやってみましょうよ。スフィ、こっち来て」
『りんこ、なに?』
「三門にゃん先輩と一緒に写真とろうよ。え~っと、ポーズはね~」
倫子ちゃんは俺の後ろに回り込んだ。どうやらお手本を見せるつもりのようだ。ならば、俺も今すべきことをやっておこう。
「塔子先輩。試しに撮ってください」
「いいよ~」
スマホを渡して撮影をお願いする。間違えて連射モードにしてもいいですよ!
「はい、ち~ず」
よっしゃ、倫子ちゃんとのツーショット写真ゲット。あとでこっそり壁紙に設定しておこう。
倫子ちゃんが俺の後ろから離れて、代わりにスフィがやってきた。
『カスミ、また、にやけてた』
なんだかスフィから圧を感じるぞ。嫌な予感がする。
「それじゃあ、次はスフィの番だよ。準備して」
『ん』
「三門にゃん。ほらっ、もっと笑って笑って」
「うっす」
おのれ、スフィめ。気持ち強めに引っ張ってきたな。だが、俺がいつまでもやられっぱなしの男だと思うなよ。左手を上に伸ばして、後ろから覆いかぶさってくるスフィの左頬を摘まみ返した。
「いいよ、いいよ。いい感じだよ。はい、ち~ず」
『んふ~』
「はい。いい写真が撮れたね」
「ホントだ。仲良く引っ張り合ってて微笑ましいですね」
「争いは同じレベルの者同士でしか発生しない、ってやつですか?」
それは、つまり俺が幼女と同じレベルということなのか?
だが、まあいいだろう。俺は今凄く機嫌がいい。ともかく、これで準備は完了だ。アイコンを設定してSNSで告知しておこう。どれくらいの視聴者が集まるんだろうな。




