第16話 寄生虫のおかげ
講義が終わり、動画配信について相談しようと部室に向かっている途中、中から久坂の声が聞こえてきた。なんだかイライラしてるようなので、ちょっと待ってから入ることにした。これ以上、面倒事に巻き込まれるのは嫌だからな。
『カスミ、入らないの?』
「ちょっとトイレ行こうかなって」
『さっき、いった』
そうだった。もっとマシな言い訳をしておくんだった。
『カスミ。ひびき、にがて?』
「そ、そんなことないよ。倫子ちゃんのお友達だし」
『ん。入ろ』
幼女にそう言われては逃げ出すわけにはいかない。部員は女性陣ばっかりなので、一応ノックをしてから中に入った。
「おつかれさまで~す」
『ん』
「おつかれで~す」
「三門先輩、遅いです」
久坂の奴、挨拶の前にいきなりそうきたか。なんの用があるか知らないけど、そうはいかないんだよなぁ。
「スフィ、挨拶はちゃんとするんだぞ」
『ん。りんこ、ひびき、こんにちわ』
「うん、こんにちわ」
嬉しそうな倫子ちゃんに続いて、久坂も挨拶を返してきた。スフィに注意したふりをして、実は久坂に対する牽制だったのだ。ちょっとだけ勢いが削がれたような気がする。だけど、久坂のイライラは収まってない。仕方ない。聞いてやるとするか。
「ちょっと聞いてくださいよ。倫子と食堂にいたときに上級生らしき人が話しかけてきたんです。よく知らない人だったんですけど、私たちがオカルト探求部だって知ってて」
「ふうん、それで?」
「その人、どうにも最近幽霊が見えるようになったらしくて。そのあたりのことってテレビじゃ全然やらないじゃないですか」
「へぇ、そうなんだ。メディアは幽霊関係のこと結構テキトーだから見てないんだよ」
それに、女の子があんまり好きな話じゃないんだよなぁ。
「それで、なんで見えるようになったのかを私たちに聞いてきたんですけど、そんなこと知りませんって言ったら、オカルト探求部なのに知らないんだ~って、すっごい嫌な顔して言ってきたんですよ。それがもう悔しくて」
「別によくない? へたに教えたら次からまた聞いてくるだろうし、面倒になるだけだよ」
「知らないことが問題なんです。知らなくて教えられないのと、知ってて教えないのとじゃ全然違いますよ。主に私の気持ちが」
「私は気にしない方がいいよって言ったんですけど」
そうでしょ、そうでしょ。倫子ちゃんはそうでなくちゃ。
「三門先輩、教えてください。倫子が作ったクッキーあげますから」
「よし、可愛い後輩のためだ。ここは俺が詳しく教えてあげようじゃないか」
「さっすが、先輩。そう言ってくれると思ってました」
「それじゃ、紅茶入れてきますね。響ちゃんはクッキー出しておいてね」
「おっけー」
倫子ちゃんは立ち上がって、ケトルに水を注ぎにいった。それを見計らったように久坂が顔を近づけて小声で話しかけてきた。
「ところで、三門先輩。倫子に振られたんですよね?」
「倫子ちゃんから聞いたの?」
「長い付き合いなんで、そんなの見てれば分かりますよ。それに倫子は、あれでも結構頑固なとこがあるから、そういうプライベートなことは言いだしませんよ」
「それで何が言いたいんだ?」
「倫子って昔から恋愛方面に疎くて、きっと、そういうことはまだ早いんでしょうね。大丈夫、先輩なら素敵な恋人を見つけられますよ。あきらめて他の人を探したらいいと思います」
なに言ってんだか。俺の辞書に諦めるって字は載ってないぞ。一行くらいしか。
「なんです、その不気味な微笑みは」
「いや、久坂は子供だなぁって。久坂にもそのうち分かるよ。想いってのは簡単に割り切れるものじゃないってことを」
「しみじみ言うの止めてくれません? 三門先輩にそんなこと言われるとむず痒くなるんで。なんで私がこんなこと言われてるんだろ」
久坂がため息をついていると倫子ちゃんが戻ってきた。
「お待たせしました~。はい、三門にゃん先輩、どうぞ」
「ありがとう」
倫子ちゃんのクッキーは美味しいなぁ。さて、なにから話そうかな。
「ちょっと難しい話になるけどいいよね?」
「どんとこいですよ」
「え~っと、幽霊が見えるようになったのは、簡単にいうと寄生虫のせいかな。見える人は体に寄生虫が沢山いるからなんだよ」
「ぶふぉっ!」
久坂が紅茶を盛大に噴きだした。倫子ちゃんも咳きこんでる。そりゃ、まあ驚くよな。
「なんですか、それ。私たちの体の中にいるってことですか?」
「そうだよ。人間を宿主にして生きてるんだから」
「それって、大丈夫なんですか?」
「大丈夫なんじゃない? 昔の人だって大丈夫だったんだから」
二人が雑巾で床を拭くのを待っていると、それまで外を観察していたスフィが手伝い始めていた。
「スフィ、お手伝い偉いね」
『ん』
やっぱり俺の目に狂いはない。倫子ちゃんから感じる母性愛よ。
「それじゃあ話を戻すけど、実際に幽霊が見える仕組みが解明されたのは、ここ数十年の話なんだ。寄生虫はメレオプラズマっていう名前の2㎛くらいの微生物なんだけど、幽霊が見えない人の体には、まったく存在しないらしいんだ。どの程度はっきり見えるかは、環境にもよるから一概には言えないんだけど、基本的には強い霊力を近くで感じることでよく見えるようになっていくよ」
「それじゃあ、倫子が見えるようになったのは、こっちに引っ越してきたからで、そのせいで見えるようになったってことですか? 地元には腐界に繋がるゲートがなかったし、幽霊も少なかったので」
「まあ、そうじゃないかな」
「じゃあ私は? 去年よりも前から見えてたんですけど」
「ご先祖様に見える人がいたんじゃない? それで久坂の中のメレオプラズマが増殖したんじゃないかな。二人とも、最初の頃よりもはっきり見えるようになってるでしょ。俺はともかく、スフィとも一緒にいるようになったわけだから」
「そういわれると、そんな気もするね」
二人は互いを見て、頷き合ってる。
「なら、霊力の強い人ほど、メレオプラズマが多いってことですか?」
「宿主の霊力は関係ないよ。メレオプラズマにとって脅威じゃないからだろうね。でも、幽霊の発するエネルギーはメレオプラズマにとって都合が悪くて、生物の本能として増殖して生存を図ってるんだ。その結果として、宿主である人間が幽霊を感じやすくなるんだよ」
「なんだか三門にゃん先輩、学者さんみたいですね」
おおぉぉ!!
倫子ちゃんに褒められてる。
よっしゃ、もうちょい詳しく説明しちゃうぞ。
「けっこう昔なんだけど、所沢医療大学に微生物を研究する藤沢橋って霊能力者の教授がいたんだ。まあ、当時は今と状況が違うし、学会から見向きもされなかったから知られてないんだけど、その人の研究によると、体内のメレオプラズマは幽霊を感知することで、大脳後頭葉と偏桃体に影響を及ぼすらしいんだ」
「はぁ、そうですか」
「人間は見たものを電気信号で大脳後頭葉の視覚野に送って映像化する。偏桃体ってのは、簡単に言うと、不安とか恐怖を感じる部分のことだよ。体内のメレオプラズマが多いほど、これらが強く反応するんだ。つまり体内のメレオプラズマは、幽霊が宿主に近づくと電気信号を送らせて不安や恐怖を作り出し、映像化することで宿主に警告してるってことなんだ。ここにいたら危ないから逃げろって。宿主が死んじゃったら、メレオプラズマも生きていけないからね」
「でも、みんな幽霊に慣れちゃったせいで逃げませんよね?」
「そうだね。どっちかっていうと、幽霊を捕まえようとしてるし。変な感じだね」
この霊感能力のおかげで幽霊の存在を感知できるから、霊感能力が高い人は腐界で結晶化した幽霊を探し出すのが得意なんだ。でも、結晶化してるかまでは判別できないから幽霊と出会っちゃう危険もあるんだけど。俺にもそれくらいの霊感があったら良かったのに。
「なんか、よく分からないんですけど分かりました。それじゃあ、さっきの上級生はなんで急に見えるようになったんですか? 家族全員ずっと横浜に住んでたのに誰も幽霊を見えてなかったっていうんですよ。それが急に自分だけ見えるようになったって」
「そ、それは、ちょっと言いづらいというか、なんというか」
「もしかして、三門先輩も分からないんですか?」
おのれ、久坂め。倫子ちゃんの前でわざとそんな言い方するんじゃないよ。
「分かるよ。分かるに決まってるだろ」
「じゃあ、もったいぶらないで教えてくださいよ」
「仕方ないなぁ。落ち着いて聞いてくれよ。メレオプラズマってのは基本的に母親からの遺伝によって他者に移るんだ。だけど例外があって、その、肉体的な接触で移ることもあるんだよ。メレオプラズマが多く存在するのが男女ともに性器だから。きっとその人は、霊感能力が高い人といたしたんじゃないかと」
「ちょっと、いきなりセクハラは止めて下さいよっ」
「だから、言いづらいって言ったじゃん!」
「えっちなのはいけないと思います」
「ちょ、倫子ちゃんまで」
「嘘です。冗談ですよ」
ほ、本当に冗談?
笑ってるから、たぶん大丈夫だろうけど。いや、学術的な話だから、絶対大丈夫なはず。むしろ、恥ずかしがるのが駄目なんだ。逆に、もっと堂々と話せばよかったかもしれない。そう考えていたら、いつの間にかスフィがすぐ隣で俺の目を凝視していた。
『カスミ。えっちなの?』
「俺は普通だよ。普通の男の子だから、そこまでえっちじゃない!」
スフィには突っ込んでほしくなかったよ。
あと、純粋な目でこっちを見るのはやめてください。




