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借りは返す

まだ……しつこく続いている。 

さすがに作った笑顔も、倦怠感から崩れそうになってきた。

何度も脱線しては修正し、合意に近づいては覆ってしまう、明らかに無駄でしかない討論にだ。


そうなると、誰しもが思ってしまう。

俺だって、そうだ。


『どうでも良いけど、早くしてくれよ!』


そう、俺にとって所詮は他人事。

べつに死んで欲しいとかじゃなく、どうなろうが俺の知ったことではないと普通に思っているだけだった。

俺は俺で、好きなように生きていく。

だからだ、他の人にも後悔が無い人生を送って欲しい、そう思っているだけだった。


でも、この後にまさかのドンデン返しが起こるとは、まったく想像していなかった。

いや、この中世ヨーロッパに似た『異世界』という世界で暮らす人々の感覚を、俺が理解していなかっただけだ。

俺の予想と予定の、遥か斜めで行く結論に村人達が辿り着くとは思っていなかった。


「どう考えてもダメだ……もう一か八かで逃げるか?」


「なら、儂等老人が先に出て囮になろう。 

その間に若い衆は逃げてくれ!」


「いや……ありがたいけど、そりゃ無茶だよ。

だいたい奴等は本能的に若者を選んで、長く弄ぶ気でいるからなぁ……」


こう聞いた途端に、俺に菓子を持ってきた母娘が抱き合って震えていた。

こういう場合、真っ先に狙われるのは彼女達、弱い者からになるのだから仕方ない。

そう思って、ただ眺めていた時だ。

一人の村人が、不意に俺を見て言った。


「聖人様には、どうして頂こうか?」


おいおい……今更俺を生贄に出そうなんて魂胆じゃないだろうな⁉︎ と身構えそうになるが、彼の意図は違った。


「聖人様が降臨されてからは、ゴブリン達に怯えて暮らす日々が無かったんだ。

なのに、まだ俺達は礼すら出来ていないじゃないか」


「そうだ、久しぶりだったな。

人間らしく暮らせたのは……」


「聖人様のおかげで、ウチの子供達が楽しそうに笑っていたのを見れたよ」


「聖人様が守ってくれたから、数日でも穏やかな日々を取り戻せたんだよな……」


口々に意味不明なことを話した、それからだった。

俺には、聞こえないようにしたかったのだろう。

輪になって小声で話し合い、少しすると代表になったらしい老人が俺に言ってきた。


「聖人様……貴方だけでも逃げて下さい。

すぐに、食料と馬を用意致します」


「えええっー⁉︎ どうして、そうなるの⁉︎


「死ぬと運命が決まったなら、せめて生まれ育った村で死にたいからです。

しかし、貴方様は違う。

ですから、お逃げ下さい」


「いやいや……それは……」


「……なによりも儂等には罪があります。

死んだショーンは、神官様がいなくなってから理解不能で奇妙な祈りを女神様に捧げておりました。

今考えてみると、ショーンなりに村のために女神像に祈っていたのでしょう」


いやぁ……アンタらは知らないだけだ。

それは勝手な妄想で、アイツは自分個人の願望で祈りを捧げていたって言ってたぞ!


「ですが儂等は、そんな想いを邪険に蔑ろにし馬鹿にしました。

今回のゴブリン達の襲来は、女神様が与えた罰なのかもしれません」


いやいや、それは絶対に違う!

そもそも俺が来たのは、あの野郎が俺の輪廻転生の枠を奪ったからで……。

だいたい、アンタらが間違った訳じゃない!

あんな野郎は、邪険にされて当然だ!


「しかし、そのショーンの身体に貴方様が降臨された。 きっと女神様がショーンの願いを叶えて下さったのでしょう。

更には、穏やかに過せる日々まで下さった。

こんな罪深い儂等に……」


村人全員が、泣きながら膝まづき感謝を送ってきた……。


おいおい……なんでそうなる⁉︎

それって、本や動画で観たような中世時代の神や奇跡を最優先にするといった考え方だろ⁉︎

絶対に違うだろ⁉︎ コイツら狂っているのか⁉︎

もはや別世界となった日本では考えられない不思議な光景に呆気に捉られた時、右手に柔らかな感触が起こってきた。


お菓子を差し入れてくれた幼い少女が、泣きそうな顔をしながら両手で握っていたのだ。


「ありがとう、聖人様。

私が天国に行けるように祈って下さいね。」


コイツ馬鹿か⁉︎ と思うと同時に今更ながら気づいた。

この娘、年齢的には6歳か7歳くらいだろう。

しかし握る手と痩せ細った小さな身体、年齢的には合致していない。

水を確保が難しくなり、食事もままならなかった状況の中で必死に耐えていた。

いや少女だけではない、他の村人達も痩せ細っている。

そんな状況でも、俺を『聖人』だと信じて自分の食料を分け与えてくれていたのか……。

俺は優先されていたのか……。


これはこれで‥‥‥少し面倒になってきたな。

今言えるのは、借りを作ったままってのは不本意だってことだ。

後になって、必ず二倍相当は期待されるからな。

だから今までの『人生』でも、他人には絶対に弱味を見せないように生きてきた。

誰にも頼らず信用せず、それが自分中心でいる秘訣だったからだ。

でも、どんなに気を付けても、借りというのは思わぬ形で出来てしまうもの。

今が、それだ。

このままでは、俺が守り続けた信義から外れてしまう。


さて面倒くさくなったが、どう返せば良いか?

現状を踏まえて考えた。


敵はゴブリン。

既に村は包囲され、執念深く残忍、集団戦術を得意とする化け物。

だが個体としては、さほどの強さでは無さそうだ。


執念深い⁉︎ 集団戦術⁉︎ それらを利用出来ないか!


「ゴブリンは執念深いって、どのくらい執念深いの?」


俺からの突然の質問に、戸惑った村人達を他所に老人が冷静に答えてくれた。


「獲物には異常に固執し、一度獲物を手に入れると飽きるまで斬り刻み弄んだりするらしいのですが、それが何か……?」


「じゃあ、ショーンと一緒に出掛けて死んだ四人は今頃?」


「もう玩具にされているかと‥‥‥。」


四人の家族なのか、数人の村人が泣き出した中で、また必死に考えた。


一度手にした獲物に対する執着心がある。

殺された四人は、今頃斬り刻まれて玩具にされている。

集団戦術を得意とする。

食料庫が燃やされる前にも、ゴブリン達の襲来があった。 

食料庫が燃やされる前⁉︎ もしかして偵察か?

でも‥‥‥既に水源まで奪われて疲弊しきっているのに、偵察なんて意味あるのか⁉︎

もしかして、食料庫の場所を知りたかったのか?

いやいや、じっくりと嬲り殺すのが好きなんだろ⁉︎

村人が痩せ細っている状況で食料庫を燃やしたって早目るだけだ。

そんなの、目的に対して意味がないだろ!


色々と考えてみるが、中々答えが出ない。

もう一度整理からだと思った時、ふと老人が言った言葉から『ファウンドチャンネル』で観たことを思い出した。


獲物に執着⁉︎ それは熊の習性と一緒だ……。

熊は、一度手にした獲物には執着心を持ち続ける。

過去の日本でも、それを知らずに取り返そうとして被害になったこともある。

もしかすると、自分達が狩った獲物を村人が持ち逃げしたとかあったのか?

だとしたら、その獲物って……何だ⁉︎


「襲来される前に、ゴブリンから何かを盗ったとかなかったですか?」


「いやいや、そのようなこと……」


「そうですよね、生命に関わってきますよね。

じゃあ他……」


「あの……ちょっと良いですか?」


その時、一人の村人が手を挙げた。

コイツは確か、俺がゴブリン達にボコボコにされた時に担いで逃げてくれた男だった。


「物じゃなくて……それに襲来前じゃないけど……」


「物じゃない⁉︎ 襲来前じゃない⁉︎

ああっ、別に物じゃなくても良いですよ。

思い当たることがありますか?」


「盗んだという意味じゃなくても良いなら、一つありますけど……」


もじもじとし、なんか言いにくいみたいだ。

重大な何かがあるとでもいうのか⁉︎

まさかとは思うけど、ゴブリンの子供とかを捕まえているとかじゃないだろうな⁉︎

もしそうなら、それは絶対にヤバイぞ!

子供を盗みなんて行為は、野生動物には絶対にしてはならないことだ!


しかし彼の言葉は違った。

さらに、もじもじした後に決意したのか、やがて一つの方向を申し訳なさそうに指差した。

俺だった……。


「へぇっ……俺?」


「はい……聖人様を見つけて保護した時、ゴブリン達に追いかけられて必死に逃げましたから……。 こういうのも、そうなるのかって思いまして……なんかすみません」


そうだ……俺だ。

ゴブリン達からすれば、せっかく玩具にしようとして殺したはずの俺を奪われた形になっている。


俺を見た途端に襲いかかってきていたのは、そういう訳だったのか!

だから疲弊するのを待てば良いだけの村の中まで、わざわざ侵入してきていたのか! 

俺を探すために、玩具を取り戻すためだけに!


だったら、熊以上の執着心を持っているはずだ!

これは使える!


しかしそうなると、またやらなければならないか……。

まぁ恥ずかしいが、コイツらへの説得力を持たせるには、やるしかないだろう。

実に屈辱感満載だが、あれをやらねば納得しないだろうから仕方ない。


目を閉じて、静かに深呼吸をしてから覚悟を決めた。

まずは、出来るだけ穏やかな表情を作って一人一人を見回す。

それから静かに語った。


「只今、神の啓示を受けました。

神は、貴方達は生きろとおっしゃっておられます。

そして、私にも試練をお与えになりました」


「儂等に生きろと⁉︎

それに女神様は、どのような試練を聖人様に……⁉︎」


村人全員が固唾を飲みながら、聞き入っている。

この瞬間が一番効果を発揮する、そして俺自身が覚悟を決める時だ!


「私が囮になり、ゴブリン達を惹きつけろとの啓示です」


「そんな! それでは聖人様のお命が⁉︎」


「良いのです、これは試練なのです。

神の御意志に従い、貴方達を救うために命を捧げるなど当然のこと!

なによりも、ショーン・ケンの村を想う、尊い願いに感動し、私は降臨したのですから!」


村人全員が呆然となった。

そりゃそうだろう。

ついさっきまで、俺を逃がす方向で話がまとまったのに、その俺に覆されたのだから仕方ない。


しかし、ここでとどめの言葉を出すには最適だ。

よし、どうせなら一度言ってみたかった台詞を、少しアレンジして言ってやろう。


「こんな世界です。

男の命は短い

しかし女は子を産み……そして物語を語り継ぐ。

男の戦いの物語を!」


言った途端に、村人全員が感動して号泣し始めた。

よし、決まった! 

こんな俺だって一度は、あの超伝説の人気漫画の台詞は言ってみたかった!

まさか異世界で、言えるチャンスが巡ってくるとは!


だが、おかげで蛇足が付いてしまった。


「聖人様……死んじゃ嫌だー!」


「聖人様、また遊ぼうよー!」


「聖人様……行っちゃ嫌だよ……」


などなどと、お菓子をくれた娘や一緒に散歩をした子供達が、俺の足に縋りつき泣き出してしまった。


コイツら……何やってくれてんの⁉︎

せっかく、カッコよく決まった台詞をぶち壊しにしやがって!


イラっとなるが、ここは耐えなければ。

今は『聖人』として話をしているのだから……。


仕方なく、お菓子をくれた娘を抱き上げて台詞を繋ぐしかなくなった。

何を言おうか考えあぐねたが、一つの台詞が頭に浮かぶ。

ああー、これも言ってみたかったんだ!

ついでに、これもアレンジして言っておこう!


「この試練を、お前達の命と思えば重くはない。

例え、この力尽きようとも、この私の魂で支えてみせよう。

今より輝こうとする子供達の光を奪い去ることは許さない。

強く生きなさい、私の子供達」


再びの村人全員の号泣が始まり、より強くなった。

床を叩く者、顔を覆う者、天を見上げて涙を流す者、様々だ。


よしよし、決まった!

これはこれで、上手く決まったぞ!

やっぱり、あの伝説の超人気漫画の威力は一撃必殺だ!

さすが俺のバイブルだ!


その効果は絶大だった。

やがて泣き止んだ村人達が、行動を始めた。

俺の作戦を実行するために、一致団結し行動を開始したのだ。


「俺達は、聖人様が少しでも試練を達成出来るようにしよう!」


「そうだ、それが俺達の恩返しだ!」


などなど、興奮して叫んでいる。


そうだ、それで良い。

借りなんて、早めに返す方が良いからな。


しかし、懸念も残っていた。

あの指揮する頭がキレるゴブリンが、どう動くかだ。

今までの指揮行動から考えて、俺の作戦なんて看破されているかもしれない。

あのゴブリンなら、そう警戒しておいた方が良さそうだ。


さて、後は出たとこ勝負! なるようになるさ。




だがしかし、その噂の頭の良いゴブリンは、その時に頭の中の血管がキレそうになるまで怒り、そして絶望していた。

すべての意味で、切れる寸前の状況にいるのだ。






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