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ゴブリン

俺は子供が嫌いだ! 

特に、鉄筋コンクリートの壁でさえ容易に突き抜けてくる、あの甲高い声が嫌いだ。

だいたい、遠慮というものを知らな過ぎる。 

人の都合を考えず、自分本位な行動をしてしまう、そんな無神経さが嫌いだ。


前世でも、散々やられている。

苦労して、生活レベルを上げるために選んだはずの賃貸アパートでだ。

防音設備は完璧だと胸を張った不動産屋に、俺は騙されていた。

隣りの部屋の奥さんがホストに入れ上げた挙句に逃亡して、残された子供二人が泣き喚き続けたおかげで、まったく寝れずに過ごした日々を今も忘れてはいない。 あの時は、何度怒鳴り込んでやろうかと思ったことか!

アイツらへの恨みは、思い出しただけでも気が狂いそうになってくる。


そして今も、その『アイツら』が纏わりついていた。

少しだけ、束の間の安全が訪れていたからだ。


「あっ、聖人様だ!」


「こんにちは、聖人様!」


「散歩してるの? じゃあ一緒に着いて行っても良い?」


「こらこら、危ないから走ってはいけないよ!」


只今、村の子供達と散歩中であった。

賑やかにはしゃぎ回る子供達、その光景に目を細める俺。

穏やかな朝を、俺は『聖人』を爽やかに演じている。


実に鬱陶しい、吐きそうになってきた。 

……頼むから、どこかに早く行ってくれよ!


どうして、こうなってしまったんだ……⁉︎

もう、これには頭を抱えるしかない。


俺は不本意ながら、あの焼き殺されようとした日から、この村で滞在したままだった。 

あまりにも注目され過ぎて、逃げられなくなってしまっているのだ。

ただ『人間』扱いにはなっていて、ベッドは藁から木製に変化もしていた。

だが、誰にも干渉されずに一人で生きることを旨とする俺にとっては、ここは地獄でしかない。


『聖人』


この尊敬なのか、もしかして憧れなのか、はたまた単に煽られているだけなのか、とにかく俺にとっては忌まわしい呼び名のせいだ。

少しでも外に出ようとすると、すぐに村人が集まってくる。


こんなの嫌だ、今すぐにでも逃げ出したい……。


だが、ここで安易な行動をするわけにはいかない。 即、命取りになるからだ。

特に笑顔を絶やすわけにはいかなかった。

絶やせば、再び『悪魔』呼ばわりが待っているからだ。

そうなれば木製ベッドから藁のベッドへと逆戻りにされて、また焼き殺そうとしてくるに違いない。

ここは野蛮な異世界、油断していると死が待っているだけの世界なのだ。 

悔しいが、今は我慢するしかない。

だから、こんなクソみたいな生活を送るしかなかった。


もちろん行動を起こさなかったわけじゃない。

だが不本意にも、『聖人』としての名声を高めただけで終わってしまっていた。 

あれは、ヘンテコな形をした月が薄っすら闇を照らしていた三日目の夜だった。

やはり逃亡するなら、暗闇に紛れてからが古来からの鉄則、皆が寝静まったのを見計らい行動に移してみた


「よしよし、気づかれていないな」


慎重に一歩一歩踏み出す。

この村はゴブリン達に包囲された状況、何人かで見回りをしているような警戒態勢下。

だから見つかれば、保護の名目の下に引き戻されてしまうだろう。

よって、嫌がおう無しに慎重にならざるへない。

足音が聞こえてくる度に息を殺して気配を消し、そしてやり過ごす。

そんな繰り返しを何度かして、ようやくと村の端まで辿り着いた時だった。


「さて、ここから先にはゴブリン達がいるんだよなぁ」


このまま先に進んでいけば、また嬲り殺しにされるかもしれない。

しかし、それでも俺は行く!

人々に囲まれ作った愛想笑いを浮かべ続けて生きていくくらいなら、一か八かでゴブリン達の包囲網突破を目指す方が遥かに良い! 例え殺されようとも、俺は絶対に迷わない!


「よし、行くぞ!」と気合と覚悟を決めた。

だが、次の瞬間に脆くも崩れさる。


目の前に広がる草むらを掻き分けようとした時だった。

7mくらい右、さほど遠くない位置からガサガサと音がした気がする。

それに、なんとなく不自然に草むらが動いているような気もした。


「何かいるのか……まさかゴブリン⁉︎ いやいや、こんな近くまではさすがに」


まだ、ここは村の端。 俺が襲われた位置からは、かなり距離があるはずだ。

それに聞いた話しではゴブリン達は数百、圧倒的な数的優位を確保している。

これらを照らし合わせて、散々と動画を見て得た知識から考えを導けば、この村は籠城しているのと同じ状況になる。

なら、もっと疲弊するのを待って襲った方が得策のはずだ。 だいたい村人達には、まだまだ余裕がありそうだった。

そう、これは現実的じゃない。 こんな近くにいるはずがない!


……なんてことを考えてしまっていた俺は、ゴブリンという化け物を全く理解していなかった。

だから妙な自信と興味本位から、草むらが騒ついた方向に、落ちていた石を拾って安易に投げてしまったのだ。

……そして最悪となった。


「ギャギィィィィィー!」


すぐにゴブリン四匹が飛び出し、俺に襲いかかってきた。


「うわー! クソ間違えた!」


残念ながら、この時点で引き返すという選択肢しか残っていない。 急いで村の中央まで走って逃げしかなかった。

思いっきり走ったが、お構い無しにゴブリン達は叫び声を上げながら追いかけてきた。


「ゴブリンだー! ゴブリンが出たぞ、村の中に入って来たぞ!」


不本意だが、大声を出して助けを求めるしかなかった。


「なんですか? 聖人様……ってゴブリン⁉︎

どうして村の中まで⁉︎」


すぐに村人達がワラワラと集まってきた退治してくれたが、そこから勘違いされてしまったのだ。

そうなると、この俺の状況では乗るしかなかった。


「いやー、聖人様が見つけてくれなかったら、危なかった!」


「でも、どうして聖人様にはゴブリンが侵入してきたってわかったのですか?」


「おい聖人様だぞ! その御力で御見通しだったに決まっているじゃないか!」


「なるほど、やっぱり聖人様は偉大だ!」


などなどと逃亡しようとしていた俺に、勝手な理想を押し付けて持ち上げている。 そもそも何の根拠があって『聖人』とかいう不確定なものを持ち上げるのか理解不能だが、もう乗るしかない。 

バレたら火刑が待っているのだ。 ここは異世界、誰も信用なんて出来ない。

また、あの屈辱を味わうしかなさそうだ。


目を閉じて、静かに深呼吸をしてから覚悟を決める。

まずは、出来るだけ穏やかな表情を作って一人一人を見回した。


「いえ、私は何もしておりません。 啓示があったのです。 神は村人を救えとおっしゃっいました。 ただ従っただけです」


死にたくなってくるが、やらなければ殺される。

しかし、こんな馬鹿みたいなことが一番効果があるから仕方ない。

現に村人達が泣きながら膝まつき、俺に向かって祈りを捧げ始めた。


「なんと神々しいんだ……」


「私達は女神様と聖人様に救われた」


「ありがとうございます。 女神様、聖人様!」


アホだろう、コイツら。 完全に信じ込んでいる。

でも、コイツらからすれば真剣な話だ。

昔の日本、いや地球に暮らした大昔の全ての人達は、こんな感じだったと考えると馬鹿にするべきことじゃないのだろう。

この異世界は発展途上だと思えば、これから進化していく最中なのかもしれない。


しかし、ふと思った。

この村に女神という信仰があるのなら、それを導いていく神父や牧師みたいな存在はいないのかと。

中世ヨーロッパなら、これくらいの村々には必ず居たと思う。

なにしろ信仰心なんてものは、常に誰かが煽り導いていかなければ、すぐに廃れてしまうからだ。

本当に『神の奇跡』があるなら話は別になってくるが、そんなものがあるはずはない。 だから質問してみた。


「ところで、この村には女神様の代理人というか、執行役というか、そういう感じの人っていないのですか?」


でも、こう聞いた途端だ。

村人全員の顔が悲壮感に包まれ、話し始めた。

それは『異世界』という特殊事情を抱えた世界ならではの理由、そして俺は『定番』が存在することを聞く。


「前はおられたのです。 しかし教会からの召喚命令で帰られました……」


「帰った? どうして?」


「どうも、各地で魔族達の動きが活発らしく、中央教会に魔術師を集結させるためだとか……。

あまり魔術が得意な方ではありませんでしたが、それでも結界魔術は使えましたから」


なるほど、『大』を生かすために『小』は切り捨てられたというわけか。

どんな組織でも、ヤバくなれば『トカゲの尻尾切り』をして存続させていくしかない。 まさに合理的、当然と言えば当然の決定なのだろう。


……って言うか、この世界に魔法なんてものがあるのか⁉︎


「じゃあ皆さんは使えないのですか? その魔術とやらを……」


不意に出てしまった質問だったが、一瞬まずいと思った。

現在『聖人』なんて呼ばれている俺が、その魔法とやらを使えない、なんて疑問を抱かせてしまったと思ったからだ。

だが、よほど事態は切迫しているのだろう。

そこは、あっさりと流され答えてくれた。


「私達庶民が、使えるはずがありませんよ。

あれは生まれ持った魔力などの素養がある者か、神託を得た選ばれた者しか使えませんから」


「あの人が居た頃は、ゴブリン達は近づきさえしなかったのに……」


「村に結界があったからなぁ。 あれが無いなら時間の問題だよ」


なるほど、大体わかってきた。

なぜ、この村がゴブリン達に襲われているのか。

そして、この『俺』を『聖人』などと呼んでいるのかが。 要は戦おうとする『気概』が無いのだ。

それは魔法を使えると使えないとか、まして結界魔法があるとかじゃない。 

散々とネット動画で観た光景と同じ理屈だ。

肉食獣が草食獣の群れ襲う場合、一番狙われるのは子供か年寄り、若くて強い草食獣は真っ先に標的から外される。

何故か⁉︎ それは弱いからだ。

弱い奴は楽だから、無駄な体力を使わなくて済むのだから。

全てにおいて犠牲が少なく、なによりも効率が良いのだ。

仮に強い獲物を選択すると、狩る側には反撃の危険性が高くなる。 死に自分から近づいているのだ。

そういう理屈で考えると、ゴブリン達にとって、この村人達は効率の良い獲物と判断されているのだろう。


ということは、この村にいる俺もコイツらと同等扱いされていると思って違いない。

そうなっているなら……かなりまずい状況。

これは、なんとかしないと俺まで標的にされる。

コイツらがどうなろうと知ったことではないが、他人に巻き込まれるのは御免だ!


「よし! まずは結界を施すことから始めましょうか」


「えっ、聖人様! 結界魔術を施して頂けるのですか⁉︎」


「やったー! これで村は救われるぞ!」


おいおい、俺が魔術なんて使えるはずがないだろう。

だが今の俺は『聖人』、悔しいが誤魔化しつつ納得させなければならない。

実に面倒臭いが、やらねばならないのが腹が立つ。

だが、これも生き残る手段なのだから仕方ない。

しかし、コイツらどこまで『魔術』に依存してやがるんだ⁉︎


「いやいや、これは『知恵』です。

魔術を使ったところで、私が居なくなれば意味がない。

これからの貴方達、子供達の未来ために一つ『知恵』を授けましょう!」


「知恵⁉︎ 魔術も無しに、そんなものでゴブリン達から⁉︎」


やっぱり、ここはそういう世界なのか。

下手に魔術なんてものがあるから、それに頼るのが当たり前になっている。

頼るから、頭を使うということを忘れてしまった馬鹿が生きている世界だ。


「知恵は魔力や神託が無くても、ちょっと学べば誰でも使えます。

とりあえずは実践してみましょう。

ちょうど夜、ここにはゴブリンの死骸もある。 後は木の杭が五本と一本のナイフでもあれば簡単に出来ますよ」


「ゴブリンの死骸と杭って……まさか⁉︎」


ほら、ヒントを与えてやると理解する人が出てきた。

チンパンジーだって少し考えれば、道具を使って餌を獲るのだ。 異世界とはいえ、人間に出来ないはずがない。


「まずは腹を掻っ捌いて内臓を取り除きましょう。 すぐに腐られると意味がない。 いや……でも、その方が恐怖感が出てくるから効果があるのかな⁉︎」


こう呟いてやると、村人達が奇異な目で俺を見ていた。

まぁ、俺の中では『聖人』だって人間だ。

なら生きる手段として、当然ながら汚いことにだって手を染めていたに違いないと思っている。


そして朝、村の東西南北に一体ずつ串刺しにしたゴブリンの死骸を晒してやった。

今は監視場になっている教会の塔に昇って観ていると、包囲しているゴブリン達が慌ただしく興奮しているのが見えた。

しかし、ただ騒いでいるだけだ。

死骸を回収しようとか、一気に村に襲い掛かろうとか、そういった動きは全くない。

むしろ、包囲網を少し後退させて始めていた。


どうやら、正解だったみたいだ。 

そしてゴブリン達には、ある程度の判断能力がある。

集団行動しているくらいなのだ。 かなり連帯意識の高い生物と考えて間違いない。

 

そして、なによりもリーダー格になるゴブリンの存在がいることがわかった。

この状況を正確に把握して、判断し指示をしているのだ。

仲間の死骸を見て、後退の指示を出した。

何か危険性があると、慎重に判断したのだ。

あのデカいゴブリンがリーダーかと思ったが、アイツは殺すことに執着していたくらいだから、頭は良くない。

なによりも俺を追いかけて村まで入ってきた、この死骸達の行動。 これらから考えて、ゴブリンとは前の世界の熊みたいに執着心の強い生物。 

それを制して行動し理知的に判断出来る存在がいるということがわかっただけでも大きな成果だ。


まぁ、とりあえず時間稼ぎは出来た。

しかし、そう長くはない。


どうやって逃げるか、早く考えていこう!

一刻も早く……もう長くは耐えられそうにない。



























































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