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聖人

こんな感じの夢を見ていた。


『俺』が俺に語りかけてくる、なんとも気色の悪い夢だ。

でも、そいつは俺じゃない。

何故そう言い切れるのかと言うと、異常なほどの饒舌多弁だったからだ。

おまけに似合いもしない愛想笑いを浮かべて、テンポ良く軽やかに語ってくる様子には嫌悪感しか湧いてこなかった。

亡き両親や偶々一緒になっただけのクラスメート達、はたまた同僚達からは、いつも無愛想だと言われ続けていた俺。 

俺としては無駄な時間と労力を省き、効率良く生きていたつもりだったが、他の人達からは社会不適合者みたいに見えていたのかもしれない。 

だから、こんな『俺』には吐きそうになってくる。


しかし、本題に入ったのだろう。

そいつは真顔になって、こう言ってきた。


『死ぬことは許さない。 健康の定義から外れるからだ。

お前は最高の健康であり続けなければならない宿命を背負った者。 そう約束され、そう約束したはずだ。

だから俺は誕生し、その使命を全うしなければならない。

お前の健康を永遠に維持するために……』


何を言いたかったのかはわからない。

でも言いたいことだけ言って満足したのか、勝手に消えていった。

実に、この辺だけは俺らしい。 人の都合なんて、どうだって良い。 

自分の都合が大事、ただ勝手に生きていたいだけなのだから。

 

それから気が付くと木の柱が見え、ベットのようなものの上に寝かされていた。

この『ようなもの』と付けたのには、俺世代ならではの理由がある。

再放送で何度も観た如何にも貧乏臭そうなスイスの少女が主役のアニメ、それに登場する藁を使ったベットみたいな感じだったからだ。

日本人なら一度は寝てみたいと思うのかもしれないが、実際は最悪。 全身がチクチクして気持ちが悪かった。

でも、この世界の人間からすれば当たり前のものなのだろうか?

こんな俺の不快感は無視され、おまけに何故か全身を頑丈に縛られていた。

あんな夢を見ていたくらいだ。 かなり長く眠っていたのだろう。

どうやら、その間にやられたようだ。 だが首は多少動いた。

周りを見渡すと、遠巻きに俺を眺めて警戒態勢感満載の人間数人がいる。

それに何故か油臭い。 いったい、ここはどこなんだ? 何が起こっているんだ⁉︎


「おおー、気が付いたぞ!」


「これは生き返ったということになるのか?」


「どうなっているんだ⁉︎」


「たぶんだが、もうショーンは殺されて、身体に悪魔が宿っているのかもしれんぞ!」


「そうだな、絶対に悪魔だ! すぐに殺してしまおう!」


なるほど……かなりマズイ状況にいるらしい。

一定の距離を保って鎌や鍬などを構えている、その様子からも警戒されているとはわかった。

だが、どうしてだ⁉︎ だいたい俺は死んだはず、どうして生きているんだ⁉︎

何故、痛みも感じていない?

化け物達から、完膚なきまで全身を刺され砕かれて死んだはずなのに……。

首、手首、足首、指など今動かせる部分を動かしてみたが、普通に動けて痛みも走らなかった。

見える範囲内では刺された跡すら無い。 

もしかして、あれは夢だったのか⁉︎

いや……少なくとも化け物達に襲われたのは間違い無さそうだ。

なにしろ服は血塗れだ。 これほどの出血量なら大怪我だったのは間違いないだろう。 

あの腹の傷が知らない間に治っていた時と同じ状況……だから警戒されているのか⁉︎


なら、この状況は大変まずい。

どうもコイツらの発言や服装、この家の構造やベッドのようなものから推測すると、この世界は中世ヨーロッパあたりの水準だと考えた方が良いみたいだ。

そうなら、あれが来る。 中世ヨーロッパで流行ったと言われる、あれだ。

コイツらの発言にもあった『悪魔』、その悪魔に取り憑かれたと思われているなら中世ヨーロッパ歴史の定番、いわゆる『魔女狩り』的なことをされてしまう。

これは、すぐにでも誤解を解かないと……。


「おい誤解だ、俺に悪魔なんか憑いていないぞ!」


「やっぱり、悪魔に取り憑かれたか」


必死に叫んでみたが、あっさりと否定された。


「だから憑いてないって!」


「やっぱり悪魔は嘘付きだ。

ショーンはな、自分のことを『俺』なんて言わなかった。 いつも『僕』って言ってたんだ」


あっ……あいつ確かに『僕』って言ってたな。

とんだミスをしちまった。


「いや、その何て言えば良いのか……。

そう、俺は別世界の人間で、そのショーンとかいう奴と入れ替わって……」


「おいおい、自分で自白しやがった。

やっぱり悪魔憑きか……」


「いやいや、そうじゃなくて……異世界転生して来て……」


「異世界転生、なんだそれ⁉︎

そうか、悪魔の世界からやって来たって訳か……」


全然ダメだ……何を言っても信じて貰えそうにない。

しかも中身が入れ替わって別人なのは事実、あいつの詳しい事情なんて全く知らない。

どう繕ったところで、深い部分を突っ込まれれば終わってしまう。

どうしたものか……。


だが、そんな悩める現在人の俺に対して、中世ヨーロッパ感覚の人間達……いや異世界人達は明らかに違っていた。

それは行動力、怪しいと思えば即行動し対処する。

あんな化け物達が存在する世界、即行動しなければ生きていけない世界なのだろう。

いきなり桶のようなものから、水らしきものをかけられた。

それは油臭い水、いや油、ガソリンみたいなものか⁉︎

これが、さっきから漂っていた匂いの正体か!


「ショーンの身体を乗っ取りやがって……」


「あいつは訳の分からない性格で使えない奴だったが、それでも村の為に勇気を出して、水を汲みに行ったんだ。 そんなショーンを……」


「この悪魔が! ショーンを返せ!」


「ショーンの仇だ、焼き殺してやる!」


目には殺意満々、しかも焼き殺す気満々だ……。

そうか……このベットも火力を上げるためか⁉︎

なんて用意周到なんだ、いや過ぎるだろ!


でも……あいつ、嘘ばっかりじゃねーか!

何が寂しかっただ⁉︎ 結構慕われてるじゃねーか!


いやいや、この際あいつはどうでも良い。

一刻も早く誤解を解かないと、殺されてしまう。


「おい、本当に俺は悪魔じゃないって!

ショーンと入れ替わって、この世界に来たんだ!」


クソ……焦るばかりで、上手く説得出来そうな言葉が出てこない。

この間にも俺を無視して薪やら藁やらを、せっせと運んでやがる。 


「おい、頼むから信じてくれ!」


ダメだ、完全に無視してやがる……。


だが、しばらくして俺の方に顔を向けてくれた。

話を聞いてくれる気になったと思ったが、違う。

最悪な一言を残して出て行ってしまった。


「じゃあな、悪魔。

ショーンの仇討ちだ、焼け死ね!」


バタン、ガダガタカダ……ガタン!

俺を置き去りにして外へ出て、こんな音まで残していった。 どうやら、念入りに関貫までされたみたいだ。

まったく情け容赦ない……。


おい……転生してから、死亡イベントばかり起こってるぞ。

最初から腹には槍が刺さり、すぐに化け物達からは襲われて、今また人間達からは焼き殺されようとしている。 どんな拷問なんだ、これ⁉ 俺、何か悪いことでもしたか⁉︎ いや、絶対にしていなかったはずだ。

出来るだけ、他人と関わり合わないように生きてきた俺がするはずがない!

関わり合う、それはどんな形にせよ、その事情に必ず触れることになってくる。 

それが良いことにしろ、悪いことにしろだ。

俺は、俺の事情のためだけに生きていたいだけなんだ!

他人なんて、どうなろうが知ったことじゃない。

俺を最優先に生きていたいだけなんだ!

良いことが起こっても悪いことが起こっても、それは自分の責任で行った結果、後悔なんて絶対にしない!

そんな俺が他人の責任の後始末、真っ平ごめんだ!


でも、こんなことを考えていても仕方ない。

なんとか脱出しなければ!

と思っても、昭和の脱出王みたいに華麗に出来るはずもない。 ああいうのは念密な計算と周到な仕掛けがあるからこそ可能であって、今すぐやるなんて絶対に不可能だ。

じゃあ、この縄を……って煙⁉︎ もう外から火をつけやがったのか!

すぐに勢いよく火と煙が中まで侵入して来た。

外側にも薪やら油やらを仕掛けてあったのか、ものすごい勢いだ。

途端に、油まみれの俺にも着火し炎に包まれた。


「ギィィヤァァァーー!」


全身を焼かれ始める、途轍もなく熱い。

なによりも、身体中の皮膚を毟られるような痛みに似た感覚もあった。

熱い、苦しい、身体の奥へと炎が入って行くのがわかる。 息が出来ない、喉が焼かれて肺が熱い……これが火刑なのか!

次第に熱いという感覚が薄れ、呼吸が出来ないという恐怖の方が大きくなっていった。


だ、だ、ダメだ……苦しい、息が吸えない……。

こりゃ、また死ぬな……。

段々と苦しいという感覚さえ薄れていく。

聞いたことがある。

かなり重度の火傷では、皮膚は炭化して感覚は失われると……。

そうか……身体中の細胞が焼かれて死滅という現実が身近に迫ったことにより、最後の情けなのか痛みを消すために麻痺させてくれているのか⁉︎

そして意識が失われれば、死んでいくんだな。 またか……。

そう受け入れ始めていた時だ。 否定する声が身体の中から聞こえてきた。


『だーかーら、お前を死なせないって言っただろ!

死んだら健康もクソもないだろうが!』


「だ……誰だ?」


『俺はホメオスタシス。 

身体の生体恒常性を維持し続ける者。 すなわち、お前の健康を守護する者だ。

おい……今から激痛が起こるが耐えてみせろ。

緊急事態発生により、生体恒常性全開!』


「えっ、何を……、ギィ、ギャァァァーーーーーーー!」


再び息苦しさと焼かれていく感覚が全身を支配し始める。

身体が灰へと変化し始め痛みも感じなくなっていたはずなのに、また皮膚が焼かれている⁉︎

そんな感覚が、再び襲い始めた。


「グッギギギギヤヤャーーーーーーー!」


『耐えろ! 健康を守るため、まだまだ再生するぞ!

別にお前は死んでも良いけど、健康だけは守る!

皮下組織、次は真皮、よし表皮まで再生してきた!

こんな火傷くらいが、なんぼのもんじゃぁぁ!

健康第一だ!』


「熱っっつううううううー! 熱い、熱い、無茶苦茶熱いぞ!」


『当たり前だ! 焼かれてながら皮膚再生をしてる最中だからな。 水膨れが治って、また水膨れが起こる、そしてまた治す。 その繰り返しが今起こっている最中だ!』


「おいおい、それって永遠の拷問状態じゃねーか⁉︎」


『ガタガタ言うな! 本当は治らないはずの皮下組織まで焼かれた状態を治してやっているんだ、文句なんて抜かしてんじゃねーよ!

健康を維持するため、一つでも火傷なんぞ残してたまるか!』


……まったく妥協も無ければ、情け容赦も無い。

俺を生かすという観念よりも、健康状態しか考えていないみたいだ。

でも、そんな永遠に続くと感じられた火刑の中で変化が起こった。

俺の身体よりも先に、縛っていた縄が燃え尽きたみたいだ。 身体が自由に動くようになった。

よし、これで外に出れるぞ!


だが、ここで俺はミスを犯した。

パニックになったことで真正面、普通に男達が出て行ったドアをブチ破り脱出してしまったのだ。


脱出しても、未だ全身を炎に包まれた状態。

自然と本能的に転げ回って、必死に消化に努める。

ようやく火が消え、最初に見た光景は、呆然とした顔で俺を眺める何十人もの老若男女達だった。


「おい……生きてるぞ……」


「これくらいじゃ悪魔は死なないのか……」


「もう一度……もう一度やろう。 もう一度焼き殺そう!」


「いや……無駄だ。 よく見てみろよ……もう悪魔の力で火傷なんか治っているぞ」


「もうダメだ……。 村がゴブリン達に囲まれて絶体絶命の状況なのに、悪魔まで招き入れちまった。

もうダメだ……皆殺しにされる」


全員から悲壮感が漂っている。

これに乗じて、このまま逃げるか? いや絶望感満載のこの状況、やけになってからのパニックへの発展が怖い。

そうなれば下手するとまた火刑か、それ以上のことをされる可能性が高くなってくる。

ここはなんとか落ち着かせて、俺は悪魔ではないと証明した方が良い。

でも、どうすれば良いんだ⁉︎

俺は悪魔って思われているんだぞ、それを覆えすなんて……んっ⁉︎ 悪魔⁉︎

だったら、その逆を言えば……。


かなり恥ずかしいが、もうやるしかない!

目を閉じて、静かに深呼吸をしてから覚悟を決める。

まずは、出来るだけ穏やかな表情を作って一人一人を見回した。 

どこだ? 俺を焼き殺そうとした奴等はどこだ?

あっ、いた!

よくも殺そうとしやがって、ぶっ殺してやる!という湧き上がる怒りを抑えつつ、そいつ等に向かって歩いた。 すると恐怖からなのか、俺を避けるように人混みが、真っ二つに分かれて道が出来た。

そいつ等の真正面に立つと、明らかに恐怖で引き攣る顔が見える。

よし、ここからだ。 

演技なんて、無理矢理やらされた小学校の学芸会以来だがやるしかない!

更に穏やかさを演出し、こう言ってやった。


「試練をありがとう」


「へぇっ……⁉︎」


「俺は生まれ変われた。

そして、お前達が神に代わり試練を与えてくれたことで、神に近づくことが出来た」


この世界が中世ヨーロッパ感覚で、同じ推準くらいなのは間違いない。

だいたい『悪魔』なんて言葉があるなら、必ず『神』という言葉にも反応して、俺を殺そうなんて考えなくなるはずだ。


だが反して、予想とは違った方向に動いてしまった。


呆然としたまま、いや……全員に困惑した表情が見える。

あれ……間違えたのか⁉︎ それともインパクトが強すぎたのか⁉︎

なんて思っていると、何故か全員が涙を流し始めた。

そして……。


「聖人様が降臨された……。 

この村をゴブリンから救うために神様が遣わして下さった」


「よくよく考えてみたら、ショーンは女神像に毎日祈っていた。 あの祈り方には問題があるとは思っていたけど、熱心に祈っていたのは間違いない。

きっと女神様が応えて下さり、ショーンを『聖人』としたんだ!」


「これで村は助かるぞ!」


いやいや、そんな大袈裟な……。

『聖人』なんて、そこまで俺は求めていない。

ただ与えた試練を達成したから、もう殺さないという確約が欲しいだけ。

後は波風立てずに、一人静かに出て行きたいだけだ。

これは、とんでもないことになってしまった。


「聖人ショーン・ケン! 聖人ショーン・ケン! 聖人ショーン・ケン! 聖人ショーン・ケン! 聖人ショーン・ケン! ……!」


なんか……感涙した村人達の大合唱まで起こっている。


しかし、この時は気が付いていなかった。

この『聖人ショーン・ケン』という呼び名が異世界で生きていく俺を、これから苦しめ続けていくとは……。


































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