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飛ぶ鳥、跡を濁してしまう

ただ睨み合うだけ、こんな無意味な緊張感だけを増幅させていた中で、ふと冷静になり我に帰ってしまう瞬間が訪れてもおかしくない。


俺は……何をやっているんだ⁉︎

頭でもおかしくなったんじゃないだろうな⁉︎

ぶっちゃげた話しが、よく自分でもわからなくなってきていた。

その理由として俺は、『友達』という脆く儚く不確定なもののために戦おうとしているからだ。

確かにゾンビさん達には世話になっている、その感謝の気持ちは些かも変わらない。

でも基本的には平和主義者な俺、普段なら何か相応の品を渡して事を安全且つ冷静に済ませてきたのに、感情という一時なものに左右されて誰かのために戦おうとしているのだ。

こんなことは生まれて初めてだった。 

もう自分でもパニックに陥りそうだ。

だいたい実際のところ、何をしたら良いかわからない。


「あいつ、能力を移譲したとか言ってたけど、使用方法の説明が無かったじゃないか……」


使い方がわからなければ、ちょっとだけ健康的な人間。 それだけが取り柄の平凡な俺だ。

これでは、実にまずい……。


しかしそれは、ニャッと笑いつつも何故か攻めないクラリッサ・ピオラも同じなようだ。


―――――――――――― ―――――


この『聖人』とかいう明らかな詐欺師、いったい何者だ?

そもそも、こいつには一切の魔力を感じない。

魔法を使えない一般的な人間でさえ、極小量の魔力は宿しているはずだ。

まさか、生まれながらに保有していないとでもいうのか?

しかし、これはこれで恐ろしさを感じてくる。

あるはずのものが無い、それは世界の理から外れているということだ。

まるで、どこか別の世界から来たような生命体とでもいうのか⁉︎


こんな色々な常識外れから生まれてきた疑問が、どんどん警戒心を呼び込んでいく。

わかることは一つだけだ。 この男は人間ではないという確信、その身に宿った桁外れの『生気』の量は一体何だ⁉︎

一度だけ戦った『六元質(シックスアライメンツ)』と呼ばれ恐れられる、最上位種のドラゴンの一頭、ブルードラゴンでさえ、こんな『無限に湧き出る』という感じはしなかった。

自分は治癒魔法師の最高峰にいると言われし者クラリッサ・ピオラ、その経験と能力から魔法を使わずともわかることがある。

目の前に立った者が持つ生命力、いわば寿命を見抜くことができた。

事故や戦死に遭遇するなどを除き、人間であろうと魔族であろうとも、ほぼ確実な寿命を当てられる。

例え生まれたばかりの赤子であろうとも、その生命の波動を感じれば、その未来まで見通せた。

そんな自分が、この男と相対し思うことは一つだけである。 

死んでいく光景を、まったく想像出来ない……。

それゆえに、人間ではないと確定するしかなかった。

ならば魔法や魔導などではない、別の能力を隠している恐れがあるかもしれない。

下手な先制攻撃は、自身に不利を呼び込んでいくだけだ。


そうなると、一度捨てたものを拾わなければならない。

それは陽動、精神的優位を作り出す戦闘においての基本、少しでも自身の優位に繋いでいくもの。

先程は通用しなかったが、それは『個人』相手だったからだ。

では『集団』相手では、どうする?


――――――――――――――――――――


突然だった、無駄を育んでいた状況が一変した。

いきなり、奇妙な質問をしてきたからだ。


「おい……必死に築いたものを奪われた経験はあるか?」


そんなの俺には、数え切れないほどの経験がある。 それは『時間』だ。

休みの日は、たった一人で過ごすのが俺の絶対的な掟であり、最大の楽しみだった。

けど社会人である以上、それは呆気なく破壊されていく時もある。

何日も前から計画していたのに、突然の休日出勤へのにこやかな誘い、間抜けが引き起こしたミスのためだ。

おかげで、ゆっくり楽しい『時間』は、休日には絶対に会いたくない同僚に囲まれて他人の仕事を手伝うという悲惨な目にあった。

しかし、それだけなら許しもしよう!

仕事上のミス、誰しもにも起こりうること、そこは我慢もしよう。

だが、その張本人の事後が実にムカつく!


『いやー、すみませんー!

ミスっちゃいました!』


軽薄に謝罪されただけでチャラとされてしまった。

休日出勤したから、相応の手当ては出るから良いよね! そう言いたげだ。


いや……金は要らないから『時間』を返せよ!

もう返ってこない俺の楽しい一人の時間を返してくれよ!


……と言いたかったけど、職場環境の僅かな変化を恐れて何も言えない俺だった……。


「奪われた⁉︎ いくらでもあるぞ!

今思い出してもムカつくほどな!」


そう言うとクラリッサ・ピオラは、なぜだか笑い出した。

まるで浅はかな答えだ! とでも言いたげだ。

その予感は当たっていた。


「いくらでもあるか!

私もあるぞ、必死に守った最愛の人を奪われて絶望感に苛まれたことがな!」


何を言いたいのか、さっぱりわからない。

けど、次の行動で何をするかがわかった。


「ならば、こういうのはどうだ⁉︎」


派手さだけはある六枚羽を大きくはためかせ、壮大な土煙を上げ始めた。


目眩しか⁉︎ と思ったけど違った。 その存在意義とおりに、上空へ飛び上がっただけだ。


「お前も必死に守った者達を失うと良い」


そう静かに呟きを残し、村目掛けて颯爽と飛翔し始めた。

者達……もしかしてゾンビさん達を襲うつもりか⁉︎

街から来てくれた人々を婆さんに頼み、走って追いかけるが、とても追いつけそうにない速度だ。


「おいホメオスタシス!

能力を移譲して貰っても、使い方がわからないぞ!

おい、ホメオスタシス聞こえてるか⁉︎」


ダメだ、返答がない……。

クソっ、どうすりゃ良いんだ⁉︎


「ショーン、しっかり掴まれ!」


突然だった、身体が浮き上がっていく。

いや掴み上げられたが正解だ。

ボロボロの大家さんが、俺を掴み上げ村に向かって飛んでくれた。


「大家さん、大丈夫ですか⁉︎」


「私の心配は良い!

……頼む、頼むから村人達だけは助けてくれ!」


必死の叫びも虚しく、かなりのスピードで飛んでもクラリッサ・ピオラは遥かに超えている。

ダメだ、とても間に合わない。

もう、すぐそこに村の防壁に届いてしまいそうだ。

内心諦めた、その時だった。


不用意に侵入しようとするクラリッサ・ピオラが、防壁から跳び出した何者かによって弾かれた。

少し耳の形が長く尖った、少し長い剣を持つ人物にだ。

誰かに似た、それに見た覚えのある耳だけど……誰だ、あれは⁉︎


でも、大家さんは知っている人物みたいだ。

その名前を弱々しくも愛おしげに呼んだ。


「ギルノール……」


ええっ、ギルノール……って、あれギルノールさんなの⁉︎

確かに面影はあるけど、あんなに若々しく健康的ではない。 まして、もうスピードで飛ぶクラリッサ・ピオラを剣で弾く動作は出来るほど速くはなかった。

ふらふらって感じで歩いているだけだったのに。

しかし目の前では、そのギルノールさんが、物凄い速さで体勢を立て直したクラリッサ・ピオラとの戦いに興じ始めた。


「少し見ぬ間に姿を変えたようだな、クラリッサ・ピオラ! だがわかるぞ、その身の奥にある邪悪さは隠せぬからな!」


「ギルノール……お前復活したのかぁ!」


「ああ俺はエルフだからな、少しだけ早かったみたいだ。 もうすぐにでも、村人達もゾンビ化から解放される」


「クソっ、何故だ⁉︎

『リビング・アダプター』は世界樹を模したもの、それが、こうも簡単に破られる⁉︎ だいたいゾンビ化から完全に再生されるだと、不可能なはずだ⁉︎」


「俺にもわからない。

しかしショーンが助けてくれた、その身から溢れ出る不思議な力を俺達に分け与えてくれたからな!」


「ふざけた話をするな……ならば、もう一度だ!

もう一度、お前達に『リビング・アダプター』を掛けるまでだ!」


「させるか!」


「先程の不意打ちは見事だったが……言ったはずだ、お前の剣は遅いと!」


怒りに怒るクラリッサ・ピオラが、ギルノールさんの攻撃を呆気なく躱し、殴り飛ばして振り切った。

そして再び飛翔し村の中央付近に達すると、また『リビング・アダプター』とかいうのを唱えた途端に、また世界樹が現れ、ゾンビさん達というか……かなり人間ぽくなっている村人達を枝枝が捕まえ始めた。


「再びゾンビに戻るが良い!」


そう雄叫びを上げると、また世界樹に短剣を突き刺した。

しかしだ、俺の時と同じようにパーンと大きな音が鳴り、やはり燃え始めてしまった。

囂々と燃える世界樹を眺めて、再び自失呆然となるクラリッサ・ピオラ。

ようやく到着した俺に向かって叫び始めた。


「お前……一体何者なんだ⁉︎

自身だけでなく、この多数を守れるだと……」


「いや……何者って聞かれても、ちょっと……」


「完全に世界の理から外れている……まさか本当に女神から愛されているとでも言うのか……」


「愛されているというか、世話にはなったけど」


「あり得ない、女神に愛されて良いのは勇者だけ。

勇者アリス・リグバーン、彼女一人のはずだ!」


よくわからないけど、先程からの話では随分と『勇者』という存在に固執しているみたいだ。

どんな物語でも『勇者』は、単に煽てられて厄介事を押し付けられる危篤な役目っていうのが相場なのに……。 俺だったら絶対にやらん!


でもこれは、この女を煽ってやるには使えそうだ。

よし……やってやる。 やりたくはないけど、陽動作戦の一環で演じてやるか。

どうせ今は、この女と大家さんだけだ。

大家さんだけなら、後でいくらでも誤魔化せる。


目を閉じて、静かに深呼吸をしてから覚悟を決めた。

まずは出来るだけ穏やかな表情を作り、クラリッサ・ピオラに視線を向けてから静かに語る。


「私は聖人ショーン・ケン、女神より試練を与えられ降臨した者。

クラリッサ・ピオラよ……貴女の行いは女神の怒りに触れてしまった」


「なんだと……女神の怒りだと……」


「そう貴方は勇者を愛し愛された女神の怒りに触れたのです。

人々を守護するという、本来の役割を忘れ外道の道に堕ちた。

これ以上の蛮行をさせぬため、私は舞い降りた」



よし、かなり効いているみたいだ!

苦虫を噛み潰したような顔をしている!

よし、このまま続行だ!


……と思ったら、おもいっきり反論された。

それなら納得するな、お前の言う通りだ!と言いそうになる内容だった。


「その……蛮行に走らせたのは誰だ⁉︎

戦うだけ戦わせて、事が済めば邪魔者にしたのは誰だ⁉︎

傷つきながら苦難の果てに魔王グライスタゼーべを討伐し、平和をもたらした挙句が私達には何の恩恵さえなかった! 

それは良い……平和のためだ、我慢もしよう。

だが私達からアリスを奪い、平和の生贄とした女神や人間達に蛮行などと言われる筋合いは無いわ!」


なるほど……頑張って働いたけど、ボーナスは支給されなかったとでも言いたいのか。

確かに正当な評価をされないと、働く意味はない。

あの女神様、俺にはストリーミングをくれたりしたから気前の良い人だと思ったけど、昔はケチだったのかもしれない。 

しかし勇者を奪い平和の生贄にしただと⁉︎ それは、どういう意味だ?

そもそも魔王を倒したから平和になった訳で、更に生贄を必要とした意味がわからない。


そんな疑問に襲われ、聞き返そうとしたが、一歩遅かった。


「もう良い……女神が私達の行動を蛮行だと思うのなら、それで良い。

ならば女神の蛮行に対しての恨みは聖人ショーン・ケン、お前を通して晴らさせてもらう」


なんか陽動を仕掛けたつもりが、焦るどころか余計な敵認定をさせただけだったみたいだ。

何よりも、この失敗は終了していなかった。

とんでもない大失敗をしてしまっていた。


「お前が『聖人』だということは、よくわかった!

こいつらが証明してくれているからな……ただで死ねると思うな!」


証明してくれている⁉︎ どういう意味だ?

こいつらって……、誰?


そう言われて周りを見渡せば、かっては『ゾンビさん達』だった村人達が、俺に向かって膝まついていた。

まるで神にでも祈っているみたいに……。


「そうだったのか……ショーンは『聖人様』だったのか。 だから俺達に生きる希望を与え続けてくれていたのか」


「単に救っていただけじゃなく、新しい技術も習得させてくれていたとは、ありかたや」


「聖人様、聖人ショーン・ケン様……我々を救うために降臨されていたとは……そうか、あの生命の躍動は女神の奇跡を体現していたのか」


いやな光景が広がっている。

なにしろ俺の友達だったゾンビさん達は居なくなり、単なる普通の人間達がいるだけになってしまった。

おまけに、最高に侮辱である『聖人』として認識されている。


「ショーン、いや聖人ショーン・ケン様。

もしや私の哀しみに応えて、降臨されたのか?」


大家さんでさえ、この有り様だ。

もう完全に終わり、ここでの俺の生活は終了してしまった。


クソが……これじゃあ、俺が賃貸契約を違えていたみたいになったじゃないか!

出て行くのは良い。もう決めていたことだ。 

でも契約時は人間だったのに、蓋を開けたら聖人でした!って下らないオチになっているじゃないか!

俺は目立たずに、『飛ぶ鳥、跡を濁さず』って感じで終わらしたかったのに……。


全ては、この目の前の女のせいだ……。

俺の理想生活を汚しただけでなく、終わり方まで無茶苦茶にしやがった。


この恨み……晴らさずにおくものか!






















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