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誤爆

クラリッサ・ピオラ、今はエミュレートが呆然とする中で思うことは一つ、信じられないという非現実への拒否感だけであった。

例え疑似で生み出された世界樹であっても、まさか破壊されるとは想像もしていなかったのだ。

この世界では世界樹は生命全体を司り、天地創造を象徴するような木。

そのような厳かなものを、ただの人間一人によって破壊されるといった不可解な光景を目の当たりにしたのだ。

あり得ない……人間でも魔族でも、野獣や魔獣でさえも世界樹の恩恵を受けて生まれ出たもの。

それを破壊するなどと常識外れを可能とする者、それを生み出した張本人でしかあり得なかった。

ならば、こいつは……。


「お前……何者だ?

あり得ない、神でもないかぎり……」


そう驚愕され言われた張本人は、ただいま忙しいのだ。

『自分の中の自分』と言った言わないのと、子供のような口喧嘩の真っ最中であり、いわば二人から同時に話し掛けられるという面倒臭い状況下にいた。

それゆえに片方に言ったはずの言葉を両方に晒してしまうといった、いわゆる『誤爆』を引き起こしてしまう。


奢れる者、久しからずだな!


「奢れる者、久しからず⁉︎

どういう意味だ? 奢れる者とは私か⁉︎」


「ごめん、ちょっと黙ってて!

先に、こっちを片付けるから!」


「こっちだと……舐めやがって……。

もう良い……ならば死ね!」


「だーかーら、ちょっと待って!

すぐに終わらせるから!」


無視されている、途轍もない怒りがクラリッサ・ピオラに湧き上がってきた。

ただでさえ長年の研鑽であった『リビング・アダプター』を破られたのだ。

殺してやる! その選択肢以外は考えられない。

だが『待って!』という言葉のおかげで、少しだけ冷静に考える余裕も生まれたことは事実だった。

フゥーと深呼吸し、今までの経緯を考えた。


この村に来る前から破られていたと言って良かった。

『リビング・アダプター』によって生命を奪われゾンビと化した者達が、それぞれの個性を取り戻し始めているのだ。

生命を持たず目的も無く彷徨うだけの無機質なもの、それがゾンビ。

その自我を消失しているはずのものが、何かへの希望を求めて行動し始めているとは感じ取っていた。

初めはわからなかった、そもそもゾンビが個性を取り戻し、自ら行動し始めるなどあり得ないのだ。

しかし、この村を訪れ現実を見た。

ゾンビ達が誰に命令されることなく、明らかに自分の意思で農生産作業に従事する光景を目の当たりにした。

しかも、そう遠くない未来に完全にゾンビ化から解放されそうな状態までたどり着いている。


絶対にあり得ない、これは実に不可逆的だ。

もしかすると生命を取り戻し始めている、いや誰かが生命を与えているのか?

そんなの不可能だ、この私自身が試したのだから間違いない。


自分は黒き勇者アリス・リグバーンの一行として魔王グライスタゼーべと戦った、かって最高峰にいると呼ばれた治癒魔法師クラリッサ・ピオラだ。

そんな自分が実験的に『リビング・アダプター』使用後に生まれたゾンビへ超弩級治癒魔法を試したことがあった。

実験は失敗、ゾンビを爆散させただけで終わった。

生命を失った身体は風化を始めており、そのために水分を求め彷徨う。

そんなところへの超弩級治癒魔法は全くの無駄であり、その効果に身体自体が耐えられなかったのだ。

いわば、無機質の岩や石に生命を与えようとしているのと同じ行為であるとわかっただけで実験は終わっていた。


この私でさえ不可能なことを、どうやって成功させた?

私が知らない治癒魔法……いや蘇生魔法⁉︎

あるはずはない……そもそも、この男からは魔力の流れを一切感じず、そこら辺にいる普通の人間と何も変わらない。

しかし……私の目の前で『リビング・アダプター』を破壊してみせた。


「お前……一体何者なんだ⁉︎」


思わず呟きが漏れ出た。

もちろん、その『何者』は忙しく掌を向けた仕種だけで済まされた。 黙っててくれ! そんな態度だ。


しかし、代わりに答えてくれる者が現れた。

七十年以上前から一番知っている人物、尊敬し敬愛する人を『何者か』と問われたことに怒り狂った婆さんだった。


「おい……クソ魔族!

偉そうに訳のわからん理屈を並べただけじゃなく、この方を誰かも知らんと文句を垂れていたとは……糞野郎がぁ……。

教えてやるから、よく聞け!

この方は女神様に、その全権を委ねられ愛されておられる『聖人ショーン・ケン』様であらせられるぞ!

今すぐ膝まついて詫びろ、このボケがぁー!」


飛び掛かろうとする婆さんを周りの人間達が必死になって抑える中で、再び愕然状態に陥った。

全てが合致したからだ。


女神に全権を委ねられ愛されているだと……⁉︎

しかも『聖人』だと⁉︎ そんな存在など勇者以外にはあり得ない⁉︎

いやしかし、『リビング・アダプター』を破り、私でさえ不可能だったゾンビ達に生命を与え人間に戻そうとしている。

本当に『聖人』なのか……ならば余計に存在させてはならない。

例え女神の意思だろうと、愛されて良いのは『勇者』のみのはず! ならば、こいつは偽物、ただの詐欺師だ!

黒き勇者アリス・リグバーン一行として戦った者の一人として、こいつは絶対に抹殺しなければならない!

もう待っている猶予など無い、今すぐにでも殺す、一瞬で殺してやる!

そう攻撃態勢に入ろうとした、気取られず動こうとしたはずだった。


「……詐欺師か……お前は愚か者だ」


こんな呟きが聴こえた。

どうして読まれた、まさか心を読まれているのか⁉︎

これは迂闊に動くのはまずい……ならば揺さぶるか。


「ふん、一つ聞く。 どうやって『リビング・アダプター』を破り、どうやってゾンビ達に生命を与えた?

私にでも不可能なことを」


まずは単純に、心を読まれる可能性が捨てきれない以上は嘘の付きようのない質問から入ったつもりだった。

だが、その思い上がりを突かれた。


「自分を神とでも勘違いしているのか?

やはり何もわかっていないな」


「なんだと……私は黒き勇者アリス・リグバーンの一行として魔王グライスタゼーべと戦った最高峰にいると呼ばれし治癒魔法師クラリッサ・ピオラだ!

その私に勘違いだと……」

 

「じゃあ聞くけど、それ以外は?」


「それ以外だと……」


何も答えられなかった。

自身を支え、千五百年以上も生に執着してきたものこそ、勇者アリス・リグバーン一行であったという誇りであったからだ。

それ以外に何がある、そう聞かれてしまうと自身でも思いつかない。


下手な揺さぶりなど、この男には通じない。

かと言って、このままではまずい状況は変わらずに不利を極める一方だ。

精神的優位を取られ続けている、それは戦いを始める前から勝負は決していると同意義となってしまう。

戦いに身を投じ続けた自分は、それを嫌というほど知っている。


「答えてやる義務は無い。

準備を整えるまでは待ってやる」


そう言うのが精一杯、ここは何も喋らない方が得策と判断したからだ。


しばらくして、その抹殺対象は『話し合い』という名の誤魔化しが終わった。


――――――――――――――――


『お前、ふざけるなよ!

言ったよな! 健康に必要な長寿四つの要素は『金・筋肉・友達・趣味』だって!

だから頑張って配信してたんだぞ!

少しでも金を稼ごうと頑張ったんだ、こんなに直向きで一生懸命な俺を騙しやがって、この悪魔がぁ!』


うわー、とんだ悪魔呼ばわりだ。

でも確かに言ったような覚えはある、たぶん適当に言っただけだったと思う。

だいたいダイヤモンドか金か銀かは知らんけど、そんな盾を、この異世界に送られて来るなんて不可能だと普通に考えればわかるだろ。 あり得ないって……報酬だって同様だ。

しかし今ここで臍でも曲げられると、実にまずいことになる。

面倒臭いけど、また適当に誤魔化そう!


「さっきから聴いていると、ホメオスタシスは配信をして頑張ったけど盾も報酬も手に入らない、それらについて俺が騙したと怒っているんだよな?」


『そうだよ!』


「まさに『奢れる者久しからず』だな」


『なんだと……この詐欺師野郎が!」


「今度は詐欺師か……言い様は色々あるな。 じゃあホメオスタシス、お前は愚か者だ」


『俺が愚か者だと、ふざけたこと言うなよ!

俺は登録者数二十億人以上のバズりまくっている超有名配信者ホメオスタシス様だぞ!』


やっぱり二十億人も登録者を持っているなら、そう絶対に思っているよな。

これは使える!


「自分を神とでも勘違いしているのか?

やはり何もわかっていないな」


「なんだと……登録者数二十億人以上、再生回数一兆回以上の超有名配信者ホメオスタシス様に勘違いだと……」


「じゃあ聞くけど、それ以外は?」


「そっ、それ以外って?」


「あのなぁ、お前は全然ダメだ。

俺言ったよな、『金・筋肉・友達・趣味』だって!

もう二つも手に入れているじゃないか、違うの?」


「何が二つ手に入れているんだよ?」


「確かに『金』は手していない、それは認めよう。

でも『友達』、これは登録者達だろ。

『趣味』は配信だろ。

お前言ってたよな、ライブ配信は楽しいって!

趣味を通じて友達を得ているんだよ。

ほら二つも手にしてるじゃないか、違う?」


「そりゃ、こじ付けじゃあ……」


「じゃあホメオスタシス、お前にとって楽しみにして配信を観てくれている登録者二十億人は金蔓なのか?

再生回数一兆回⁉︎ 一兆回回るたびにチャリン・チャリンと金が転がる音が聞こえていたのか?」


「ちっ、違う!

俺は登録者達と楽しく配信して、楽しんでくれたら嬉しいって……」


「そうだよな、最初はそうだったはずだよな。

ホメオスタシス……お前は病気なんだよ。

『承認欲求』っていう、恐ろしい病気に罹っているんだ」


『俺が病気だと、俺は健康を守護するホメオスタシスだぞー、そんな訳あるか!』


「でも銀とか金、ダイヤモンドの盾とか欲しいんだろ。

それはな、手に入れて画面上に飾りたいっていう承認欲求の最たる症状なんだよ。

他の配信者達を観てみろ、どいつもこいつも馬鹿みたいに飾っているだろ。

挙げ句の果てには、登録者達千人以下は弱小配信者とか言って偉そうに馬鹿にし出すんだ。

自分がやってることは馬鹿みたいに騒いでいるだけの、一回観たら二度と観ないような内容ばかりなのにな。

おまけに、長年着いて来てくれた配信者すら蔑ろにし出すんだよ。 誰のおかげでタワーマンションとかに住めるようにして貰ったのかすら忘れてな。

お前はそうなりたいのか、ホメオスタシス?」


『ちっ、違う、俺はそんな……』


「じゃあ金銭とか盾なんて、下らないことは気するな。

数多くの友人達に囲まれて、楽しい趣味を共有しているだけで良いじゃないか。

それが精神的な健康にも繋がっていると俺は思うぞ」


『そうだな……俺は間違っていたよ。 欲に目がくらんでいたんだ。

ありがとう、友達と趣味が大事なんだよな!』


相変わらずちょろい奴だ……しかし、このホメオスタシスの戯言を聴きながらも思った。

盾なんてものはいらないが、その再生回数一兆回から得られる報酬は実に惜しい。

今後、もし女神様に遭うことでもあれば即クレームを入れなければ!

ストーリーミングに配信機能があるなら当然の権利、正当な言い分なはずだ!


『でさぁ、この女どうするの?』


あっ、そうだ。

どうやってホメオスタシスを誤魔化そうかに、集中しすぎて忘れていた。


「大家さんの敵らしい、なら俺の敵でもあるだろうな」


『そうか、なら頑張れよ。

俺、ライブ配信忙しいから!』


「えっ、手を貸してくれないのか⁉︎」


『いや友達と趣味は大事にしろって、お前言ったじゃないか』


クソ、そこに落ち着いてしまったか!

まずい……この女、どう見てもゴブリンなんか比較にならないくらいヤバそうだ。

せめて対応策とか考えないと……。


でも、焦った俺とは裏腹にホメオスタシスは違った。


『一応俺の力は移譲しておいてやるよ。

けど、まぁ楽勝だろ。

こいつ、全然大したこと無いからなぁ』


「えっ、そうなのか?」


『たぶんっていうか、さっきの鼻糞みたいなのと同じ感覚だったから、間違いなくゾンビ達を作ったのは、こいつだろ。

だったら全然大したことねー、もう既に勝ってるからなぁ』


「既に勝ってるだと、どういう意味だ?」


『お前が農業やってるの観て、俺も育ててたんだよ』


育ててた⁉︎ 何をだ?

それもストーリーミングの機能なのか?


『植物を育てる感覚でさぁー、配信と同時にゾンビ達を治してやってたんだ。

顔色悪くてふらふらしてるし、ちっとも健康そうに見えなかったからな。

健康の守護者である俺からすれば、見苦しくて耐えられんかったわ!」


「おい……どうやって、何やったんだ?」


『風呂入ったら汗掻くだろ、その中に血を少しずつ混ぜてやった。 飲んでる水の中に栄誉剤を混ぜているみたいなもんだな。

覚えてるだろ、あの鳥みたいな馬。 あの時の状態を六十年継続させてるんだぜ!』


この野郎……俺を出汁に使いやがったのか。

……ってことは、もしかして、さっきから言ってるやっただの破っただのっては、そのことか⁉︎


「もう既に、こちらから喧嘩を売っていたってことになるのか?」


『この女からしたら、六十年前から売られてるって思ってるだろうな。

それに、そろそろ不老不死は無理でも、一般的な寿命程度と自我なら取り戻してるはずだ!

いやー、俺も生産する楽しさを知ったよ!』


何ていうことをしてくれたんだ……。

これは、ますます村から早期に退去しなければいけなくなった。

いずれ『おはようございます』とか『こんにちは』など、不必要なコミニケーションに巻き込まれる。


「ホメオスタシス……お前」


『おいおい、これで良かっただろう! 

これで、お前の『友達』はゾンビ化から解放だ!』


そう言われると何も言えない……。

このまま一生ゾンビのままなんてことが、ゾンビさん達にとって良いはずは無い。


「確かにそうだな、友達は大切にしないとな。

じゃあ、その『友達』をゾンビ化してくれた落とし前を取らせようか」


『おぅ頑張れよー、おもいっきり暴れてこい!

こっちも配信終わったら手伝いに行くからよー!』


そう無責任な言葉を残して、ホメオスタシスは消えた。

ライブ配信に戻ったのだろう。


「待たせたな、いや悪かった。

お詫びに、おもいっきり殴り回してやるから覚悟しろ!

お前が女だろうと関係ない……。

俺の『友達』を虐めてくれた罪、後悔するほど殴ってやる!」


こんな俺の怒りの言葉にクラリッサ・ピオラは、ニヤッと笑った。

それは、こちらの台詞だと言いたげに……。





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