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悲劇の始まり 2

米栽培への目処が立ち喜びに満ちていた頃、あいつが現れた。

もう生命もおぼつかない、そんな様子の老婆だ。

ところが村人達誰一人として、その存在に気づいていなかった。 

気づいたのは私だけ、ギルノールですら気づいていない。

しかし警戒はしなかった、最初は魔族や魔物が持つような悪意を感じなかったからだ。

ただ村中を、そつなく練り歩いているだけだった。 

何かを観察している訳でもなく、吟遊詩人のように興味有り気に観ている訳でもない、まして商人のように値踏みしながら歩いている訳でもなく、本当に何気無く歩いているだけの老婆だ。

それゆえに特に警戒する必要はない、そう判断してしまったことが私の罪の始まりとなった。


それが始まったのは、老婆が村の中央付近に到達した時だ。

私の頭の中へと、突然に言葉が広がってきた。


『サンドラ・ヴァカリュ……長く探していたよ。

もう気づいたのだろ、私の存在を。

少し話をしようじゃないか、ここまで来てはくれないだろうか?』


聴いたことがあった。 これは『テレパス』と呼ばれるものだ。

その道を極めし者、魔導や剣技などを最高領域まで高めた末に使えると云われた念話の一種。

言葉など発する暇など許されない、数々の死戦を潜り抜け生き残って来た証拠と呼ばれるものだ。


一瞬で後悔と危機の念が私の中を駆け巡る、とんでもない者を村に招き入れてしまったと……。

すぐに近くにいたアルデハイドに頼み、ギルノールを呼ぶことにする、そう判断せずにはいられなかった。

私は、この時点で勝利を諦めていたのだ。

ただ私とギルノールの命を犠牲にすれば、村人の何人かを逃がすことは可能かもしれない。

せめて恩ある村人達の何人かだけでも……。 例え私達二人が戦ったところで勝てるはずはない、そう判断せずにはいられない敵の襲撃なのだ。


しかし、そんな判断すら筒抜けだったのだろう。

すぐにまた、テレパスが響いてきた。


『そう焦らなくて良い、ただ話をしたいだけだ。

お前に対しては害意など無い、誓おう』


もしかしたら返答は出来るのかもしれない、だが応えない。

このテレパスの中に、どこか殺気に似たものを含んでいるように感じたからだ。

いや……期待か、そういったものも感じ取れた。


「アルデハイド……ギルノールに伝えたら、すぐに村の外に出るんだ。 出来るだけ遠くに……何があっても絶対に振り向かず走れ、何があってもだ!」


「サンドラさん、もしかして何かあったの⁉︎

何があってもって……」


「頼む、良いから言う通りにするんだ。

これはダメだ……こいつは魔族じゃない、まして魔王なんて遥かに超えている者だ……」


私の異常な態度を察したアルデハイドが、ギルノールを呼びに走り出した。

村人達を天秤に掛けた訳じゃないが、それでもアルデハイドには生き残って欲しかった。

彼女は私達を最初に救ってくれた人間、絶対に死んで欲しくない。


『ふん気づかれたか……私もまだまだだ。

アリスには注意されていたのに、五百年経っても感情の起伏は抑えられないとは。

ならば……必要の無かった予定かもしれないが、先にするだけだ』


「予定だと……何をする気だ?

お前は何者だ?」


『ようやく応えてくれたか。

いやサンドラにだけではなく、この村に置いていたものを回収する予定もあったのでな。

すぐに終わるから、少し待っていてくれ』


何を……そう言うつもりだった。

しかし質問なんて不要、この急激な魔力の膨張を感じれば、最悪の序章への始まりが起こったことは理解出来る。


マニフェステイション(顕現)、セフィロト!


そう老婆がテレパスではなく声に出して叫ぶと、突然現れた。

あの世界中に点在する世界樹の木、その縮小されたような木が村の中央に出現した。

今にも天まで駆け上る、そんな躍動感すら感じさせる。


それをしばらく眺めた老婆が、続けざまに叫んだ。


インバージョン(反転)、クリフォト!

 

この叫びを合図に、世界樹の木が急激な勢いで枯れ始めた。

その生命を吸い付かされているように躍動感が失われていく。


そこからだ、地獄が始まろうとしていたのは……。


躍動感を失った木が突然枝を伸ばし、まるで失われた生命を補給しようとでもしているように、村人達一人一人に絡みつき始めた。

まったく老婆には気づかず、また世界樹の突然の出現に呆気に取られたところでの襲撃になす術も無く捕まっていく村人達。

そこにはアルデハイドやズコット爺さん、ギルノールの姿もあった。


「貴様、何をするかぁ!」


私は飛び出した、もう勝てるとか時間を稼ぐとかの問題ではない。

恩ある村人達を救うため、我を忘れて世界樹に飛びかかった。

だが枝は外れるどころか、がっしりと絡み付く一方、最大の力を出してもビックともしない。

私にも容赦無く、枝が絡みつき始めた。


「貴様、村人達を離せ! 何が目的だぁ⁉︎

私の命を狙いにきたのか⁉︎」


「何が目的? 言っただろ、回収だと。

それにサンドラ……私にとって重要な者。

命を狙うなど、決してしない」


「では何が目的だ?」


「よく見ておけ、それを始める」


老婆が懐から短剣を出し、枯れ果てようとする世界樹に勢いよく刺した。


「さぁ邪悪なるクリフォトよ、聖なるセフィロトに戻りたければ、この生贄達の生命で補ってみせろ!

そして私には一割で良い、その生命達を寄越せ!」


地獄が始まった。

枯れ果てた世界樹が青く光り始め、同時に目の前では村人達の身体が萎み始めていく。

まるで血を吸われゾンビとなっていくように、その生命が失われていくのがわかった。

しかも、ヴァンパイヤが行うようなゾンビ化じゃない。

この世で考えられる、あらゆる苦痛を与えられたかのような苦悶な叫び声まで聞こえた。

ヴァンパイヤなら、下僕とする者には苦痛を与えない。 精神支配に影響を与えかねないからだ。


そもそも、この老婆の目的がゾンビ化を主としたものとは違った。 その生命自体が目的だったのだ。


「馴染む、馴染むぞ!

この生命達は、やはり馴染む!

兄や妹そして弟達、その他の身内達の子孫、やはり身内の命は違うぞ!これは後千年以上は生きていられそうだ!

まだまだだ、クリフォトよ! まだまだ生命を吸って私に寄越せ!」


老婆は狂喜乱舞し、村人達は狂ったように激痛に苛まれていく。


「たっ、たっ、助けてー! さっ、サンドラさん!」


アルデハイドの泣き叫ぶ声が聞こえる。


「ぐわぁぁぁー、頼む、頼むから、もう殺してくれ!」


数々の村人達の悲痛な叫び声が響く。


そんな中、いち早く生命を吸い尽くされた老人達が次々と果実が捥げるように枝から落ちていった。

その中にはズコット爺さんの姿もある、少しだけピクピクと手足を振るさわせた後、動かなくなっていく。

耐え切れず、死んだとわかった……。


「やっ、やめてくれ!

頼むから、お願いだから、やめてくれ!

私は、どうなっても良い!

頼むから、この人達は助けてくれ!」


「何を言う、こいつらは元から私のものだ!

黒き勇者アリス・リグバーンと共に戦う栄誉を得た、この私のものだ!

このクラリッサ・ピオラのための、その糧になるために生まれ出た者達だ!

ありがたく、その生命を差し出して当然だ!」


この老婆がクラリッサ・ピオラだと⁉︎

五百年も昔の人間、魔族でもない人間が生きているだと……⁉︎


そうか……こんなことを繰り返して生き続けていたのか。


やがて目的を達したのか、世界樹は青い輝きを止め、躍動感溢れる元の木に戻り、そして少しずつ消滅していった。

それと同時に、子供達だった者達が絡み付いた枝から解放されていく。

まだ少しは生命を残しているのか、いや言葉も感情も失った人形のように徘徊を始め出していた。

もちろん、その他の村人達も老人達を残して同様に徘徊している。


「なぜ、こんなことを……。

この人達は、お前を尊敬し誠実に生きていたんだ。

何の罪があったというのだ!」


「何を言っている、罪などない。

私に生命を差し出して役割を終えた、ただそれだけだ。 気にする必要はない」


「気にする必要は無いだと……殺す、殺してやる!」


勝てはしないだろう、それでも戦う。

例え無駄死になろうとも、一矢報いてやる!


そう飛び掛かろうとした時だった。

徘徊するゾンビ達の陰から、何かが動いた。

ギルノールだ。 ゾンビ化していても私を守る、その本能は失われていなかったのだ。

しかし無駄な抵抗だった、この時代で剣技最強と呼ばれたギルノールでも路頭に終わったのだ。

隙を狙ったギルノールの剣刃がクラリッサ・ピオラの首を確実に斬った、私にはそう見えた一撃だった。

だが剣刃は指二本だけで、あっさりと静止させられていた。


「ギリギリまで待ち、隙を狙った手段は見事だ、ギルノール。

だがサンドラと一緒にいるのを知られていては、まったく意味がない。

そもそも、剣筋は悪くはないが遅すぎる。

戦友ファブリス・スカリジェやギュードゥルン、まして勇者アリス・リグバーンに比べれば、その足元にも及ばない。

鍛練をやり直せ、いや……もう無理な話か」


老婆とは思えない腕力で、ゴミでも扱うようにギルノールを投げ捨てると、私に近づいてきた。


しかし意外な顔をし始める。

近づく前は少し微笑んでいたが、直前まで来ると顔を歪めた。


「サンドラ……お前、子を孕んでいたのか。

これでは価値が無い」


「価値が無いだと……⁉︎」


「お前には期待していた、私の新たな肉体になって貰うために。  

探しているんだ、理想的な身体を。

なのに……お前は孕んでいる。

それでは魂が三つとなり『エントロピー・コンバージョン』の絶対条件、同意は貰えない。

残念だが、諦めるしか無さそうだ」


「エントロピー・コンバージョンだと……」


何を意味するのかわからないが、その時に気が付いた。

私の腹の膨らみが無くなっていることに……。


「わっ、私の子をどうした⁉︎」


「私の生命の糧にでもなったのかもな。

サンドラに害を加える気は無かったが、腹の子までは感知していない。 

腹の中にいるのかさえ、私にもわからない。 ではさらばだ、もう遭うことは無いだろう」


そう言い残し、仕種も無く消えた。


それからは泣くだけの日々を経て、私の戦いが始まった。

どこからか噂が流れたのか、ゾンビの村として人々から囁かれるようにもなり恐れられ、同時に人間の国からは見捨てられた。

それを好都合と見た魔族からは侵攻を受けたりもした。

ただゾンビと化した村人達を守るだけの日々、千年以上、たった一人で戦い続けた。

いつか村人達やギルノールがゾンビ化から救われる日が来るかもしれない、そんな不毛とも思えることを信じなければ耐えられない日々が千年以上続いた。


しかし、そんな時に見つけた。

ショーン・ケン、不思議な人間のような生き物をだ。

ショーンは、私に希望を少しずつ与えてくれた。

私だけではない、ギルノールにもゾンビ達にもだ。

あいつが何かを行動し始める度に、不思議にも徘徊だけしかなかったゾンビ達が作業を始めた。

もう意思など無かったはずのゾンビ達がだ。

自分から作業に従事するなど、あの日から無かったことなのに……どうしてなのかは、未だにわからない。

おそらくショーンも気が付いていない、自分のことだけにしか興味がない男だからだ。

しかし義理を大事にする男でもあると、七十年も一緒にいるとわかっていた。

だから、この米の話を聞いた時も期待した。

少しでも良い、この村の人々が作った証、この村の人々が生きている証を伝えて貰いたいと心から願っていた。


だが、その連絡が無い。


「せめて人々の口に入ったと報告があれば良いな、ギルノール。

ここには、まだ生きている村人達がいる、それだけでも知って貰えれば十分だ。

もう、私も長くはないだろうからな……」


ギルノールは何も言わない。

それで十分だ、この男なら同じ気持ちだとわかっているからだ。


しかし、そのギルノールが反応した。

私にではない、何かにだ。

すぐに理由はわかった。 

あの時に感じた憎き感覚、あのクラリッサ・ピオラの気配と同じだ。


「来たのか……クラリッサ・ピオラ、どこだぁ?」


ギルノールが上を見る、それは上空だった。

飛翔⁉︎ 前は飛ぶなど無かったはずだ。

それでも上空を見上げると、確かに何かいた。

あの老婆の姿ではなく若く髪は白銀、六枚羽の翼を持つ異様とも思える女が上空で静止して笑っている。

見つけた途端に喋り始めた。


「久しぶりだな、サンドラそしてギルノール。

元気そうで何よりだ。 少し聞きたいことがある」


「お前……まさかクラリッサ・ピオラか⁉︎

どうして、そんな姿に?」


「エントロピー・コンバージョンを完成させたんだ。

感謝するよ。 あの時にサンドラを選んでいたら、この素晴らしい肉体には出逢えなかったからな。

そして今は名は違う、エミュレートと呼んで欲しい」


「そんなことは、どうでも良い!

今すぐ、村人達をゾンビ化から解放しろ!」


「そう言うということは、やはり違うのか。

では誰が、私の『リビング・アダプター』を破った者がいるのか。

そいつはどこだ?」


リビング・アダプター、おそらく村人達をゾンビ化し生命を奪った魔法か。

ならば、その人間は……おそらく。


「そんな者など知らない、教える義務も無い!」


「そうか……残念だ。

ならば、もう必要は無いが『カス搾り』と洒落込みとするか。

どの道、この村の存在は私にとっては忌まわしい記憶でしかないからな。 今消滅させるのも悪くはない」


「させんぞ……もうこれ以上、村人達を苦しめるなどさせて溜まるか!」


「ならば足掻いてみせろ。

私にとっても好都合。 この身体のデモンストレーションにサンドラ、お前で試すのも悪くない」


私とクラリッサ・ピオラ、いやエミュレートの戦いが始まった。

しかし指で数える暇さえ与えられず、惨めに敗北を喫した。

何とか生きている、そんな状況にあっさりと追い込まれた。


「デモンストレーションにもならなかった、サンドラもそこそこの強さなのだろうが。

さて言って貰えると嬉しい、どこのどいつが『リビング・アダプター』を破ってくれた?」


「言っただろうが、教える義務は無いと」


「そうだったな、なら『カス搾り』決定だ。

ゾンビどころか、塵一つ残さず消滅してやろう。

おい何だ……あの行列は? この村に向かっているが……」


エミュレートが、私からは明後日の方向を見て呟いた。

難とか顔を上げ見てみると、ショーン・ケンだ。

ショーン・ケンが戻って来た、しかも街の人々だろう大多数を引き連れて帰って来た。

それは米が街の人々に受け入れられ、必要とされているから運搬しに来てくれたということを意味していた。


「やってくれたな、ショーン……ありがとう。

この村の存在、そして村人達の想いを伝えてくれて……。

これで思い残すことは無い、村人達の想いも街の人々に伝わったはずだ。

さぁ、カス搾りか何か知らんがやってみろ!

この村が消滅しても、人々の記憶から『米』という食料、文化となって残っていくだろう。

それは、この村の人々が生きていた証しだ!」


「ふん……忌々しい。

ならば、あの者達全てを殺してやろう。

私の忌まわしい記憶、完全に消滅させなければな!」


少し怒った顔を初めて見せたエミュレートが、私など無視して飛翔した。

行き先はショーン・ケン達の方向。


そして私は後に知ることになる。

女神の加護を受けたような勇者でもない、また違った特別な人間いるということを。


聖人ショーン・ケンとエミュレートの壮絶な戦いが始まろうとしていた。















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