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悲劇の始まり 1

まだ帰って来ないのか……どうやらダメだったみたいだな。


庭園のベンチに腰掛けて、物言わぬギルノールに語りかける。

領地のことしか興味は無いが、それでも残念だとは思った。 この村の昔を思い出していたからだ。


透き通った純白で美しい、小さくも歪な宝石にも見える『米』という人の食べ物を掌に掬い、懐かしげに眺めた。

自分は吸血鬼、人間の食べ物などを口にする機会は無かったが、これには触ったことはある。

もう千年も前、ゾンビとされてしまった村人達が、汗水流して作っていたものだ。

私が麦穂だと思っていたものは、この米の穂だったのか。


「ギルノール……守っていたのか?」


もちろん返事は無く、同意の仕種すらも無い。

それでもわかった、この男はゾンビとなりながらも守り続けていたのだと。


「私達を受け入れてくれた村人達のためなんだな」


きっと、いつか受けた恩を返したいと考えていたのだろう。

そう、私とギルノールは千年以上前、エルフ達に襲われ瀕死だったところを、この村の人々に救われた。


私はとある魔王に仕えた幹部の一人、ギルノールはとある勇者一行の一人、互いに敵として死力を尽くし戦った。

しかし、その戦いは一進一退の攻防の果てに両陣営全滅という結末を辿り終わってしまう。

生き残ったのは、私達二人だけだった。

魔王を死なせた無力な私、勇者を守れなかった無能なギルノール。

そうなると悲惨だ、周りは一気に敵となった。

どんな形でも集団の中にいる、それは守られていると同意義だからだ。

多くの中にいるから手出しは出来ない、しかし離脱したなら容易となるかもしれない!

魔族でも人間でも、はたまた魔獣や野獣でも、それは同じだ。

獲物は、少数になった時に襲うにかぎる。

ましてヴァンパイヤの女王だの剣技最強だのと、二つ名持ちの私達は即狙われた。

名声を上げるため、そんな浅はかな手段に選ばれたのだ。

追われ逃亡する日々が続く、嫌になるほど返り討ちを繰り返した。

それからだ、偶然から二人協力して戦い始めたのは。

すべては生き残るため、それだけのはずだったのに終わらなかった。 いつしか私達は恋に堕ちていたのだ。

吸血鬼とエルフ、種族的には許さない恋をしてしまった。

苦しくも幸せな日々が訪れたが、長くは続かなかった。

ギルノールの出身地、エルフの里に知られてしまったからだ。

私が妊娠したから……。

エルフは、総じて他種の血を入れることを嫌う。

ハーフエルフのような人間との混血もいるにはいたが、それでさえ命は失わずとも種族の恥として排除の対象とされていた。 

まして魔族であるヴァンパイヤとの混血、彼等の掟からすれば絶対にあり得ないのだ。 

即エルフ達から私達二人に抹殺指令が出され、襲撃を開始された。

精霊の加護を持つエルフ達、その力は凄まじく苦戦の連続、返り討ちにしても更なる追手が休む間も無く襲いかかってくる。

そんな苦戦が続く中、とうとう私達は戦闘不能なほど傷付き追い込まれ、この村に逃げ込んだ。

粗末な納屋の中で、惨めに隠れるしかなかった時だった。

見つかった、ただし人間の少女にだ。


「どうしたの?」


もう諦めた、こんな少女を相手に抵抗する気にもなれなかった。 

なりよりも、ようやく二人の逃亡劇は終わるのだ……。

きっと嬲り殺されて終わる、そう想像せざる得ない。

だが意外にも、その少女は微笑み言った。


「お母さんを呼んで来るから待ってて!」


私がヴァンパイヤだと気がつかなかったのか⁉︎

そう言って走り出すと、すぐに母親らしき女を連れて来た。 しかし母親は、私を見て気づいたようだ。

だが魔族を恐れている様子はありつつも、心配する様子は少女と変わらなかった。


「貴女は魔族ね……どうしましょう⁉︎

こういう時は魔族の人に、どうしたら……。

エルフさんも、こんなに傷付いて……。

アルデハイド、私じゃ無理だわ!

すぐにズゴット爺さんを呼んで来て!」


『魔族』や『エルフ』など関係なく、傷付いた者がいるから助ける。

私には考えられない、そんな温情を示してくれたのだ。


そのズコット爺さんがやって来て、まずはギルノールの治療をしてくれた。

アルデハイドの母親から温かい食事も提供された。

だが……問題は私だ。

私はヴァンパイヤ、傷を治すのも体力を回復させるのも吸血しなければならない、それゆえに断ろうとした。


「私は良い、ギルノール……そのエルフだけで良い。

私はヴァンパイヤだ、お前達の温情には感謝するが人間ではどうにもならない」


「人間では、どうにもって……じゃあ、どうすれば良いじゃ?」


相手は人間。

話したところで怖がらせるだけ、だが納得はさせられる。

そんな思いから話したが、想像しなかった結果が待っていた。


「人の血を吸うしかない……」


さすがに怯えた表情を出した、これで良い。

しかし……。


「なら儂の血を吸え!

じゃが、まだ少しは生きたいから程々には残してくれよ」


「どうして……どうしてだ、どうして私を助けようとする? 魔族が憎く、怖くないのか⁉︎」


「どうしてって……そうじゃな。

この村は五百年前、初代とも呼ばれる勇者アリストロ・リグバーン一行として魔王グライスタゼーべと戦われた大賢者クラリッサ・ピオラ様の故郷じゃ。

そんなクラリッサ様じゃが晩年は不遇だったらしいが、それでも人々のために尽くされた。

ならば儂等は子孫として、困っている人を救う義務があるのじゃ。

困っている人に、魔族もエルフもないからな!」


クラリッサ・ピオラ、名前は聴いたことはある。

確か現在でも、治癒魔法の始祖とも呼ばれている人間だった。

しかし、五百年前も昔の人間の意志を守り続けているのか……。


「だから遠慮するな、それに妊娠もしておるようじゃな!

なら子供は元気に生まれるべきだ、人間でも魔族でも愛おしい気持ちに変わりはないんじゃ!」


私は泣いた、声を上げて泣いた。 

幾万という命を奪ってきた私がだ……。

ヴァンパイヤという魔族に生まれ、主であった魔王ですら信用せずに生きてきた。

しかし、この村で思いがけぬ温情を貰い、情けをも掛けられた。


私は、あのズコット爺さんの優しい味を忘れない。


それからはズコット爺さんやアルデハイド母娘が、他の村人達に話してくれたのか、私達に平穏な日々が訪れた。

最初は怯えた村人達も接し話す中で、私に血を差し出してくる者まで現れた。


「ヴァンパイヤに血を吸われると、必ずゾンビにされると思っていたけど、あれ嘘だったんだなぁ!」


嘘ではない、その毒の量の問題だった。

私の意志で調整可能なだけで、やろうと思えば出来る。

ただし、この村の人々に絶対にしない。

恩人達をゾンビにするなど、現在の私には考えられなかった。


そして不思議なことに、エルフ達の襲撃が止んでいた。

村の外にも気配らしきものは無い。


どうしてだ、どうして襲撃は止んだ?


その答えはズコット爺さんにあった。

どうやら、引き渡しを要求しに現れたエルフ達と交渉してくれたらしい。

というか、脅したとのことだった。


「この村の儂等が助けたということは、それは『クラリッサ・ピオラ』の御意思と同じじゃ。

わかっておるじゃろ? お前らの『グレート・ウィル(大いなる意思)であった『ギュードゥルン』と『クラリッサ・ピオラ』が、どういった関係があるのかを?」


ギュードゥルンとは勇者アリストロ・リグバーンと供に魔王グライスタゼーべと戦った一行のエルフ。

その功績からエルフ達からは『グレート・ウィル』と呼ばれ、現在は行方不明らしいが、それでも尊敬され敬愛の対象とされている。

即ちズコット爺さんは、そのギュードゥルンとクラリッサ・ピオラは仲間であったと言っているのだ。


ギュードゥルンとクラリッサ・ピオラの名を出されては、さすがにエルフ達も簡単には手出し出来ず、現在の『グレート・ウィル』の判断を仰ぐことになった。

そして、その判断から私達を見逃す代わりにクラリッサ・ピオラの遺品を一つ贈呈して欲しいとなったらしい。

私達二人はエルフの恥、それを濯ぐには相応の品が必要。 でもクラリッサ・ピオラの遺品なら体面も立つから、そうして欲しいと言ってきたのだ。

要は、そちらの意思を尊重する代わりに、こちらの顔を立ててくれ!らしい。

結果、クラリッサ・ピオラの使用していたらしい羽ペン一つで私達は許された。

なんとも滑稽な話、生者二人の命などよりも死者の羽ペン一つの方が、エルフ達にとって価値はあるらしい。


人間が、どうして長き時代に渡り生き残ってこれたかがわかった気がする。

女神の加護を受けたような、特殊な勇者や大賢者そして大剣士などではなくとも、彼等には知恵や交渉術を持っているからだ。

十分に状況や関係性を把握し、最大限に知り得た情報を利用しながら交渉していく。

その過程で一つの穴でも見つければ徹底的に攻め、最後には抜け道を用意し、相手に妥協させるように誘導する。

我々のような、長く生きただけで実力のみでしか推し量れない者達には理解不能なものだ。

力が全て、強い者の言うことは絶対、文句があるなら闘争で排除しろ! これが当然、それが普通だと思っていた。

しかし彼等は話し合いによる、平和的解決をするすべを持っている。

だから、長きに渡り繁栄を続けてきたのだ。


「人間とは強いな。

そう思わないか、ギルノール?」


「ああ、サンドラ。 

俺は初めて知ったよ、こんな生き方もあるってことを。

けど平和に長閑に生きるってのも、案外難しいものだ」


「こんな平穏な日々は今まで無かったからな」


「でも頑張らないとな、この腹の子のためにも」


そう言って私の腹を撫でてくれる。

ヴァンパイヤでもエルフでも長寿ゆえに、そう多くは子孫を残せない。 それゆえに妊娠期間は長くなった。

強い身体や魔力温存などあるらしいが、私達の子は未だ腹の中だ。

おそらく、後十年妊娠期間は続くだろう。


「サンドラ、この子が生まれるまでに受けた恩を返す何かを、この村に送ろうと思う」


「何かとは?」


「食糧だ、あまりにも生産性が悪すぎるからな」


精霊の加護を持ち、世界中にある世界樹の番人ともエルフであるギルノールから見て、この村の食糧事情は悪いらしい。


「適した土地には適した植物を育てるものだが、どういう訳か、それが出来ていない。

まずは、そこを改善していこうと思う。 それが俺達の恩返しだ」


それからギルノールはエルフとしての知識を使い、その何かを探し始めた。

時には旅に出て、時には裏切り襲撃を受け敵として戦った自分の出身地でもあるエルフの里にまで出向き、土下座までして助言を受けたりしたらしい。


そんな苦労の末に見つけた、それが今私の掌にある美しい米だ。


さっそく小さな土地で土の改良から始めた。

何度も失敗した苦労はあったが、ギルノールが探し始めてから十年、ちょうど私の出産前で成功した。

丁寧に栽培し、愛情を込めて育てた米は多くの実りをつけたのだ。


「凄いぞ、ギルノールさん!

こんなに実ったのは、この村じゃあ初めてだ!」


「この村だけじゃない、この辺りの街や村々の食糧事情だって改善出来るぞ!」


村人達は大喜びだった、それまでの不安が払拭される。 そう希望が湧いた瞬間だった。


皆の大喜びな笑顔が見えた。

もう飢饉などには怯えずに済む、何よりも明日を気にせず腹一杯に食べられる、そういった懸念からの解放だった。


「ギルノールさん、サンドラさん!

この村に来てくれて、ありがとう!」


初めて出会った頃は小さな子供だったアルデハイドも、もうすぐ成人になろうとしている。

そんな彼女の笑顔を見て、私達も恩を少しは返せたと喜んだ次の日だった。


あいつが現れた。

いや……帰って来たというべきか……。

あの悪魔が……圧倒的な力を持った人間。

この村の英雄的な存在、千年の時を超えてクラリッサ・ピオラが帰って来た。


そして私以外……村人達とギルノールをゾンビにしてしまった。 私の腹の子の命まで奪っていった。














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