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パーシュアーズ(追い求める者)

王を戴き、その住居でありつつ象徴とするには、あまりにも相応しくないボロボロの城だ。

しかし元は、豪華絢爛であったと想像できる雰囲気や様子を漂わせてはいた。

そういう事態に陥ったのは、その所有者が抱えた『後継者争い』という不要な騒動を持ち込んだことが原因だ。

こういう場合は、ビシッと決める方が良い。

はっきりとした意思を示さず曖昧にすると残されていく者達は、どうすれば良いのかがわからなくなる。

従って、無用な争いに発展するのは必然だ。

だから『先代』になろうとしている者は、後継者になりうる者について、絶対的な自信を持って選択する必要があった。

こいつを俺の後継者に選んだからな、なんか文句があるのか? そういったことを明らかにしていかなければ不安しか呼び込まないからだ。

要は次の後継者の能力についてではなく、これからの方向性を部下達に明確に示すことこそ重要だった。

多少使える幹部さえいれば、組織の運営なんてものは、そこそこ上手く回っていくのだ。

それゆえに、我社は創立百年以上です!といった歴史だけは長く刻んだ会社が存在するのも事実である。


それを理解出来ずに選択を間違えた魔王ヘルベルトは、頼みとする白い愛剣を抱きながらガクガクと震えていた。

怒る、寒い、調子が悪いなどではない。

単純な恐怖、魔族であれ人間であれ、はたまた魔物や野獣であれ、一通りの生物なら全てが持つ『死』という概念に震えていたのだ。

但し、この場合は老衰や病気などではなかった。

殺される!といった奪われる側の立場に陥っていたからだ。

それまでは確かに逆の立場にいたはずなのに、圧倒的な存在の登場によって追い詰められていた。

まして膨大な魔力を保有しながらも魔術の才を持ち得ずに、さっさと見捨てた末娘なのだから尚更だ。


「エミュレート……この父を殺す気か⁉︎

それに何だ、その忌まわしい黒い翼は⁉︎」


そう、もう自分の知った末娘の姿ではなかった。

最後に見た時は緑色の髪、もちろん翼などは無い。

しかし髪は雪のような白銀、翼など持ち得る家系でもないのに左右三枚ずつを持つ異形の姿になっていた。

なによりも魔族には適さない、あの弱々しかった性格など残していない。

跡目争いを繰り広げていた兄弟姉妹を無言無表情のまま木の葉を払うように殺し、守ろうとした忠臣達も何事も無かったように殺された。

そして同じ目的で前に立っているのだから、もう恐怖という感情しか芽生えてこないのは当然だ。


しかし、ここで無言は終わった。

さらに恐怖に繋がる瞬間の到来となってしまう。


「そうか……この娘は『エミュレート』という名だったのか。

ならば敬意を込めて、そう今後は名乗ろう」


声が違う、明らかにしゃがれた老婆の声だ。


「だっ、だっ誰だ? エミュレートではないのか⁉︎」


「声で気が付いたか、まだ馴染んでいないからな。

まぁ良い、答えてやろう。 

違うと言えば違う、そうと言えばそう、この娘の身体を貰い、今は使っている者とだけ言っておこう」


身体を貰い、今は使っている者? そういうニュアンスには聞き覚えはあった。

まさか本当に存在していたのか、あれは噂だけではなかったのか⁉︎

『人間』という本質を超え生まれたがために、それから生じた欲望から『人間』であることを捨てた『人間』が!


「まさか、パーシュアーズ(追い求める者)か⁉︎」


確信無く咄嗟に聞いた、それだけだった。

しかし、それは奇しくも正解だ。

ニヤッと不気味に口を広げ笑い、楽しそうに話し始めた。


「ほう……知っているのか。 さすがに魔王を名乗るだけはある。 

ならば、本当の私が誰であるかはわかるか?

当てることが出来たなら、生かしてやることも考えないでもない」


わかるはずはない、答えられるはずの無い質問をしている。

外見は末娘であるエミュレート、だが今は中身が違うのだ。

ただパーシュアーズになるには、法則が存在すると聞いたことはあった。

それは過去に勇者や大賢者、勇者パーティに所属し後世に名を残すほどの活躍をした剣士や大魔術師であった偉大な者達。

当初は崇高な目的から戦ったのだろうが、その戦いを終え必要性が無くなれば切り捨てられた哀しき者達の末路。

もちろん平和の到来を喜び満足し、何事もなく人生を終えた者達もいただろう。

しかし、納得出来ずに運命を呪った者達もいたのは事実。

そういった者達が編み出した悪魔的な魔法『エントロピー・コンバージョン(不可逆性転換)』を使い、パーシュアーズになれると聞いたことがあった。


だから、エミュレートの身体を乗っ取れたのか……。

エントロピー・コンバージョンは、そうそう簡単に使える魔法ではない。 

せいぜい生涯に一度が限界、乗っ取る側と乗っ取られる側の相性の問題もある。

いくら乗っ取る側が望んでも、乗っ取られる側の同意が無ければ成立しない魔法だった。


「……エミュレートはどうなった?」


「質問しているのは私だ。

しかし、この娘の望みにも繋がるから答えてやろう。

死んだよ……正確には私の魂と同化して消滅した」


「消滅だと……」


「ああ、私の新たな未来への糧となってくれた。 

それがエントロピー・コンバージョンの代償だ。

おかげで素晴らしい肉体を手に入れた、他者の命を喰らい続けて千年以上も探し続けたかいがあった。

この魔力を無尽に溢れさせ、美しくも若々しい理想的な身体をな!」


「エミュレートを乗っ取れたなら、お前の目的は果たしただろうが!

なぜだ、なぜ我等を狙った⁉︎」


「さっき答えただろう、この娘の望みだと」


「望みだって⁉︎」


「これもエントロピー・コンバージョンの代償だ。

必ず同化された者の最期の願いを叶えなければならない。

だから私は来た。 お前等親子達に、この娘を蔑ろにし絶望を与えてくれた対価を支払わせるためにな!

あと……私個人的な用事も兼ねているがね」


「個人的な用事?」


「それは、お前には関係ない。

もう何も答えなくて良い、この娘の恨みを晴らさせて貰おう」


何気ない動作で、ただ膨大な魔力を放っただけだ。

本当は自分個人の魔法も保有しているが、これは『エミュレート』の恨みを込めて殺す作業なのだ。

従って単純に、ただ魔力を放出してぶつける、そんな殺し方を選んだ。 

但し、全力だった。

膨大な魔力を保有しながらも使えずに、馬鹿にされ蔑まれて生きなければならなかった哀しきエミュレートを想ってだ。

どこかで過去の自分と重ねたのか?

それとも同化したからなのか?

現在のエミュレートにはわからなかった。


しかし、この単純な作業は思いもよらなかった者によって阻まれる。

これには、さすがのエミュレートも驚かされずにはいられなかった。


「私を助けろ、ブラスト・ウインド!」


怯える魔王ヘルベルトの叫びに応えて、何者かが竜巻を起こし、エミュレートの魔力放出を阻害したのだ。

おかげで膨大な魔力は方向を変え、城の壁を破壊した後に分散させられた。


「なんだ……誰だ? 邪魔したのは誰だ⁉︎」


誰だと探しても、ここにはエミュレートと魔王ヘルベルトしかいない。しかし、これで確信を得た。


「魔王なんて名乗る割には弱いと思っていたが、隠し玉を用意しているとは……こんな所で会えるとは思わなかった」


二人だけ、しかし魔王ヘルベルトにではなく、彼が抱く剣に向かって話しかけたのだ。


「お前……どこの勇者か魔王の剣だったのか?」


何も答えようとしない、だが普通なら喋るはずの無い剣に向かって淡々と話す。

答えようと答えまいと関係なく、おおよその正体について予想しているからだ。


「風……そうか『白』と呼ばれている者だな」


ぼそっと呟く、それだけで良い。

自分の予想通りなら、必ず反応してくるはずだからだ。 そして正解を導いた。


「おい殺しちゃうぞ……『白』なんて気安く呼ぶなよ」


やはり反応してきた。 こいつ等は自身のイメージカラーで単純に呼ばれることを嫌う。

かっては、自分と同じ尊い役目を背負った『物』の成れの果てだからだ。


「ふん、ならば今は『ブラスト・ウインド』とか呼ばれているのか。

随分と陳腐な名前に落ち着いたものだ」


「そこを突っ込まないでよ、気にしてるだから!」


「そんなことより、このままやり合うか?

私は構わないが、どうしたい?」


「ふん、ぜんぜん負ける気がしねー!

おらっ、掛かって来いよー、やってやるよー! って言いたいけど……。

ねぇヘルベルト! 後一回で契約終了だけど、どうする?」


聞かれた魔王ヘルベルトに、更なる恐怖が襲い掛かった。

この現在のところの『ブラスト・ウインド』とは、とある契約を締結していたからだ。

百回までなら使用可能、百回目の使用終了時点で命を頂きます! そんな契約内容を、ブラスト・ウインドと定めていた。


そもそも、この『ブラスト・ウインド』と出会っていなければ、自分は魔王には絶対になれない小物だった。

偶々『ブラスト・ウインド』と出逢い、その力を振って数々の敵を薙ぎ払ったからこそ魔王になれた。

しかし、その力も契約では後二回で終了予定となっていた。

だからこそ、跡目を決めたかったのだ。

早く隠居して戦う必要の無い、生命の危険に怯える必要の無い暮らしをしたい、そのための相続だった。


「後一回使えば、私は必ず死ぬのか⁉︎」


「うん、そうなるね。

だってヘルベルトにはさぁ、私を使いこなすだけの魔力や生命力、剣技も無いって昔話したでしょ。

そうなると、それなりの対価は必要になる訳よ。

それって仕方ないよね!」


「そんな、お前とは長い付き合いじゃないか!」


「でも……私の『御主人様』にはなりえない。

そもそもヘルベルトは、私の一割の力さえ使いこなせていないから……」


「そんな……」


「私は求めているの。

私を自由自在に使いこなす、本当の『御主人様』に出逢えることね!

さぁ後一回、確かに長い付き合いでもあるから、こいつを派手にぶっ殺して、最期の花道をカッコよく決めよう! 私も全力を出してあげるからさ!」


「……嫌だ、嫌だ死にたくない」


「死にたくないって言われても……。

それにさぁ……今ぶっ殺さないと覚醒された後じゃあ、よくて互角になっちゃうよ……こいつ」


「気が付くか、さすがだな。

しかし、そろそろ茶番は終わりにする」


「あっ、馬鹿!

ヘルベルト、早く私を使って!

ああっ、ダメ……」


再びの魔力の放出だけだった。

しかし魔王ヘルベルトの優柔不断な態度により、その本人は避ける間も無く、直撃を受けて無残に死んだ。


「これで『エントロピー・コンバージョン』の代償を支払った。

エミュレートよ、これで良いか?

私は約束を果たせただろうか?」


静かに目を閉じて、自身の中にいる『自身』に問い掛ける。

微動だにしなかったが、やがて目を開き少しの微笑を浮かべて言った。


「ありがとう、エミュレート。

私は貴女を忘れない。

私は貴女、貴女は私になったのだから、絶対に忘れるはずはない。 よろしく、エミュレート」


あのしゃがれた老婆の声ではなく、その容姿に相応しい若々しい声になっている。

それは『エントロピー・コンバージョン』を終了させたと意味し、完全に同化した証しであった。


さっそく、ようやく手に入れた流れるような声で話し始める。

生き残っている、いや咄嗟の判断で逃げ仰た剣に向かってだった。

まだ生きていると勘付いていたからだ。


「すまなかったな、契約を破棄させてしまったようだ」


「いや、これはヘルベルトの責任だからね。

気にしても、しょうがないよ」


そう言いながら、ひょこっと現れた剣は『剣』の姿をしていなかった。

白いドレスのようなものを着て、白い帽子をかぶった可愛らしい幼女だ。

そんな奇妙な剣に恐怖も懐かず、むしろ微笑みを浮かべて手を差し伸べた。


「どうだ、私と来ないか?

似た者同士だ、仲良くなれると思うが」


出来るだけ、最大限に好意を示し手を差し伸べたつもりだったが、相手からすれば嫌悪しかなかったようだ。 途端に可愛い顔を引き攣らせ、それまでの幼女口調を捨てた。

おそらく、これが本来の口調なのだろう。


「ふさけるな、誰と似た者同士だぁ⁉︎

殺されたいのか、このボケが!

お前みたいな奴等と一緒にされて堪るか!

だいたい根本が違うだろ、元々の根本が!

そこら辺を馬鹿な頭で理解してんのか、おぅー⁉︎」


「そうか、それは残念だ。

確かに、あいつ等と私達とでは根本が違うな。

では、これからどうするつもりだ?

お前達は決して逢えもしない主人、いや装備者を探していくつもりか?」


自分は心配されている、その気持ちは感じ取ったのだろう。

すぐに口調を元に戻し、無理矢理に笑顔さえ作った。


「そうだよ、けど必ずいるよ。

他の子達は知らないけど、きっと私を使いこなす御主人様はいるはずさ! あの方のようね!」


「そうか、そうなると良いな。

もう会うことも無いだろうが、心から祈っているよ」


「ありがとう、じゃあね!」


そう言うと、あっさり姿と気配を消した。

もう、どこかに行ってしまったみたいだ。


「まさに疾き風だな、どこに吹いていくのやら。

さて……私も行くか。

しかし誰だ、私の呪術を打ち破ってくれたのは?

サンドラやギルノールではないはず……あのヴァンパイヤやエルフでは不可能だ。

ならば別の第三者、あれを打ち破るほどの手練れが、あの村にはいるのか……なら殺しておくか」


エミュレートは六枚の黒き翼を広げ、ヴァンパイヤの女王サンドラ・ヴァカリュの領地に向かって飛翔を始めた。

その村には、聖人ショーン・ケンがいるとは知らずに……。


壮絶な戦いが始まる。
















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