聖人……再び
良い種籾は、籾殻の中の実が重く育っており、米粒の間に隙間が無い。
悪い種籾は実が軽く小さくて、米粒の間に隙間を作ってしまう。
これらは芽の発芽も、生長も、病気への抵抗力も違っていた。
『塩水に沈むと良い種籾、浮けば悪い種籾』という感じで選べば良い。
ギルノールさんに教えてもらった稲から得た種籾は全てが重く、容易に発芽してくれた。
おかげで、特に苦労は感じない。
次は田おこしだ、コツコツとやっていくぞ! と意気込んでみたら、ギルノールさんを筆頭にしたゾンビさん達がやって来て、知識はあるが経験は無い俺なんて手出しする間も無く、速攻で手際良く終わらせてしまった。
俺は指示をしていただけ、特に苦労をした覚えは無い。
そして田植え……稲刈り……とサラッと順調に終わっていく。
やっぱり、特に苦労は無かったと思う。
俺は何の経験も積めずに、異世界での自給自足生活への第一歩を踏み出していた。
そんな感じで僅かニ年の歳月を経て、目の前には百町歩ほどの黄金の稲穂を着けた田圃が広がっている。
極上の米から作った、ホカホカとする美味いおにぎりを頬張りながら思う。
うーん……こんなの絶対に自給自足生活じゃない、だって何の苦労もした覚えも無いからな。
おまけに百町歩(992,000㎡)って、これ作りすぎだろ。 村から、完全にはみ出しちゃってるし……。
こんなにデカいのなんて望んでいなかった……理想は一反(992㎡)くらいだったはずなのに……。
これじゃあ、都会暮らしに疲れたプログラマーが田舎暮らしを始めて、次いでに地元農家さんと協力して農業生産企業を作っちゃいましたって、そういう規模だろ!
しかもこれ、そういうのの大成功パターンじゃないか!
こんなの、俺の目指す自給自足生活とは全然違う!
でも、もう辞められなかった。
無言で表情も無く、黙々と何となく楽しそうに働き続けるゾンビさん達を見ていたからだ。
おそらくゾンビになる前は、普通に農業をして暮らしていたのかもしれない。
そう思うと、俺の理想とは違う!なんて絶対に言えなかった。
でも、こうなると問題が出てくる。 それは、消費という問題だ。
大家さんは俺の血を吸い、ゾンビさん達は水だけをガブ飲みしているから、この米を食べて消費するのは俺しかいない。
そもそも脱穀前の米の保管期間は一般的には一年から二年程度が目安。 かなり良い状態を確保しても三年あたりが限界だろう。
風通し良く、鼠みたいな魔物対策を施した大倉庫三棟建てて時間を稼いでみたが、俺だけで全てを消費するのは、とても無理な話だ。
かと言って、街に売りに行くことも出来ない。
街までの運搬を、どうするのかだった。
ゾンビさん達に運搬してもらう? 街の人達に運搬してもらう?
どちらを選択しても、街をパニックにさせるだけで最悪になるだけだ。
「クソ、せっかく一生懸命作ってくれたのに廃棄するしかないのか……」
これこそ、現在の日本農家が抱えている大問題と同じだ。
需要と供給のバランスや価格の安定化から、精魂込めて作った農作物を廃棄しなければならない苦しみを、俺も異世界で味わっていた。
「さてさて、どうするか?」
ゾンビさん達が農業に勤しむ間に、檜木に似た木材で作った露天風呂に浸かりながら考える。
フゥーと一息ついて、これまた米から作った濁酒を飲む。
最高だ、まさに『今生きてます!』と実感する一時だった。
でも、この湯が流れ出した先にあるのはゾンビさん達の水飲み場、そう彼らは俺の浸かった後の排水を飲んでいるということになっている。
ここでの水は貴重だ。 川や池はあっても、大量に飲み干すゾンビさん達には有り余るほど有っても良い。
それでも一応大家さんには話したけど、『そんなの気にするな!』の一言で、俺も割り切ることにしていた。
「くぅー! こういう風景を観ながら、熱い露天風呂に浸かって酒を飲むのは最高だなぁ!」
ゆっくりゆったりした、一人の長い時間を堪能した。
しかし、そうすればするほど頭の中に疑問も湧いてくる。
なぜ、この辺りの人々は生産性の悪い小麦を栽培しているのかだ。
実際に、ここには少数とはいえ稲があった。
もしかしたら、過去には栽培していたこともあったのかもと思う。
おそらく、ある事情から米から小麦に変更した。
小麦を主食とする支配者に征服された過去でもあるのだろう。
そんなことを考えながら、水をガブ飲みしているゾンビさん達に視線を移した。
これも疑問だからだ。
大家さんは、彼等を『領民』と呼んでいる。
普通、ゾンビを『領民』と呼ぶか?
自分が血を吸い、ゾンビとしたのなら『下僕』とか『手下』、酷くなれば『奴隷』とかと呼ぶだろう。
もっと言えば、血を吸われている俺は今もゾンビにされていない。
もちろん腹が減って死に掛かっていた時には、ゾンビにしようと考えたみたいだが、それはあくまでも最終手段であり救護手段だ。
そんなことを考える大家さんが、村人全員をゾンビにしたのだろうか? もしくは、しなければならない事情があったのだろうか?
まぁ、他人の事情に土足で踏み込むのは失礼な話だ。
だいたい俺に解決出来る問題でもない、ホメオスタシスやストリーミングがあってもゾンビを救う力なんてものは無い。
「とりあえず、そろそろ庭園の方にも畑を作ってみるか。
村の周りを探せば、野菜と果実があるかもしれないからなぁ。
せっかくだから、清酒とか米焼酎でも作ってみるのも悪くないなぁ。 どうせ米は、いくらでもあるからな」
それから約20年、庭園には豪勢な畑が存在している。
もちろん清酒も米焼酎も、ストリーミングを駆使したおかげで、あっさりと作った。
仕方ないから米を原料とする、あらゆる物を作り始めたが、これらも簡単に出来てしまった。
あられ、かりんとう、白玉、だんご、ちまき、ぼた餅、せんべい、おかき、おこしなどの和菓子だ。
更にはぬか床を作って漬物を生産し、その発展系である食用米油、米ぬか洗顔、米ぬか入浴剤、米ぬか石鹸、米ぬか化粧水などの生産にも手を出してしまった。
もちろんだが、これらを主として作ったのはゾンビさん達。
俺は、ただ指示をしていただけだ。
だから最近は、隠れて日曜大工に励んでいる。
もう農業系と加工系の作業は、ゾンビさん達が勝手にやっていた。
もう、俺など必要無いレベルに達しているからだ。
それでも隠れてやらないと、すぐにゾンビさん達が現れて手伝われてしまう。
この間も、二人掛けのベンチを作っていたらゾンビさん達に見つかって、速攻で出来上がってしまった。
仕方ないので、庭園の片隅に置いてみたが、なぜか大家さんには感謝された。
よし! どうせ手伝われてしまうなら、もっと大規模な物を作ってやろう!
それなら指示する立場であっても、やり甲斐はあるかもしれない!
それから四十年ほどは、こんなことを繰り返す。
そんな、ある日だった。
いつもの仕事、大家さんに血を吸われた後に聞かれた。
「なぁ、私の領地が凄いことになってないか?」
「凄いと言いますと?」
「では聞くが、あれは何だ?」
そう指差した先には、三十年前に『万里の長城』を参考にして作った壁があった。
もちろん村の周りを完璧に張り巡らしている。
「魔王戦になった場合を想定して防衛用に作ってみました。
ちょっとやそっとでは壊れません。
あっ、出入り口にも分厚い鉄門を常設してありますから大丈夫です!」
「そうか……じゃあ、あれは何だ?
あの木製の大きな荷車みたいなのは?」
「ああー、あれは投石機ですね。
長距離射程の優れもので、その威力も抜群ですよ。
ああいうのを、東西南北に五機ずつ配置してあります」
「そうか……じゃあ、あれらは何だ?
あの壁の上に、幾つも並べてある壺は?
どうして、あんなものを置いてあるんだ?」
「食用米油を大量に廃棄する必要に迫られましてね、もったいないから置きました」
「何に使うつもりだ?」
「万が一、敵が突破して壁を登ろうとした時に流してやるんですよ。 そうすれば滑って登れないでしょ。
もちろん、そうなる前にも落とし穴を大多数仕掛けてありますから、串刺し間違いなしですけどね」
「そうか……それは凄いな」
「まだまだ色々と仕掛けてありますけど、一つ一つ説明しましょうか?」
「いや……いい」
正直俺は、これでもまだまだ足りないと思っている。
もし戦いになった場合には完膚なきまで叩きのめし、一兵たりとも生かして帰す気など無いからだ。
万が一にも一人でも討ち漏らした場合、そいつは必ず再び牙を向けてくるだろう。
不安材料となる後顧の憂いは、徹底的に絶っておいた方が良い。 これは当然の選択だ、俺は間違っていないはずだ。
そもそも自分だけのテリトリーを死守したいなら、まずは敵を作らず他人は信用しないことだ。
でも大家さんには、既に魔王という敵が存在してしまっている。
ならば専守防衛の手段を、当然備えなければならない。
もしかしたら、話し合いで解決するという選択肢もあるかもしれないだろう。
それは悪いことではないが、自分も相手も神様みたいな善人であるという絶対的条件は必須となる。
でなければ必ず隙を見て、いずれ足元を掬いにくるのは確かだ。
誰しも、欲望や恨みなんて感情を持っている。
だからこそ絶対に信用してはならず、あらゆる事態に対処出来るように備えを充実させておかなければならないのだ。
だいたい、ここでの俺の生活は少し理想とは違うが、そうそう悪いものではない。
大家さんは、仕事以外では関わりを持たないようにしてくれている。
ゾンビさん達も、少しお節介だけど最低限の接触だけに留めてくれていた。
そう、ここの住人達は俺を想い、俺の生活と俺のルールを守ってくれているのだ。
ならば俺は、彼等に借りを作ったことになる。
だったら俺には、その借りを返さなければならない義務が発生しているのだ。
だからこそ大家さんが守ろうとする領地と領民、なによりも俺の生活を脅やかす魔王は俺の敵でもあると認識していた。
「安心しておいて下さい。
魔王が攻めて来たら、二度と逆らえないように必ずボコボコにしてやりますよ!」
「そうか……頼んだ」
なんか大家さんが少し呆れた顔をしている。 なぜだろう?
しかし、この一年後に思いも寄らなかった事態が発生した。
予想していた魔王の襲来とかではなく、こういった時は本来なら祭りとかをして祝った方が良いのだろう。
大豊作になってしまった。 米の実りが通常の二倍はある。 おまけに野菜や果実も大量に出来てしまった。 しかも、どれもこれも最高の出来だ。
これでは、どんなに加工しても追いつかない。
もう、いつも以上の大量廃棄は避けられなかった。
「クソ……もう倉庫に入らないぞ。
廃棄するにしても、こんなに多くちゃ捨てる場所すら無いじゃないか!」
いくら考えても、良い案など浮かばなかった。
燃やすか! とも考えたけど、ゾンビさん達の頑張りを思うと、それはしたくない。
「これ、どうしたらいいんだ……⁉︎」
頭を抱えて悩んでいると、ギルノールさんに肩を叩かれた。
「どうしました、ギルノールさん?」
彼は黙って指差した、街の方向をだ。
まさか街に運べというのか⁉︎
「ギルノールさん……それは、さすがにマズイですよ!」
こう言っても、ギルノールさんは街の方向を指差したまま、むしろ俺を睨んでいるような気がした。
意思を曲げる気は無いらしい、というか何を察知しているみたいな感じだ。
「せっかく作ったんだ、確かに食べないで捨てるのは悲しいですよね。
まぁ一か八か、やってみましょう!」
こうして俺は決意した。
しかし、さすがに運搬をゾンビさん達にしてもらう訳にはいかない。 街が確実にパニックになるからだ。
そうなると街の人達に、この村まで来てもらわなければならない。 それを、どうするかが問題だった。
さらには街や周りの人達は小麦を主食とし、米なんて食べたことは無く、その調理法も知らないないはず、
まずは食料として認識してもらわねばならない。
「とりあえず持てるだけ持って、街まで運んでみるか。 もしかしたら、そこそこの値段で売れるかもしれないしな。
ダメなら無料配布しても良い、どうせ廃棄物だ。
試供品だと思って配って、次に繋げれば良いさ。
それにしても街に行くなんて五十年ぶりくらいか、かなり様子も変わっているんだろうな」
さっそく日曜大工で作った大八車に米俵と米加工品を積み込み、街まで一人出掛けることにした。
しかし、そこで俺を待っていたのは、想像を遥かに超える光景だった。
五十年ぶりに訪れた街は崩壊しかかっていたのだ。 その周りの村々もだった。
飢饉、俺が懸念していた小麦の不作によって食料難となっている。
でも、飢えた大勢の人々が騒ぎ立て路上で屯していた。
聞くと、離れた街から物資を積んで救援に来てくれたらしい。
どうやら、この世界にもボランティア精神と活動はあったらしい。 初めて知った。
しばらく見ていると、一人の婆さんが台の上に立ってしゃかりきに声を張り上げ指示している。
「ちゃんと並んで、割り込みは無しだよ!
先に子供が先だ、次は老人、その次は女だからな!
若い男は後だ、男なら我慢しろ!」
必死になって声を出しているが、飢えた人々は我先に貰おうとパニック寸前だ。
婆さんと一緒に来たのだろう、数十人の若い男女は焦り出し、こちらもパニックを起こしている。
「これ以上は、もう無理です!
早く逃げましょう!」
「馬鹿、狼狽えるな!
最近の若い者は根性無いね!
私が幼い頃に体験した恐怖に比べたら、こんなの屁でもないよ!」
「でも、こんなに多くては……。
それに持ってきた食料程度だけじゃあ、とても足りませんよ……」
「じゃあ、救えるだけでも救えば良いんだよ!
お前らの爺さん婆さんから、しっかり聴いてるだろ⁉︎
あの方が救ってくれたから、あんた達も生まれて来られたんだよ!
たった一人で、私達のために命を賭けて戦ってくれたんだ!
あの方の尊い使命を知る私達が、この困っている人々を救わないで、どうするんだよ!」
聞いて思う。
他人のために命を賭けて戦うって、普通にアホだろ⁉︎
そんな奇特な奴って、実在しているんだなぁ! 馬鹿としか言いようがない!
けど、この流れに乗れば米が食料だって、即認識してもらえるのは確かだ。
この婆さんの熱い想いを踏み躙るみたいで気は退けるけど、ここは利用させて貰おう!
集団の中で注目されるのは不本意だが、婆さんに大声で呼びかけた。
「すみません、ショーン・ケンという者ですが、この持参した米という物も食べられるので、一緒に配っても良いですか?」
「ああ、助かるよ……って、えっ、えっ……ショ、ショーン……ショーン・ケンだって……!?」
「はい、ショーン・ケンと申します。
ご一緒させて頂ければ助かり……って、あれっ⁉︎ どうしました?」
なんか俺を見た途端に、婆さんが固まっている。
おまけに涙まで、はらはらと流し始めていた。
これには、さすがに焦ったが、同時に『やってしまった!』といった本能的な感覚が俺を支配し始める。
それは間違いではなかったみたいだ。
「あっ……ああっ、その顔、その声は……。
貴方様は……聖人様、聖人ショーン・ケン様!」
はい、どうやら大失敗しました!




