思い出
「なぁ……思い出さないか?
あの幸せだった、いつも村人達と笑い合えていた頃を?」
粗末だが出来上がったばかりのベンチに腰掛けて、戻れない昔を思い出す。
物言わぬゾンビを相手には、無駄だと思いつつも会話する、それだけだ。
しかし、小さな幸せを感じてはいる。
こんなに穏やかな気分など、もう三百年以上は無かったからだ。
だからこそ、必然的に思い出すものもある。
あの幸せだと感じていた、あの戻れぬ過去を思い出してしまうのは道理となった。
この『ヴァンパイヤの女王の領地』と現在呼ばれる土地は、活気で満ちた村であった。
ここも花木の溢れる庭園、少し外を覗けば金色の大地が広がっていた。
あんな恐ろしい奴を、私が招き入れていなかったら、今も彼等の子孫達と笑い合っていたのだろうか!?
それゆえに、この庭園と領地は私の想い出であり懺悔の場だった。 全ては私の責任で罪だ。
もう二度と花を咲かせることも、黄金の麦帆を観ることはないのだと思っていた。
しかし、現在は多くの草木が生い茂り、花も咲き満ちている。
少し覗けば、あの輝きに満ちた麦帆が広がっていた。
あの人間なのか定かではない男、ショーン・ケンよって蘇えったのだ。
但し、大半は食用目的、少しの観賞用がある程度。
ナスや胡瓜、そしてトマト、油を採取するための椿、葡萄やブルーベリーそして梅、あとはパイナップルなどの様々な果実、端には芋類。 そして紫陽花やガーベラ、ダリアなどの花が申し訳程度に植えられているだけだ。
それでも、私サンドラにとっては大きな意義になっている。
「アイツが来てから、私は花を楽しむことを思い出してしまった。
未だに正体はわからないが、良いこと尽くめだな」
あれから、はや二十年が経過していた。
その関係は良好だと思う。
昼間は寝て、夕刻に起きて活動する私。
朝早くに起床し、夜は早くからベッドに入り寝るショーン・ケン。
会うのは、夕方の少しの時間だけだ。
私の大切な食事の時間、血を吸われるという仕事の時間。
食事だから必要、仕事だからする、こんな関係でしかないニ人だ。
だからこそ、客観的に見られるからわかった。
アイツは自己満足を追及するタイプ、要は身勝手、私と同じだ。
そんな二人だから自然に、関係の無い時間帯は干渉しないが暗黙の了解となり、私達のルールとなっていた。
それが良かったと思っている。
何よりも、私はショーンに感謝していた。
よく気の回る男、私の事情を勝手に察したのか、人間の町に出かけては自身の用事の次いでに、魔王の動静などを探ったりしてくれている。
そのさりげない心遣いが、ありがたかった。
しかし、なんといっても一番の感謝は十年くらい前、この庭園を作ってくれたことだ。
それも、魔王の動静を伝えてくれたことからだった。
「魔王ヘルベルトは大家さんに敗北してから、勃発した内乱に手を焼いているみたいですよ」
興味は無かったが、一応聴いてみた。
自分の子供達が、それぞれの派閥を率いて争いを始めたらしい。
魔王ヘルベルトは、その対応に苦慮しているらしいのだ。
「そうか……まぁ知ったことでは無いけどな」
そう、私にとって領地と領民以外に興味はない。
しかし、ショーンからすると違うようだ。
「お節介かもしれませんが、大家さんだけのテリトリーを死守したいなら、常に他人の動静には警戒し気を配るべきです。
心情を察するなんて、他人には皆無だと考えておいた方が良いですよ」
「そうか……そうだな、気をつけよう。
しかし、あの魔王はヘルベルトという名だったのか。 知らなかったな」
呆れた顔をされてしまった。
「それにしても、お前には本当に世話になっている。 褒美をとらせようと思うが、何か欲しいものはないか?」
感謝を込めて言ったつもりだったが、どうやらショーンにすれば迷惑のようだ。
確かに血を吸わしてはいるが、それは仕事だからだ!と言いたげな表情だ。
こういった恩着せがましいことは、ショーンにとって警戒すべき案件でしかないのかもしれない。
しかし好意を示している相手がいる以上、無碍にするのは得策ではないとも、経験上わかっていたのだろう。 少し考えて言った。
「では、あの庭と屋敷の外の土地を、好きなように弄っても良いですか?」
「庭と外の土地? どうする気だ?」
「畑にでもして、食料を確保したいかと。
最近、よく町で『アンタ、いつまで経っても若いね!』って言われるんですよ。
このままだと、ちょっとヤバそうなので……」
そう、このショーンは捕まえた頃と何も変わらない。
いつまでも若いまま、皺一つ現れてこなかった。
十年も経てば、人間ならば容姿も変化するはずだが、全く変わらないでいる。
長命種の私でさえ気づくのだ、人間からすれば尚更だろう。
やはり人間ではない、姿形が似た別の生き物なのは間違いないようだ。
しかし今更、そんなことはどうでも良かった。
私はショーンとの関係、何よりも血の味が気に入っている。
それにしても、あまりにも欲が無い。
「そんなことで良いのか?
私には必要無いが、宝物庫には色々とあるぞ。 ある程度有名な剣や高名なドワーフが作った槍とか。
だいたい、ここは大賢者が住んでいた屋敷だ。 探せば、他にも色々とあると……」
「いやー、そういうの全く興味無いので。
でも、じゃあ……そうですね、力仕事が必要な時だけアルデハイドさんや他のゾンビさん達に手伝って貰えれば」
「ショーンが、それで良いなら……」
もっと高価なものをとも思っていただけに、正直期待外れとなった。
やはり人間ではない、もっと欲深い生き物のはずだから。
しかしそれでも、ショーンには大きな喜びであったのだろう。
では早速!との言葉を残し、すぐに作業を始め、それから三年ほどで庭園は出来た。
「ショーンが来てから、良いこと尽くめだ。 本当に感謝しかないな」
私は心から感謝している。
願わくば、この幸せが続いてくれればと思っていた。
しかし、私には時間が長くは残されていないようだ。
この時、身体の一部に妙な異変を感じ始めていた。
―――――――――――
俺の夢、誰にも干渉されない、たった一人の生活。
その第一歩が始まろうとしている。
この新たに借りた庭で、まずはガーデニングと畑作業、自給自足生活の実現のための予行演習だ。
俺は出来ることなら、いつも一人で静かに暮らしたいと願っている。
それは生前であろうと異世界であろうと、些かも変わっていない。
しかし完全な孤独を貫き通すなど不可能であると、重々承知もしていた。
それでも、誰の目も気にせず誰にも会うことのない生活を送りたいとの願望を捨てきれないのも確かだ。
『定年退職したら、山奥の土地を買って自給自足生活だ!』
生前から、このような願望があった。
そのためには知識が必要、誰にも頼らずに暮らしていくのは生易しくない。
だからこそ、常に動画サイトで使えそうなものをチェックしていた。
ガーデニングや畑作業も、その一つである。
動画の中では、畑を耕したり、新築の家の庭を飾るために草木を植えたりと、家族一丸になって行なっているものが多い。
たまに子供が畑や庭で遊んだり、酷いのになると友達とバーベキューなんてする余計なものもあったが、すぐにスキップして知識だけを観ていた。
もちろん、実践もしている。
但しアパート住まいだった都合上、近所のホームセンターで購入したプランターでだった。
順調にミニトマトと胡瓜を育てていたが、散々な理由から頓挫する。
当時隣りの部屋に住んでいた若いDQN夫婦から、虫が出るだの、葉っぱがはみ出しただのと、嫌がらせを受けたからだ。
自分のテリトリーを守っていくには、隣人との付き合いを必ず大事にしなければならない。 仕方なく即撤去し、泣く泣く終了した。
ただ結果的には、このDQN夫婦に鉄槌を落とすことになる。
さすがにDQN、夜中に馬鹿騒ぎしたり、壮絶な夫婦喧嘩にと、とにかく騒がしい。 当然だが、即警察を呼んでやった。
俺は、自分の生活を乱されることが大嫌いなのだ!
それからは昼であろうと、夜であろうと、また友人が来訪して談笑していようと、誰かとTELしていようと、はたまた二人で愛を確かめ合っていようとも、少しでも騒がしいと感じれば、容赦無く通報してやった。
こういうのは管理会社に連絡したところで、有耶無耶にされて終わる場合が多いからこそ警察を呼ぶ。
俺にとっては十分な通報案件、それは当然の正当行為だ!
その後に結局は、DQN夫婦は『性格の不一致』という、今更かよ⁉︎と思ってしまう理由から離婚して退居していったのだが……。
このような事情から不可能となっていた自給自足生活の第一歩を、今この異世界で踏み出す。
実に感無量だ。 ここは条件の良い物件だが、いずれは出て行く時が来るはずだ。
だったら、今の内に予行演習をしておくのも良い手だろう。
そんな考えから始めた、庭作りだった。
「よし、ストリーミング起動!」
まずは農業知識のおさらいからだ。
以前に散々眺めた動画を、履歴から漁る。
役に立ちそうなものは数多くあるが、この場合は土壌の知識が必要、土が良くなければ、良い作物は出来ないからだ。
美味いものを食って、ゆっくりゆったりと暮らしたい! そこは譲れない。
とりあえず、この地域に合わせた農産物を作ること始めてみよう!
しかし、この地域はおかしかった。
調べれば調べるほど矛盾を感じていく。
この辺りは、小麦に似たようなものをメインで栽培している。 町で見た人々の生活から考えても、パンみたいものを主食としているみたいだ。
まぁ、あの酷い目に合った村での食事もパンみたいな、パンの味のするものだったから、間違いなくパンだったのだろう。
ならば間違いなく小麦はずだが、これはおかしい。
調べてみると、この辺りは雨が多く、全体的に水はけが悪かった。 なによりも土が良くない。
灌漑水から養分が得る稲とは違い、この辺りの土では、肥料がなければ麦は収穫量が少なくなるはずなのに栽培しているのだ。
なによりも町に行く道すがらで度々、紫陽花のような花が自生しているのを目撃していた。 但し、その花の色は鮮やかな赤色だ。
もし紫陽花と同じ種類なら、これは大問題となってくる。
あれだけの強い赤の花を咲かすということは、この辺りの土壌は強度の酸性を表していた。
PH紙でもあれば、正確な計測値もわかるが、そんなものは当然無い。
これは素人の予想の範囲になるけど、かなり不利な状況で、この辺りの農民達は従事しているということだ。
どうしたら良いのか?
石灰とかで中和させる? いやいや、どこにあるのか? そもそも大量に必要となるだろう。
この世界では、かなり効率が悪い。
じゃあ、どうしたら?
悩んでいると、一人のゾンビが俺の肩を叩いてきた。
少しひ弱さ感じさせるヒョロヒョロの細身で奇妙なゾンビ、大家さんから聞いたけど名前を『ギルノール』というらしい。
『ギルノール』と聴いて、思い出す。
あのゴブリン達に襲われた時に『ギルノールか?』と間違えられたけど、まったく俺とは似ても似つかないから、きっと彼は別人なのだろう。
だいたい俺は、こんな尖った耳はしていない。
「どうしたんですか、ギルノールさん?」
何も言わない彼はそっぽを向くと、何事も無かったように歩き始めた。
これは『着いて来い!』と言っているのだ。 余計な言葉も態度も無い、こういうのは実に良い。
ここのゾンビ達は、皆がこんな感じだ。
わざとらしい態度も無く、余計な恩義を求めもしなければ求めてもいない。
俺は、ここに来てから常々思う。
これが人間としての、本来のコミニケーションなのではないのかと!
そう、これこそ俺の求めていた『人間社会』なのだ。
さっそく着いて行くと、何やら草むらの中に入って行く。 雑草を掻き分け進むと、やがてしゃがみ込んだ。
「何かあるんですか? ……って、ええっー⁉︎
こっ、こっ、これは⁉︎」
そこには、今の俺が必要としている植物があった。
麦とは違い、水捌けの悪い場所にも強く、酸性の土壌にも適応する植物が数本ほど生えている。
「ギルノールさん、これ稲……米じゃないですか!
どうして、こんなものが⁉︎」
こう聞いても、何も答えてはくれない。
でも俺の心情を汲み取り教えてくれたことは、その白く濁った目を見ればわかる。 それだけで感謝だ。
「ありがとう、ギルノールさん!」
もちろん笑顔の一つもなく、立ち上がり去って行く。
そこには礼など不用との『漢』の行動、無言の親切心があるのみだ。
「よしギルノールさんの期待に応えて、絶対に米を生産してやる!」
苦労はするだろう、しかし俺はやる!
何年かかっても、俺はやり遂げてやる!
そう心から誓った。
けどそれは翌年、呆気なく達成してしまった。
まったく経験にならずに終了したということだ。
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※ 連載再開しました。
毎日は無理ですが、頑張って連載していこうと思います。よろしくお願いします。




