魂は許さなかった
痛ってぇぇぇー! なんだよー、これぇぇぇ⁉
なんで、こんな目に俺は遭っているんだ⁉︎
腹が焼かれているみたいな灼熱感を伴う痛み……これ一体何なの⁉
こんなの今まで経験無いぞ!
でも……わかった。 このままでは絶対にヤバイということが!
咄嗟……いや、本能的な行動だったのだろうか。
焦って槍の棒の部分を持って、一気に引き抜こうとした時だった。 弱気になった俺を窘めたのか、パニック中の頭の中で一つの声が聞こえたような気がする。
どこかで聞いたことのある男の声……ああっ、これは彼だ!
数少ない、俺が尊敬していた内の一人、サバイバー配信者マック・ガイバーの声だ!
『俺の動画を思い出せ!』
そう言ってくれているような気がした。
マック・ガイバー。
よく俺が観ていた動画サイト『ファウンド・チャンネル』に登場するアメリカの元軍人。
その経歴は、特殊工作部隊『グリー◯ベレー』や『デル◯フォース』にも所属し、その優秀さから『ネ◯ビーシールズ』にも所属した男。
動画の中の彼は、どんな逆境からも自身が修得した優れたサバイバル技術を駆使して生還する、とにかく凄い男だった。
そうだ……マックは常々言っていた! 焦りが一番危険だと!
落ち着け、とにかく落ち着け、とにかく冷静になるんだ!
こういう場合の対処法が動画の中にもあったはず、確か『ナイフで刺された場合の処置方法』だった。
動画で観た一つ一つを頭の中に思い浮かべる。
すると不思議に、マックに勇気付けられたみたいで落ち着いてきた。
よし、初めは現状把握からだったな。
よく確認すると、槍は完全に貫通している訳ではなさそうだ。
おそらく腹の中の中間辺り、でも内臓は多少傷ついてはいるだろう。 この出血量なら間違いない。
なら無理に抜くのは禁忌、一気に出血死を招いてしまうからだ。
まずは、傷口を圧迫して出血量を下げるように努めよう!
これが腕や足なら近位上部になる大血管を圧迫する方法もあるが、この場合は腹だ。
腹の中の大血管が傷つけられていないことを祈るしかない。
確認後は、圧迫する手段だ。
出来れば清潔なタオルなどがあれば良かったが、この場合は仕方ない。
コイツの仲間だったのだろう、近くに転がる死体から服を拝借して代用する。
「ふぅー、とりあえず一安心だ。 ……えっ⁉︎」
少しは功を奏したのか、楽になったと思える。 だか甘かったようだ。
どうやら異世界というやつは、簡単には危険から遠ざけてくれないみたいだ。
草群がガサガサと音を立てて揺れ始め、何かが近づいて来た。
なんだ⁉︎ と思っていると、1Mちょっとくらいの緑色の化け物が七匹現れた。
なんだコイツらは? もしかしてヌイグルミ⁉︎ いやいや意思はあるみたいだ。 ギャーギャーとしか聞こえないが、会話らしきものをしている。
だが、敵なのは間違いなさそうだ。
証拠に、俺の腹に刺さっている槍と同じのを持っていた。
だったらマズイ、今襲われたら確実に死ぬ。
どうする、死んだ振りをしてやり過ごすか⁉︎
いや……だいたいの動物にとって死体は餌、全く意味はないだろう。
かと言って、この現状では走って逃げるのは無理だ。
マックのおかげで落ち着いて来たのに、また焦り始めてきた。 その時だった。
まだ死んでいなかったのか、死体と思っていた一人が呻き声を僅かに上げた。
すると即反応しギャーギャーと、より声が大きくなりソイツに襲い掛かり始めた。
薄目で様子見していたが、どうも捕食が目的じゃない。
槍で刺しまくっている。 しかも楽しそうに小躍りしながら、わざと苦しめながら、じわじわとだ。
どうやら殺す過程を、楽しむことを目的としている。
ヤバイ……俺が生きているとわかると同じにされてしまう。
やっぱり逃げるか⁉︎ いや、この身体じゃあ逃げ切れない。 無理すれば内臓をぶち撒けて死んじまう。
じゃあ、どうする?
不意を突いてからの攻撃は? いやいや幸運で一匹は倒せても、残りから嬲り殺しになるのは確定だろう。
どう考えても死んだ振りしかないかぁ。
よし一か八か! もう賭けるしかない。
運が悪けりゃ死ぬだけ、そもそも俺は一度死んでいるんだ! 腹を決めた!
気づかれないように深く息を吸い、そして静かに止める。
遊び終わり満足したのか、新たな玩具を探して、俺より近くにある死体を丁寧に検分しながら近寄り始めてきた。
しかも、一人一人槍で刺しながらである。
うわぁぁー、また刺されたら確実に死ぬ!
少し楽に始めたとはいえ、まだ腹から出血しているのに……あれ⁉︎
あれ⁉︎ なんで? 血が止まっている⁉︎
腹の刺し傷も治っているのか、それに痛みもない⁉︎
何故か、槍が押し出され傷口が塞がり、肌の上に穂先がある状態になっている。
嘘だろ! もしかして、思っていた以上に深傷ではなかったのか?
焦っていたから、判断を間違えていたんだろうか。
それにしても刺し傷って、こんなに早く治るものなのかな⁉︎
いやいや、それは絶対にない⁉︎
でも、不思議なこともあるもんだ。
なんにせよ、こうなれば話しが変わってくる。
昔読んだ痛快な男を描いた歴史小説には、こんな場面があった。
『奇襲は四人までなら可能』
ならば、四匹までなら不意を突ければ可能なはず!
後三匹は出たとこ次第となるが、それは俺の運次第だ!
そう決断したことが良かったのか、風が俺に向いてきた。
化け物達が、俺が服を脱がした死体に群がり始めている。
どうやら一人だけ上着を着ておらず、隣りの俺の腹の上にある。
俺を助けようとしていたと勘違いしているみたいだ。
気になるのか、何度も念入りに刺して生死を確認している。
これは好都合、そばにあった小石を拾った。
あまり近すぎると槍を振るえない。
もう少しだけ離れてもらう必要があるからだ。
手首の力だけで、小石を左の草群に投げ込んだ。
ガサっと音がした途端、すぐに化け物達が反応した。
思ったとおり、コイツらは異常に警戒心が強い。
その方向に群がり、わからない何かに警戒を始めざわつき始めた。 全員が俺に背を向ける形になったのだ。
よし奇襲のチャンス到来!
すぐさま飛び起きて、まずは一番後ろになる位置にいた化け物の首めがけて、手にした槍をブッ刺してやった。
こういうのは、躊躇するのはダメだ。
殺すと決めた時は、どんな生物でも弱点となる首に襲いかかり、即殺しに掛かる! 全ての陸上肉食動物の行動原理だ。
『ファウンド・チャンネル』の視聴者であった俺は知っている。
いかに、弱肉強食の世界が情け容赦の無いものであるかと。
刺された化け物が『ギャっ』と短い叫び声を上げると、振り返った化け物達が明らかに焦っているのがわかる。奇襲は成功した。 また隙が生まれた。
すぐに、こぼれ落ちそうになっている槍を奪い取り、また一番近くいた化け物の胸を狙ってぶっ刺した。
最初と違って、もう首という細い部分を狙うのは難しい。
ならば、一番デカい的になる胸を狙うのが正解となる。
今度は『ギャー』と大きな叫び声を上げた。
よし次だ!と思ったが、やっぱり警戒心が強い生物は賢い。
不利を感じたのか、他の化け物達は逃げていってしまった。
「助かったのか……俺⁉︎」
おもわず安堵感からか、膝から崩れ落ちてしまった。
そして初めて、身体がガタガタと振るえていたのがわかる。
考えてみれば化け物とはいえ、生まれて初めて『殺し』をやったのだ。
そりゃ蚊やゴキブリなら幾度もあるが、普通に犬や猫はない。 『動物』というものを初めて殺したのだ。
思っていたのとは、随分と違う。
動画では、もっと軽い感じでやっていたように見えていたから簡単だと思っていた。
いや……仕留めた獲物に手を合わせて冥福を祈るシーンなんてのも、結構あった。
今更ながら、命を奪うとは大変なものだと実感せざる得ない。
ただ、ここの状況がわからない以上、感傷に耽っている暇はないのは確かだ。
直前の危機を回避しただけで、本当の危険は未だ去ってはいないだろう。
大まかでもいい。 どういった状況に自分がいるのかを把握することから始めよう。
まず、戦争とか争乱中では無さそうだ。
死んでいる人間を見ると、『現在』の俺と似たような服を着ているが、赤や青みたいな比較的に明るい色が多い。
もし軍隊か何かに所属していたなら統一した色、目立たない色と同形の服に合わせているはずだ。 これは、たぶん普段着のようなものだろう。
そもそも落ちている武器は、化け物が持っていたのと同じ槍ばかり。
だったら、何をしていた時に襲われたと考えて間違いないだろう。
そうなると化け物は、もっといるはずだ。
奇襲とはいえ、個々自体は大して強くは無かった。
おそらく集団で行動し狩りをすることを旨とした生物。 七匹いたから間違いないだろう。
なら『俺』を含めてコイツらが襲われた時の化け物の数は、もっと多いはずだ。
だとしたら、まだ近くにいるはず。
……まずい、さっき逃げた奴らは仲間を呼びに行ったのか……。
ここから早く離れないとヤバイ!
さぁ逃げよう! と立ち上がった時だ。
足元に『サクっ』と軽やかな音を立てて槍が刺さってきた。 これは、もう『遅い』という意味だったのだろう。
当然のように、目の前に雄叫びを上げて同じような容姿だが棍棒を担いだデカい奴を先頭に殺到する化け物達が現れた。 数は……そんなの数えている余裕は無い!
急いで逃げる俺に向かって、容赦など無い槍の嵐が降り注いできた。
逃げろ、逃げろ、とにかく逃げろ!
振り返るな、後ろを見るな!
必死で逃げた……しかし、そうは甘くはなかった。
ズブっとした感覚と同時に襲う強烈な痛みが、背中に起こる。
そしてグラっとよろめいた瞬間を狙われたのか、次々と肩・背中・足と槍が刺さってきた。
こうなると、もう残念ながら逃げるなんて不可能。
ファウンド・チャンネル視聴者であった俺にとっては見慣れたもの、数多く観てきた光景が訪れるのだ。
それは百獣の王ライオンが、弱い草食動物の無慈悲に殺害する瞬間だ。
負傷と痛みからバランスを崩して転んだ俺に、待ち構えたようにデカい化け物が棍棒の一撃を背中に見舞ってきた。
身体の奥から、ゴジャ!っとした音が聞こえる。
同時に呼吸機能を奪われたとわかった。 肺が潰された。
だが不思議と痛みは感じず、ただ息苦しいだけだ。
それからは御約束みたいに、緑色の化け物達から槍で刺しまくられた。
ここでも痛みは感じない。 もう感知する余裕すら奪われているのだろう。
異世界に来た直後で、また死ぬのか……また幽霊に戻るのか。
まぁ、これは仕方ないなぁ。
そう思った時だ。
死ぬ直前まで、聴覚機能は残っているとか聞いたことはあったが、それは事実だったみたいだ。
風前の灯状態の俺の耳に、コイツらとは違う別の集団の叫び声が聞こえてきた。
「おーい、皆んな大丈夫かぁ⁉︎」
「無事なら返事してくれー」
「どこだ、どこにいるんだ⁉︎」
などなどと、少なくとも十数人以上の声が聞こえてきた。
すると化け物達が慌て出した。
予想外だったのだろう。 集団で襲うことを旨とする化け物だからか、少数を相手にしても多数と戦うことは苦手としていたのかもしれない。
それでもデカい奴だけはいきり立っていたが、小さい奴らが慌て始めたのを見て逃亡を選び俺から離れて行った。
これ……助かったのか⁉︎
でも手足は殆んど千切れかけ、おまけに呼吸すらままならない状態。 もう目も見えない、潰されたのか……。
こりゃ死ぬのは時間の問題だな。
そんなことを考えていると、しばらくして俺達は発見された。
「こんな……全員が……」
「あのゴブリン達か……」
「ロレン、マイク……皆やられてしまったのか……」
絶望と消失感が全開の叫び声を上げている。
全員が『俺達』より歳上、おそらくコイツらの身内か何かなのだろう。 これは仕方ない。
しかし、その憔悴し切った中で俺は発見された。
「おい、ショーンが生きているぞ!」
「なに、早く連れて帰るぞ!」
こうして俺は助けられた。
それにしても、俺は『ショーン』という名前だったのか。 今更だけど。
しかしながら3人掛かりで担がれ運ばれている途中、俺にはわかっていた。
もう俺の心臓が止まりそうになっているのを。
どうやら、この世界でも俺は死ぬようだ。
前回に味わった急激な胸の痛みではなく、全身刺しまくられ砕かれた挙げ句に死んでいく。
この世界での方が悲惨じゃねーか……。
何のために転生してきたのか……まったく意味ないな、これは。
なんか騙された気分だ。
あの時に仏は言った。
健康的な身体にしてやると……いや魂だったのか。
まぁ、これだけの負傷なんだ。
健康なんて意味無いか。
あっ……心臓が止まった。
「おいショーン、まだ死ぬな! しっかりしろ、意識を保つんだー!」
最後、そんな無意味な叫び声だけが聞こえた。
また死んだ……。
だが、こんな死を俺の魂は許さなかったみたいだ。




