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人間生きていれば、一度や二度は思ったことがあるはずだ。


俺は……一体何をやっているんだ⁉︎


そんな疑問の真っ最中に俺はいる。

この時、走る荷馬車の馬の背に必死にしがみついていた。

カウボーイのように華麗に乗りこなすなんて、もちろん出来るはずもなく、ただ不様にしがみついていただけだ。


どうして俺は、こんなことをやっているのだろうか?

ただでさえ、馬に加護を与えるとかいう、何それ⁉︎ と思えるような行為に、俺は命を賭けているのだ。

他人が見れば、お前馬鹿なの? と思われてしまうだろう。 俺だったら、そう思う。

しかし、こんなアホみたいな行為でも、この異世界では何かしらの意味をもたらしてくるのも事実だ。

だから、やらなければならなかった。

まったく……異世界っていうのは馬鹿なのか?

いや一番の馬鹿は、こんなことを真面目にやっている俺なのだろう。


しかも単に移動といっても、計六頭の背を順に乗り移って行くしかなく、落ちれば死か大怪我が待っている状況だった。

あの『ホメオスタシス』が何とかするにしても、絶対に拒否はしたい。 あの火葬された時の再現が待っているからだ。

あの野郎……絶対に遠慮無しに『恒常性』とか『健康維持』とか、訳の分からない力を使ってくるのは間違いない。

そうなると、また地獄の苦しみが襲い掛かってくる。

あんなのを、もう一回受けるくらいなら、普通に死んだ方が絶対にマシだ。

だから、慎重にならざるへない。


しかし、この状況下では困難を極めた。

ガンガンと縦揺れ横揺れが起こっている不安定な状況、落ちれば即座に車輪に轢かれてしまう。

更には、ゴブリン達の攻撃も躱し続けなければならない。


「聖人様、だっ、大丈夫ですかぁ?」


四人も不安になったのか、心配してくれるが選択肢の少ない俺には、こう答えるしかなかった。

不本意ながらも、微笑みを携えてだ。


「これは試練なのです!

神が私に与えた聖なる試練なのです!」


四人が感涙している……。

泣いてる暇があるなら、今すぐ助けてくれよ! そう本当は叫びたかった。

だが許されない。 だって、この世界で俺は『聖人』という窮屈な立場に押し込められているからだ。

あぁぁぁぁぁぁぁー、嫌になってくる!


そんなことを思った瞬間だった。

ズブズブっ!とした感触、いきなり激痛が俺の脇腹を襲った。

横を見るとニタぁーとした、したり顔のゴブリンが槍で俺を刺している。


ぐああぁぁー、痛ったぁぁぁー!

さっ、さっ、刺しやがったなぁ、このボケぇー!


刺したゴブリンは、すぐに四人が退治してくれたけど、俺の中で怒りが充満していくのがわかる。

あとは絶望感にも、同時に支配されそうになってきた。


俺の横にいるゴブリン達が、ギャアギャァと興奮し騒ぎ始めたからだ。

村でも言っていたことを思い出した。 


『獲物には異常に固執し、一度獲物を手に入れると飽きるまで斬り刻み弄んだりするらしいのです』


これで完全に獲物認定されたな、ここから俺だけを狙ってくるはずだ。

早くしないと、また槍とか棍棒で無茶苦茶にされるぞ。


「聖人様、聖人様、だっ、大丈夫ですかぁ⁉︎」


また同じセリフか……また、こんな状況でも言わなくてはならないのか、勘弁してくれよ……。


「大丈夫です! これは試練なのです。

神が私与えた試練なのです!

使徒達よ、貴方達も励みなさい!

供に、この試練を乗り越えましょう!」


こう言っている間にも槍で二回、棍棒で一回殴られたが、あの野郎の力のおかげか、即座に傷が治っていくのがわかる。

でも、やっぱり激痛を伴ってだった。

しかし、それでも笑顔を絶やすわけにはいかない。

今の俺は聖人。

仕方なく、こんな苦労をやってはいるが、やらなければ四人のバーサーク状態は終了してしまう。

どんな状況だろうと、笑顔は絶やせないのだ。


「我々使徒も聖人様に応えるんだ!

ゴブリンなんぞ、ぶっ殺せぇぇー!」


せめてだ、四人の更なるバーサーク状態強化には繋がっていると思っておこう。

そうじゃないと、俺は救われない。

それからも刺され殴られること十数回、そんな苦労と激痛を乗り越えて、ようやく目的の先頭の馬に辿り着いた。


さぁ、ここから本番だ!

尊敬する動物研究家よ、そして親友……。 俺に力を貸してくれ!


まずは穏やか且つ、安心できるような微笑みを浮かべなければならない。

それから、両の掌でコミニケーションを図る。 

『よーしよしよしよし』って感じで撫でたりしていたはずだ。


「よーしよしよしよし、頑張れ!

お前はやれる子だ、必ず俺の期待に応えられる子だ。

頑張れ、俺のために力のかぎり死ぬまで走れ!」


俺なりには勇気づけたはずだった、なのに……。


「聖人様、馬が言うことを、全く聞かなくなりました!」


何故か蛇行を始めてしまった。

もしかして、怒らせてしまったのか⁉︎

いやいやピヨタマは反骨精神の塊、人間の言うことなんて絶対に聞こうとしない、実に猫らしい猫だった。

だから少しの冗談と真逆の言葉を混ぜてみたけど、もしかして猫と馬では精神構造は違ったのか⁉︎

それとも『よーしよしよしよし』って感じで撫でた行為はまずかったのか⁉︎

きっとそうだ。 俺は甘かった。

あの動物研究家のように、心から愛情を持って撫ぜていなかったに違いない。

よーし、もう一度だ!

より愛情表現を大きくして、おもいっきり撫ぜてみよう!


『よーしよしよしよし、よーしよしよしよし、よーしよしよしよし!』って感じで、深く愛情たっぷりに撫でてみた。


今度は蛇行どころか、荷馬車が左右に横滑りをし始めてしまった……。

いわゆる……どこかの峠で調子に乗って走るアホのドリフト走行みたいな感じだ。


「聖人様、こっ、この馬の強大な力は加護ですか?

こんなの無理です!」


ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……!

どうしよ、どうしよ、どうしよ⁉︎

もう焦るしかない……。


だが横を見ると、何故かゴブリン達が吹き飛ばされていく。

ドリフト走行になってしまったおかげで、波状攻撃を仕掛けているゴブリン達に、タイミングを合わせたかのように荷馬車がぶち当たっていたのだ。


「おぉー、見たかゴブリン共、これが聖人様の加護の力だ!」


「聖人ショーン・ケン様は偉大だぁ!」


「掛かってこい、コラ!

聖人様の加護の力で死んでいけ!」


「あっはっは、見ろよ。

ゴブリンが、まるでゴミのようだ!」


これは、とりあえず成功したと思っておこう。

馬を怒らせたみたいだが、気合いが入ったのは間違いない。

四人も喜んでいるところを見ると、疑ってはいないみたいだ。

うん、これは絶対に成功している!


そう確信していると、天にも届きそうな一本の大きな木が見えてきた。

この世界に伝わる、『世界樹』とかいう木々の一本らしい。

その木が見えたということは、目的の崖まで半分の距離まで来たということだ。

後、半分しかない! 後、半分もある!

どちらと採るのかは、状況によって変わってくるが、この場合は残念ながら『後、半分もある』の方だろう。

馬を怒らせた。 怒りは一瞬の力の上昇を生むけど、体力消費も随分と激しくなる。

そう長くは保てないはずだ。 

結果的には、自分から航続距離を縮めたのは間違いなかった。

でも、ゴブリン達の戦力を大きく減らせたのも事実だ。

現在は、最初の半分くらいにはなっているだろう。

だが、まだアイツがいる。

未だに遥か後方で待機し、予備戦力を率いている頭の良いゴブリンがだ。

待っている……馬鹿達を犠牲にして俺達を完全に疲弊させてから、じっくりと料理する気なのだろう。


完全に、頭の良いゴブリンの術中に嵌っている……。


さて、どうしたものか……どうしようもないな、これは。

あまり好きな言葉ではないが、もう天に運命を任せるしかなかった。


いや……誰にも頼らずに生きてきた俺だ。

俺の運命は俺のもの、それを天ごときに任せて堪るか!

最善の手段を最後まで探ってやる!


そう考え直し、荷馬車に戻ろうと、恐る恐る後ろの馬の背に、ようやくと乗り移った時だ。

どうやら、天に見放されてしまった……。

グラグラと上下したかと思った瞬間、突然バキバキ!といった音がして荷馬車が跳ね上がっていくのが見えた。

何が起こったのか、最初はわからずに呆然となるしかなかったが、俺のすぐ横を車輪の一つが飛んでいくのを見て理解した。

左右に振られ続けるドリフト走行に耐えられずに、荷馬車がぶっ壊れてしまったのだ。


「うわぁー、聖人様ぁぁー!」


口々に叫び声を上げて、弾き飛ばされていく四人。

俺も必死に馬にしがみつくしかない。


あぁダメだ……もう終わりだ。

コマ送りの動画みたいに、四人は宙を舞い、武器とした鍬や鋤も同じように飛んでいく。

最前方の馬二頭も盛大に転び、三列目の馬二頭が荷馬車に巻き込まれた。

それから中列、左側の馬が頭から転び馬具が外れて巻き込んでいく。

ゴブリン達も、突然起こった荷馬車崩壊に焦った顔をしているのが、はっきりと見える。

そして俺が捕まった馬も勢いよく、右斜めへと弾き飛ばされた。


転倒した……はずだった。

天は見放していなかったのか、偶々なのか、それともしがみついた馬が良かったのかはわからない。

しっかりと馬は踏ん張ってから、また走り出していた。


おぉー、さすがは俺!

きっと普段の行ないが良いから、助かったに違いない。

だいたい、俺には何の関係も無い村を助けようとしているのだ。

これくらいの役得でも無かったら、こんなのやってられるか!


後ろを振り返ると四人は無事、俺がゴブリン達の獲物認定されているおかげか、彼等は襲われていないようだ。

ただ、聖人様!と泣き叫ぶ声だけが少し聞こえてきた。


しかし、困ったことになった。

荷馬車がぶっ壊れ、四人も居なくなりバーサーク状態は敢え無く終了してしまった。

こんな緊急事態だから妥協しようとは思うが、重大な問題が残っている。 

俺は、この世界の馬には乗れないのだ。

どう扱って良いのか、さっぱりわからない。

とりあえず、動画で観た騎手みたいな動きをやってはみたが、全く違うようだ。

そもそも馬具が無くなったおかげで、そのヒントすら探れなかった。


だが、こんな俺の苦難などゴブリン達には関係ない。

荷馬車がブッ壊れて起こった、一時的な混乱を沈めて、俺への襲撃を再開させたようだ。


「こら、速く走れ!

おい、そっちじゃないって!」


声を掛けてはみるが、全くの無駄。

完全に気の向くまま、明らかに荷馬車の時よりも遥かに遅っている。 指示が無いから、適当って感じだ。


「おい! このままじゃあ、お前も殺されるぞ!」


やっぱり……人間の言葉は通じない。


そうこうしていると、デカいのを先頭にゴブリン達が間近まで迫って来ていた。

やはり動物だから気配は感じるのか、少しは速くなってくれた。

でも直線的に逃げるだけ、単純だから、これでは簡単に的にされてしまう。


「おい、ちょっとは考えろ。

蛇行するべきとか色々と……あっ、ぐぅっ⁉︎」


デカいゴブリンに背中を棍棒で殴られた。

それでも身を捻ったから、致命的ではないにしても痛すぎる。


ダメだ、完全に横に並ばれた。

ああー、またくる……あああー、きたー!


今度は、俺の頭を狙って殴ってきた。

一撃で殺す気満々だ。

モーションを大きくした、棍棒の一撃が俺に向かってくる。


とっさだった。

どうなったのか、さっぱりとわからない。

けど、馬が棍棒の一撃を躱すように横へと跳んだ。 

これは偶然か? 馬が勝手に判断したのか? だが考える暇は無い。

外れたことに怒ったのか、またすぐに棍棒の一撃が俺に向かい放たれた。

でも、馬が簡単に躱してくれて空を斬る。


偶然? 勝手に? いや……違う。

どうも、俺が無意識のうちに両の脚で操っているみたいだ。

少しだけ、何かをやった感覚が残っている。

何故だ……この世界の馬を俺は操れないのに。

いや……もしかしてアイツは乗れたのか⁉︎

そうか、この身体の本当の持ち主、ショーン・ケンは馬に乗れたんだ!

身体が覚えていることを、無意識のうちにやっているのか!


よし、こうなったら『ショーン・ケン』に任せよう。

出来るだけ、俺の意思は除外するんだ!


それからは、ぎこちなくとも馬を操っていく。 

少しずつだが、最初に比べると格段に良くなっていく状態が続き、やがてショーンの技術は俺のものになっていった。

そうなると、動画で得た競馬の騎手達の技術と、この世界の馬の操り方がリンクし始めた。


よし、いける!

行くぞ、このまま崖までだ!

死ぬ気で走れ!


馬の速度が上がり、軽やかに走り出した。

崖まで、まだ距離はある。

あの頭の良いゴブリンの脅威も残されていた。

どんな奇策を仕掛けてくるのはわからない。

しかしまだ、希望は残っているはずだ。


俺は、崖に向かって走り出した。



―――――――――――――


恐れるなぁ、そんな暇があるなら攻撃あるのみ!

ここでゴブリン族の勇姿を見せずに終われば、後世の笑いものぞ!

掛かれ、恐れるな、神など殺せ!


自ら先頭を切り、激を飛ばす『ゴブリンキングになるかもしれないゴブリン』、その勢いと熱気に煽られてゴブリン達も熱狂の渦にいた。


ただし、遥か後方で随行する予備兵力達は冷めている。

後ろから冷静に眺めれば、如何にヤバイものを相手にしているかが、よく見えたからだ。


「やっぱり神だ……。

槍で刺されても、棍棒で殴られても笑っているぞ」


こんな感じの声が、ほうぼうから囁かれた。


「一定の距離を保て、近すぎず遠すぎずだ。 冷静になって、一人一人が状況を把握するんだ」


「了解しました、副官殿!」


彼は知らなかった。

当の『神』からは、一番の警戒対象扱いになっていることを。

そんなことは、例え知っていても関係はない。

知っていれば、『距離を保て』とは言わずに『即逃げろ』と叫ぶだけだ。


警戒対象とは危険視、真っ先に殺されるべき対象ということ。

臆病者にとって、もっとも嫌なことだ。


「いずれ終焉を迎えるだろうが、どうする?」


部隊長が聞いてきた。

もう答えは決まっている。


「神には勝てるはずはありません。

こちらの安全を確保してから、せめて生き残りだけは収容しましょう」


暗い顔をして、部隊長がうなづくのを確認し思う。


終焉は、どんな形になるのだろうか。

せめて、どんな形でも良いから同胞達には少しでも生き残って欲しいと、そう副官は心の底から願った。





































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