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奇跡の力

どうして、あそこで言っちゃったのかなぁ……。

ああっ、調子に乗りすぎてしまったぁ……。

絶対にやらなきゃ良かったぁ……。


とある事情から後々になって、こういう事態に陥いることは多々あるだろう。

人間、生きていれば幾度も遭遇していくはずだ。

現在俺の中でも、これらを纏めて起こってくる『後悔先に立たず』という感情が急上昇中であった。


……こんなの観たら、そう誰だって思うだろ!


目の前には、化け物、化け物、化け物……化け物達しかいなかった。

ざっと数えても、数百以上の化け物達はいると思う。


あかん……これは、どう考えても死んだ。


でも、もう逃げられなかった。

仮に逃げたとしても、その死に方が火葬に変わっていくだけだ。 

なら、後悔するだけ損となる。

俺は、俺の道を信じた方が遥かに得だ。


だが……コイツらには困っていた。

この荷馬車に一緒に乗る、数日前には俺を焼き殺そうとしていた四人がだ。

無駄とも言える義憤から名乗り出たのか、それとも素直に協力したいだけなのか、まさかの罪滅ぼしなのかはわからない。

しかし……。


「聖人様、ゴブリン共に聖人様の力を見せつけてやりましょう!」


「そうです! ゴブリンごときなど聖人様の御力で粉砕してやりましょう!」


「天よ、称賛あれ!

今この時、聖人ショーン・ケン様の降臨の意味を御覧あれ!」


「さぁ、ゲームを始めよう。

聖人様には勝利しかない、栄光のゲームを始めよう!」


なんか無駄に煽ってきて、異常にテンションだけは高過ぎだった。

どうやら、あの時の乗りと勢いで言った言葉に感動してしまったようだ。


「ゴラぁー、ゴブリンごときが偉そうにしてんじゃねーぞ!

身分をわきまえろ、このゴミ屑共が!」


「ぶっ殺してやるから、そこで大人しく待ってろ!」


「かかって来いやぁー! お前ら皆殺しだぁー!」


「神罰を受けるが良い、そして後悔するが良い。

聖人ショーン・ケン様の聖なる一撃を受けて地獄に落ちていけ!」


まるで『聖人』という、無敵の盾でも存在すると思っているのか、えらく強気だ。

つい数日前まで、ゴブリンの襲撃に怯えていたとは、とても思えない態度だった。

まぁ、足が竦んで使えないよりはマシだと思っておこう。


だが、同時に俺は絶望もしていた。


『聖人様が安心して、神の下に赴かれるように、私達は出来るだけの事をやろう!』


村人達が一致団結し、馬まで提供してくれる者が続々と現れた。 それは良い。

でも、その『馬』が問題だった。


この世界の馬とは、金なら1枚・銀なら5枚の印を集めてオマケと交換する、ピーナツをチョコレートで包んだ菓子のキャラクターの鳥に似ていた。

または、あの某超大作アニメ映画に出てきた鳥に似ているのかもしれない。


はっきりと言おう。

馬じゃなくて、デカい鳥じゃん!

しかも、ダチョウよりデカいじゃん!

どうやって乗るの、これ?


生前、何度か競馬のレースを観ていたから、『馬なら、なんとかなるだろ!』なんて妙な自信があった。 

しかし、これでは……。


速攻で諦めた、時間の無駄だからだ。


そこで荷馬車の登場となった。

かなり速度は遅くなる、でも乗れないものは仕方ない。

こういう場合は素直に諦める。 悩んでいても、解決にはつながらないからだ。


そして、これが一番の絶望の原因だった。

俺の予想は正しかったと、証明してしまったことだ。


俺は、あの『桶狭間の戦い』を参考に、奇襲を仕掛けるつもりだった。

ゴブリン達の虚を突き、混乱させ俺の荷馬車に注意を惹きつけて村人達を脱出させる、そして村人に聞いている崖に誘導して殲滅を計る作戦を立てていた。


しかし、見事に看破されている。

この待ち構えているゴブリン達をみれば誰だって理解するだろう。もっとも警戒対象としていた頭の良いゴブリンが、既に俺の作戦を予測し包囲網を縮めていたのだ。

これでは奇襲どころか、村人達も逃げられない。

村を囲んでいた時の動きから、かなり頭が良いとは思っていたけど、まさか時間まで予測して合わせてくるとは思っていなかった。

完全にやられた……作戦は完全に潰された。 これには、もう笑うしか出来ない。


でも四人には、この状況がわかっていないみたいだ。

暢気に、俺が着る衣装を褒めてきた。

この屈辱感しか湧いてこない服をだ。


「やはり聖人様には、高貴な服は似合いますね!」


「生前のショーンが着てた時は、アホみたいな服だと思ってたけど、私の目が悪かったみたいです。 今は実に神々しい!」


「聖人様……私は感動しています。

神の姿を拝見出来たこと、一生の宝です」


「まさに、これこそ聖衣。

聖人ショーン・ケン様の降臨、まさに奇跡の御姿!」


コイツら……ぶっ殺してやる!

いやいや……我慢だ、我慢、笑顔だ、笑顔。


俺は現在、何故かピンクや金それから赤……とにかく派手な服をだ。

おまけに耳の上に当たる両端には、何の意味かはわからない羽根を装着しているカチューシャまで着けていた。

俺は確かに、多少目立つ服はないか? と聞いたのは間違いなかった。 そこは認めよう。

けど、こんなアホみたいな服を用意しろとは言ってはいない。 だいたい『多少』と付け足していたはずだ。

もしかして、俺の伝え方が悪かったのか⁉︎ それともコイツらの耳と頭が悪いのか⁉︎ その両方なのか⁉︎

とにかく、こんなピエロも着ない馬鹿みたいな衣装を俺は着ている。

……最悪だ、死にたくなってきた。

でもゴブリン達の注意を、俺へと惹きつけるためだ。

それに、こんな屈辱感満載の衣装の効果か、ゴブリン達も騒ぎ出している。

一定の成果はあったと考えて、耐えることとしよう。


さて……もう奇襲はバレている。

仮に新たな作戦を思い付いても、頭の良いゴブリンがいる以上、どうせ看破されてしまうだろう。

そもそもの話、たった一騎では作戦なんて立てようもない。

俺には最近出てこないけど、いや出て来ては欲しくないけど、あの『ホメオスタシス』とかいう奴が守ってくれるとして、コイツら四人は……。


どう考えても、こりゃダメだな。 

せめて俺一人で大暴れして、少しでも時間を稼いでみるか。 間違いなく、ほんの一瞬になるだろうけど。

どうせ死ぬなら、コイツらも生まれ育った村が良いだろうからなぁ。

期待もされているみたいだから、最後くらいは望みどおりに聖人ぽく演じてやるか。


目を閉じて、静かに深呼吸をしてから覚悟を決める。

まずは、出来るだけ穏やかな表情を作って一人一人を見回し、そして静かに語った。


「貴方達は、ここで村へ帰って頂けますか?

ここから先は、私一人で参るとしましょう」


「そっ、そんな!

いきなり、どうしたというのですか⁉︎」


「これは私自身の試練なのです。 

こんな危険な行為に貴方達が付き合う必要などありません」


すると何故か四人は泣き出し、まったく検討違いの発想を展開し始めた。


「何をおっしゃっておられる!

どうして、弟子である我々に供をしろと言って下されないのですか⁉

あの業火の試練を、貴方様と我々は供に越えたのですよ!

どうか、この試練も供に!」


えっ……弟子って? 業火の試練を供に越えた⁉︎


おいおい、勝手に弟子なんて自称してんじゃねーよ!

だいたい何だ、その業火の試練って⁉︎

お前らが、俺を焼き殺そうとしただけじゃねーか⁉︎

都合良く美化してんじゃねーよ!


もう辞めた、もう決めた!

そんなに俺と一緒に死にたいなら、そうさせてやるよ!


「よーし行こうじゃないか、弟子達よ!

供に、この試練を乗り越えましょう!」


「はっ、聖人ショーン・ケン様!

どのような試練であろうとも、我らは供に!」


なんか……中学校時代の担任を思い出して吐きそうになってきた。

昭和の学園ドラマにでも影響されたのか、とにかく熱く語り泣きながら生徒を殴る先生だったが、一歩離れて冷静に見てみると、泣くという同情を誘う行為と教師という強い立場を隠れ蓑にした、ただの体罰野郎だ。

こういう奴は、結局は自己満足を求めているだけだった。 

その為なら、どんな犠牲をも厭わないから恐ろしい。

自分には絶対の正義がある!と勘違いした、妙な自信があるからだ。

そして、この四人も同じ状態だった。


「では早速、ゴブリンどもに聖人様の奇跡を見せつけてやりましょう!」


「奇跡?」


「聖人様の御力があれば、あんなゴブリン達など烏合の衆も同然」


「ならば、堂々とど真ん中を突っ切ってやりましょう!」


「女神よ、称賛あれ。

聖人ショーン・ケン様の奇跡の瞬間を!」


「おっ、おい、ど真ん中だと⁉︎ やっ、やめ……」


「聖人ショーン・ケン様の伝説の始まりだぁぁー!」


たった一騎、たった五人だけの突撃が始まってしまった。 しかも数百以上はいるゴブリン達へのど真ん中だ。


あかん……死んだ。


しかし、予想外が起こった。

見ていてわかるほど、ゴブリン達が整然と理論的に突撃態勢へ移行しようとしていた時だ。


「おりゃー、これでもくらえ!

って、ああぁー間違えたぁー!」


興奮しきった一人が勢い余って、いざとなれば煙幕代わりにでも使おうと考えていた大事な灰袋を投げてしまった。


「ばっ、馬鹿野郎!」


思わず叫んでしまったが、これが功を奏す。

その瞬間に一迅の風が吹き、絶妙なタイミングで一気に辺りを白く染めていった。


どうやら本当に、奇跡というものは存在するらしい。


「おぉー、聖人様の奇跡が起こったぞぉー!」


「奇跡だぁー、これが聖人様の奇跡だぁ!」


「聖人様万歳!」


「ゴブリン達よ、感謝するが良い。

聖人ショーン・ケンの奇跡の瞬間に立ち会えたことを!」


褒め称えてくれているが、俺が起こした訳じゃない。

奇跡どころか神や宗教すら、信じてはいない俺が起こせるはずなどなかった。 

心の弱い人間がすがりつく最終手段だと今でも思っている人間には、絶対に不可能だ。

あの時だって、確かに仏には転生輪廻を求めた。 

しかしそれは、自分の都合で利用しただけだ。 キリスト教徒でもないのに、盛大にクリスマスを祝う、そんな一般的な日本人と同じような感覚だった。


だったら、この奇跡は四人が起こしたものだ。 女神とか聖人とかを信じ敬愛する彼らが起こしたと考えた方が論理的だと思う。

こうなったら、この四人の奇跡を俺が信じよう。 その方が良さそうだ。

だが忘れてはならない。 

聖人だと思わせておかなければ、荷馬車から放り出されてゴブリン達から嬲り殺しになることを。


そう考え、更に笑顔を作り直した時だ。

一人が、これまた最高の笑顔で俺に言ってきた。


「聖人様、この心の弱い我々四人に助言を頂きたい。 この恐怖に支配されそうな我々に聖人様の奇跡の力の一端を!」


どこをどう見れば、恐怖に支配されそうになっているのだろうか?

煙幕に紛れているとはいえ、さっきからゴブリン達を鍬やら鋤やらで殺しまくっているのに……。


でも、この奇跡とバーサーカー状態は維持してくれないと俺が困る。

とにかく、今すぐ死なれては大変まずい。

何か良い言葉はないか……でも名台詞が思いつかない。

しょうがない……自分の実体験から話すしかないか。


「身体は大切にし、健康は大事にしなさい。 人間、どんな病気で死ぬかはわかりません。 だからこそ、日々の健康が重要なのです。

それこそが生涯の試練、私と健康を探究しましょう。

さぁ、着いて来なさい!」


コイツだけではなく、四人に伝えるつもりで話そうとしたはずだった。

けど、結果的には四人とニ匹になったようだ。


一人一人を見回そうと首を振りながら話していた時だった。

すれ違うニ匹のゴブリンと、偶然目が合った。

そのゴブリン達は、俺を見て『あっ!』という表情をしたような気がする。

その直後、一匹はギャギャーと鳴き、もう一匹は表情を崩さなかったように見えた。


これだけで、すぐに俺にはわかった。

一匹は怒りを露わにしていたのだ。 感情を制御出来ない馬鹿だ。

しかし、もう一匹は冷静な顔付きで俺達を見送っただけだった。


間違いない、コイツだ……警戒対象の頭の良いゴブリンは!

何事にも動じず、冷静で対処する奴ほど恐ろしい。

おそらく、この煙幕も中央突破も想定内の一つにされているはずだ。

だが、今は逃げて逃げまくるしかない。

罠はあるかもしれない、けど最初の目的から外れるのが一番ダメだ。


「馬を全開で走らせるんだ! すぐにでも追いかけて来るぞ!」


「了解です!」


しばらくして、無事に包囲網を抜けた。

後ろを振り返ると、既にゴブリン達は追撃態勢に入っている。

しかも、どこから出てきたのか、全員が狼に似た感じの獣に乗り始めていた。


あんなのに乗れるなんて、聞いてないぞ!


でも、文句を言っても始まらない。

もう既に、正念場に入っているからだ。

俺とゴブリンの、真の勝負が始まったのだから。







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