ゴキブリか? 異世界転生か?
クソっ……なんでだ? どう考えても、おかしいだろ。
どうして槍なんてものが、いきなり腹に刺さってんだよ!?
これ新しい世界へのスタートだっていうのか⁉︎
あまりにも理不尽過ぎるだろ⁉︎
こんなのが、普通に許されても良いのか⁉︎
この世界には『平等』という観念は無いのか⁉︎
なら……もしかして俺は失敗したというのか⁉︎
もしかして、あの時はゴキブリを選ぶ方が正解だったというのか⁉︎
いやいや……ゴキブリなんて普通に選ばないでしょ!
それとも異世界っていう奴は、ゴキブリ以下っていう奴しか来れない世界だったのか?
そうか……そうだよな、そうだ!
だったら……俺は悪くないという話なだけだ!
異世界っていうのが間違っているだけで、きっと俺には何の罪も間違いも無く、不幸にもくじ運が悪かった、それだけの話なだけだ!
まったく困ったものだ、こういう理不尽っていうのは、いつ何時襲いかかって来るかわからないから、対処に困ってしまう。
さてさて、どうしたものか……。
202X年某月某日。
俺の名前は田中一郎、年齢53歳。
どうも……あれだ、どうやら死んだらしい。
なぜわかるのかって? そりゃわかるだろ。
間抜け面して死んでいる俺を、幽霊状態の俺が眺めているのだから、馬鹿でも理解が出来る!
たぶん、寝ている間に心筋梗塞とか起こしたんじゃないのかな。
俺なりには、健康に気をつかっていたはずなのに、こうなってしまったみたいだ。
きっと生まれた時から『こうなる!』と決まっていたものだったのだろう。
うん、絶対にそうだ。 俺はやるべきことは実行していたはずだ。
覚醒を促す、モーニングコーヒーは豆から挽いて飲んでいたんだ。
なら俺は悪くない。 潔く諦めるほうが賢明で、無駄がないから良い。
しかし困った。 これでは会社に連絡が出来ない。
でも仮に連絡出来たとしても、どう説明すれば良いのだろう?
『どうやら今日、死んだみたいだから会社は休みます』
これはおかしいな、辻褄が合わない。
そもそも今日どころか明日以降も休みになってしまう。 いや……これでは確実にクビになるだろうな。
せめて、残り僅かな有給休暇だけは消化扱いにしてから解雇として貰いたいものだ。
まぁ無理だろうな。 それが唯一の心残りだ。
しかしなんだな、意外と冷静でいられるものだ。
こうやって死んでみると、いや孤独死してみると実に不思議な気分だ。
坦々と自分の死を素直に受け入れている。
テレビのニュースなんかでは悲壮感たっぷりに伝えようと、アナウンサーが声のトーンの上げ下げで演出していたけど、あれは嘘だったんだな。
いや……嘘じゃないのか。 今ならわかる。
あれは、家族や友人がいた人達へのレクイエム的なものだったんだ。
俺には、もう親はいなかった。
親類や友人、もちろん嫁も子供もいない。
だから、悲しんでくれる人は誰一人いなかった。
そんな俺が同情を望むのは、そりゃ贅沢ってもんだ。
わかっていて一人で生きてきたのだ、後悔なんてない。
そんなことよりも、これからどうなるかだ。
いずれは俺にも転生輪廻とか起こるのか⁉︎ だいたい、そんなものあるのか?
あるとしても、それは嫌だな。
俺は、この『俺』が好きだ。
一人で暮らし、好きな動画サイトを眺めてながら酒を呑みタバコを吸い、好きな時に寝て、好きな時に飯を食う。 自分の好きなように時間を使って暮らしていく。 そんな『俺』が好きだ。
嫁や子供に使う時間なんて無駄。
まして他人に合わせるなんて仕事だけで十分だ。
だったら、このまま浮遊霊でも良いんじゃないのか⁉︎
よし、このまま生きて行こう!
……なんて、甘く考えていたのは一年前だ。
あれから、すぐに俺の死体は発見された。
無断欠勤になったおかげで、ニ日後には上司が確認のために訪ねて来て発見されたのだ。
それから、なぜか葬式まで会社が行なってくれた。
おそらくは、『我が社はホワイト企業です!』みたいな、自社のアピールにでも使われたんだろう。
それとも『すぐに無縁仏にしました!』では、さすがに目覚めが悪かったのか⁉︎
まぁ、そんなことはどうでも良い。 供養はしてくれたんだ。 そこは素直に感謝しておこう。
しかし、おかげで俺は最悪な状況下にいた。
悲惨な腐乱死体にならなかったおかげで、すぐに『俺の部屋』の新たな住人が決まってしまったからだ。
普通に突然死、すぐに死体は処理され、会社で供養もされていた。
おまけに、元々安かった家賃が更に安くなる。
これで借りない馬鹿はいない。
賃貸である以上、新たな住人が決まっていく。 そこは妥協しよう。
しかし、中身となる住人は騒がしくない人間が理想だった。
出来ればブラック企業に勤めて、深夜に帰宅し早朝に出勤するような人間が良い。
だが、しっかりと期待は裏切られた。
新たな住人は、若い女の子。
今時の大学生なのか悩みも無さそうに、いつも楽しそうにしていた。
偶に彼氏らしい男が来て、イチャイチャもしている。
ダンスが趣味なのか、よくわからないうるさい曲に合わせて踊ってもいた。
おまけに彼氏だけではなく、友達がやって来ては楽しく鍋パーティーなんかもしている。
たぶん、こういうのが普通の女子大生なのだろうが、実に騒がしい。
俺とは真逆の生活観、おかげで気が狂いそうだった。
そんな我慢し続けていた、ある日だ。
また鍋パーティーでもするのか、何人かの女の子達がやって来た。
その何人かの女の子の一人が問題、いわゆる『見える』女がいたのだ。
すぐに俺に気がつくと言ってきた。
「すぐに出て行け!」
そういう力を持っていたのだろう。
気がつくと、俺は近所の公園にいた。
どうやら、『俺の部屋』から追い出されたらしい。
もちろん帰ろうとはしたけど、盛り塩で阻まれて入れなかった。
本当の浮遊霊になってしまったようだ。
仕方なく、しばらくは彷徨っていたが世間は騒がしい。
生きている人間でなく、死んでいる人間がだ。
もう理性が無くなってしまったのか、暴れまくりの老人の幽霊、道路の隅っこでブツブツ呟く若者の幽霊など、生前では見えなかった光景と雑音が嫌でも耳に入ってきた。
おまけに、やたらと干渉してくる奴ら。
お構いなしに、生前はどうだったとかプライベートに踏み込んでくる奴らが多かった。
ダメだ……俺のペースを踏みにじってくる環境には耐えられそうにない。
残念だが、もはや『俺』を諦めるしか無さそうだ。
仕方なく、近くの寺に向かうことにした。
もう輪廻転生でも何でもして、この鬱陶しい状況を打開せねば気が狂いそうだ。
だが、寺に着くと新たな問題が発生してしまった。
同じ幽霊、変な服を着た外人の男が先にいたようだ。
しかも、腹から血を流した十代後半くらいの若者が仏像の前で叫んでいた。
驚くことに仏像が喋って応対している。
でも、なんか揉めているみたいだ。
壮絶な言い合いをしていた。
「どうして出来ないんだよ!」
「貴方、別世界の人でしょ⁉︎
そんなの管轄外ですよ! 送り返すくらいなら出来もしますが」
「そこをなんとかするのが、神ってもんでしょ!
散々、お布施とか貰ってるくせに!」
「無茶苦茶言わないで下さいよ!
だいたい、貴方からは一円だって貰った覚えは無いですよ!」
「なんだよ、この金を踏んだくるだけの役立たずが!」
「なんだと、この野郎!
地獄へ堕とすぞ、ゴラぁぁ!」
よくわからないが、何か理由があって揉めているみたいだ。
どうも、仏からすれば無茶苦茶な要求をされているのだろう。
互いに苛ついた感じで喧嘩をしていたが、その内に叶わぬことだと理解したのが、若者が泣き出した。
「僕は、ただ幸せになりたいだけなんだ。
だから神様にだって一生懸命祈ってたのに……。
もう、あんな寂しかった生活は嫌だ。 この世界では大勢の人に囲まれて幸せになりたかっただけなんだ……」
まぁ、人それぞれ事情があるから大変だ。
可哀想とは思うが、俺には関係ない。
だいたい、寂しかっただと⁉︎
アホか! 『人』という字は二人で支え合うとか表現していた馬鹿もいるが、あれは違う。
大股を開いて堂々と一人で立っていることからの表現だ!
誰だって生まれた時は一人、死ぬ時も一人と決まっている。
だから寂しかったとかいうのは、そりゃ錯覚だ!
おっと、こんなことしてる場合じゃない。
この鬱陶しい状況を打開して貰わないと。
抱き合う二人を避けながら、仏に問いかけた。
「あのー、ちょっとすみません。
輪廻転生ってしてもらえますか? そういう申請は、ここで良いのでしょうか?」
グッドタイミング! と言いたげな声を出して仏が対応してくれた。
よほど、この若者が鬱陶しかったのだろう。
「ああー、ここですよ。 輪廻転生は可能です。
どういった転生を希望されますか?」
「えっ……希望って出来るんですか?」
「殺人とかみたいな凶悪犯は即地獄ですが、貴方は犯罪歴は無さそうですから大丈夫ですよ!」
これは、思いがけないチャンス到来だ。
もしかしたら、この『俺』を保ったまま生まれ変われるかもしれない。
だが、この希望を伝えてみたところ即却下された。
いや却下というよりも、輪廻転生のシステム的問題だ。
説明によると、『転生』は生まれ変わり、『輪廻』は車のタイヤが回転し続けるように、人が何度も生死を繰り返すことらしい。
だから記憶を保ったままでは正確な輪廻転生とはならず、例え出来たとしても5〜6歳位で消去されてしまうそうだ。
よく動画である前世の記憶がある少年少女が、そうらしい。
「なんとかならないですか?」
「どんなに頑張っても、8歳位が限界かと思いますよ」
頑張って8歳か……でも、8年も時間があるなら何も無いより上出来だ。
「じゃあ、お願いします。
特に希望は無いけど、心筋梗塞なんか起こさない健康体でお願いします」
「このクソ野郎に比べて貴方は実に話しがわかっている。
では来世は特別に200歳まで生きられる、あらゆる病魔にも打ち勝てる健康的な身体にしてあげましょう!
そうですね、『ホメオスタシス(恒常性)』に特に優れた魂にしてあげますよ!」
「いやいや、そこまでは!」
その『ホメオスタシス』なるものが、如何なるものかは全くわからないが、和やかな雰囲気で話が進む。
でもそれだけ、この若者には腹が立っていたみたいだ。
そりゃ無茶苦茶言われたんだ、ぶち切れるよな。
まぁ、おかげで俺には良い風が吹いたのだから上々だ。
証拠に、今は幽霊状態の俺なのに生命力に満ち溢れているような気がしてきた。
きっと仏が、何かをしてくれたのだろう。
それから、すぐに仏が輪廻転生の準備を始めてくれた。
しばらくすると、光の輪のようなものが現れ、潜れと言われた。
「これを潜るんですか?」
「はい、これを潜ることで貴方の輪廻転生の始まりとなります。
では、来世は幸ある人生を祈っております」
「どうも、ありがとうございました」
さぁ、俺の新しい人生が始まる。
今までの人生、最期は良くなかったが悪いものではなかった。
このまま永遠に続いていけばなんて考えたが、それは俺だけの都合でしかない。
諦めて、いや妥協して新たなステージに進むとしよう!
だが突然、横から突き飛ばされた。
男だ、あの若者に突き飛ばされた。
「僕は絶対に幸せになるんだ!」
まるで古臭い昭和の昼ドラマのような台詞を言って、俺のために用意されていた輪廻転生の輪を潜って行ってしまった。
呆然となった俺と自失状態になった仏が残された。
「あの人、行っちゃいましたけど……」
問い掛けても、まだ仏の自失状態が続いている。
仕方ないから、もう少し問い掛けてみよう。
「あのー……新しいのを用意して貰っても良いですか?」
「それが……出来ません」
「出来ないって、さっきやってたじゃないですか?」
「貴方の輪廻転生の枠が、彼に乗っ取られてしまった……」
「それって、どういう意味?」
よくよく聞くと、人の一生とは輪廻の繰り返し。
それは、その個人の善行によって次の人生が左右される。 要は、また人間になるのか、それとも別の生物になるかに影響されていくらしい。
そして、この地球での生命の数も決まっており、例えば1000の魂が存在するなら、その1000という許容範囲で転生が繰り返されていくとのことだ。
「あの、そのことと俺に何の関係が?」
「『田中一郎』としての輪廻転生の個人の枠が、別世界から来た彼に乗っ取られ、この世界では貴方がイレギュラーの存在になったという意味です」
「「はぁ? 余計にわかりづらいんだけど……」
「簡単に言うと、貴方は『田中一郎』ではなくなったということです」
「じゃあ何⁉︎ もしかして、さっきのアイツが『俺』になったってこと?」
「そういうことになります」
「じゃあ、どうすりゃ良いの?」
こう聞いた途端に、仏が言い辛いと表したような呻き声を出した後、語り出した。
「選択肢は二つに一つ。
こういう場合に備えた臨時策、ゴキブリから始めて『徳』を積んで頂き、また人間になるチャンスを得る方法。 もう一つは……」
その、もう一つが余計に言い辛いみたいだ。
きっと、お薦めの方法ではないのだろう。
しかし、ゴキブリから始めろって……。
確か、奴らは一匹見つけたら三十匹いるとか聞いたことがある。 なら、ほぼ群れでいる生物ということだ。
そんなの最悪だ、今と変わらない! 俺は一人が好きなのに!
「もう一つは?」
「貴方が『彼』になる方法です。
何か良からぬことをして、その世界から弾き飛ばされてきたのでしょうが、まだ彼は生きていました。 別世界に存在する彼の肉体が覚醒すれば勝手に戻ります。ですから、その流れに貴方を乗せて彼になる方法です。 ただこれは輪廻転生ではなく異世界転生とも呼びますが……」
要はアイツの代わりに俺が、その別世界に行くってことか。
アイツ、確か見た目は十代後半くらいだった。
んっ⁉︎ もしかして!
「ちょっと質問しますけど、その方法なら今の『俺』の意識を維持出来るってことになりませんか?」
「そうなりますが……彼の世界が、どんな世界なのかがわかりません。 だからゴキブリから始める方が確実かと……」
「いえ、それでお願いします!」
「ですが、この世界ほど安全な世界ではないかもしれませんよ⁉︎」
「一向に構いません!」
これは思わぬラッキー到来だ!
どんな世界でも構わない!
見た目なんか、どうだって良い!
この『俺』のままで転生出来るなら、それが一番良い!
それに、寂しかったとか言っていたくらいだ。
きっと、その世界では孤立していたに違いない。
むしろ、俺には好都合だ!
「さぁ、早く送って下さい!」
「全く常識が違う世界に行く訳ですから、きっと後悔しますよ。
戻りたいと思っても、もう戻れませんまよ」
なんか、ウダウダとうるさい。
今が最悪な状況にいるのに、一刻も早く一人になりたいのだ。
「もう御託はいいから、早くしてくれ!」
こういった途端だ。
一瞬だが震えが走った。
「あぁ、どうやら彼の肉体が彼に代わって貴方を認識したようですね」
「ってことは、これでOKってこと?」
「そうなります。 ただ、もう一度だけ言いますよ。
後悔はしないで下さいね!
後……貴方が望んだ『健康』は叶えてありますから……」
そう言われた瞬間だ、瞬く間に見ていた景色が変わった。 ただ最後に『あの野郎、絶対にゴキブリにしてやる!』とか叫んだ仏の声は聞こえた。
瞼を開けると、そこは何も無い草原のような景色だ。
どこだ、ここ? と思ったと同時に腹に激痛が走った。
何か棒のようなものが腹から生えている。
いや……違う。 これは槍だ!槍が刺さっていた。
「痛てぇぇーーー!
何じゃ、こりゃーーー⁉︎」
痛さのあまり膝から崩れ落ちた、その時だ。
周りには既に槍で刺されて絶命していた、五人ほどの若い男の死体があった。
周りからも、悲鳴のような叫び声も聞こえる。
この状況からみて、どうやら戦争中か何かか⁉
よくわからないが殺し合いの最中みたいだ。
いや……どうやら、この世界で俺は『狩られる側』にいるらしい。