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恒星間艦隊vs魔法王国 −2つの文明の相克−  作者: 林海


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第89話 復命


 艦隊旗艦アーヴァー級レオノーラの医務室。

 回収されたゲレオン准教授を取り囲んで、総作戦司令ダコール、副司令兼艦隊旗艦艦長のバンレート、情報士官に軍医のギードまでが揃っていた。

 これから受ける報告は、そのまま軍機になる公算が大きい。なので、最初からこのメンバーで聞き取りを行うことにしたのだ。


 ゲレオン准教授は検査着に着替えており、一通りの検疫はすでに終わっている。周囲は消毒薬の臭いが未だ残っているし、全身を洗ったゲレオン准教授の髪はまだ濡れている。

 健康状態に、なんら問題はない。


 問題があるのは……。

 多大な精神的外傷(トラウマ)が見られることだった。

 その目は出発前の快活さを失い、おどおどした恐怖を浮かべている。自軍の中で、もっとも守りが堅い旗艦艦内にいてこれなのだから、どこまでの恐怖を味わったのか想像もつかない。身柄を拘束されていたのは、時間にして多寡が30分ほどなのに、である。


 それでも、ゲレオン准教授は自らの人格を失ってはいない。

 軍医に気を使い、報告を口ごもっていたのだ。

 異種族との多くの経験が、彼をかろうじて崖っぷちで押し止めている。


「ギード軍医は、階級は中佐。

 軍機に触れる資格も持っている。

 ゲレオン准教授、心置きなく話していい」

 ダコールの言葉に、ゲレオン准教授はようやく口を開いた。

 ここでの会話はすべて記録されている。あとから繰り返し見ることになるだろうが、それでも皆が耳を(そばだ)てた。


「可及的速やかに、撤退を進言いたします」

「なにを見た?

 なにを見て、そう発言している?」

 これは、バンレートである。


「あの星は、我々のことをすべて知っていました。我々の言葉も、訛もなく使いこなしていました。

 さらに、あの星の人間は六感目の感覚を持ち、それを元に独自の文明を持っていました。

 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚以外のどのようなものかすら、我々にはわかりません。ただ、それによって生命そのものが見えるという話です。

 そして、その見えるものに対して、センサーから応用技術まで完成されていて、この艦内ですら観察できると。

 そして、この艦隊を殲滅することは容易いと!

 1人も生きて帰さぬ、と!」

「……精神安定剤、処方しますね」

 だんだん激しい語調になり、冷静さを失うゲレオン准教授に、軍医は気遣ったのだろう。そう言って立ち上がって、衛生兵に指示を出そうとした。


「要らない!

 今は、すべて報告してしまいたい」

「聞こう」

 と、これはダコール。

 軍医は、頷いて腰を下ろした。


「ゲレオン准教授。

 落ち着いて、最初から話してくれ。

 君は、容易ならざることを言っている。だが、君は冷静ではない。

 その情報をきちんと我々が受け取るためには、まずは君がきちんと話してくれなければ駄目だ」

 ダコールは、あえて平易な表現でゲレオン准教授に話しかけた。


 ダコールの言葉を受けたゲレオン准教授は、目を瞑って深呼吸を繰り返した。

 堅く握りしめた手の甲に、涙の粒がいくつか落ちた。

 そして、ぐいとその手の甲で目を拭うと、彼は話し始めた。

 ダコールのゲレオン准教授へ向ける眼差しは、痛々しいものを見る視線になっていた。だが決して、報告自体を止めさせることはない。


 恐怖体験は、トラウマに直結する。

 だが、報告は終わらせねばならない。

 一見残酷なようだが、間を置かずにもう一度その原因に落ち着いた形で触れ、成功体験に変換するのは、トラウマの克服を可能とさせる積極的な手段の1つなのだ。それを、ゲレオン准教授本人も含め、この部屋の全員が知っている。

 本人が、自ら克服せねばならない問題なのだ。


「そうですね。

 仰るとおり、伝えなければ、行って来た意味がない。

 最初から話します。

 質問は、随時挟んでください。

 着陸したあと、あの大きな建物の中には、栗色の髪、紫色の瞳の美しい女がいました。異星人と言いながら、違和感はなかった。性を女性と認識できたほどですから」

「2つ聞いてよろしいでしょうか?」

 ここで、情報士官が口を挟んだ。

 

「パウル、君の職務を果たせ」

 バンレートの言葉は、許可を意味する。

 情報士官パウルはバンレートに目礼して、ゲレオン准教授に聞いた。


「准教授、その女が着ていたものは、繊維でしたか? それとも皮革でしたか?

 それからもう1つ、空気の温度感、匂い等、気がついたことはありませんでしたか?

 機器に捉えられないデータは、准教授の感覚に聞くしかないのですが……」

「繊維だった。

 モニターでは捉えきれないと思うが、目の詰まった密な織りで、手が込んでいる物に見えたよ。

 あと……。

 そういえば、寒くはなかったが暑くもなかった。

 いや、そういう意味じゃない。なにも気が付かなかったわけじゃない。

 途中で武装解除して見せるので上着を2枚脱いだが、それでも特に暑さ寒さは感じなかった。まるで、この艦内にいるような適温だった。

 あと……、匂いは感じなかったな」

「ありがとうございました」

「いいのかな?」

「参考になりました。

 引き続き、お願いたします」

 パウルに言われて、ゲレオン准教授は再び話し出す。


 だが、ダコールもバンレートも、この情報を重要視していた。

 密な織りの高級布となれば、工業力があるということになる。

 また、中庭という屋外で空調が効いていたかも知れないという点は、決して聞き逃がしできないことだ。

 また、この質問自体にはもう1つの意味がある。持って帰れた情報が1つでも多ければ、よりゲレオン准教授の心理状態は落ち着く。そして、さらに細かく話すようになるだろう。


 この質問をした、情報士官パウルは優秀だ。ダコールが「エースを寄越せ」と艦隊保安部長に命令したのだ。尋問の専門家は、このような場面でも使えるだろうという判断は正しかった。

トラウマの原因は、ミッションですから、ミッションで評価するのです……

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