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虚日小品

優柔不断な霊

作者: 彩煙

筆者が学生時代に書いたものをそのまま載せています。稚拙な文章ではあると思いますが、内容は問題ないかと思われますので、ぜひ楽しんでいってください。

「奇妙な味」とはミステリーの分類になります。これは私の書く文章が江戸川乱歩の言っている「奇妙な味」というジャンルに当てはまるだろうという事であり、本文では謎解き等の要素は含まれていません。悪しからず。

私は生まれ持っての優柔不断であった。昔からその気性のせいで、不幸に陥ることも少なくない。

例えば、小さい事ならば、店先に並ぶ商品をみて買うかどうか悩んでいる内に、別の客がそれを買っていき売り切れとなってしまったり、大きなことで言うと、2つの大学から合格を受け迷った挙句、双方に返事を出せなかったり。

私もこの性格を直そうとは思っているのだが、生まれつきこうなのだから仕方がない。いや、努力をすれば……。とりとめのない考えが頭を廻るが、当然の様に答えなど出ては来なかった。さばさばした人ならば答えを出せるのだろうが、私にはやはり不可能な話なのである。

「こんな事ならば、あいつの頼みなど聞くべきじゃなかったな」

私は後悔をしたが相手を恨むこともできない。恨んでいないを言えば嘘になるが、相手の事を考えると、如何せん強く出られない。しかも、考えれば考える程その迷いは増す一方なのであった。

いったい私の身に何があったのか。それは、数日前の私がまだ生きていた頃の事である。

――

私は古くからの知人であるA氏に呼ばれ、喫茶店で会談をしていた。A氏はと言うと、窓の外を眺め、黙ってコーヒーを飲んでいる。別に何の理由もなくそんな事をしているのではない。ただ、

「で、結局やるのかやらないのか、どっちなんだ?」

私が例の如く、彼の提案に対して答えを窮していたからなのである。

「もう少しだけ待ってくれないか。」

「……。まあ君の柚十普段は今に始まった事ではないし、別に構わないができるだけ早く答えてくれ。」

私は頭を抱え、必死に考えた。

A氏の持ってきた話というのは、簡潔に言えば商談だ。普通の商談であればさすがの私も二つ返事で引き受けるのだが、今回のはそうではない。何しろこの仕事を引き受けるという事は、日常では出会わない危険を伴うというのだ。大した給料を受けておらず、いつも金策に困っている私からすれば、金は喉から手が出るほど欲しい代物だ。それも大金となれば尚の事である。

「なあ、早いとこ決めてくれないか?時間だって無限にあるわけじゃないんだし、君の答え次第では別の人の所に向かわないとならないんだから。」

「わかった、やろう。」

A氏が時計を見ながらそう言ってきたところで、私はそう決断した。

「そうか、ありがたいよ。じゃあ、これは前金として受け取ってくれ」

そう言うと彼は私の前に厚く膨らんだ茶封筒を置き、

「明日の早朝、5時に隣町の港に来てくれ」

と伝え、店を後にした。私はそんな彼の姿を目で追いながら茶封筒を鞄に収め、ぬるくなったコーヒーをちびちびと飲んでいた。

――それにしても、前払いであんなに貰えるとくれば、後々の報酬は期待以上のものかもしれない。

自分にしては珍しい幸運に恵まれたものだと浮足立って、手に入るであろう金額について夢想に耽っている内に、カップはいつの間にか空っぽになってしまっていた。

翌朝、指定された港に時間ぴったりに来ると、すでにA氏はやって来ていたようで「こっち」とコンテナの後ろで私に手招きをしていた。

「ところで今更なんだが、こんな所でいったい何をするんだ?」

今考えると馬鹿々々しい質問を私がすると、A氏は小声で、

「実は、あそこの赤色のコンテナの横にアタッシェケースが隠してあるらしいんだが、それがどうやらヤクザの取引の品らしい。そこで、そいつを盗んで俺たちで売りさばこうって話だ。」

「そのアタッシェケースの中身っていうのは……」

「さあな。俺の予想では、麻薬か何かだろうと考えている。まあ、高額取引に使えるもんだろうさ。」

麻薬という、昨日までの私なら絶対に関わることの無かった単語が飛び出してくる。しかし、金が目の前にある、しかも少しの距離を走って取ってくるだけで手に入ると云うのに、それをみすみす逃すという手はないだろう。ここには私たち以外に人の気配はない。やるならば今が絶好の機会だ。A氏もそれを感じてか、

「よし、俺がここで人が来ないかを見張っておく。お前はアタッシェケースを取って来てくれ。」

と提案する。もとよりそのつもりであった私は黙ってうなずき、コンテナの影から勢いよく飛び出した。アタッシェケースをひっつかむと、そのまま一息でA氏の元まで走り出す。その時だった。突然後ろから怒鳴り声が聞こえた。驚いて振り返ると、ヤクザらしき男がこちらに走ってきている。

「早く!こっちだ!」

A氏が声を張り上げ私を呼んでいる。私は無我夢中で走った。そしてA氏のもとにたどり着いたその時、背後から発砲音が響き渡った。

腹部がやけに痛い。手を添えると、そこには熱い液体がドロリと付く。私は一瞬遅れて「自分が撃たれたのだ」という事に気が付いた。

「ウゥ……」

腹部をえぐる痛みに立つこともままならない。私はA氏を見詰め、助けを求めた。しかし彼は私を助けるどころか、

「クソ!使えねぇな」

私を見捨て、アタッシェケースを奪うとその場を走り去っていったのである。

「ウゥ……。ウゥゥ……」

私は涙を流しながら呻きを上げたが、そのままA氏の姿は見えなくなってしまった。

それからは予想通り、私は死んでしまい、この通り成仏できないままでいる。先に私は「A氏を恨んではいない」と言ったが、やはり彼に対して一矢報いてやらねば納得もできない。彼はあの一件以降かなりの金額を手にし、酒色にふけっているという噂も耳にする。

――このままではやはり不公平だろう。しかし、人を不幸にして快感を得るという事は奴のしていることと同じだ。呪ってしまうなどと云う事はやはりやめてしまおうか。だが、やはりこのままでは終われないと云う気もするし……。

私は例の如く悩んだ。そしてそのまま月日は経ち、A氏はかつて買えなかった商品と同じ結果となってしまった。

読んでいただきまして、ありがとうございました。

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