視えない犬2
羊小屋の囲いはかなり広い。
バーゲストは姿を見せず、物音を立てずに囲いを乗り越えて小屋に侵入して羊を襲っていた。
今回は死霊使役した羊が小屋の入り口で寝たフリをしている。
俺は小屋の隅でいつでも飛び出せるように身を隠していた。
(爺、指先が冷えてきた。)
(どうやら、目当ての犬っコロが来たようじゃな。)
普通の人間には視えない幽鬼の姿が、俺にはゆらめく影の様に視える。
間違いなくバーゲストだ。
あちらからは爺と俺の姿は暗くて視えないはずだ。
(具現化するまで待つのじゃ。)
バーゲストはゆっくりと囮の羊に近付くと、邪魔が入らないのを確認してノドに牙を立てた。
「めェ〜〜!!」
土塊の羊が弾け飛び、怒り狂った下級精霊がバーゲストの身体を貫いた。
「ギャウッ!??」
具現化してパニックに陥ったバーゲストを、すかさずタックルをかまして囲いまで放り出す。
「逃げられんぞ!ステーキ泥棒め!」
「グォオオォッ!!」
怒り狂ったバーゲストが鬼火を展開するが、俺はその火を魔力を帯びた剣で掻き消していく。
傷付いたバーゲストは素早さを活かせず、逃げられない。
首を一閃すると、ぼとりと頭が落ち、断面から派手に血を噴き出した。
体内からふわふわと魂が漏れ出している。
(ふむ。ゼーレ坊、この魂、取り込むと良いぞ。犬っコロの頭だけではステーキの仇打ちにもならんわい。)
「ステーキの仇って、、、まぁ俺が言い出したんだけどさ。」
俺はバーゲストの魂魄を身体に取り込むと、死体を眠気眼の依頼人に見せた。
「おわっ!!?何だべ?!この気味の悪い犬はっ!?」
「バーゲスト。幽鬼の一種だ。オヤジさんの育てた美味しい羊を泥棒してた悪い犬さ。見ての通りだ。依頼達成のサインをくれ。」
「ほいよ。うっ!おめさん、返り血とかでひでぇ臭いだべ!今日はもう着替えて、明け方に帰ぇるといいべ!」
「そうさせてもらう。」
翌朝、汚れと返り血を落とした俺は冒険者ギルドに依頼達成を報告して、傭兵ギルドに顔を出した。
「アスゲルト中隊長。依頼は完了した。報酬を頼む。」
「ご苦労だったゼッド。ほら、金貨5枚だ。一気に使うなよ、、、って言っても無駄か。ほら、ビーズ特攻隊長も待ちくたびれているぞ?」
「バウ!!」
ビーズはトテトテと近付いて俺の臭いを嗅ぐと、直ぐに離れてしまった。
「あー、まずは風呂と洗濯だな。あれ?マルチェロのやつは?」
「アイツは今、騎士物語の練習をさせられてるんだろうな。さぁ、帰れ帰れ。隊員の体調管理の方が急務だからな。」
俺はさっさと宿屋に戻って着替えを取りビーズが寝るのを確認したあと、公衆浴場に向かった。
湯浴みしてさっぱりして革鎧を洗濯屋に預け、いつもの酒場でエールを頼んだ。
店主のジルダンが俺にステーキを運んできた。
「ありがとうな、ゼッド。アイツは昔からの馴染みなんだ。ずっと困ってたから、助けてくれて感謝してるよ。今日は奢りだ。」
「気にしないでくれ。ここに居る男連中なら、誰でも助けたさ。」
たまにはこういう感謝をされるのも悪くない。
意外にも冒険者が不安定で危険で薄給なのに辞めないのはこういった小さな幸せが理由なんだろう。
だが俺は金で人を殺める事もある、傭兵だ。
魔物や幽鬼ばかりが敵ではない。
いずれにしても戦闘は避けられないだろう。
それは明日からかも知れないし、今始まるかもしれない。
食える時に食っておこう。
(爺、ありがとう。)
(わしはゼーレ坊が美味そうにステーキ食っとればそれで良いんじゃよ。)




