県道4号線を新宿方面に白馬に乗った王子様が駆けてきた!
火曜日の午後2時過ぎ
紺井有菜は、レストランの制服の上にカーディガンを羽織って、県道4号線沿いを歩いていた。
働いているレストランで「昼の混雑が落ち着いてきたから、今のうちにお願い」と、お使いをたのまれたからだ。
日中も新宿は人が多いなと思いながら歩いていると、いつもと違う何かを感じた。
人がザワザワしている。
この先で何かイベントかドラマか映画の撮影があるのかもしれない。
有菜はポケットからスマホを取り出した。
話題になりそうだったら、写真を撮って友達に送ろうと写真アプリを起動しようとした時、「パッカパッカ」と馬の蹄の音が聞こえた。
「うっそ……」
紺井有菜は自分の目を疑った。
(白馬に乗った王子様が、普通の車と一緒に県道を走ってる――――――――――!!!!)
県道4号線。片側2車線の道路を新宿駅方面に車と一緒に走る白馬。
しかも背中に王子様を乗せている。
顔をよく見ると王子様は日本人と思われる。
金の糸で細かい刺繍が入った派手な赤い軍服に、これまた金の糸で細かい刺繍が施されている白いテカテカした幅の広い襷。
黒のズボンにも金の糸で刺繍が入っていて、誰がどう見ても「王子様」としか思えない姿だった。
“スタイルがよくてアイドル系の顔の王子様”というわけではないが、胸を張って姿勢良く手綱を握る姿に有菜はドキドキした。
そう。女性は王子様に弱い。
目の前に現れたら、テンションも上がる。
もうすぐ30歳になる紺井有菜も王子に弱かった。
「え”っ!?」
何故か紺井有菜の目の前で、王子様は馬を止めた。
近くで見上げる白馬は迫力がある。
しかし、なぜ自分の目の前で立ち止まるのかわからない。
「なぜ?」と考えているうちに、王子様は馬からおりて有菜の前で片膝をつき「僕と結婚してください」と有菜にプロポーズをした。
白馬に乗った王子様が突然あらわれプロポーズ!
有菜は訳がわからなかった。
だが、目の前の王子は緊張しながら有菜の返事を待っている。
「え?! ドッキリ? 何の番組?」
と混乱する有菜に「あなたは忘れているかもしれないけれど、僕達は半年前に会っています。その時、僕はあなたに恋をしました」と王子は言った。
顔が赤くなっているので、嘘を言っているようには見えない。
しかし、有菜は王子様に会った覚えはない。
白馬に乗った王子様に会えば忘れるわけがない。
しかも、ここ一年は旅行や遊園地にも行ってないから、テーマパークとかの人でもなさそうだ。
王子が説明するには、「朝の本屋で出会っている」との事だった。
(朝の本屋――――――――――――――?)
そこで、有菜は一つ思い当たる事があった。
それは半年前の事。
その日は大阪へ出張に行く日だった。
働いているレストランの本店がある大阪で、店舗同士の交流会があり、新宿店からは有菜が参加することになっていた。
店長や先輩が、「交流なんて面倒だから」と有菜に押しつけたのだ。
この日は気になる漫画の発売日だったので、有菜は本屋によった。新幹線の中での時間潰しにもなるからだ。
目当ての漫画を見つけてレジに並ぼうとした時、ほぼ同じタイミングでレジに並ぼうとしている男性を見て、有菜は気がついた。
(あっ! バッグとスーツケースがあるから、レジでもたついてしまうわ。
さり気なく順番を譲って私が後ろにつこう)
そう思って、なるべく自然に順番を譲ったのに、有菜の前にレジに並んだ男性が突然ふり返って「どうぞ」と言ってきた。
「え? 私、荷物多いんでいいです」と言っても、「いえ、あなたが先だったのでお先にどうぞ」と、男性は引かなかった。
時間がかかるからこっそり男性に順番を譲ったのに、さらに譲り返してきた男性に有菜は腹がたった。
(後ろに人がいると焦るから譲ったのに、察しの悪い男ね!!)
有菜は半分キレ気味で返事をした。
「私は『いい』と言っているじゃないですか!
どうしても譲ると言うなら、私と結婚して下さい!!」
男性は自分が何を言われたのか、すぐには理解できなかった。
「ほら、困るでしょ?
私と結婚したくなかったら、先にレジに行ってください」
しかし、男性はまだ頭の中の整理がつかないでいた。
「親切に順番ゆずったのに、なんでかプリプリ怒ってる初めて会った女と結婚するのなんか嫌でしょ?
人はそれぞれ嫌な事が違うのよ!
私はお金払うとき、後ろで人が待っているのが嫌なの! 焦るでしょ?
私、今日は荷物が多いのよ!!」
そこで男性はようやく有菜の言いたいことがわかってきたようだった。
「わかったらそのまま先にレジに行って下さい」とうながせば、男性は「あなたと結婚します!!」と返事した。
これには有菜も驚いた。
「はぁ? それって、人を結婚できない憐れなオバサンだと思ってからかってんの?
どうせもうすぐ30よ!
えぇ、そうですよ? いつか白馬に乗った王子様が現れると思っている憐れなオバサンですよ!!」
怒りをぶつける有菜に男性は、「ぼ、僕は、他にも買い物があるので、お、お先に、どうぞ…………」と言って、コミック売り場の方に消えて行った。
お店を出る時、先程会った男性に出くわした。
有菜はスーツケースがあるせいで歩くのが遅くなっている事を呪わしく思った。
男性は「また会えますか?」と聞いてきた。「結婚してくれるんですよね?」ではなかった事に少しホッとした。
「あなた、本当に私と結婚する気なんですか?
例え話で言ったつもりだったんですけど、言ってしまったものはしょうがないですね。
わかりました。結婚しましょう。
でも、これから出張なので、火曜日の14:00頃この先のレストラン『Hazakura』に来てください。
だけど、覚えておいてください。
約束通り結婚しますけど、その日のうちにすぐ離婚ですよ!」
都会は変な人が多いから、例え話であっても「結婚する」なんて言うべきじゃなかったと後悔しながら新幹線に乗った。
結局その男性はお店に来なかったので、有菜はすっかり忘れていた。
(あぁ、そういえばそんなことあった……。
あの頃は30歳の誕生日前で色々と焦っていたのよね)
有菜の友達は半分以上が結婚していた。結婚していない友達はほとんど彼氏もちだし、彼氏のいない子はやりたい仕事などに夢中になっていた。
彼氏はいないし、やりたい事も特にない有菜はやさぐれていた。お見合いに行っても騙されそうな気はするし、合コンも気が進まない。
(あの時は「変な男」と思っていたけれど、変なのは私の方よね。レジに先に行くか結婚するかなんて、変な選択肢じゃないの!
この人はそんな変な女の夢を覚えていて、叶えようとしたのか……)
聞けば、王子様は身長も容姿も平凡で最近中年太りになってきている自分が拒否されるのは目に見えているので、有菜の気を引くために白馬に乗って来たらしい。
半年かかったのは乗馬クラブに通って、馬が乗れるように練習していたためだとか。
「ハッキリ自分の意見を言う女性が僕は好きです。
あの日あなたは怒っていましたが、後ろで待つ人の事を考えるなんて優しい人だなと思いました。
あの時、僕はあなたに一目惚れしたのです。
だって……、あ、あなたはこんなにも美しい!」
と王子様は片膝をついたまま、堂々といった。
たぶん、普段この王子様は堂々とした人ではないのだろう。少し声が震えていた。
そんなニセモノ王子様を見て、有菜は何だか可笑しくなってきた。
有菜はクスッと笑った後、お姫様のように左手を優雅に伸ばした。
そして、ガシッと王子様の手をとり固く握手をして返事した。せっかく「美しい」と言ってもらったので、なるべく美しい人の口調で。
「わかりましたわ。
まずは、お友達から始めましょう。王子様!!」
二人はお伽噺の王子様とお姫様のように、大袈裟に抱きあった。
最後までお読みくださりありがとうございました。
『耳で聴いた時に更に楽しく聞こえますように〜!』って念じながら書きました。




