3 空虚な愛
「ミシェル。君は本当に美しいね」
操られているかのような、ぼんやりとした瞳が私を見る。
「……」
その言葉は聞き飽きた。初めて聞いた時は涙が出そうなくらい嬉しかった。今は涙が出そうなくらいその言葉が苦しいなんて……。
私に関心なんてなさそうだったアレンが私にベタ惚れ。この愛が永遠なんて残酷だ。私も同じだけ愛を返せばいいという話ではない。
「どうしたんだい? 具合でも悪いのか! これは大変だ」
考え込む私を覗き込むように見るアレンの瞳は昔のように透き通った色ではない。私は彼の透き通った綺麗な瞳が好きだったのに。
「いえ、違いますよ。ただ少し……」
「さぁ、中に入ろう」
私に手を添えて中へ入るように促す。魔女はこの魔法を解いてくれるのだろうか。忠告を聞かなかった私を笑うかもしれない。
もう、辛いんだ。糸の切れた操り人形を無理やり踊らせているようだ。私が辛いなんて被害者ぶるのも馬鹿な話。被害者はアレン。
「そうか。それよりも俺は仕事をしなければならない」
いつだかのアレンとの会話が蘇る。彼は仕事ばかりであまり私に興味があるようには見えなかった。けれど幼少期からの仲だ。
「分かりました」
記憶の中の私も今のような笑顔はなく淡々と答える。そうだった。私はもう少し冷たい人間だった気がする。必要以上のことは話さない。それはアレンと同じ。それでも婚約者になって、少しずつ互いの事が口で言わなくても分かるようになっていた。
それで幸せだったのに。なぜ私は愚かな願いをもった? もっと愛されたかったのだろうか。淡い恋心を抱くだけで、ぼんやりとした、だけど確かな幸せが胸を包んでいた。
あの時の私はおかしかった。なんて今更言ったところで何も変わらない。あの時おかしかった私も、今後悔している私も同じだから。
「ミシェル、明日は一緒に出掛けよう」
不気味な程に自然に作られた笑顔に、昔のアレンを思い浮かべようとしても弾けたシャボンのように消えていく。
涙は流さない。そう決めた。
「明日はごめんなさい。あまり体調が良くないので」
明日は魔女に会いに行く。本当はもっと前にそうしなければならなかった。でも、怖かった。また愛されなくなることもそうだが、まだこれがただの悪い夢なんじゃないかって……現実を受け入れられないんだ。魔女なんて本当はいなくて、目が覚めれば無愛想な婚約者がつまらなそうに仕事をしているかもしれないと。
「そうか……残念だ。でも、僕が一日中看病するから安心して」
アレンはそんな風には笑わない。私が風邪をひいても看病なんてしない。違う。アレンは……自分で招いた悲劇に耐え切れなくなりそうだ。でも、私に絶望する暇なんてない。
「大丈夫ですよ、私は仕事をやってくださった方が嬉しいです」
満面の笑みを向けると、私の何倍も嬉しそうな笑みで、君が言うならと笑うのである。傍から見たら私たちの仲は人生で最高潮だろう。最近、仲がいいと噂を耳にする。
その噂がさらに私に絶望感を与える。私を見ているようで、きっと彼には二度と私の姿は映らない。愛してるという言葉が鋭利な刃物のように私の胸を切り裂く。
「ミシェルのためにたくさんの食事を用意したんだ」
「ありがとう……ございます」
でも、私はそんなに沢山食べられない。昔から一緒にいるのだから私が少食ということも知っているでしょ? ……分かってるよ。昔の思い出も全部忘れて狂ったように私を愛しているのだから……そんな事知らないよね。
魔法で手に入れた筈の彼の心は空虚なもので、アレンが囁く愛の言葉は誰からの罵倒よりも苦しいものだった。結局私は大切なものを失う代わりに手に入れたものは逃れられない絶望。
明日、全てを終わらせる。アレンのためと言って、自分がこの苦しみから抜け出したいだけなのかもしれない。それでも私に出来ることなんて限られている。