2 覚めない夢
「ミシェル、君を見ていると胸が苦しいんだ」
わざとらしく胸を抑えてこちらを見るアレンに、私の心はいっそう冷えきっていく。
「そうですか」
私も貴方を見ていると胸が苦しいですよ。貴方を見ていると罪悪感で潰れそうになりそうですから、なんて言えないけれど。庭に咲く美しい花達が全てを毒を持っているように見えてくる。
「僕が君を一生守るから」
その決心も全て偽物。これは魔法なんて可愛らしい響きで表せるものではない。自我を奪うただの呪いだ。
「ありがとう……ございます」
私の小さな言葉は風にかき消された。それでもアレンはただただ笑っている。彼はそんなはっきり笑う人ではなかった筈だ。もっと曖昧でずっと一緒にいなければ表情の違いを見るのも難しい人だった。
「ここにいては冷えるよ」
「ごめんなさい……本当に」
何に対しての謝罪か。恐らく全てにだろう。あの時、魔女の話を聞いておけば良かったのに。後悔しても何も生まれない。私はもう一度あの魔女に会いに行く。次こそ相手にされないかもしれないが。
一回目会った時、あの魔女は私のことを知っているかのように馬鹿だねと笑った。
東の森に怪しげな一軒家。魔女の家だとあだ名されても可笑しくないと思ったのを覚えている。そこから出てきたのは本当に普通の人で魔女などと呼ばれるようには見えない。
「あの、魔女がこの森にいると聞いたのですが……」
優しげな老婆に声を掛ける。老婆はちらりと私を見ると庭の花に水をあげる。まるで私に興味がないとでも言うように。
「そりゃあ、私のことだね。アンタは何を願うのさ?」
一応聞いといてやるよ、と聞こえてきそうな顔で言う老婆は確かに魔女だ。
「婚約者の気持ちを私に向けて欲しいのです」
「ふーん。そんな風には言ってきたやつが他にもいたね。偽物の愛なんて何がいいんだか」
さっきより興味が無くなったように言うと赤い花の隣の、萎れた花に雑に水をかける。
「それでも愛されるのならば良いんです」
このままでは願いを叶えてくれない。焦った私はいつもより大きな声で叫んだ。
「うるさいよ。たとえ、アンタが彼を愛せなくなってもかい?」
「どういうことですか? そんな訳ないですよ」
私が好きで彼の心を奪おうとしているのに、なんとも見当違いな心配をする魔女に笑いかける。
「そうかい、そうかい。でも、失敗を繰り返すのは良くないと思うけどねぇ」
魔女がようやく私の方を向いた。心配しているというより呆れているに近い表情に一瞬、背筋が凍りつくような感覚になる。
「何の話ですか? 他の人のことですよね。私は違います」
魔女の言っているのは別の令嬢のことだろうか? 皆、似たように悩みがあるということか。
「まぁ、いいさいいさ。お代は高いよ」
「……いくらでしょうか?」
突然低くなった声に、返す言葉が遅れる。
「さぁね、考えな。もう、魔法はかけた。愛は永遠さ、魔法が解ければ全て忘れる。解けなければ永遠。とっとと帰んな。ゆっくり午後を過ごすことも出来ない」
魔女はリズム良く言うと、しっしっと動物を追い払うような手をして扉の奥に消えていく。
きっと、相手にして貰えなかったんだ……そう思って帰ると私を出迎えたのは、見た事がないほど焦った顔をしたアレンだった。
それからの日々は夢のようだった。まるで夢だった。覚めて欲しくない幸せな夢はだんだんと姿を変え醒めない悪夢に変わっていった。