1 甘い毒
「今日も綺麗だね。愛しているよ……ミシェル」
今日も彼は蜂蜜に砂糖を混ぜたような甘い甘い言葉を囁く。
「ありがとう……アレン」
その言葉に今日も私は笑顔で言葉を返す。いつからだろうかこの言葉が嫌いになったのは。私が望んだことだったのに。
「今日もミシェル様にベタ惚れですね。少し前の男爵令嬢との話は適当な噂だったみたいね」
「あの状態でよくもあんな噂を立てたものだよね」
私達の仲を噂する貴族たち。少し前まではこの話に胸を躍らせ良い気になっていただろうに。今ではこんな噂も私の気持ちを沈めるだけの苦い毒のようだ。
「ミシェル、何処に行くんだい?」
部屋を出ようとした私に目敏くアレンが気付く。少し強い力で私の腕を掴む。痛い……のは手ではなく心。
「少し庭に出るだけですよ」
曖昧に笑って手を離してもらう。今、私は笑えているのだろうか? いつからこんなに笑うことが苦しくなったのか。いつから? そんなこと分かっている。
「ならば僕も行くよ」
「大丈夫ですよ。庭に危険はないですから」
素っ気なく言うと、分かりやすく落ち込んだ様子にもう一度笑顔を作って、また後でと言って部屋を出た。
熱っぽい瞳で私を見つめるアレンが見ていられなくなった。私のせいで彼の気持ちも何もかも壊してしまったというのに。
「ミシェル様。どうされました?」
侍女が私に声を掛ける。前は話しかけても来なかったのに。
「いえ、少しだけ庭に出るだけですよ」
「冷えないようにこれを」
羽織を手渡すと、侍女はにこりと微笑んだ。また、胸が痛い。
「ありがとう」
作りにくくなった笑顔を浮かべて受け取った羽織を体に掛ける。暖かいはずの羽織が酷く冷たく感じた。
「ミシェル様……」
何か言いかけた侍女に先を促すが彼女は言いにくそうに私から目を逸らした。
「どうしたの?」
「……い、いえ。行ってらっしゃいませ」
慌てて頭を下げると、仕事に戻ると言って居なくなってしまう。心に残った棘がチクリと痛む。
私が愛したアレンはもういない。甘い言葉に吐き気がする。こんなことになるなら彼の心が私に向かなくても良かった。魔女に頼んで彼の心を奪う必要もなかった。嘘だと思ったから……興味本位でやったことなのに。
私とアレンは幼い頃から婚約者だった。昔からきっと彼のことが好きだったんだろう。昔のことはあまりはっきり覚えていない。けれど好きなのは私だけだった。いつだったか彼への気持ちが抑えられなくなった。
だから森に住む魔女に彼の気持ちを私に向けてと頼んだ。暫くは私だけに向けられるその瞳が心地よくて、私だけの彼が愛おしく感じる。けれど気がついたら彼へのそんな気持ちは消えていた。薄れていったという方が正しいのかもしれない。盲目的に彼への愛を求めた、まるで魔法……いや、呪いにかかったみたいだった。
「ミシェル! やっぱり来てしまったよ」
ニコニコと笑う彼はご機嫌だ。もしこれが全て作られた愛だと言ったらこの笑顔は消えるのかしら?
あの魔女は言った。愛は永遠と。永遠なんていらないから……もうこの魔法を消してよ。