僕を花見に連れてって 3
俺はゆきとの近くまで来ると、ぐいっと襟首をつかみ上げた。
「おい、ゆきと!帰るぞ!!」
「ぐぇ!?おじさん!?」
「あんた、度胸あんねー。ここ、結構な上座だよー?」
そういう男も、別にかしこまってはいないようだ。俺はゆきとを立たせると来た方向を指差した。
「なんかここ、やべーらしーから帰るぞ」
「おじさんのほうがやばいからね!ちょっと!ちゃんと挨拶しないと失礼だよ!」
「俺には妖怪の礼儀はわからん」
その時、ものすごくいいバリトンボイスが聞こえた。
「おい。お前らうるさいぞ。静かにしろ」
その声に、男が答える。
「あ、いたいたー。お前もこんな奥まで来るなよなー」
「俺の勝手だろ」
「俺の腕のくせに何言ってんだ」
俺が恐る恐る下を見ると、すぐ横に腕があった。上腕を支えにして、肘から先がすっくと立っている。
「うおぉぉ!?腕!!怖え!!」
「もーおじさん失礼だよ!」
「小僧の方がよっぽど大人だな」
「いやそんな照れます」
腕に向かって、ゆきとがわざとらしく照れているので、思わず頭を鷲掴みにしてしまった。
「俺はもう、こんなお化けのびっくり箱みたいなところは嫌だ!!」
「あーんもー!ひとまずここの机の方はお偉方だから、挨拶してよぉ」
「お偉方…!?」
俺が改めてテーブルについている面々を見ると、そいつらは俺をじっと見ていた。
「人がここにくるとは、何十年振りか?いや何百年か?」
「さぁ、しかし礼儀知らずな奴め」
「どれ、ちょっとかじってやるか」
俺は目をこすった。机には三人?いる。
どう見ても岩の塊みたいな奴。でかい蛙みたいな奴。唯一人型なのもいるが、かじってやると言ったのはこいつだ。意外と現代人ぽいのに。
俺はこの三人に素早く土下座した。プライドなんて関係ない。食われるのは嫌だ。
「失礼しました。これをどうぞ」
すかさず、焼き鳥などが入ったパックを差し出す。
「おじさん…」
「あんた、おもしれー」
男はけらけらと笑っている。こいつも失礼だと思うのだが。
「ふむ。うまいうまい」
「これでチャラにしてやるか。桜の枝も持っているし、あやつの顔を立ててやろう」
「しかたねーな」
岩みたいなやつはどうやって食っているのかわからないが、気に入ってくれたようだ。
「よし、この隙に帰るぞ!」
「まぁ待て。人なぞ久しぶりだ。ゆっくりしていけ」
「えぇ!」
「おじさん。桜の精が来るまでいたほうがいいよ」
「食われたくない!!」
「この席にいれば大丈夫だってば」
俺はぐるりと周りを見回した。そういえば、この席の周りにはあまり客がいない。それだけ大物だと言う
ことなのだろうか。
「そ、そういうことなら…」
「俺もここにいよーっと」
男はすかさず俺の隣に座り込んだ。
「お前は腕を連れて帰るんじゃなかったのか?」
「桜の精を拝んでからでもいいかなーと思ってさ」
「ただのちっさいねーちゃんだろが!美人だけど!」
「あー、あんた見たことないんだ」
「どういうことだ?」
その時、ふわりと桜の花が舞った。花弁がはらはらと散る中、桜の精が姿を現した。
「あ…!」
「おや、こんなところに人の子が。やるのう、おぬし」
「桜の…?」
「そうじゃ。美しかろう?」
「確かに!!こんな美人見たことない!」
「ふふ。世辞ではないの。良い気分じゃ」
俺の目の前に姿を現した桜の精は、人形サイズではなく等身大の人型だった。
きちんと髪を結い、桜のお掻取を着ている。小人サイズでも美人だと思ったが、人型サイズだと迫力が違う。
「ねーおじさん。見れて良かったでしょ!」
「おう…」
「それにしても、お山からはるばるようこそ。人と同席するとはどういう風の吹き回しじゃろうの?」
桜の精は、上座の三人組に声をかけた。
どう見ても岩な奴がゴゴッと向きを変える。あ、一応正面とかあったんだ。
「うむ。捧げものがあったのでな。この丸いのが旨い」
「なるほど。おぬしうまくやったのう。うっかり食われてもおかしくなかったぞ」
「まじっすか」
俺はちょっとしょげてしまった。こいつらやっぱり人を食うこともあるのか。妖怪怖い。
「まぁ良い。わらわはこれから挨拶回りじゃ。おぬしら食われぬようにして帰れよ」
「了解っす」
「…腕のは、まぁ大丈夫じゃろうけど。おぬしがいると怯えるものがいるから、長居はするなよ」
「わかってますよー」
腕の男はへらりと笑みを向けた。どうやら顔見知りらしい。ますます謎だ。
桜の精はそれを一瞥すると、しゅっしゅっと下座へと歩いていき、テーブルごとに声をかけはじめた。なかなかマメな御仁だ。
桝の酒を飲みながら、俺はその様子を眺めていた。だが、下座で悲鳴が聞こえ始めて、にわかに空気が変わった。
「あーやばいかも…」
男が素早く左腕をつかんだ。
「おい、乱暴にするな」
「ごめんごめん。でも、俺食われたくないからねー」
「え!?何!?」
「おじさんこっち来て!」
ゆきとは岩の奴の陰に俺をひっぱりこんだ。
上座の三人はあまり慌てていない。
「おやおや、無粋な奴が来てしまったか」
「あっちで何匹か食われとるな」
「しょーがねー奴だなー」
「む?珍しく奥に来るようだな」
「桜のはどうしとる」
「あいつがやられちまうと、来年ここらの桜咲かねーぞ。おーおー、頑張って避難させてるな」
なんだか物騒なことを話している三人だが、助けに行く気は無さそうだ。
「ゆきと、どういうことだ?」
「うーん。食欲旺盛な奴が来ちゃったみたい」
「そーそー。ていうか、俺とあんたがいい匂いだからこっちに来てるのかも」
「まじかよ!」
その時、岩の奴がまたゴゴッと動いた。どうやら俺たちの方に向いたらしい。
「そうだ。こやつらを食ったらあいつも落ち着くだろう」
「そうだの。食いではありそうだ」
「間違いねぇな」
「あっそういうこと言う!?」
俺が焦って立とうとした瞬間。俺とゆきとと腕の男は、食欲旺盛な奴の前に一瞬で放り出されてしまった。
「ぎゃー!?あいつら一飯の恩を忘れやがって!!」
「おじさん!立って!」
「あーやられたねー。俺ら生贄扱いだよね、これ」
腕の男は左腕にぶつぶつと文句を言っていた。それにバリトンボイスが返している。
「全く、俺まで巻き添えか。あいつらめ…」
素早く『食欲旺盛な奴』から距離をとって、改めてその姿を見るが、どう見てもそれはモグラだった。普通のモグラと違うのは、まず大きさ。バスくらいある。体からはにょきにょきと這いずる何かが出ている。そして、目はない。
「可愛くねー!」
「おじさん!そこじゃないでしょ!」
「俺は、割ともふもふしたやつは好きなんだけどな!」
「あんた、やっぱちょっと変だよねー」
腕の男は、呆れたように俺を見つめると、つかんだ腕に話しかけた。
「ちょっと、あいつどうにかしてきてよ」
「俺に命令するな」
「何のために契約してんだよー。頼むよ、左門」
「しょうがない」
俺は期待してそのやりとりを見ていたが、左門と呼ばれた男の左腕はするするとモグラに近寄っていくと、あっさり食われてしまった。
「あ!食われてるよ!あんたの腕!」
「あっはっはー」
男はへらへらと笑うだけだ。周りでは悲鳴を上げながら逃げている妖怪たちがたくさんいた。俺は、その中で気になるものを見つけてしまった。
「ネズミ…?」
だがそれは大きめの猫くらいの大きさがある。着物を着たえらく白い大きなネズミが三味線を持って右往左往しているのだ。その後ろには、同じような大きさのネズミが二匹慌てている。さっき何かの演奏をしていたのはこのネズミたちだったのだ。
「何あれ可愛い!」
「え!?おじさん!ねずみだよ!?」
「白いもふもふだ!」
「あーあのネズミは御使いだなー、桜の精が借りてきたんだな」
俺たちがのんびりそんな会話をしていると、モグラはもうすぐそこまで迫っていた。
「ぎゃあ!食われる!ネズミさんも危ない!」
俺は三匹のネズミを抱え上げた。思ったより重い。ネズミたちは怯えて震えている。
「ちょっとおじさん!僕のこと気にしてよ!」
「お前は自力で逃げれるだろ!」
机をなぎ倒し、毛氈を引き剥がしてモグラは迫ってきた。