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僕を花見に連れてって

よろしくお願いいたします!

日中は随分と日差しが暖かく感じられるようになってきたものの、朝晩はまだ冷え込む。春服を着たいが、まだ寒いというジレンマに陥る季節だ。


(あーようやく春がきたんだなぁ…)


俺はしみじみと窓から外を見ていた。


「ねぇねぇ、どっか連れてってよぉ」


(そういえば、こたつしまわないとなー)


「ねぇねぇ、ねぇってば!!」


俺は近くのコインランドリーの検索をした。クリーニングに出すのはもったいないと思ってしまう庶民だ。


「もぉ~おじさん!!聞いてるの!?」


検索結果では、徒歩十分くらいにコインランドリーがある。


(よし。ここにしよう)


「どこか行こうよぉ!」


俺は、足元に纏わりつく少年の頭をわしっとつかんだ。


「あーうるさい!ほれ!出かけるぞ!」

「ほんと!?」

「コインランドリーだけど」

「えー!?それ違うじゃん。遊びじゃないじゃん。ただの用事じゃん」

「うるっさ!出かけるんだからいいだろー!?」

「やだやだ、僕はどっかに旅行したいのー!!」


俺に散々ねだってくるのは、小学生くらいの男の子。行人だ。

俺を「おじさん」と呼ぶこいつは、甥でもなんでもない。赤の他人かと言えばそれも違う。


なんとゆきとは妖怪なのだ。


大勢の人間の「あーどっか行きたい」という『旅心』がどうにかなって、生まれたらしい。

俺はこの前、ゆきとに言われるがまま日本海側に旅行したが、まぁ悪くは無かった。

そして、その時に俺はこいつに名前をつけてやったのだ。

それ以来、こいつは俺にどこかに行こうと四六時中つきまとう。

別の人間のところに行けと言っても、俺の近くは居心地がいいと出て行かない。

そんなこんなで俺はここしばらく、この小さな少年姿の妖怪に悩まされている。


「ひとまず行くぞ。旅は、住んでいる所を離れて、よその土地を訪れることなんだろ?」

「えー?もーしょうがないなー」


ぶつくさ言いながらもついてくるのだから可愛らしいが、そもそも社会人はそんなに簡単に旅行に行けない。そこはわかっているらしいので、見知らぬところへ行くということだけでもなんとか許してくれるのだ。


今日は休日。コインランドリーにも、そこそこ人がいる。しかし、それぞれスマホや雑誌を見て時間を潰している。ガーッという洗濯機の音以外は静かなものだ。


「ねー、まさかずっとここにいるつもり?」


俺もスマホでもいじろうかと思っていたのだが、ゆきとはご不満らしい。


「なんだ?散歩でもするか?」

「そのほうがいい…」

「でも、洗濯が終わったら次は乾燥しなくちゃいけないから、そんなに遠くまではいけないぞ」

「いーよぉ、それでも!!!これ以上同じところにいたら、もう僕死んじゃう!」

「大げさな…」


俺はゆきとに手を引かれてコインランドリーを後にした。ひんやりと冷たいゆきとの手を握ると、こいつはやっぱり人間じゃないんだなと思う。


ゆきとは目的もなく歩いているように見える。だが、こいつには何かいいもののところに導く能力があるらしい。さすが旅心の妖怪だ。


「おー?」

「あっ」


住宅街にぽっかりと空いたスペースに公園があり、そこに桜の木が植わっていた。

三分咲きといったところだろうか。


「桜だー!!」


ゆきとはぱたぱたと走っていってしまった。


(咲き始めの桜なんて久しぶりだなー…)


膨らみかけの蕾がまだたくさんある。満開になるとそれはそれは美しいだろう。

俺だって日本人。桜は好きだ。

だがここ数年は、ニュースで「桜が咲きました!満開です!」の言葉と映像を見るだけだった。


「へぇ、こんなところに桜なんてあるんだなぁ」


ゆきとは幹の近くにあるベンチに乗って、少しでも花を近くで見ようとしている。


「おい、落ちるなよ」


そう言った先から、ゆきとは足を踏み外してお尻から落ちた。


「いたーい!!」

「あー言ったこっちゃない。お前は妖怪だろ!とろすぎる!」

「うるさいなぁ。ちょっと興奮しただけだもん!」

「うるさいのはお前だぞ、ゆきと!」

「ふむ。お前らはどちらもうるさいの」

「ほら見ろ、ご近所迷惑だ!すみません、うるさくして…」


俺がくるりと声がした方を振り返ると、誰もいなかった。

ただ桜の木がしんと佇んでいる。


「え、何、今の声」

「…あ」


ゆきとが中空を見て、ぽかんと口を開けている。


「やめろよ、ゆきと!何かいるのか!?」


俺は幽霊とかが苦手だ。ゆきとはもうなんかどうでもいい。


「騒がしいの。珍しく若い妖怪がいると思えば、人の子といるのかえ」


声は頭上から聞こえてきた。はっと上を見ると、なんと小さな少女が枝の間にいるではないか。人形サイズだ。

ゆきとは目を見開いて、その人形サイズの少女を見ている。


「桜の精だー…」


ゆきとのぽかんと呟いた言葉が俺の耳に届くが、俺はその少女に目が釘付けになっていた。


(人形サイズの桜の精だと…!?超美人じゃないか!!)


長い桜色の髪に鳶色の瞳。目尻の目張りと唇の紅が美しい。

そして、彼女は桜の精らしく、淡い桜模様の着物を着ていた。


「いかにも。わらわは桜の精よ。正確に言えばソメイヨシノの精じゃの」

「は、はじめまして。旅心のゆきとです」


ゆきとが丁寧に頭を下げた。俺に対する扱いと違うのはなんでだ。


「うむ。昨今では新しい妖怪なぞ、そうそう生まれんからの。珍しくて出て来てしまったのじゃ」

「僕、ついこの間生まれたばかりです」

「しかも、お前、もう『名付き』とは。その人の子が名付け親かえ?」

「そうです」

「なるほど。それでそんなに姿を保てるのじゃな。人間に認識されないと力の弱い妖怪はすぐ消えてしまうからの」


それを聞いて、やっと俺の脳みそが活動を始めた。


「なんだって!?」

「おじさん、あの時名前くれてありがとね!」

「俺は自分で自分の首をしめたのか!」

「僕、おじさんのそういうところ好きだよ」

「嬉しくない!」

「うるさいの」

「「すみません…」」


俺とゆきとがしゅんとすると、桜の精はくっくっと笑っていた。


「珍しい。人間と妖怪がこれほど仲が良いとは」

「仲良くない」

「え?僕たち仲良しだよね?」

「ふふ。おもしろい奴らがいたものよ。まぁ、昔はもう少しそなたらのように人間と妖怪が交流していたものじゃ」

「そうなんですか?」

「おう。よく人間が夜道で化かされたり、食われとったりしていたの」

「それは交流じゃない!」

「まぁよい。人の子よ、もうすぐ桜の花が盛りじゃ。そのゆきととやらが食われないように様子をみてやれよ」

「え…?」

「花見に来るのは何も人間だけではない。古くからの妖怪も来るのじゃ。その中には妖怪が好物な奴もおるから用心せいよ」

「えぇ!?ゆきとを外に出すなってこと!?」

「僕、耐えられないよ…」

「だが、花の盛りを見ないのも無粋じゃ。わらわの本気はすごいからの!近々、河原の桜並木の近くで祭りがある。見に来ると良い!」

「気を付けろって言っといて、ものすごい矛盾だな!」

「怖いけど、僕行きたい!」

「おいゆきと、お前食われてもいいのか!?」


桜の精はにっこりと笑っている。


「うむ。ここで知り合ったのも何かの縁じゃろう。これをやる」


ぱきんと音がすると、桜の枝が手に落ちてきた。二本ある。


「祭りに来るときは、その枝を離すな。お守りじゃ」

「これで、危ない妖怪は来ないのか?」

「やった!」

「これは、わらわのお気に入りであるという印じゃ。あくまで気休めじゃが、無いよりマシじゃろう」

「えー最強のお守りゲットかと思ったのに…」


俺がしげしげと枝を見つめると、桜の精は小首を傾げた。


「ゆきとも妖怪なのじゃから、祓うようなものだと危ないからの」

「え、祓えるの!?それください!」

「おじさんひどい!」

「そろそろ、わらわは他も回らなければ。この時期は忙しいのじゃ。ではな」


そう言うと、桜の精はふっと消えてしまった。


「消えたぞ!」

「多分、このあたりの桜を回るんだと思うよ」

「へー…」


俺は手の中の枝を見つめた。七つついている蕾はまだ硬い。胸ポケットに入れて、俺たちはコインランドリーへ戻ることにした。


ふと、さっきは見落としていた、ちらしに気が付いた。


『河川敷桜祭り 〇月〇日~〇月〇日 夜はライトアップも!出店もあるよ!』


ずっしりと思いこたつ布団を乾燥機に押し込み、俺はチラシを手に取った。


「ふうん。本当に祭りがあるんだなー」

「絶対行こうね、おじさん!これも旅行にカウントするから!」

「お前、食われるかもしれないのに、よくそんなこと思えるな」

「え、だって、旅行に危険はつきものだし…旅行保険とかあるじゃん」

「近所の祭りで命の危険があるやつはお前くらいだぞ」

「えー?そこはおじさんに守ってもらうから…」

「俺は妖怪相手にどうすればいいんだ…」

「大丈夫だよ!お守りもらったし、ちょっと行って帰ってくればいいじゃん!」

「あーもー俺は知らないぞ」


その祭りは、来週から始まるらしい。

ゆきとはチラシを持って弾んだ足取りで帰って行った。



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