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僕を旅行に連れてって 4

ちょうど昼食がまだだったので、ここでとってしまうことにした。

俺は焼きイカやほたて、とうもろこしなどを買うと席に着いた。宿で海の幸はいただけるはずだが、目の前にすると耐えられない。これはこれで美味しそうなので良しとしよう。

ゆきとは嬉しそうに焼きイカに手を伸ばしていた。


「おいしー!ぷりぷり!」

「お!うま!」


焼き立てということもあるが、香ばしくてとても美味しかった。

ゆきとは満足そうにお腹を撫でると、にっこりと言った。


「じゃあ崖を見ようか!」

「やっぱ行かなきゃダメ?」

「何のためにここに来たのさ!」


崖に近づくと、ごうと風が吹いてきた。さすが日本海。海の荒々しさは見事だった。

入り組んだ崖が続いている。

俺が海の風景に見とれていると、ゆきとがすっとある方向を指差した。


「ちなみに、さっき言ってた流れ着く場所はあのへんだから」

「聞きたくなかったな!!」

「大丈夫だよ、何かいても僕が追い払ってあげるよ」

「いるのか!?」

「…………」

「車に戻るぞ!!」


あまりに風が強いので少し体が冷えてしまった。ゆきとはさすが妖怪ということなのか、へいちゃらだと笑っていた。


「ねぇねぇあっちにも行ってみようよぉ」

「あっちって?」

「ほら!パンフ貰ってきたんだよ」

「なんてちゃっかりしてるんだ…」

「大体、観光地は抱き合わせで巡って欲しいからこういうものが置いてあるんだよ」

「夢が無くなるからやめろ!」

「まぁまぁ、それで、ここ見てよ」

「ふうん。島に渡れるのか」

「そう!赤い橋が綺麗じゃない?」

「天気もいいし、行ってみるか」

「わーい!」


車を走らせると、思いのほかすぐ着いてしまった。

長い橋がすっと島まで伸びている。日本海の暗い色彩の海に朱色の橋は赤々と美しかった。

なんだか神秘的なのに、釣り人もいてのんびりした雰囲気ではないか。


「島まで行こう!!」

「おい、落ちるなよー」


ゆきとははしゃいで走り出した。それを見た近くの釣り人が声をかけてくれる。


「はは、元気なお子さんですね」

「いや、困ったもんです」


あ、ちゃんと見えてるんだと俺はひやりとしながらゆきとを追った。

橋の半ばで、俺はやっとゆきとに追いついた。

ざざんざざん、たぷたぷたぷと波の音がする。


「はーすぐ下が海だなー」


俺は欄干に手をかけて下を覗き込んだ。


「おじさん。気を付けてよ。手が伸びてきて引きずり込まれちゃうよ」

「ぎゃあ!?」

「冗談だよぉ」


くすくすと笑うゆきとは小さな声で「噂はあるけどね」と言った。


俺が顔色を悪くしたのを見ると、ゆきとは島へと俺の背を押して歩き出した。


「もーおじさん怖がりすぎだってば!!島には神社もあるから、心配なら拝むといいよ」

「そ、そうなのか?」


俺は島に着くと全力でお祈りをした。


「…怖がりすぎじゃない?」

「神仏は大事にしないとな…」

「普段そんな事しないくせに」

「いいんだよ!気の持ちようだ!」

「はいはい。この島、一周できるみたいだから行こうよ」

「お、おう」


島はそんなに大きくなく、さくっと二十分ほどで一周できるようだ。

遊歩道はあるがぼこぼこと自然のままに思えるところもある。なぜかはずれのほうにも釣り人がいるのが見えた。彼らは行けるとこには行ってしまうらしい。

すんなり回って、橋まで戻ってくるとゆきとがにっこり笑っていた。


「何もなかったね?」

「は?」

「今、僕たちどっち周りした?」

「え…と、時計回り…?」

「ね?大丈夫だったでしょ?」

「どういうことだ!?」

「反時計回りは…」

「それ以上言わなくていい!!」

「えー聞いてよぉ」

「帰るぞ!」

「もったいなーい。パワースポットとかも言われてるのにぃ」

「いいんだ!十分堪能した!次は宿だ宿!!温泉!」

「もー俗物的だなぁ。最後に言っていい?」

「な…なんだよ」

「遺体が流れ着く場所って、この島のあたりなんだよね」

「…………!!!」


帰り道に「そこのトンネルのさぁ」と言ってきたゆきとを黙らせて、俺は宿へと車を走らせた。


温泉地であるというそこは、旅館がたくさん並んでいた。

ほかの観光客が浴衣姿で街を散策しているのも見える。土日だからか、人が多く来ているようだ。

ちょうどチェックインの時間なのだろう。宿には、ひっきりなしに車や観光バスが出入りしていた。


その一つが今日泊まる宿だ。

ゆきとが選んでくれた宿は、少し古そうだがきちんと掃除されている。ゆきとといえば、今は姿を見えないようにして俺の近くでうろうろしていた。一人分で予約してあるので姿が見えるのまずいのだ。

仲居に部屋に案内され、一通りの説明を受けると、ゆきとは俺が入れてもらったお茶をすすった。


「けっこういい部屋だよね?」

「あぁ、十分だよ」

「温泉、つかってきたら?」

「ゆきとは?」

「僕がいきなりおじさんについて回ると怪しまれないかな?」

「まぁ、脱衣所まで姿隠してりゃバレないだろ」

「そうだね!」


温泉は源泉かけ流し。熱い湯につかると移動で疲れた体に染み渡った。


「ぁぁぁあああ~~」

「そういう声がでるのって、おじさんの証拠だよね」

「うるさい!おじさんだからいいんだ!」

「僕はまだ生まれたてだから~」

「腹立つ!!」


風呂から上がると、少し休んだら食事の時間だ。

部屋食にしてくれていたため、そのまま移動しなくていいというのはありがたい。

食べきれないほど海の幸がやってきて、こっそりゆきとにもやったが十分満足できる量だった。

もう一度温泉に入って部屋に戻ると、しっかり布団が引いてある。

ふかふかの布団にダイブすると、とたんに眠くなってしまった。ビールを三本も飲んだのが回っているらしい。


「おじさん?もう寝るの?」

「うー眠い…」

「ちゃんと布団かけなよぉ」

「あー悪い悪い…」

「朝も温泉入るんだよね?」

「んー…せっかくだからなぁ…」

「じゃあ、また起こしてあげるね」

「頼んだ…」


俺はそれきり意識を手放した。長距離の移動に観光に、思ったより疲れていたらしい。

でも、こんなに満足して眠るのは久しぶりだ。心地よい睡魔が襲ってきて、夢も見ずに俺は眠った。


朝、ゆきとのよく響く声で起こされた。


「おじさん!温泉!!」

「うるさ…」

「行くでしょお」

「行くとも…」


ずりずりと布団から這い出ると、ゆきとがつんつんと俺の頭をつつく。


「早く!」

「ちょっと待て…」


疲れが取れきっていないようだ。年は取りたくないもんだ。

温泉につかってようやく目が覚めた。きりりとした朝の空気の中で温泉は格別だ。

朝食も、旅先では何故がいつもより食が進む。おかわりまでしてその宿を後にした。

少し温泉街をぶらぶらしたあと、俺は駅に向かった。

帰りは早めに帰りたい派なのだ。

ゆきとは文句もなくしゃべり続けている。


新幹線に乗り、家に近づいてくるとなんとなく残念な気持ちと、早く家に帰りたいという気持ちが湧くのだから不思議なものだ。


乗り継いで近くの駅に着き、てくてく歩いていると、もう夕方になっていた。

ゆきとは嬉しそうに俺の隣を歩いている。

そうして歩くこと十五分。懐かしのわがアパートに着いた。

俺は部屋にはいるとどさっと荷物を置いて伸びをした。


「あーやっと着いたー!!」

「楽しかったねー」

「うん。本当に楽しかったわ。ゆきとのおかげだな!」

「でしょ?」


ゆきとは、玄関から俺に声をかけている。

俺はカバンを開けて、洗濯物やお土産を取り出した。


「ゆきと、あがれよ、疲れただろ…」

「おじさん、満足した?」

「え…?」

「楽しかったよね?」

「もちろんだけど…」


俺は、ゆきとを見つめた。ゆきとはにっこりと笑っていた。


「旅心、満足したよね」

「お、おう…」


どうして家に入らないのだろう。なぜゆきとは笑ってそんなことを言うのだろう。


「ゆきと…」

「おじさん、僕も満足したよ。とっても楽しかった」

「ゆきと…!?」

「ね?やっぱり、僕とおじさんが満足したら離れるみたいだ」


ゆきとの体は、いつの間にか透けて来ていた。

ふわりと空気に溶けていく体を、興味深そうにゆきとは見つめていた。


「ゆきと!体が…!!」


俺が手を伸ばすと、ゆきとの体をすっと通り抜けてしまった。


「もう、さよならみたい。ありがとう、おじさん」


ゆきとが最後にそう言うと、そこにはもう何も残らなかった。

あまりにもあっけないお別れに、俺は呆然とゆきとがいた玄関を見つめた。


「なんで…」


急に消えてしまったゆきとが、どこかにいないかと部屋を見回すが、ゆきとの姿は見えなかった。

まるで夢のように消えてしまった。もしかしたら疲れた俺の見た夢だったのかと思ったが、がさりと足に触れたお土産に気が付いた。

ゆきとにねだられて買った干物だ。なんて渋い選択をする子供だと思ったが、奴は妖怪だった。


「本当に妖怪だったんだなぁ…」


まさか目の前で消えると思わなかった。そういえば、現れた時もいきなり目の前にいた気がする。

ゆきととは、ほんの数日一緒にいただけなのに、いなくなった今、やけに静かに感じる。

俺がどこかに行きたいと思ったから現れた『旅心』の妖怪。

俺の旅心を満たすと消えてしまった、ゆきと。


俺は、ふっと笑みを漏らしてスマホを手に取った。

写真でも残っていないかと思ったのだが、景色しか撮っていなかった。

撮ったところで、映ったのかどうかは分からないが、誰かに撮ってもらえばよかったと思った。

俺の隣に不自然に空いたスペースに、きっと懐かしく思うはずだから。


俺はこきこきと首を鳴らしてため息をついた。

旅行から帰ってくると、どうしてもまた次のことを考えたくなる。


「あーぁ、またどっか行きてえな…。な、ゆきと…」


そう一人でつぶやくと、急にぎゅっと後ろから抱き着かれた。


「ぎゃあ!?」

「呼んでくれて嬉しい!じゃあまた行こうよ!おじさん!!」

「な!?ゆきと!?」

「旅心ってそう簡単に無くならないよね!!それに、おじさんは僕の名付け親だし!」

「はぁ!?もう勘弁してくれ!!」


うん。やっぱり、こいつに関わると苦労するって思ったんだ!!


「ね!だから僕を旅行に連れてって!」



読んでいただきありがとうございました!!

私も旅行に行きたいです…

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