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僕を旅行に連れてって 3

帰るや否や、彼はタブレットで旅行先を検索し始めた。


「えーと一泊二日…行けるとしたらこの辺までだよねー」

「おい、あんまり遠いとこにするなよ!?」

「大丈夫!僕の力があれば宿が無いとか席が無いとか渋滞とかは回避できるから!」

「今見てるのは…おいおい、日本海側か!?」

「やっぱり、がつんと遠くに行った方が、旅行って感じがするかと思って」

「なんだよ朝言ってたことは!!」

「はいはい僕が悪かったよ。許してにゃん」

「腹立つ!!」


彼はすいすいとタブレットを操作しづつけている。


「んーとじゃあ、新幹線はこれで、ここで乗り換えね。往復でとっちゃったほうが安いからそうするね。後は、もしかしたら現地でレンタカーかな。免許持ってるよね?」

「持ってるけど、ちょっと待て!」

「行先は、ここね!お宿は温泉にしたよ!夕食は新鮮な海の幸!いいでしょ?」

「まさかもう申し込んだのか!?」

「完璧だよ!」

「まじか!」


どうやら旅心の妖怪としての力を侮っていたようだ。

プランニングから手配まで三十分ですませてしまった。


「明日は、早起きしてね!」


彼はにっこりと笑うと続けてタブレットをいじっていたのだった。


翌朝、俺は良く響く声で起こされた。頭ががんがんする。

昨日は慌てて旅行の準備をしたので寝るのが遅くなってしまったのだ。


「えっおじさんなんでドライヤーなんていれてるのさ」

「ばかっ!この機能があるドライヤーなんてないかもしれないだろ!?」

「それに、こんなに充電器いらないよ」

「もし、なくしたらどうするんだ!」

「歯ブラシセット…宿にあると思うよ」

「無いかもしれないじゃないか!」

「え…なんでパジャマ持ってくの…?浴衣があるのに…?」

「おれはスウェット派なんだ!」

「それに、こんなにお菓子持って行っても食べられないと思う」

「移動するときに食べたいだろ!?」


こんな感じでちゃちゃを入れて来るので遅々として進まなかったのだ。

まったく。妖怪は人間の機微に疎いから困る。

寝ぼけ眼で彼を見ると、待ちきれないとでも言うようにそわそわしていた。


「おはようおじさん!さ!早く着替えて!」

「ったく、遠足前の子供かよ…」

「旅行前の妖怪ですぅ!」


男の準備なんて大したことは無い。

よそ行きのTシャツにジャケットを羽織って、髪を簡単に整えると完了だ。


「おじさん急いで!新幹線に乗り遅れると面倒だから!」

「急かすなよぉ」


俺は、鏡の前で最後の前髪チェックをすると、念入りに戸締りをして出発した。

やはり、久しぶりの旅行に浮足立っているのだろうか。心なしか荷物も軽く感じた。

そして、俺は違うのは気分だけではないことに気が付いた。


「あれ、今日は花粉少ないのかな」


妙に目も鼻もすっきりしている。彼はあっと気が付いたように俺を見た。


「旅行の間だけ、体調完璧にしといたから!」

「最高か!」


俺は無事に新幹線に乗ることができた。

新幹線なんて乗るのは久しぶりだ。走り始めて、独特の滑らかな走り心地に胸が躍った。

彼も、うきうきとした顔で窓の外を眺めている。

俺は、カバンを開けて中を探った。


「ん…?」


中身が少ない気がする。おかしい。


(あれ、ドライヤーがない。あれ、あれもこれもないぞ!?まさか!)


焦って彼を見ると、彼は呆れた顔で俺を見ていた。


「あのね、絶対いらないし使わないやつは出しといたから」

「なんだって!?」

「荷物は軽いに限るよ。もー!おやつはちゃんと入ってるから探してみて」

「あっほんとだ」


俺はばりばりと袋を破ると菓子を口に放り込んだ。途中で買った炭酸飲料を飲めば、旅行感が高まってくるではないか。本当はビールを買おうとしたのにレンタカーを運転するかもしれないからと止められてしまったのだ。でも炭酸も悪くない。


「あー、この今から向かうって感じ、悪くないな」

「だよね!」


俺は、なんやかんや彼としゃべりながら、旅路を楽しんだ。

だが、彼は人から見えないので、近くの乗客は大層恐ろしい思いをしていたと気が付くのは目的地に着く寸前だった。


「…俺、君が見えないってこと忘れてたわ」

「うん。やけに饒舌だとは思ってたよ」

「言ってくれよ!!」

「えーだって僕もおじさんとおしゃべりしたいし」

「うぐ」


小首を傾げるのがあざと可愛いこの彼は、まったくなかなか強かな奴だ。

妖怪なのだから当たり前か。

目的の駅に着くと、彼は俺に向かって手を広げた。


「ぱぱーん!!じゃあ、ここで選んでください!行きたいツアーはどっち!?」

「宿は決まってるんだよな?」

「うん。宿に行くまで、ちょっと観光でもしようかと思って」

「なるほど」

「じゃあさっそく。伝統ある町を歩くツアーか自然満喫ツアーかどっちがいい?」

「うーん…自然満喫かな…どうせなら」


俺は街の様子を思い浮かべて眉を寄せた。どうせなら全く違う雰囲気を味わいたい。


「自然満喫ツアーね!じゃあ海か山、どっちがいい?」

「海!せっかく日本海側だし!」

「わかった!じゃあレンタカー一択だね!」

「はぁ!?」

「田舎を舐めちゃいけないよ、おじさん。効率よく回るには、これが一番なんだ…」

「なんだよそれ!!」


俺は渋々レンタカーを借り、ナビを設定しようとしたが、彼に止められてしまった。


「僕が案内するから大丈夫だよ」

「君すごすぎない?」

「まかせて!」


彼は自信満々に胸を叩いた。

か、俺たちはどうやら迷っている。確信したのはついさっきだ。


「…えっとー多分、次を右」

「多分てなんだ!迷っただろ!」

「まぁ、これも旅の醍醐味だよね!!」

「このやろう!」


しかたなく、やたら広い駐車場のホームセンターに車を停めると、ナビを設定することにした。


「ほら、目的地を言ってくれ」

「むぅ。着いてびっくりさせたかったのにぃ」

「しょうがないだろー」

「じゃあここね」


彼がぴっぴっとナビを操作していく。示されたのは、とある崖の景勝地だ。


「崖!?」

「そう!眺めが良くて最高だよ!驚かせたかったなぁ」

「そうなのか…」


彼は残念そうに口をとがらせているが、車が走り出すと饒舌にしゃべりはじめた。


「えっとね、この場所は日本でも珍しい地質でね!!」

「お、おう」


そこからたっぷり十五分は地質学的なうんちくを聞かされた。

ようやく終わるのかと思っていたら。


「…学術的なのはこの辺にして、オカルト方面もいってみよーか!!」

「は?何オカルトって?」

「もーおじさんは鈍いなぁ。崖と言ったらサスペンス!そして飛び降り自殺じゃないか!」

「偏りすぎだ!!」

「やっぱりその手の噂もいっぱいあってねー」

「やめろ!!」

「…崖から飛び降りると水面にどぼーんと行くと思うじゃない?」

「え、いかないのか?」

「地形的に、途中で岩にぶち当たるんだって…すごく痛そうだよね?下手すると中途半端に怪我して海に投げ出されて苦しみながら…」

「お、おぉ…」

「大丈夫!命を大事に!みたいな看板あるし!」

「まじか…」

「でも、今でも飛んでる人がいるらしいよね!」

「うおおお行きたくねぇぇ」

「あと、その崖の近くに潮の流れ的に遺体が流れてくる場所があるらしいから、そこも行こうね!」

「絶対嫌だぁぁあ」


引き返そうとしたが、無情にもついてしまった。

だが、その場所のやけに明るい雰囲気に面食らってしまった。

派手な看板がいくつもあるし、店も並んでいる。海の幸を食べさせてくれるようだ。

完全に観光地と化しているではないか。


「な、な、なんだ。全然怖くないじゃないか」

「もーちゃんと教えたでしょ。ここって珍しい景勝地なんだってば。けっこう迫力あって綺麗だよ?ちゃんと観光客も来てるし」

「本当だな!うー焼きイカのいい匂いがする~!!」

「食べてみなよ!」

「そうだな!君も…」

「僕はいいんだって」


俺は、彼を見つめてしまった。俺だけ美味しいものを味わうのは悪いじゃないか。

旅の醍醐味の一つは美味しいものを味わうことだ。俺はそう思う。


「君、どうやったら食べれるようになるんだろう」

「え…気にしなくていいのに」

「何か方法はないの?」

「ん~…多分方法はあるよ」

「何?」


随分遠慮がちに言うから、黒魔術的な儀式でも必要なのかと思っていたら。


「名前」

「ん?」

「僕に名前をつけて」

「あぁそういえば名前がなかったな」

「多分、それで僕も実体化できるようになると思う」

「そんなことでいいのかーじゃあちょっと待って。それって個人名?」

「うん。僕個人につけてくれる?」


うーん。名付け親になるってことだよな?責任重大だと考えこんでいると、彼がつんつんとつついてきた。


「えっと。まだ?」

「名前だぞ!?これからずっと使うんだから、いい名前にしないと!!」

「親か!」

「名付け親だろ!えっとーじゃあ、とりっぷ君!」

「やだ」

「りょこう君!」

「まんまじゃん」

「たび こころ君!」

「どっかの子役みたい」

「なんだよーめちゃくちゃ文句いうじゃん」

「いい名前考えてるって言ったよね!?」

「考えてるよー俺のセンスに文句言うなよ」

「いや、お願いだから普通な感じのやつつけてよ!」

「んーじゃあ旅行の行の字に人をつけて行人。ゆきとでどう?」

「あっそれで…」

「それか旅に人で旅人。たびんちゅとかは?」

「ゆきとでお願いします」

「じゃあ決まりだな」

「おじさん。お前の名前は行人だって言ってくれる?」

「う?うん」


彼は口角を上げて俺を見ていた。あれ?いつか見たような…


『お前の名前は行人、ゆきとだ』


なんだか、ゆわんと目の前が滲んだ気がしたが、それは一瞬だった。


「もう一度僕を呼んで」

「ゆきと…?」

「はぁい!ありがとう、おじさん!」


そう言うと、ゆきとは俺の手をきゅっと握った。

ひやりとした感触だった。するりと何かを吸い取られたような気がする。


「ね?これでおじさんに触れるようになった!」

「ほ、ほんとだ…」

「食べ物もきっと食べれると思う!」

「てことは、今ゆきとは他の人にも見えてるってこと?」

「そうだね。影の薄い子供くらいには見えてると思うよ」

「なるほど。これでしゃべってても違和感ないな」

「あっそれ気にしてたんだ…」


俺だって不審者になるのは嫌なのだ。


旅行先のモデルはあります。とってもいいところです!

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