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僕を旅行に連れてって

一時ホラージャンルにおりましたが、ご指摘がありましたのでローファンタジーに移動しました!


不思議なことは、きっと思ったよりすぐ近くで起こっている。


いつもより早く登校した学校の教室。

街で見かけた仄暗い路地裏。

旅行に行った先のホテルの鏡。

綺麗な桜並木の木の陰。


それに、残業続きで意識が朦朧とした状態で乗った電車。


そんなところで、彼らはふと姿を現すのかもしれない。


俺は、がたんごとんと揺られる電車に乗っていた。もう終電近くで、人はまばらだった。

街から田舎へ。電車は俺を家へと連れて帰ってくれる。

駅についたら、そこから家まで徒歩十五分だけど。

俺は座席に深く腰掛けた。行儀悪いとわかっていながら、ずりりとお尻を前にずらす。

今日で何連続残業しているのか、もう忘れてしまった。


(あー…どっか行きてぇなー…もう行けるならどこでもいいわ…)


疲れすぎて、一日中寝ているのが最近の休日の過ごし方なのだ。

まったく。潤いも何もあったものじゃない。


俺はどんどんと寂れた景色になっていく車窓を見ながら、あくびをかみ殺した。

その途端、ぶえくしょんとくしゃみが出てしまった。

花粉症の薬が切れてしまったようだ。

目もむず痒くて、喉はいがいがしてきている。


職場近くの駅から、家の最寄り駅まで乗り換えなしで四十分。

そこそこの通勤時間だと思う。

ただ寝るには時間が足りない。だけど瞼がとっても重い。

俺はどうにか目を覚ますため、目をこすった。

とたんに、痒みが目を襲う。


(あーだめだこりゃ)


俺はごそごそとカバンを探った。この時期、目薬はいつも常備している。

ぽたぽたと清涼感のある液体が目を潤す。

しぱしぱと瞬きをすると、目の前にずいぶんと小さな子供が座っているのが見えた。


(あれ、いつ乗ってきたのかな)


こんな時間に珍しい。親がどこかにいるのだろうか。見た目は小学生くらいだ。

その子供は、物珍し気に車内を見回していた。


彼は、うりざね顔の、涼やかな目つきをしている。

じっと見ていたからか、彼とばっちり目が合ってしまった。


(しまった)


とたんに彼はぱっと顔を輝かせた。

俺はまずいと眉を寄せた。疲れているのに、人と関わりたくない。

しかもこんな時間にうろついている小学生だ。

渋い顔をした俺に、彼は声をかけてきた。


「ねぇ、これはどこにいくの?」

「…は?」


なんと、まさかの質問が来てしまった。


(それは、乗る前に確認するものじゃないのかな!?)


彼は全く気にせずに話を続けた。


「僕、いつのまにか、乗ってたの」

「え!?」

「これ、どこにいくか知ってる?」

「○○行だけど…」

「ふうん。そこっていいとこ?」

「さあ。俺も行ったことは無いけど…」

「おじさんはどこに行くの?」


おじさんと言われてむっとしたものの、なんでかわからないが、俺は彼と話を続けてしまった。


「俺は家に帰るんだよ」

「家って何?」

「え!?」


また、まさかの質問だ。


(え、この子ちょっとおかしいぞ?)


俺はじっとその男の子を見つめた。

小さな色白の顔に、すんなり伸びた手足。

でも痩せてはいないし、着ているものも汚れてはいない。

子供のホームレスかと思ったがそうではなさそうだ。


「君は…」


言いかけて止まってしまった。

聞きたい事がいくつもある。


親は?こんな時間に何をしてるの?どこに行くつもりだったの?

行先がわからないって迷子?


彼は、そんな俺を面白そうに見つめていた。

そして、座席に手をついて前のめりになり、首を傾げるとこう言った。


「隣座っていい?」

「…いいけど」


彼はぴょんと座席からおりると、その勢いでくるりと回って俺の隣に腰かけた。

それと同時にぐっと顔を寄せてきた。


「な、なんだ!?」


そのまま、ふんふんと匂いを嗅ぐようなしぐさをすると、彼はにぱっと笑顔になった。


「おじさん、いい匂いがする」

「なっに、匂い!?」


相手は小さな男の子なのに、どぎまぎしてしまった。


(いい匂いって、汗臭いだけだと思うんだが!?)


俺が何も言えずにいると、彼はまた車内を見るともなく見ていた。

ほかの乗客は、彼のことをなんとも思っていないのだろうか。

それを考えてはっとした。


(俺、不審者に思われるんじゃ!?)


小さな子供に声をかける中年男性。怪しまれてもおかしくない。

昨今はスマホで気軽に写真や動画が撮れるのだ。SNSに上げられてしまったらたまったものではない。

俺は焦って周りを見渡すと、何故か車内には俺たちだけしかいなくなっていた。


「どうしたの?」


彼は、にっと口角を上げて微笑んでいた。

とたんに、何か得体の知れない予感がした。


(なんだか、こいつに関わると苦労しそう!)


俺はそろりと目を逸らした。なのに彼はお構いなしに聞いてくる。


「ねぇ、この乗り物ってなんていうの?」

「は!?」


またもや、謎の質問だ。


「電車だけど…」

「へぇ」


ふむふむと頷いているが、一体どういうことだ。

じわりと汗がにじんできた。


(な…なんでこんなことも知らないんだ!?)


俺はだんだん怖くなってきた。小さな子供だというのに、彼からは何か不思議な気配がする。

喉が渇いて、知らず知らずのうちに生唾を飲んでいた。

そして思わず、疑問が口をついて出た。


「君は、何?」


言ってすぐに口に手を当てた。


(あれ、なんだ、何って。せめて『誰』だろ…)


そんな俺の疑問に、彼はぱぁっと顔を輝かせる。


「僕も、今そう思ってたところ!」

「えぇ~~~!?」


ちょっと待ってくれと頭をフル回転させた。


(自分でもそう思ってたってことは、この子まさか人間じゃない!?)


俺はまじまじと彼を見つめた。

近くで見ると小綺麗な顔をしている。シャープな顎からすっきり整えられた襟足と、桜色の頬。薄い唇にすっとした鼻梁。一重だけど印象的な瞳へ視線を移していくと、にっこりと微笑まれた。

俺は思い切り顔を引きつらせた。全く彼の意図が読めないのだ。


彼はふと気が付いたように、声を上げた。


「あ、僕ねぇ、多分人間じゃないみたい!」

「え!?は!?」

「うん。なんか少しずつわかってきた!」

「何が!?」

「どうしてここに出てきたのかもわかったよ!」

「どういうこと!?」


全く、全然、これっぽっちも話がつかめない。頭がおかしくなりそうだ。

いやもうおかしくなってるかも。

彼はそっかそっか~と一人納得しているようだ。


「ちょっと待ってくれる?おじさん全然わからない…」

「あ、ごめんね。今説明するね」

「え」


説明されたら引き返せなくなりそうな気がして断ろうと思ったのだが。


「僕ね、妖怪なの」


とんでもない答えが返ってきてしまった。

俺は、そうとう変な顔をしていたらしい。


「おじさん、それ何の真似?」


彼はきゃははと笑っていた。

呆然としたまま疑問を口にする。


「よ、妖怪?」

「そう。妖怪」

「それにしては現代っ子な…」

「うん。だってさっき生まれたばっかりだからね!」

「え?」

「おじさん、さっき『どこかに行きたい』って思わなかった?」

「え…そんなこと…」


ない。

と言おうと思ったが、思い出した。

電車に乗り込んで座ってから、すぐにそう思った気がする。


「思ったかも…」

「ね?僕、それで出てきたんだよ」

「どういうこと!?」


全然わからないんだけど、これは俺の理解力が足りないのか!?

彼は少し首をひねると、説明を始めた。


「うーんと、つまり、妖怪って動物や物が年月を経て成るものとか、現象から成るものとか、人間の思いから成るものとか、いろいろあるじゃない?まぁ、成り立ちのわかんない奴もいるけど」

「え?ん?」


いきなり専門的な話になってきたぞ!?


「僕は、人間の思いから成り立ってるみたい」

「えぇ…?そんなことあるのか…?」

「先輩は、姑獲鳥さんとかかな!?」

「すんげぇとこ出してきたな!」

「ほら、妊婦さんが…」

「それ以上言うな!」


俺は慌てて彼の口を手でふさいだ。ぜいぜいと肩を上下させる俺をきょとんと見ている。


「…で、お前は何の妖怪なの?」

「むごご」

「悪い」


俺が手を放してやると、彼はにっこりと笑ってこう言った。


「僕は、『旅心』だよ」

「はぁ?」

「皆、疲れてどこか行きたいなって考えるでしょ?」

「あぁ、確かに」

「それがね、何回も何回も積み重なって積み重なって捻じれて捻じれて…旅に焦がれちゃった人がたーくさんいたわけ」

「うんうん」

「と、いう訳で、人間たちがそう思った回数!めでたくおじさんで十億回達成でーす!!」


彼はわーっと一人で歓声を上げながら、ぱちぱちぱちぱちと拍手をしている。

俺は頭痛がしてきた。指で眉間をもみ込む。


「ちょっと待って。十億回達成で妖怪化したってこと?ありえねー…」

「え?嬉しくないの?すごい確率だよ?妖怪が生まれる瞬間に立ち会ったんだよ?」

「まだよくわからないんだけど」

「何が?」

「なんで『旅心』が妖怪になるの!?」

「えーそれを僕に聞かれても…特に最近は行きたくても行けない!って思う人が多かったから、欲が凝り固まっちゃったんじゃないかなぁ」

「そういうもの…?」

「そういうもの!」


俺は、そっと窓の外に目をやった。見慣れた駅が近づいてくる。


「そうか、じゃあ、これから頑張って妖怪として生きてくれ」

「え、僕をほっとくの!?」

「俺には関係ない!」


プシューッと電車が停まり、俺はドアへ走った。電車はタイミングよく駅についてくれた。


「ふう。危なかった…」


俺はホームで汗の滲んだ額をぬぐった。のだが。


「全くだよ。降りるなら降りるって言ってよ」


彼はむっと口をとがらせて俺を見上げていた。


「ぎゃあぁぁあ!」

「え!傷つくんだけど!」

「どっか行ってくれ!!」


ぶんぶんとかばんを振り回すが、彼はひょいひょいと避けている。


「おじさん。どうしたの?一体何なの?」

「聞きたいのは、俺の方だぁぁ!なんで着いてくるんだ!!」

「え、だって、僕、おじさんに憑いてるんだもん」


きょとんとした顔で見上げるのはあざと可愛いが、そんなことを思う余裕はない。


「つ、ついてる…?」

「うん、憑いてる」

「なんでだよぉぉ!たまたま居合わせただけだろぉ!?」


彼は、はーっとため息をつくと、腕を組んで俺を見上げた。

なんだかそうされると、俺がわからず屋みたいではないか!


「おじさんって、僕を生み出すきっかけになったんだよ?」

「全然情は湧かないからな!」

「現代人って冷たいよね」

「お前は生まれたばっかりだろ!現代っ子じゃないか!ていうか、他にどっか行きたいと思ってる奴なんていっぱいいるだろ!?」

「僕はおじさんがいいんだよぅ」

「な…なんで!?」


俺はじりじりと下がりながら逃げ出す機会を伺っているが、彼も同じようにじりじりとにじり寄ってくる。


「おじさんって、どこか行きたいって気持ちが強いから、居心地いいんだよね。諦めてよぉ」

「俺は迷惑だ!仕事が忙しくて、どっか行きたくても行けないんだ!しょうがないだろ!?」


彼は、人差し指を立てて「さてここで問題です」と言った。


「おじさん。妖怪って、何を生きがいにしてるかわかる?」

「はぁ!?知らないよ!!」

「自分の欲望を叶えることを生きがいにしてるの」

「だ…だから?」


彼は、上目遣いで俺を見ると、きらっきらの笑顔で言い放った。


「だから、僕を旅行に連れてって!!」


ほら、こいつに関わると苦労するって思ったんだ!!

俺の第六感も、捨てた物じゃないな!



短編にするつもりが長くなったので連載にしました!

四話で完結します!

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