美少女もマシンガンもないのだ
地球史におけるヒトの存在と同様の現象が、生物全ての体内においても可能だと言うこと。体液や血液などの中に生息し、見えない大きさだったものが突然、驚異的なスピードでその個体数を増加させ、結合を繰り返し個体の大きさも能力も驚くほどの進化を遂げた。
人類がこの地球の支配者たる時代の終焉を意味していた。
その体内に潜む天敵によって。
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4月2日(日)18:00
2日。国は非常事態宣言ていうのを出した…らしい。
「SAAE(かみつき症・重症急性回虫型脳症)が重大かつ深刻な拡がりをみせており、政府は非常事態宣言を発令しました。現在内閣総理大臣を本部長に、“SAAE対策本部”を立ち上げ対策を協議しています。外出は原則として禁止し、特に人の多いところでは感染症は拡大しているもようです。絶対に近づかず落ち着いて冷静な対応をしてください。
感染症拡大のおそれがあるため避難所は設置しておりません。自宅もしくは安全なところで待機をしてください。病院はSAAEの感染が疑われる方が多数詰めかけている所もあります。不要不急の受診は控えてください」
テレビでもラジオでも同様の放送が流れている。
オッサンもとい常さんはまだ我が家に居た。
外で感染した人にいつ襲われるかわからないし、怖かったから居てもらうよう頼んだ。常さんもあんなのが外をウロウロしていたらおちおち帰れなかったわけだが。
外ではハリウッド超大作ゾンビ映画のような派手さはないものの(少なくともこの町では)、外をうろつく人が増えている。
みんな虚ろな眼をして、何かにうごかされるように(実際に動かされてるんだろうね)町を徘徊している。
ほら、あの大家さんも、下の階のちょっと美人の水商売のお姉さんも。 眼は白く濁って口から涎をたらしたままうろうろしている。
ほらいつも威張りくさって感じの悪い、あの警察官は腹がぱっくりと割れてロープのように内蔵が垂れ下がったままさまよっている。
やっすいゾンビ映画やケータイ小説とかだと、可愛い女子高生が助けを求めてきたり、自衛隊やアメリカ軍の基地で武器を手に入れて、使ったこともないマシンガンを撃ちまくったりするんだろうけど。
あいにくリビングでケツをぼりぼりと掻くオッサ…常さんと、オレの二人きりだ。
こりゃ絶望的だな。うん。
常さんはこの歳にしてこの腹、このアタマ。そして独身だそうだ。
「うーん。そのルックスじゃ諦めた方がいいんじゃない?」なんて考えてたら「どっかにオレのことを待ってる人がいるはずだ」
なんて言うから笑っちゃったら殴られたよ。
どっかから美少女がやってこないかなあ、なんて妄想に過ぎない。でも寂しいなあ。これで常さんがいないとどうなっちゃってたんだろう。
ラジオでは繰り返し、“ピンポンパンポーン”という音と、大本営発表のような放送が流れてるだけだ。
たちまち食うものがない。
「外に出るな、家にいろ」
では話しにならない。
食うものが無くなり、体も弱り、たまらず外に出た結果、やつらに食われるか、仲間入りするかだな。目に見えてる。
今我が家にある食いものは、カップ麺が10個、インスタント袋麺が12食ぶん。
実家から送ってきた米が10キロ。ニンジン10本、玉ねぎ8個、じゃがいも12個。しばらくは贅沢言わなきゃ食っていける。
この食糧が無くなったときに、状況が回復してなければどうなるんだろう。