ひとごろし
「噛まれる!!!」
オレは咄嗟に、目を閉じてしまった。
ーガシュッ!!!ー
…
…
4月2日(日)14:04
「あれ?」
噛まれてない…オレ。
うっすらと目を開けると
ひとりの“オッサン”がたっていた。
「だいじょうぶか!」
はぁ、はぁと荒い息をたてながらオッサンは言った。
禿げ頭で腹のでた、くたびれた作業着を着たただのオッサンだ。
「は、はぃ」
声が上ずった。
「立てるか?」
あれ?腰が立たない。腰がぬけてるよ。オレ。
軍手をはめたオッサンの手を握り、ようやく立ち上がった。
しかし立ち上がってようやく冷静になって見えてきた光景は、
首と胴体が切り離されたリーマンの屍体と、血まみれの剣先スコップを持つオッサンだった。
「ひっ!!!」
立ち上がったばかりでまた腰を抜かしそうになった。
リーマンの生首は白濁とした目でどろりとこっちを見ている…気がした。
首の切り口からはなにやらミミズのようなのがにょろにょろと出てきている…のが見えた時にはもう限界だった。
「うげぇ」
「うぷっ」
ゲロゲロ…
「あ~ああ。もったいないなあ」
とオッサンは背中をさすってくれていた。
胃の内容物を全て出しきってしまうと急に恐怖が込み上げてきた。オレの背中をさすってくれていたオッサンは殺人犯なのだ。何が目的で殺したのかは知らないが、スコップで首を跳ねたんだ。
「ひひひひとごろし!な、なんで殺したんだ!」
「ちょっ、ちょっと待て!ゲロ吐きながらなに勝手なこと言ってんだ。オレは襲われそうになったところを助けたんだぞ。それにオレは人間は殺しちゃいない。人間はな」
それを言うとオッサンは屍体を指差した。
「ほら、死んだばかりの屍体からこんなミミズが出てくるかよ。首だってオレが刎ねる前から骨が見えてたじゃねえか。」
なんでこのオッサンこんなに冷静なんだよ。アタマいかれてんじゃねえのか。
「ほらお前が騒ぐからまた集まってきたぞ」
うあえきてaimあ…
声にならないうめき声をあげながら数人がよたよたとこっちに向かってきている。
「おら、団体様がいらっしゃった」
オッサンはへたり込んでいるオレを引き上げた。
「とりあえずさっきの命の代償だ。お前の部屋に邪魔するぞ!」
「でも、掃除できてないから汚いし…」
「アホ!そんなん言ってる場合か!」
オレはオッサンに引きずられ自分の部屋へと帰る。
玄関に置いてあった消臭ブァブリーンをオッサンは外側のドアノブを中心に吹き掛けて扉を閉め、施錠した。
「ふぅ。これでなんとかやり過ごせたらいいが…やれやれ」
とオッサンはリビングにどかりと腰をおろした。
「あ、そうだ。お前の名前は?」
オレの名前は
「児島憲和…」
「憲和か。じゃあノリだな。オレの名前は常山高男だ。36歳。年も近いだろ?よろしくな」
よろしく…と言おうとして、何かひっかかる。
ん!? 36歳?!
いやいやいや、頭の薄さはどう見ても50代だろ!その腹も!顔も!
「テメー、なんか失礼なこと考えてねえか?!」
勘の鋭さといい、みのこなしといい、怒りに歪んだ今の顔といい、このオッサン絶対カタギじゃねえよ。怖いよお。