思案
ハルはホテルで調査資料を眺めていた。
今回の事件を改めて見直す。
ハルが注目したのは、事件発生から地元の警察が現地に到着するまでの時間差だった。
「12時間か……」
被害者一家の三人の内、誰かが通報した訳ではないようだ。
資料によると、通報者の名前は匿名で明示されていなかった。
「この一家の家の周りは広い農地になっている。近隣の住民が通報したという線も無さそうだが……」
ハルは資料と睨み合い続ける。
そうなると、考えられるのは犯人が通報したという可能性だ。
「だが、そんな事をするメリットはあるのか……?」
この犯人は捕まってはいない。
足取りを残す事なく現場を去っている。
ハルは息をゆっくり吐き出し、ソファーにもたれ掛かった。
「なんにせよ、明日の現場検証で何かしら手がかりが見つかる事を信じようか」
ハルは窓の外に目を向けた。
オルヴィエートの夜は温かそうな光に包まれていた。
時間が穏やかに流れているような錯覚すら覚える。
「こんな平和な空気に包まれた街の直ぐ近くで、殺人事件とはな」
ハルは瞼を閉じる。
目を覚ました時、既に時刻は深夜二時を回っていた。
「これはいけない、明日は朝一番にここを出るというのに」
ハルは慌ててベッドに移動しようとした。
ふと、部屋の入り口に目を向ける。
何か手紙のようなものが、扉の下に差し込まれていた。
「なんだこれは……?」
ハルはそれを拾い上げる。
やはり手紙の様だ。
文章も英語で書かれていた。
"あなたがこの土地を訪れた理由はわかる。
口を突っ込まない事だ。
それがあなた自身の為にもなる"
手紙にはそう記されていた。
当然、宛名のようなものも無い。
「……なるほど。これは愚策だな」
その手紙を読んで、ハルは何故か笑みを浮かべていた。